有田川
1963年1〜12月「日本」

蜜柑で有名な和歌山県の有田が舞台。蜜柑作りに生涯を賭けた、というか熱中した千代の物語。
川の氾濫に幾度か運命を弄ばれる千代の、逞しく生きる姿が爽快な作品である。

感想
 威勢のいい紀州弁が飛び交い、蜜柑農家の活気が伝わってくるようである。
千代と夫の貫太の仲の良さがとても印象的。二人とも口が悪く、言いたいことをポンポンと言い合うが、常にお互いに支え合っていて、とても良い夫婦である。
 そもそも貫太は、千代が蜜柑作りに打ち込む姿に惚れてしまったらしい。そして結婚後も彼女の蜜柑への情熱を尊重する。しかし、自分の蜜柑士としての仕事には真剣で、女には口を差し挟ませない。主人公千代の陰ではあるが、なかなか度量の大きい良い男として描かれている。仕事を持つ女性として、有吉さんにとっても理想のタイプなのかな。
あらすじ
 千代は蜜柑山をたくさん所有する富裕な津久野家の娘。子供の頃から蜜柑の栽培に強い関心を示す。十年間、一人っ子であった千代に妹が生まれたある日、自分が貰い子であることを知ってしまう。後に、大雨で有田川が氾濫した時、彼女は誤って足を滑らし、濁流に飲み込まれ下流に流されてしまうが、津久野家には戻らず、蜜柑百姓の児島家で働くことにする。
 普通の女衆と異なり、もっぱら蜜柑畑で男と同等の力仕事をこなす千代。ある祭りの日、幼い頃可愛がって面倒を見た、血のつながらない妹:お悠紀さんの7つの晴れ姿を見に出かけ、津久野家の母親の目に留まる。児島家まで、津久野家の使いの者が確認しに来るが、千代はしらを切り通す。
 そんな頃、蜜柑を買い付ける蜜柑士のひとり貫太と知り合い、結婚することになる。千代の素性を見抜いていた津久野家では、結婚するなら家から嫁がせたいと母親自らが迎えにくる。「お悠紀が姉さんを待っている」と聞き、津久野家に戻って行くが、間もなく千代と貫太の希望で嫁入り道具は持たぬまま一緒になる。
 貫太の仕事はいわゆる先物取引で、当れば儲かるが、そうでなければ大損する。生活は不安定であったが、二人の男の子に恵まれ、徐々に出来た蓄えから、貫太は千代に希望どおり蜜柑畑を買い与える。
 千代は再び、蜜柑栽培へ情熱を燃やし、“蜜柑の小母ん”と呼ばれるまでになる。一時期、自らの経験に拘るあまり、千代は新しい栽培法について行けなくなってしまう。しかし後年、久方ぶりの有田川の氾濫の折に、泥に埋まった田園とは対照的に、豊かに茂る蜜柑山を見て以来、新しい方法も積極的に取り入れ、再び“蜜柑の小母ん”の名声は高まって行くのであった。
本文より抜粋

*水害の後の復旧作業をするシーンで、
千代と彼女より優れた蜜柑を作った青年との会話*

 「うん。泥の下のこと考えたら、働く気力が無うなってしもうたよ。田んぼは泥かぶってわえや。今年は一粒の米も取れやんで」
「そうよの」
「折角肥やした田ァも、泥でわえや。来年かて、再来年かて、元の通りになるやどや分らん。戦争が終ったのに、なんでこんな目ェに遭わなならんのやろ」
 青年の目は暗く、輝きがなかった。
 ・・・・・
 だが千代は目籠の底を叩くと、晴れやかな声をあげた。
「あんた見る場所が違うてるで。あれを見てみい、あれを。山は泥をかぶってェへん」
千代の指さす彼方には穏やかな山脈が展がっていた。幾世代も昔からかかって頂上まで切り拓き、牢固な石垣を築きめぐらした蜜柑山が、地上の洪水も泥の来襲もまるで知らぬ顔で、緑の葉を繁らせて健在であった。流木も、泥も、水さえも山を冒すことはできなかったのだ。
「家が流されたかて、田ァが潰されたかて、山があるさかい有田は大丈夫なんや。私とこの山かて、あんたとこの山かて、木一本倒れてることやない。私もあんたらに負けん蜜柑作るさかい、あんたも今年またええ蜜柑作りなあ」
 千代は見ていた。青年の表情が明るさを取戻し、目が再び輝き始めるのを。・・・・・
それを見守りながら千代は自分の身体の中にも若々しく力が漲ってくるのを感じていた。私もまだまだ生きるのだ。生きることができるのだ…そう、新しく、思った。
収録書籍*〜*〜*
『有田川』講談社・角川文庫・新潮社有吉佐和子選集第1期第7巻
参考情報*〜*〜*
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