連 舞
1962年1月〜1963年5月「マドモアゼル」

日本舞踊という古典芸能の世界に取材した作品。
梶川流の町師匠を母に持つ秋子の、踊りに賭けた青春が描かれている。
ひたむきに踊る秋子の姿に、共感を覚えることはまちがいない。連作に『乱舞』がある。

感想
 踊りの腕のみが優先される家で、天賦の才に恵まれ、母親の愛情と周囲の期待を一身に集めて育って行く妹の千春。それに引き換え、秋子は誰からも顧みられず、ただひっそりと生きて来た。そんな秋子が困難を押し退けて、舞踊家としても女性としても、大きく成長して行くサクセスストーリー。
 話も面白く、秋子の感情の動きには大いに共感できる。また日舞の世界の舞台裏も興味深く、楽しめる作品である。進駐軍相手の公演での意表をついた演出には、本当にビックリ。これに近いことが、当時、実際にあったんだろうか。
あらすじ
 秋子は、東京の下町で、梶川流の町師匠をしている寿々の一人娘。母親が梶川流家元の愛を受け、妹の千春が生まれると、母親の愛情も内弟子達の関心も、すべてが千春へ行ってしまう。実際に踊りの稽古が始まっても、下手な秋子に較べ、千春の才能は一目瞭然だったから、ますます秋子は顧みられることがなくなる。
 彼女はそれでも踊りの稽古に励むが、母親からは邪険にされるばかり。特にX脚ぎみに真直ぐな足は、内股で踊ることに不向きで、秋子は痛みをこらえながら、矯正に必死であった。
やがて戦争が始まり、踊れぬ世の中が来る。家元も出征して行く。慰問団として、戦時中をなんとか乗り越える3人。そして終戦を知ると千春はまた踊れると喜ぶのであった。
 ようやく家元も復員して来て、梶川流の復興に向けた活動が始まる。敗戦後の日本で踊りを見る余裕があるのは進駐軍のみであり、キャンプ巡りに参加するようになるが、人気は専らストリップ・ダンスであり、一同を憤慨させる。
 そんな中、秋子は着替え中の姿を家元の猿寿郎に見られてしまう。彼女のプロポーションが、着物と踊りには向かないが、欧米人好みの素晴らしいものであることに驚嘆し、新しい演目の最後で秋子をヌードにすることを思いつく。さすがに母親は反対するが、結局、秋子を猿寿郎の妻にするならば、という条件を出す。
 終了後、自殺するつもりで舞台に立った秋子であったが、初めて観衆の注目を一身に浴び、しかも賞賛の拍手を寄せられて、秋子は変わって行くのであった。周囲の嫉妬や蔑視に耐え、秋子は強くなってゆく。そして家元の妻として、多忙な毎日を送るようになっていった。
 千春が2世の男と結婚し、アメリカに行ってしまうと、母親の寿々は急に秋子に構い出すが、秋子はつれない。家元が方々で浮気をし、寿々の元内弟子であった美津子に子供が出来たと聞いても、動揺することもない。
 毅然とした妻に、猿寿郎は4年ぶりで梶川会の舞台に立つことを勧める。そして立った舞台で、秋子の踊りは様変わりしていた。彼女の素晴らしい踊りに寄せられた「母さんの血ね」という言葉に千春を思い出す秋子。
 そんな中、千春からは離婚するので日本に帰りたいと手紙が届く。急いで送金し、帰りを待つうち、千春は帰国したらすぐ、崎山と結婚するということを知る。崎山とは、秋子が昔、ほのかに想い合っていた男であった。彼への想いは、跡形もなく消えていたが、複雑な心境の秋子。しかし踊っていれば乗り越えられる、何も懼れることはない、千春が戻れば連れ舞うこともできるだろうと、秋子は踊りながら、自らに言い聞かせるのであった。
本文より抜粋
 寿々に老いてゆく悲しみがあるように、秋子には少しも夫婦という実感のない夫婦生活があり、千春は愛に傷つき子供を抱いて、再婚しようとしている。だが、人それぞれの不幸がなんだろう、と秋子は思い始めているのであった。
 千春が帰ってくれば、晴れて共に扇をかざして連れ舞うことができる。踊れなかった姉が、踊れるようになっているのを発見して、千春はどんなに驚き喜ぶだろう。それでいいのではないか。それで、いい。それでいい。
 人それぞれの幸不幸は、生得の心ばえや運命の如何で、誰もが抱えているものなのだ。それに惑う暇があったら、こうして踊っていればいい。幼い日から踊れた千春は、五年近い歳月を踊りから断ち切られて暮らしていた。この年になるまで踊りの才に恵まれなかった自分は、こうして奇跡的に踊れるようになっている。
 黎明が稽古場の中に忍び込んできていた。明日は千春が帰ってくる。秋子は晴れやかに思うことができた。苦しみも悲しみも、また事新たに始まるかもしれない。だが、もう秋子は懼れなかった。
収録書籍*〜*〜*
『連舞』集英社・集英社文庫 新潮社有吉佐和子選集第1期第5巻『連舞・乱舞』
参考情報*〜*〜*

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