| ぶちいぬ |
| 1956年8月「新思潮」 |
クロト(玄人)である舞踊家の梶川壽々京の女中である、シロト(素人)のキヨコの話。
結婚適齢期を逃し、焦る女心の哀愁が描かれた作品。
| 感想 |
| クロトのふしだらな生活を軽蔑してきたにもかかわらず、いつの間にか、クロトの贅沢やものの見方に慣らされてしまって、シロトの幸せを掴み損ねるキヨコの悲哀が描かれている。キヨコは処女であるのに、求婚してきた佐々木に「浮気でならいい」などと、クロトのような口をきいてしまったりする。 読み終わったとき、この「ぶちいぬ」というタイトルは、どういうことなのか?ということが、まず気になった。多分、シロトとクロトのぶちだからかな・・・と思っているが、どうであろう。ぶちの動物は数あれど、飼い慣らされたイメージから犬なのだろう。すると、ぶちいぬはキヨコのことなのかな。 |
| あらすじ |
| 「素人である」ということを唯一の誇りにしてきたキヨコは、13年前から、梶川壽々京の女中として働いてきた。嬶ァ天下の高崎出身のせいか、勝気で働き者の性格は重宝がられ、今では女中頭のようになっている。 当初、ただ美しい舞踊の小指南にすぎなかった壽々京であったが、芸者と変わらぬことをするなど男を渡り歩き、ふしだらで逞しく稼いで、今日に至っていた。壽々京や彼女の周囲からは「キヨコはいつまでもシロトで」と笑われていたが、そのシロトの才覚でクロトの生計を支えているのだと自負していた。 ところがある日、癇を立てた壽々京から「三十女」と罵られたことから、クロトの世界で必死に働いて、縁遠くなってしまっていた自分に、キヨコは突然のように気づく。矢も盾もたまらぬ気持ちで、自室に駆け込み、手当たり次第に着物の整理を始めてしまった。 そんなところへ、壽々京のマネージャー役の小宮という男がやってきて、キヨコに妾になってみないかという。一軒の旅館の女将を任せる代わりに、老人の妾にならないかというのだ。壽々京に飼い殺しにされることには抵抗があるくせに、かといって壽々京の傍ですっかり贅沢に慣らされてしまったキヨコには、今更、高崎へ帰っての田舎暮らしなど想像もつかず、小宮の提案が的を得ていることにショックを受ける。そこへ今度は、床山の佐々木が来てキヨコに求婚するが、床山の女房になるということに気が進まない彼女は、5万円で遊ぶならいいなどと口走ってしまう。舞台を前に稽古に励む壽々京の姿を見て、彼女の踊りの熟達振りをあらためて知ったキヨコは、内心蔑んでいただけに、「壽々京あってのキヨコ」でしかない自身を振り返って、ますます鬱々とするように。 そんなキヨコの様子を気遣った壽々京の提案で、大阪公演にはついて行かず、留守番をしていたところへ、佐々木がやって来て、しわくちゃの札を束ねた十万円をキヨコに渡す。理由も分らず溢れ出す涙に視界を曇らせながら、キヨコは疲れた千円札を一枚ずつ数えて行くのであった。 |
| 本文より抜粋 |
| 三十二という年齢が身に沁みて口惜しくてなりません。多忙に追いまくられて、うかうかと年をとってしまいました。壽々京のふしだらでたくましい生き方を横目で冷笑しながら、私はただその使用人という地位でうつかり歳月をやり過ごしてしまつたのです。 |
| 収録書籍*〜*〜* |
| 『まっしろけのけ』文藝春秋新社 |
| 参考情報*〜*〜* |
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