うるし
1962年2月「小説新潮」

輪島塗の老舗の主人の思い出話。うるしに被れて、たいへんなことになった芸者のことが語られる。

感想
 お爺さんの昔話という感じの作品。しかし前半は、輪島塗のことが事細かく描写されていて、取材の行き届いていることをうかがわせる。
あらすじ
 輪島に住む、輪島塗の老舗の椀屋喜兵衛氏の話。閑だから客好きで、話し好きだから相手の欲しい彼の許へは、東京などから漆器業の取材などで来た人が、県庁などの紹介で訪れる。一通りの工程を案内し終わった後は酒を勧め、芸達者な彼は、小唄や踊りを披露する。客に褒められると、実はそれらを覚えたのには思い出があるのだと言う。客がその事情を聞きたがると、待ってましたとばかりに語り始めるのであった。
 彼がまだ四十くらいの若い頃、漆器業も今ほど不景気ではなかったし、金沢の花柳界ではもてないはずのない男であった。ある時芸者たちが輪島に来たがったので、翌日、十人もの芸者を連れて輪島に戻って来て、山歩きなどして楽しませてやった。その後間もなく金沢へ出向くと、彼の座敷に気色ばんだ中年芸者が来て、お染という芸者が輪島に行った折、うるしにかぶれてお座敷にも出られず困ったことになっていると恨み言を言う。松の内中お染を買切ってほしいと言われ、気の毒に思った喜兵衛は承知する。ところが座敷にお染が来て見ると、あまりにひどい形相でお互いに座敷にはいたたまれず、別の小部屋を取った。彼が炬燵に入ると、お染は背後に控え、そっと三味線に合わせて小唄を口ずさんだ。思いがけぬ美声であったので、何曲か歌わせるが、幾日も聴いてるばかりでも仕方がないので、唄を習うことになった。ひどいかぶれも、七草の頃には治ってきて、するとお染は驚くべき美貌を現し始めた。長い冬が明けて春になると、喜兵衛も遊んでばかりいるわけにも行かず、商売に精を出し始めるが、終ると一目散にお染に会いに行くのであった。しかし突然、お染は姿を消してしまった。置屋の女主人は、お染には実は悪い紐がついていて、隠れていたのに見つかってしまって、東京へ連れ戻されたのだと言う。以来、喜兵衛は商用で上京する度にお染を探し歩いたが見つからない。東京に帰って、もしお染に会うようなことがあったら知らせてほしい…そう語って、頭を下げるのであった。
本文より抜粋
 うるしにかぶれたといっても、これほどひどいかぶれ方をしたのを、輪島の業者たちは誰も見たことがなかったのだ。額から頤にかけて、余すところなく紫色に腫れ上がったお染の顔は、さながら怪談劇の主人公であった。衿白粉は濃く塗っているので、項の白さは出の衣装の黒に映えて印象的であったが、さすがに顔には塗りようがなかったのだろう。いや、塗ったら、もっと物凄かったのではなかったろうか。
収録書籍*〜*〜*
新潮社有吉佐和子選集第1期第11巻『華岡青洲の妻』
参考情報*〜*〜*

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