| 和宮様御留 |
| 1977年1月〜1978年3月「群像」 |
幕末の公武合体策の犠牲となった和宮の東下に材を得た歴史小説。なんと和宮は偽物であった?
歴史の陰に隠された謎が解き明かされ、悲劇に泣いた女性の姿が描き出される。
| 感想 |
| この本を初めて読むより前に、大竹しのぶがフキを演じたドラマを見ていたと思うが、フキが発狂するシーンがとても印象に残っている。とてもはまり役だったように記憶しているが、なにせずいぶん前なので、細部は覚えていないのが残念。 久しぶりに読んでみると、かなり本格的な歴史小説だとあらためて感じる。歴史小説が好きでないと、読み進むのが少し辛く感じられるかもしれない。しかし傑作。有吉さんには、もっと歴史小説をたくさん書いて欲しかった! お公家さんの悠長な生活ぶりなども微細に渡って描かれていて、その辺も面白かった。この話自体はフィクションであるが、和宮が偽物であったのは本当らしい。それもたいへんに興味深いことだ。「和宮様御留」とはお付きの女官が記した実在の記録と同名。御留(おとめ)とは記録とかノートとか日誌とか、そういう意味合いであるらしい。 ここで描かれるフキに限らず、男性の政争にいいように利用された昔の女性は、実に気の毒だったなとも思った。 |
| あらすじ |
| フキは、京都の公家:橋本実麗家の婢。これまでの町方の家勤めと較べ、陰気な公家屋敷での奉公の辛さを、間もなく訪れる祇園会の楽しさを思って、耐えている。 ある日当主の妹:観行院の屋敷に夜、来るよう命じられる。観行院は前の天皇の手がつき、皇女和宮を産んだ女性。フキは風呂に入れられ、そして寝るように命じられ、何のために呼びつけられたのか分らず、困惑する。翌朝、起こされると公家方の身分の高い女性の格好をさせられる。フキに付いている藤という女房とともに和宮の部屋へ入り、すみにうずくまっている。そして和宮が用を足した後のおまるで排泄し、和宮が食べ残した食事を与えられるという生活が始まる。口をきくことも禁じられ、すぐに帰るつもりが留め置かれ、楽しみにしていた祇園会も終ってしまう。今では、時折掛けてくれる和宮の言葉と彼女の笑顔がフキの心の支えであった。ある晩、藤とそっくりな女房が一人増える。彼女は藤の妹で、フキの世話をするようになった。 一方、和宮が泣いて嫌がり、観行院も頑として受け付けなかった関東降嫁の話であったが、周囲の圧力と現天皇(和宮の義兄)の要請もあり、承知せざるを得なくなる。しかし嫁く時期等条件をつけたので、実麗は妹と関白や関東側との板ばさみになり苦しむことになってしまう。 ある朝起きると、フキは和宮の道具で化粧をされ、江戸の大奥に勤めている、観行院の叔母:勝光院と対面させられる。フキは、自分がどうやら和宮の身がわりとして関東へ行かされそうだと気付く。そしてある日、橋本邸での宴会の後、和宮と藤は忽然と姿を消す。 東下が近づくとお付きの女官たちも決まり、藤の妹:少進とともにフキの世話をするようになる。そのうち彼女たちは、和宮が偽物ではないかと疑うように。そして観行院にフキの和宮を見せられた実麗は、ショックのあまり病床についてしまう。 いよいよ旅立つ日が来る。輿の御簾越しに見える景色を楽しんでいたフキだが、宿所に着いても少進が来ない。自分の寝具が届いていないことに苛立つ観行院は、フキを和宮として立てることも忘れ、それに乗じて女官たちもフキを蔑ろにするように。フキは不安で食事も喉を通らず、眠ることもできず、体調を壊してしまう。ようやく遅れていた少進が一行に追いつき、フキに会うと、フキは自分は宮さんではないといって泣き崩れ、祇園囃子を笑いながらはやしたてるのだった。コンコンチキチン、コンチキチン・・・狂ったフキを、観行院や女官たちはどうしようもなく、責任者の岩倉具視に見せることにする。 高田村の名主の家に朝早くかねて知り合いの若侍が訪れ、娘をすぐに嫁に貰って行きたいと言う。主は願ってもない良縁だと思っていたから、着飾った娘をすぐに渡す。ところが夜になると、別の娘をひとり、籠で運んで来て、預かって欲しいと言い残して若侍は帰ってしまう。その娘は自分は宮さんではないと泣き崩れ、また祇園囃子を口ずさむ。困った名主夫妻は、蔵の中に休んでもらうことにする。翌朝、蔵の扉を開けると娘は死んでいた。 一方、連れて来られた名主の娘は和宮の身がわりとされる。彼女はフキより上品で教養もあったが、左手の手首から先がなかった。 大奥に入って後、観行院の存在は軽視されがちであった。亡くなる間際、少進に渡された箱には、藤とともに満徳寺に入った本物の和宮のものと思われる遺髪が入っていた。翌年、和宮の夫:十四代徳川家茂が亡くなると、その遺髪をいっしょに埋めてもらうことに。そして明治10年に和宮として生きた名主の娘が亡くなると、芝増上寺の家茂の隣に埋葬されることになった。歴代の将軍の正室で、夫と並んで埋葬されたのは彼女一人であった。 |
| 本文より抜粋 |
*フキが高田村の名主の家に担ぎこまれたシーン*覚左衛門は奉公人に命じて門と玄関をしっかり閉じさせてから、早足で奥座敷へ戻った。志津が、娘の手足を縛った紐を解いてやっているところだった。覚左衛門は、娘の口をふさいでいる猿ぐつわを外した。身体が自由になると、少女は覚左衛門夫婦を見較べてから、両眼から涙を噴きこぼし、「あて、宮さんやおへん」 と叫んで泣き崩れた。 覚左衛門たちには耳慣れていない言葉となまりだったから、フキの言う意味がまるで分らなかった。ただ茫然としていた。今朝といい、一日のうちに、あまりにも意外なことが起こりすぎる。 眼を凝らして見ると、年は宇多絵とあまり違わない。洗い髪と思った髪は黒く艶やかで、髪型はどうやらおすべらかしのようだった。それが宇多絵の着て出た桐に鳳凰の総模様を身につけて、 「あて、宮さんや、おへん・・・。あて、宮さんや、おへん」 泣きじゃくりながら、細い息で、繰返している。 覚左衛門はやがて、フキの言葉から愕然として訊き返した。 「もしや、あなた様は、和宮様ではいらっしゃりませぬか」 フキはふと泣き止んで覚左衛門を見た。志津の顔も見た。そして頤をひいて、こっくり肯くと、前にもまして大声で泣き崩れた。 覚左衛門夫婦は顔を見合わせ、言葉もなかった。すると宇多絵はどうなったのか。・・・・・・・和宮様のお身替りになったのだろうか。 ・・・・・・ 少女が急に泣きやみ、覚左衛門夫婦を見てにっこり笑った。 「コンコンチキチン、コンチキチン。コンコンチキチン、コンチキチン。祇園さんえ」 立ち上り、ふらふらと座敷の中を歩きながらはやしたてたとき、覚左衛門は事態を悟った。 和宮様に狐が取り憑いたのだ。おいたわしいことだ。中仙道は五街道のなかで一番険しい山道だから、どこかの山狐がのり移ったのに違いない。・・・・・ |
| 収録書籍*〜*〜* |
| 『和宮様御留』講談社・講談社文庫 |
| 参考情報*〜*〜* |
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