江口の里
1958年10月「文藝春秋」

東京の下町にある教会の神父が、熱心すぎる信者たちに手を焼く話。
そこに一服の清涼剤のような存在として、美しい芸者が描かれている。芸者は受洗を願うのだが・・・。

感想
 信者があまりに熱心だといって悩む神父が主人公という前提からして面白い。信仰を持つことで、心が狭くなったんじゃあ良くないなと思わされる。
 有吉さんはカトリックの洗礼を受けているので、このような内容の話を書くとは意外に感じられたが、「預かり信者の弁」を読んで納得できたのでご紹介したい。
あらすじ
 東京の下町にあるカトリック教会のグノー神父は、信者が熱心すぎることで悩んでいる。日曜日は食事をとる暇もないほど忙しいし、説教を短く工夫すれば、もっと長くと言われる始末。しかし、ある日曜日は献金の額が桁違いに多く、目を疑ってしまう。多額の献金をしたと思われるのは、ある和服姿の美女に違いないと見当をつける。
 翌週、彼女を見つけると、教義を勉強しに来るようにと声をかけた。すると、古株の信者達は彼女が芸者であることで騒ぎ立てるように。動じない神父に業を煮やした信者達は、教会を管轄する管区長に話を持ち込むが、グノー神父も管区長も、芸者である小ふみの責任を問うならば、花柳界の存続を許している社会にこそ責任があるはずだと考える。
 江口の里を舞台にした「時雨西行」を小ふみが踊るのを客席で見ながら、グノー神父は小ふみの受洗の願いを叶えてあげようと思うのであった。
本文より抜粋
グノー神父の見るところでは、日本のカトリック信徒達は異様なほど熱烈な信仰を持っているようである。彼らは、その聖なる集いにおいて、平面的な顔を並べ、天主を賛美し、マリアに祈り、カトリック信者が生きて行く上で、日本というところはいかに多難かを語り続けるのであった。グノー神父は、日本のカトリック信者にはカトリック信者以外の人間的部分が無いのではないかと時折懐疑する。そして聖職者である彼よりも、数倍熱心に信仰について語り続ける彼らを見ていると、いっそう胃が収縮してきて、空腹に耐えきれなくなってくるのだった。
収録書籍*〜*〜*
『江口の里』中央公論社・中公文庫 新潮文庫有吉佐和子選集第1期第1巻『紀ノ川』
新鋭文学叢書9『有吉佐和子集』筑摩書房 新日本文学全集4『有吉佐和子』集英社
現代の文学41『有吉佐和子集』河出書房 新潮日本文学57『有吉佐和子集』
日本短編文学全集37『平林たい子・円地文子・有吉佐和子』筑摩書房
新潮現代文学『有吉佐和子』 その他多数
参考情報*〜*〜*
「預かり信者の弁」

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