出雲の阿国
1967年1月〜1969年12月「婦人公論」

秀吉から家康へと移り変わる時代を背景に、歌舞伎の創始者と言われる阿国の生涯を描いている。
有吉文学切っての大作で、綿密な調査に基づいて描かれた、優れた歴史小説である。

感想
 出雲の阿国と呼ばれた女性が、真実このような生き方をしたように思え、非常にリアリティが感じられる。
 阿国は「天下一」ゆえに孤独であった。せめて傳介の穏やかな愛情に応えることが出来ていたならと残念でならない。都落ちして、出雲へ戻って行く阿国はどうなるかと心配であったが、解説にあるように「『死ぬるその日まで』踊って、満足の中に波瀾の一生を終えた有吉さんの阿国は、幸せな女だった」と私も思った。それにしてもお松の生き方だけは、最後まで理解しがたかった。
 歌舞伎や古典芸能にもっと詳しければ、より面白く読めるだろうにと少し残念に思っている。
あらすじ
 出雲の国から大坂に出稼ぎに来て、念仏踊りをしていた阿国たち一行は、秀吉の御伽衆の梅庵の目に留まり、来客の接待用に召し出される。梅庵の知人からお呼びが掛かって出向いたり、そうでなければ大坂や京の都で興行する生活。梅庵の指図で阿国たち一行の宰領を預かった三九郎の稽古や、同じく梅庵の許で知り合った傳介から流行りの小唄を教わるなどして、演出などにも工夫を凝らす。武家や富裕な商人から拝領の南蛮念珠を首にかけ、流行の傾き者を装ったことから、阿国歌舞伎(傾き→歌舞伎)として名を高めて行き、やがて女御前子から「天下一」とのお墨付きも与えられる。
 三九郎とは夫婦になるが、権力者に認められることのみを目的として芸の精進に励む彼と、純粋に踊りが好きで、観客を酔わせ、自らも踊りに陶酔することを喜びとする阿国との関係はやがて破綻して行く。結局、阿国の妹分であるお菊に寝取られることに。嫉妬に狂った阿国が、舞台でのお菊の見せ場に男の姿で飛び出して彼女を引きずり降ろそうとし、それを止めようと女の振りをして登場した傳介と絡んで踊ったところが観客の評判を呼ぶ。阿国の悲劇は、喜劇としての日本の演劇の幕開けとなる。当人達の苦しい胸の内とは裏腹に好評を博す阿国歌舞伎。
 しかし、その名に惹かれて見物に来た傾き者で名高い浪人の山三と阿国はたちまち恋仲となり、山三の奏でる笛とそれに合わせて踊る阿国はますます有名になって行く。つかの間の幸せに浸る阿国。ところが「天下一」の阿国と我が身を引き比べて鬱々とし始めた山三は、ある日姿を消してしまい、やがて殺されたことが伝わる。ショックを受ける阿国であったが、それさえも踊りの工夫に生かして行く。当初から阿国に想いを寄せていた傳介は、そんな阿国を痛ましく見守る。
 一方、阿国歌舞伎の名声を疎ましく思うひとりの男がいた。阿国の許婚者であった九蔵は、阿国が出雲に帰って来なかったことを恨み続ける。後に京にやって来た彼の嫌がらせにより、阿国たちは興行場所を立ち退かざるを得なくなり、挙句、遠く江戸にまで行くことになる。
 江戸では場内で演じる機会も与えられ、「天下一」の名はますます高まるが、当時流行の蛇皮線を遊女屋から始まったものとして阿国が取り入れようとしなかったこともあって、民衆の絶対的な支持を得るところまでは行かない。また、傳介が結核を患うなど良くない出来事も多く、結果、京へ戻ることになる。
 しかし、京ではまた九蔵の復讐の的となり、わずか数名に減ってしまった仲間と共に、故郷の出雲へと帰って行く。そして結核がぶり返した傳介は、阿国と妻のお松の必死の看護の甲斐なく、息を引き取る。
 「天下一阿国歌舞伎」の名は出雲まで響き渡っており、阿国は自らのルーツである鑪者たちの前で踊り、山中で鑪の火を見た後、事故で命を落としてしまうのであった。
本文より抜粋
 念仏踊りが、威勢のいい足拍子で始まり、やがてお国が笠と僧衣をはねのけると、常と違って男の傾き者に扮していたので見物の者たちは意表を衝かれ、わっと声をあげた。・・・・・
 お国が拍手に送られて舞台を降りると、入れ違いにお菊が華麗な小袖の袂を翻して舞台へ踊り出た。客はまたそれを拍手で迎えた。お国は振り返って、かっと眼が裂けた。次の瞬間、お菊を追うように舞台へ舞い戻った。
 袖でそれを見ていた傳介は、ぱっと自分の布子を脱ぎ捨てると・・・お国の衣装を急いで身につけ、鏡も見ずに瞼と頬に紅を刷き、野郎頭の上に布片をのせ、その片端を唇で挟んで止め、お国に続いて舞台へ飛出して行った。
 舞台では客の目の前で、お国がお菊の衿をひきすえ、あるいは袖を掴んで踊らせまいとしていた。お菊はそれを打ち払って踊り続けようとする。お国はそれをさせまいとする。客はそれを男女の戯れ合いと思ったようだった。しかも男に扮しているのは女のお国なのだ。男の客たちの連想はすぐ傾城町へ飛び、彼らは声をあげて面白がった。
 更に客たちの意表をついて、絲縷の傳介が女の小袖を着て、顔に紅をなすりつけ、身振りおかしく飛出してきた。
「そりゃならぬ、まず止めよ」
 傳介は唄にあわせて踊りながら、お菊とお国の二人の間に分けて入ると、お国の耳に小声で囁いた。
 が、お国はもう嫉妬を押さえかねて狂っていた。・・・・・傳介を押し返し、その力があまりに強かったので傳介は衣装の裾を踏んで尻餅をついた。
 観客はこのとき爆笑した。手を叩く者、腹を抱える者、可笑しと言って涙さえこぼす者がいた。小屋の中は喝采で割れ返り、舞台に笑いを投げ返してきた。
・・・・・
舞台の裏では悲劇の人間模様が蠢いているときに、舞台では日本最初の演劇が、喜劇という体裁を整えて誕生していたのであった。
収録書籍*〜*〜*
『出雲の阿国』上・中・下巻 中央公論社・中公文庫
新潮社有吉佐和子選集第2期第1・2巻
参考情報*〜*〜*
ビギナーの歌舞伎見物 歌舞伎と出雲の阿国

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