海鳴り
1958年9月「新潮」

『ファイナンス』誌の若き編集者:水尾冴子の話。
老いさらばえた男との関わりのなかで、揺れ動く若い女心が描き出された作品である。

感想
 有吉さんが短大卒業後、しばらく関わっていたのが『ファイナンス・ダイジェスト』誌の編集であるから、その経験が生かされているのかもしれない。いくら昔は偉い人でも、お金持ちでも、こんな風に年老いた男にまとわりつかれるのは、私も嫌だな。慰めるより、逃げたいという気持ち、同感できる。若い有吉さんとしては「性」についても、いろいろ考えるところがあったのだろう。
 ちなみにこの作品の舞台は房総であることが「収録書籍」の情報により判明しちゃった。
あらすじ
 水尾冴子は東京から電車で2時間余りのとある海辺の町へやって来る。元蔵相の一木氏に『ファイナンス』誌の原稿を依頼しに来て、偶然居合わせた岡野という青年と共に一木の歓待を受ける。岡野は、一木が冴子の来訪をとても喜んでいるようだという。
 しばらくすると、原稿が足りないとか、質問があるとかで、冴子を呼びつけるようになる。そしてその度、歓待を受ける。そんなことが重なり、冴子は気味が悪くなり、恋人にも相談するが不快な表情をされてしまう。岡野にも愚痴をこぼすと、非情な人だと責めるが、冴子の気持ちに理解も示す。やっと最後の原稿を受取る時が来て、冴子が出向くと、今後も会いに来てくれると約束をして欲しいと迫られるが、冴子は拒否する。
 1年後、一木翁が老衰で亡くなったことを新聞で知る。恋人に電話をすると彼の勤務先の銀行に、一木の肖像画があると教えられ、すぐに行って見る。絵を見ると涙が込み上げ、冴子は自分の非情さを歎き、一木を慰めてやれなかったことを悔やんで泣く。妙なことではあるが、これがきっかけで冴子は恋人と婚約を解消することにしてしまう。
 ある日、海が見たくなった冴子は、例の海辺の町を訪れ、一木翁をしのびながら海の音を聞いていた。
本文より抜粋

*一木の肖像画の前で冴子と恋人:卓也の会話*

「一木さんが、ただ気味が悪かった。どうして私は一木さんを労われなかったの?消えようとしている生命が、たった一つの倚りどころを求めたときに、何故私は応えることができなかったの?」
・・・・・
「残念だと思うの。口惜しいと思うの。人間を甦らせる性能を女は持っていると知ったのに、その女になれなかった私が恥ずかしいわ。一木さんにすまないことをしたと思うわ。でも…」
・・・・・
「でも、私は今だって、同じような老人に同じようにすがられたとして、応えることができないのよ。理由はね、それが泣いた理由。処女には力がないということだわ。卓也さん、あなたは何故ちっとも私を求めないの」
 蒼い顔をして、卓也は応えた。
「冴ちゃん、何を取乱してるんだ。大変なことを口走ってると思わないか?求める男に応えるのは娼婦のすることだ」
「そうだわ。その意味で娼婦は素晴らしいわ」
収録書籍*〜*〜*
『江口の里』中央公論社・中公文庫 新鋭文学叢書9『有吉佐和子集』筑摩書房
新潮社有吉佐和子選集第1期第2巻『私は忘れない』 『房総の近代文学.1』なのはな出版
参考情報*〜*〜*

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