なま酔い
1959年11月「小説新潮」

酒を飲んでも酔い切れない、苦しい男の心情が描かれている。
数限りなくいたであろう、広島の被爆者の方々の悲哀が、じんわりと伝わってくる作品である。

感想
 「祈祷」と同じように被爆者をテーマにしている。二度と同じ悲劇が繰返されないようにとの、著者の祈りのこもった作品であると思う。胸を打たれる。
 広島では、原爆症を癒すには酒とお茶が効くと信じられていたという話が出てくるが、(旧)ソ連でもチェルノブイリの原発事故の後、酒が効くと信じられていたとのことを後で知った。偶然の一致だろうか。
あらすじ
 新卒の道太郎が初めて出張したのが広島であり、その日はなんと原爆記念日であったのだ。デモ等で賑やかな反面、店はすべて休業で、宿も高級旅館しか空きがなかった。そんな処で食事をしたらさぞ高いだろうと、店を探してタクシーに乗り込み、飲み屋を紹介してもらう。たまたま坐った席の隣にいた男にどの魚が旨いか等と訊くうち、彼の身の上話を聞くことになる。
 終戦から数年後、急に貧血を感じるようになり、原爆症かと不安に怯えるようになる。その不安を払拭するために酒に溺れるようになり、同居していた姪の明子にも心配をかける。そんな時、顔見知りの芳子から地つきの広島人の生き残りは少なく、貴重な存在だからしっかりしろと励まされ、芳子に夢中になって行く。闇屋の商売からも足を洗い、結婚を申し込むと、彼女は自分には資格がないと言う。過去は問わないと約束をして結婚するが、芳子の伯母もよく貰ってくれたとあまりに礼を言って泣くもので、よほどのキズモノを嫁にしたのかと思っていた。結婚後、芳子と明子はそりが合わず、争いが絶えない毎日。間もなく芳子が妊娠する。産ませようかどうしようかと悩むうち、明子がいっしょに暮らしているのにどうして秘密にするのかと騒ぎ立てる。それで覚悟をきめ、男は自分が原爆投下後間もなく広島へ戻っていたため、原爆症らしき貧血の症状があること、その恐怖から逃れるため酒に浸っていたことを告げる。すると芳子も、自分も実は原爆が投下された折、家の中にいて助かったと言う。被爆者では結婚に差し支えると思い、言えなかったと泣いて詫びる。ようやく二人で検査に行き、原爆症ではないことがわかり、出産を勧められる。しかし生まれた子供が白血病に犯されていたのだった。不安な毎日が続く。広島では原爆症を癒すには酒とお茶が効くと信じられているので、子供は学校から帰ると毎日、薄茶の手前の稽古をしていると言う。
 男は燈籠流しを見に行こうと道太郎を誘う。夜も更け、真っ暗な川に燈籠流しの残骸が流れて行く。男は突然、持っていた空の酒瓶を川に投げ込んだ。道太郎も手にしていた茶碗を力いっぱい投げた。
本文より抜粋
 あれから十四年、広島に溢れていた原爆の恐怖は、今も少しも薄れちゃあいません。子供の病気が、何の所為か判らないなんて、あんた、こんなひどい話があるでしょうか。原爆症に対する完璧な治療法は、未だに発見されてないんですから。原爆病院にゃア十四年寝たっきりの患者が多勢います。去年の八月六日から、今日までの間に、原爆症で死んだ人間の数は……。今朝の慰霊祭で、市長はその名簿を慰霊碑の前に捧げましたよ。あれから十四年たっても、まだ毎年、あの爪に掻かれた傷がもとで死んでいるんです、人間が。私だって、芳子だって、いつ急に症状が現われて、死ぬか分らんのです。
収録書籍*〜*〜*
『三婆』新潮社・新潮文庫 新日本文学全集4『有吉佐和子』集英社
現代日本の文学49『有吉佐和子・瀬戸内晴美集』学習研究社
参考情報*〜*〜*

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