かみながひめ
1970年1月ポプラ社

和歌山の道成寺に伝わる髪長姫の物語をもとにした童話である。
道成寺の話は『日高川』にも出てくるので、あわせて読むと興味深い。

感想
 童話なんて何十年ぶりに読んだだろう。可愛らしい話である。すぐ読み終わるので、図書館でサッと読むと、『日高川』の味わいも深まるのでお勧めだ。
あらすじ
 昔、紀の国日高の里に美しい女の子が生まれ、すくすく育ったが、髪の毛が生えない。親は悲しみ、神仏に祈ったが、効果がなかった。その頃、海が荒れ、夜になると沖にひかりものが出て、漁に出られず、猟師たちは困窮していた。海が荒れるのは、ひかりものが原因ではないかということになり、女の子の母親が、自ら取りに行くと名乗り出る。子どもの髪が生えないのは、自分のこれまでのわがままのせいだろうから、皆のために海に入ってひかりものを取ってくれば、神様が許してくれるかもしれないと言うのだ。海に飛び込んだ女は、気を失って浜に打ち上げられるが、髪の毛が重いのに気づいて見てみると、小さな金の観音像が出てきた。ひかりものの正体はこれだったらしい。海は静まり、漁が再開されたが、母親は死んでしまう。里の人々が彼女を葬って、観音像を祭ると、女の子の頭に髪が生えてきた。拝むたびに髪の毛が伸び、その長く美しい髪から、里の人々はかみながひめと呼ぶようになった。
 かみながひめは日ごとに美しくなり、お母さんの命と引き換えに貰った髪だということで切ることもなく、抜けても捨てず、桜の木の枝にかけておいた。ある日、一羽のツバメがその髪の毛をくわえて、都の方へ飛んでいった。ツバメは毎年、都の藤原不比等の屋敷に巣を作っていたのだ。不比等はツバメの巣から、その長い髪の毛を見つけ、これほど長い髪の毛の持ち主なら、きっと美しい姫に違いないと探させ、やがてかみながひめは不比等の屋敷に住むようになり、彼女の評判を聞きつけた天子から妃に乞われる。天子はかみながひめの願いを聞いて、日高の里に彼女の母と観音様を祭る道成寺を建てた。
本文より抜粋
 ひだかの さとが たいりょう つづきで にぎわっているなかで、うみに もぐった 女は、ひっそりと いきを ひきとりました。ひだかの さとの 人びとは その 女を ていねいに ほうむって おはかの 上に かんのんさまを おまつりしました。
 すると、そのときから、くりくりぼうずの 女の子の あたまに かみが はえはじめたのです。女の子が おかあさんの おはかに まいって、小さな てを あわせて かんのんさまを おがむたびに、かみのけは どんどん ながく のびるのでした。
「なんという うつくしい かみだろう。」
「なんとまあ、ながい かみだろう。」
 やがて、ひだかの さとの 人びとは この 女の子を かみながひめと よぶように なりました。

*道成寺縁起について(あとがきより抜粋)*

「道成寺は文武天皇の勅願寺で、その縁起は、ここに紹介した、『かみながひめ』の物語がもとなのです。道成寺に残る資料によれば、日高の村長に生まれた女が、母親の犠牲によって丈なす黒髪にめぐまれ、やがて、藤原不比等の養女となって入内し、文武天皇の妃となり、聖武天皇を出産したことになっています。」
収録書籍*〜*〜*
『かみながひめ』ポプラ社
参考情報*〜*〜*

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