| 夕陽ヵ丘三号館 |
| 1970年4〜12月「毎日新聞」 |
社宅団地に住むサラリーマン家庭が描かれた作品。夕陽が美しく見える最新設備の団地に入居した喜びも束の間、
見栄の張り合いの渦中に巻き込まれ、苦悩する音子の哀れな姿が描かれている。
| 感想 |
| 見栄の張り合い、陰口の叩きあいにはぞっとする。誰とも付き合わないようにでもしなければ、渦中に巻き込まれることを防ぎ様がないだろうし、かといって、そうすればしたで噂の主人公にされてしまうだろう。リアリティがあり過ぎて、こんなところには住めないわ!と思わされてしまう。 母親と息子との感情の食い違いも見事に描かれている。双方の気持ちがよく分って、音子の過干渉ぶりは滑稽でもあるが、少し切ない。このあたり、有吉さんの娘さんへの干渉振りを思い出させられた。もちろんここまでひどくはないが。 また妻のヒステリーに晒される夫の苦悩にも同情できた。“人の振り見て我が振りなおせ”である。気をつけたい。 |
| あらすじ |
| 主人公の時枝音子は、一流会社に勤務する夫と小学生の子供を持つ主婦。大阪へ赴任していたのが、東京本社へ転勤となり、郊外の社宅団地へ入居。新築で最先端の設備を誇る住まいに感激した彼女は、大阪に残っている社宅友達:山野幸江に、そのことを誇らしげに書き綴る。 しかし建物は新しくても、社宅であることには変わりない。大阪の時と同様に、閉ざされた生活圏の中での見栄の張り合い、陰口の応酬は相変わらず。それぞれの夫から聞きかじった会社の情報を持ち寄っての井戸端会議は、夫より早い社内機密の入手につながり、亭主族を呆れさせるほど。 初めのうちは一歩引いていた音子も、やがて渦中の人に。それは大阪時代に夫の下風にいた山野一家が転勤して来て、音子の住む社宅の一番新しい棟に入居したことからだった。 山野氏は大抜擢を受けて出世し、会社で注目を浴びている部門にいることに、音子も夫も羨望と嫉妬を禁じえない。さらに彼らの息子は同級生となり、音子の息子の成績が下降線を辿る一方なのに対し、山野家の息子は優等生。心配して母親が干渉すればするほど、息子の心は離れて行く。それが音子にはわからない。結果そのはけ口が夫になってしまう。疲れて帰って、妻の愚痴を聞かされることが度重なり、夫婦関係にも危うい気配が。 しかし、何となく音子は幸江のバイタリティに飲み込まれて行き、共に息子の心配をしたりしながら、いつの間にか、大阪時代のように親しく付き合うようになっているのだった。 |
| 本文より抜粋 |
| 音子は冷静に返事をしたものの心の中は波打っていた。あの人は要領がよすぎるんですよ!そう叫びだしたいのを押さえていた。川北夫人に何か言えば、それがそのまま幸江に通じてしまうことは前に痛い経験があるので、音子は心が許せないのである。夕陽を眺めるというテーマだなんて!あの田舎者の幸江がなんと背伸びしていることだろう。 「奥様、幸江さん変わりましたでしょう?前には、なまりは大阪でしたけれど、今ほど大阪弁は丸出しにしてませんでしたわ。奥様のところではどうか存じませんけど」 「それは私も感じたわ。でも、あのひと、自分で言っていたわ。夕陽ヵ丘5号館では気取ってみても追いつきませんって。あのひと利口なのよ、やっぱり阪僑の知恵だわね」 「ハンキョー?」 「中国人のこと華僑って言うでしょう?外国へ出ている人たち。そういう意味で大阪出身のひとのこと阪僑って言うの。現実的だし、商才があるし、伊沢商事の中でも阪僑が大きな勢力になっていますってよ。主人もそう申していますわ。東京の人間は、そこへ行くと見栄っぱりで実行力がないんですって」 |
| 収録書籍*〜*〜* |
| 『夕陽ヵ丘三号館』新潮社・新潮社有吉佐和子選集第2期第7巻・文春文庫 |
| 参考情報*〜*〜* |
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