| 白扇抄 |
| 1957年6月「キング」 |
日舞の稽古場を舞台にした作品。古く独特の色合いを持つ世界が、純白な素人娘との対比の中に描き出される。
| 感想 |
| この作品は直木賞候補になった「白い扇」を改題したものである。けっこう探して、やっと読むことのできた作品。なかなか面白いストーリーであった。 日舞という伝統の世界で、しかも花柳界の中に、一人の異分子:素人娘の美和子がいる。色事を生業として生きている女性たちに囲まれて育った男性が、まったく違う社会に棲息する若い女性の清潔感や知性に惹かれて行くという話は、後に描かれた『げいしゃわるつ・いたりあの』の勢子と猿寿郎を思い出させた。 最後、猿舟が選ぶ「白い扇」は穢れていない美和子の存在を象徴しているようにも思える。また彼女が最後に踊ることにした新作の内容が、「一文字」に描かれている有吉さんが作った台本と同じであることも興味深かった。 |
| あらすじ |
| 大阪にある日本舞踊梶川流の指南所が舞台。芸妓という玄人の弟子ばかりのなかに一人だけ、美和子という素人の若い娘がいた。師匠の猿舟の留守中に指南所を訪れた彼女を、猿舟の養子である滋が、何の気なしに入門を許したのだった。ところがどういうわけか気難しい猿舟のお気に入りになってしまい、周囲を驚かせている。 滋は猿舟の後継ぎとして厳しく仕込まれているせいか行儀が異常に良く、それに加えて若く美貌であるので、芸妓たちの間で引っ張りだこ。彼はしかし、付き合った芸者たちに執着がなく、いつも義母の手で別れさせられるのであったが、何の未練もないようで、それがまた女たちを不思議がらせていた。女たちと滋とを別れさせる猿舟のやり方はいつも同じで、ある日、猿舟から呼び出しを受けて行くと、まず盛装した猿舟から厳しい稽古を受け、その後、豪華な食事に招かれて、絶妙なタイミングで「滋がお世話になりました」と挨拶をされてしまうのだった。 そんな呼び出しが近いことを予想して苛立ちを隠せない花竜は、売れっ妓の芸妓で、現在の滋の相手。彼女には師匠のお気に入りである美和子の存在がうっとうしくてならない。それなのに、東京で行われる春の梶川流大会の稽古で、彼女自身の出し物だけでもたいへんなところを、師匠に言われて美和子の稽古まで見なくてはならなくなった。美和子は、修学旅行以外で東京へ行ったことがないと発言したことから、滋の後見で舞台に立つことになったのである。ド素人に近い美和子が滋の後見ということで周囲は色めき立つが、本人は気に病むこともなく、素直に稽古に励んでいる。 梶川流大会の日がやって来ると、東京へ行ったら旦那の目を離れて思う存分滋と浮気ができると楽しみにしていた花竜であったのに、美和子がいることでそうもいかず、自分の舞台も不満足で、舞台直前の美和子に八つ当たりをしてしまい、そのせいで美和子は本番でしくじってしまう。 自分のミスを苦にして涙にくれる美和子を慰める滋のもとに、大阪に残っている猿舟が倒れたとの知らせが入る。滋と美和子は慌てて帰ることになった。夜行の中で、無邪気に眠りこける美和子の姿に、彼の周囲の女性たちには感じたことのなかった爽やかさを見出した滋は、後日、お金が掛かり過ぎるので日舞を続けることはできないと言い出した美和子に、自分と結婚すれば踊りを続けられると言い出す。 大会で上京した折、若い家元と会って梶川流の将来について語り合った滋は、義母が病床についていることもあって、主体的に真摯に日舞に取り組むようになって行く。そんな姿に花竜は近寄ることもできずにいる。思い切って猿舟の見舞いに訪れてみると、枕辺に熱心に看病する美和子と滋の姿があり、猿舟には、一度ご馳走しようと思っていたんだと言われてしまう。食事はなんと美和子とすることになり、噂どおり、彼女と滋が結婚することを知らされる。 猿舟は喜寿を越しており、倒れたのは老衰のためであったのだが、徐々に回復し、秋に引退披露の会を行うこととなった。そこで使用する扇は、美和子や滋とともに様々見た結果、ただの真っ白い扇にすることにした。 |
| 本文より抜粋 |
*滋が美和子にプロポーズするシーン*「ええわ、うち、そいでも。東京の歌舞伎座の舞台踏ましてもろたし、滋さんのヒキヌキさせてもろたし」「ほな、ほんまに踊りやめる気でいるんか?」 「今すぐとはいえへんけど・・・お師匠はんと一緒に引退しようかしらん」 ちょっと茶目な表現で答えてみせたのに、滋は、真面目な顔で迫った。 「僕と結婚したら、踊り続けられるで」 はっと息を止め、次の瞬間ピシリといい返していた。 「やめとこ。踊るために結婚したら、滋さんに気の毒やもん」 -------この話を、滋の報告で聞いた梶川猿舟は、病気以来久々で晴れやかに笑ったものだ。 「そらそうや、いろごとを踊りの土台にすると始めに思うたら大間違いや。滋、おまえ男やないか、しっかりしイな」 「お義母さん、いろごとと違いまっせ。僕、ちゃんと結婚したいんですわ」 「えらい妙な相手に目エつけたなあ」 猿舟が、かねがね美和子を自分の嫁にしたいと望んでいたのではないかと疑っていた滋は、この言葉を聞いて更に心がシャッキリした。義母に頼って生きていた過去から、ようやく脱却か成長か、とにかく男になれそうである。 「東京で家元さんと話してなあ、日本舞踊が普及化するためには今までのように花柳界に頼ってたらあかんて結論でしてん。・・・美和子にいろいろ教えてもらわんならんと思うてますわ」 「ほうほう。もう婿さん気取りか」 揶揄しながら、猿舟は上機嫌だった。 *美和子と食事をしながらの花竜(はなりょう)の心理描写*妙なことになったものだ、とつくづく花竜は思う。本来?ならば、この座敷に花流派猿舟と二人で向き合っているところなのであった。・・・・・・今、目の前にいるのは、七十七歳の嫗ではなく、その三分の一にも齢満たぬ小娘である。しかも、ひょっとすると、いや殆んど確定的に自分を捨てた男の配偶になる女である。考えてみると、花竜の立場は、猿舟と向き合っているより一層みじめな筈であった。 だのに不思議なことに花竜には敗者の意識のようなものがまるでなくなっていた。実は内心、花竜自身がそういうものを自分は持っている筈だと思い込んでいて、そのために美和子の存在に何かと怯えて歯ぎしり噛んだりしていたのだが、今箸を持って向かいあって見ると全く不思議なほど、そんな劣等感が起こらないのである。 美和子の徳というものだろうか。この小娘には大人をも抱きかかえてしまうおおらかな心があるのだろうか。猿舟を惹き、滋を信頼させた強靭な魅力-----それは単に処女の清純さだとはいいきれないようである。花竜が生い育った花街には無かった無色透明な自由の中から、ポーンと生まれ出た童女が、世紀末のように喚き立てている極彩色の踊りの国に転がり込んできて、どの色にも天性染まりようもなく遊び転げている。そのために跳ね飛ばされた紅も、押出された緑も、片寄せられた紫も、怒りようも憎みようもなくして、ただ見詰めている。所詮は様々な色がみな行きつくところへ行きついてしまった形で、無色の持つ包容性や、透明という空怖ろしいばかりの未来性に、結局のところ期待をかけてしまっているのだった。 |
| 収録書籍*〜*〜* |
| 『美っつい庵主さん』新潮社 |
| 参考情報*〜*〜* |
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