断 弦
1957年11月講談社

第1章「盲目」は1955年8月「新思潮」に、第2章「地唄」は1956年1月「文学界」と9月「文藝春秋」にそれぞれ掲載。
この「地唄」で有吉さんは文壇デビューを果たす。著者の書いた初めての長編作。
地唄の世界に取材した作品で、父と娘の確執から始まり、伝統の継承の難しさが描かれている。

感想
 瑠璃子という異分子の目によって、伝統の世界の旧悪が暴かれてもいるが、彼女は自分から遠く隔たった古い世界が、逆に新鮮に感じられて地唄に惹かれているのだ。
 地唄を聴いたことすらない私であるが、とても興味深く読める良い作品であると思う。最初に読んだ時よりも、十何年も経て読み返した今の方が面白く感じられる。
 これで処女長編作なのだから!有吉さんの才能、推して知るべしである。
あらすじ
 伝統芸術:地唄の世界の第一人者、大検校菊沢寿久の娘:邦枝は、日系二世の垣内譲治と結婚したことで勘当されてしまう。他に身寄りのない老いた父を思い、父の芸術を受け継ぐことが叶わなくなったことを思って、テープから流れる父の演奏を聴いては涙する日々。2年の歳月を経ても父の勘気は抜けず、そのうち邦枝たち夫婦はアメリカへ帰国することになってしまう。折にふれ、邦枝は父に宛てて手紙を出していたが、盲目の父からは未開封のまま、送り返されてくる始末。寿久はそんな訳で、一人娘の渡米が迫っていることを知らずにいる。
◆地唄◆
 「名流邦楽と舞踊の会」の日、邦枝は自らの出演の終了後、喜利に近く出演する父の楽屋を訪れ、そっと隅に控えていたが、父に気付かれて退けられてしまう。しかしその日ようやく邦枝の渡米を知り、ショックを受ける。依怙地になっている寿久は、速達で届いた邦枝からの手紙を弟子に代読させることもなく、懐に仕舞い込む。そんな頃、若い弟子が腕を見て欲しいと寿久の許を訪れる。彼女に邦枝からの手紙を読んでもらい、その晩の飛行機で渡米することを知ると、同じ便で渡米する演奏家の見送りを口実に羽田に駆けつける。驚いている邦枝に帰ってくるのかと訊き、帰ってくるとの返事を得るものの、もう戻らないことを確信し、寿久は寂寥感に包まれる。
◆◆◆◆
 邦枝の手紙を代読した若い弟子は真瀬瑠璃子といい、寿久の直門となる。大学生の彼女は三味線の前はピアノを習っていたという現代っ子。頑なな寿久も瑠璃子には敵わない。稽古中に足が痺れたと横座りして、古参の内弟子:新関の顔をしかめさせるような不行儀があっても、寿久は「ルリさん」と呼んで可愛がっている。そして邦枝から手紙が来ると代読させるのであった。ある時、寿久は瑠璃子に養女の話を持ち掛け、新関を仰天させるが、瑠璃子は断ってしまう。思いついて、邦枝に寿久の近況を知らせた瑠璃子の手紙に返事が来て、寿久と瑠璃子は、また仲良くその手紙を読むのであった。
 寿久の弟子の一人で、地唄筝曲会の俊秀:菊守光也がアメリカでのリサイタルを成功させ、帰国する。彼の演奏をしばらく前にラジオで聞いた瑠璃子と寿久は、伝統的な演奏とはかけ離れていることに驚くが、機械的な問題かと思い込む。しかし間もなく開かれた演奏会でそうではないことを知る。寿久にはまともな演奏とは思えず、瑠璃子にも良悪の判断がつかなかった。アメリカでの菊守のリサイタルを聴いたという邦枝からの感想が届いてみると、彼は天才だと褒めちぎっている。瑠璃子は困惑してしまう。
 そんな中、4年ぶりに邦枝が帰国する。寿久の体調が悪いこともあって、表向きは師匠思いの弟子達の、親子の対面をさせてあげようとの心遣いで、彼女の帰国費用は弟子達に賄われていた。そんなことが邦枝の心の負担になってはいたが、父を思う気持ちを押さえきれなかったのである。しかし実際には、菊守光也の華々しい成功と伝統的な世界の秩序を無視したやり方に業を煮やした弟子達が、対抗策のため、伝統の象徴として師匠の娘である邦枝を呼んだのであった。事情を知らない寿久は、帰ってきた邦枝が弟子達に呼ばれて出歩くのが面白くない。周囲の動向が気になり、寿久の死を予期して浮き足立っているかと考える。一方、弟子達の「正統派大会」に呼ばれた邦枝は、菊守光也の演奏を認める発言をしてしまい、皆の顰蹙を買う。彼らの申し出に乗ってしまった自らの迂闊さに腹を立てるも、どうしようもない。弟子達は取りあえず対抗策を決め、菊守光也を詰問するが、彼の方から破門を言い出されてしまう。病床にいる間、瑠璃子のプレゼントのオルゴールを聞きながら、寿久は自らの芸を継承させる弟子を見出せぬゆえ、テープに録音させることを思いつく。機械に向かって彼の芸と技のすべてを披瀝する寿久を、それぞれの想いで涙を流しながら、邦枝と瑠璃子はじっと見守るのであった。
本文より抜粋

*地唄より*

 目の前で呼吸している女を、寿久は客の一人と思っているのかもしれない。こういう時客の多いのには馴れている寿久で、人をかまわず徐に爪をはめると、彼は十三本の糸を第一弦から斗為巾(トイキン)と一時に一掻きした。
 半雲井調子。「楫枕」の調べに間違いなかった。おそらく、誰もこの十三色の音程から誤りを指摘する者は他にいなかっただろう。が、邦枝は、
「四の糸が高い」
 と瞬間に感じた。久しぶりの父の前で指は興奮していたのだろうか、考えるより早く動いて琴柱を微かに下げた。
 微妙な音差を、咄嗟だった。
 寿久は、直後、十三本の糸の上を、更にもう一掻きしていた。
 四の糸が直っている。
 前に居る者の動作が伝わっていた。じんとくるものがあった。琴爪に残った余韻が、腕に痺れてきた。
 邦枝だ。
 お父さん。
 電流に打たれて、二人が二人とも、はっと息を呑んだ。
 寿久のこめかみがひくひくと動いた。邦枝の言葉は喉にひりついていた。
 次の瞬間菊沢寿久は、身をのり出して、四の糸の琴柱を元の位置に戻した。続いて五の糸を上げた。六の糸……七の糸……斗、為、巾に続いて、第一第二第三の糸を、彼は息も継がずに十三本全部、支柱を全部高くずらしてしまっていた。
 邦枝が呆気にとられて、やがて寿久が何をしているのかを理解した時、彼は胸を張って高調子に改めた琴の上を、まるで挑戦するように幾度も掻き鳴らしていた。
 追い出されるように、突き出されたように、邦枝は部屋の外へ出ていた。

*断弦より*

光也の帰国第一回演奏会に寿久とSホールへ出かけたときの瑠璃子は、彼の音曲に対する態度にかなり懐疑したものであったが、時間を経るに従って考えが変わってきていた。まずその原因の第一は、瑠璃子自身の地唄についての考え方に変化があったことである。伝統維持ないし保存ということと、継承ないし発展ということは、その態度に根本的な相違がある。彼女はそれを、寿久に接したこの歳月で、感覚的に悟ったのであった。瑠璃子は寿久から、学ぶもの、学び得ぬもの、学んでも役に立たぬもの、があるのを知った。それは瑠璃子の才能の有無によるのではない。三弦という芸能の技術の問題ばかりではない。簡単に言えば、老人と若者との繋りなのだ。何が結び合えるか、何が断絶するか−−−瑠璃子は省みて、彼女が寿久の身近で模索していたのは、このことであったのだと思う。芸の継承ではない。生命の継承なのだ。幾世代に濾過されて、そのかみに人々のいのちは、今日どのように伝わるのか−−−それを考えていたのだと思う。
 その意味で、江守光也の仕事は、寿久の承け継いだものの維持と保存よりも、発展の方により多く比重がかかったものだと考えられる。やるべし、ではないか。
収録書籍*〜*〜*
『断弦』講談社・文春文庫・東方社
「地唄」単独での収録:『地唄・三婆』講談社文芸文庫 『まっしろけのけ』文藝春秋新社 
新潮社有吉佐和子選集第1期第1巻『紀ノ川』 新鋭文学叢書9『有吉佐和子集』筑摩書房
新日本文学全集4『有吉佐和子』集英社 われらの文学15『阿川弘之・有吉佐和子』講談社
新潮日本文学57『有吉佐和子集』 筑摩現代文学大系63『芝木好子・有吉佐和子』
参考情報*〜*〜*
『断弦』あとがきより抜粋

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