1961年11月「新潮」

着物に墨絵を描く職人と、その着手である舞踊家の話。着物の描写が最もすばらしい作品のひとつ。

感想
 着物の豪華さ、墨絵の見事さが目に浮ぶようである。有吉さんは着物にかなりの愛着と造詣を持っていらしたに違いない。それにしてもここで描かれるような着物、見てみたい。
あらすじ
 舞踊家であるヒロインの春子は三十代の後半になり、容色の衰えが気になり出している。身につける着物も華美な色物が似合わなくなってきたと感じ、様々悩んだ挙句、出入りの三松の主人の白絹に墨絵が最も贅沢だとの助言に従ってみることにした。
 出来上がった訪問着は素晴らしいもので、次々注文を出すようになり、墨絵を描いている職人が春子の舞台を見に来てくれたことを聞くと、三松に案内させて職人の幸吉の許を訪ねる。
 年老いた幸吉は、春子の訪問を喜ぶ。彼は、自分の宝物だと「墨」を見せる。震災前に清水の舞台から飛び降りる気持ちで購入したという墨は、すでにかなり減っていて、幸吉はこれがなくなるときは自分も一巻の終りだと言う。
 中国での公演が決まった春子は、その衣装にとさらに追加で注文を出し、出来上がった着物は中国でも評判になる。パーティーで話題に上った折、幸吉の使っている唐墨の話をすると、中国で売っている店を紹介してくれる人があり、唐墨を入手した春子は、三松を通して幸吉へ土産だと渡してもらう。
 感動した幸吉は、注文を受けたわけでもないのに、暑い夏中、せっせと着物を描き続ける。
 しかし、しばしの避暑から帰った春子を待っていたのは、三松によってもたらされた訃報であった。幸吉は亡くなってしまった。後に残された着物とともに、春子が土産にと渡した唐墨の使い残しが手渡され、春子はその墨の心を懐中に、素晴らしい衣装に負けない踊りを誓うのであった。
本文より抜粋
 畳の上には、三松の手から手繰り出された白絹が、二本の身頃を揃え、両側に袖を置いて、着物を展開した形になって拡がっていた。細かい紗綾形の地紋のある綸子である。絹の光沢が、陰影を持っているのは、その白地の上に一面に描き染められた墨絵の桜のためであった。
 桜花。その一つ一つが、花瓣一枚々々に妖しいほどの微妙な墨の濃淡をつけて、幾百となく肩や、右袖や、裾前で群れをなし、飛び散り、咲き誇っている。全体に墨一色で、ただ花の芯にだけ金箔が置いてあり、よく見るとそれも箔ではなくて丹念に筆の先で一本々々描き込んだ叮寧な仕事であった。もちろん本金を使ってある。
収録書籍*〜*〜*
新潮社有吉佐和子選集第1期第1巻『紀ノ川』 『雛の日記』文藝春秋新社
新日本文学全集4『有吉佐和子』集英社 現代の文学41『有吉佐和子集』河出書房
われらの文学15『阿川弘之・有吉佐和子』講談社 新潮日本文学57『有吉佐和子集』
参考情報*〜*〜*

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