| 石の庭 |
| 1957年放映 |
有名な京都の竜安寺の石庭にまつわる話。NHKのドラマの台本として書かれた戯曲である。
庭造りに賭けた、小太郎と末二郎兄弟の姿が描かれる。
| 感想 |
| 由来が『ずいひつ』の中の「石の庭始末記」に詳しい。 石庭は、私も二度くらいは見ていると思うが、この話を読んだら、また行きたくなってしまった。ドラマも見てみたかったが、まだ生まれていない時なので、さすがに無理だ。いつものように、実話ではないが、実話のようでとても面白い。 |
| あらすじ |
| 四条流庭師兄弟小太郎と末二郎の家に、彼らの師匠の娘で小太郎の許婚のさよがやってくる。小太郎の留守中で、末二郎とさよが応仁の乱以降、小太郎の人柄が変わってしまったようだと歎いていると彼が帰って来て、乱で焼けてしまった竜安寺の方丈の前庭の再興を任せられたと嬉しげに語る。そして、その庭は全部石で作りたい、白妙(白い石を砕いたもの)を敷き詰めるのだと言う。話を聞いたさよは、彼女の主人で、竜安寺再興の願主が「白妙」という名であったので、その偶然に驚く。 白妙は、応仁の乱の張本人:細川且元の娘で、竜安寺再興の暁には将軍家の側室になることが決まっている。弟は細川家の再興を素直に喜んでいるが、姉はまさか聞き届けられることはあるまいと、将軍へのあてつけで言い出した細川家の菩提寺である竜安寺の再興がスラスラと進んでしまい、苛立ちを隠せずにいる。そこへ宿下がりから戻ったさよが、小太郎と末二郎の話をすると、白妙は庭を任せたのは相阿弥のはずだと驚き、それを聞いたさよは泣き出す。四条流は、以前にも彼らの築庭を相阿弥の手柄にされてしまっていたのだ。 竜安寺の築庭が半ば以上進んだ頃、師匠から、この仕事が相阿弥のやったことになると聞かされた末二郎は、納得できないと怒り狂う。兄が知ったときのことを気遣って消沈していると、小太郎はすでに知っていて、庭造りができればそれでいいと彼は言うのであった。そこへさよと白妙がやって来て、白妙は小太郎に、相阿弥はすでに亡くなっていることを教え、ねぎらいたいので後で彼女の館に来るようにと言う。一目で惹かれあってしまった二人だったが、どうにもならない。 恋を知ったせいか、心境の変わった小太郎は、石ばかりで造るはずだった庭に杉苔や桜を加えることを言い出し、すばらしい工夫だと末二郎は感心している。しかしどうやら兄の心の中にさよ以外の女性がいるらしいことを知り、しかもそれをさよが知っていて我慢していることも知り、かねてからさよに思いを寄せていた末二郎は兄には渡せないと言い出す。 やがて庭が出来上がり、将軍:足利善政と白妙と彼女の弟が見に来ている。白妙は、この庭は相阿弥の仕事ではないと将軍家に認めさせようとするが、弟に止められる。善政は「庭は相阿弥、白妙は善政のもの。主は高望みして選ぶがよい」と哄笑する。 彼らが立ち去った後に庭に現われた小太郎は、片隅で、末次郎が石に自分たちの名を刻んでいるのを見つけ、止めようとして誤まって死なせてしまう。小太郎もノミで自殺を図る。それを見つけて、庭は造り直させると言う寺の管主に、「小太郎や末二郎などという者は存在しないから死にもしない。竜安寺の石庭は相阿弥の名のもとに、洛中一の名庭と称えられるだろう」と白妙は言い放つ。 |
| 本文より抜粋 |
*末二郎の台詞*・・・兄さん、私は金もいらない、地位もいらない。そんなものが何の役にも立たないことを、この長い戦の間に見てきましたからね。しかし兄さん、末二郎は名前が欲しい。名前というのは、生きているしるしのようなものではありませんか。死んでからは、生きていたというしるしになるものではありませんか。この世に生まれて、生きたというしるしを、私は何かに刻みつけたい。竜安寺の石庭に、名前が残せないのなら、もう明日からは人足を指揮する気になれません。 |
| 収録書籍*〜*〜* |
| 『ほむら』講談社 |
| 参考情報*〜*〜* |
| HOME |