ぷえるとりこ日記
1964年7〜12月「文藝春秋」

ニューヨークの名門女子大生39名が、プエルトリコへ研修旅行に行く話。
会田崎子とジュリア・ジャクソンの日記を交互に配置して、作品が構成されている。彼女等二人の感じ方の違いが興味深い傑作。

感想
 日本人とアメリカ人の見方や感じ方の違いが良くわかって面白い。研修と言っても、貧しいプエルトリコの生活を実体験するくらいなもので、夜は現地の男子学生とのデートに明け暮れるというのんびりした話である。しかし、それだけに背景にある、しぶとく絡み合った人種差別の問題や、アメリカの資本に搾取され、貧困を余儀なくされてるプエルトリコの状況に、何ともやるせなさを感じる。
初めてこの作品を読んだときの崎子の印象は、ジュリアに近いものがあって、おとなしくて社交が下手な日本人というものであった。しかし、有吉さんのことをいろいろ知った今では、著者と崎子が自然と重なり、おとなしくしているのは、じっくり観察中だなとか、憂いていたり、面白がっていたりする様子が感じ取れるようだ。
現地のエリートに熱烈な愛を捧げられちゃうあたり、あれは実話かなぁ。
あらすじ
 会田崎子はニューヨークのミルブリッジ大学に留学中。名門の女子大で、有色人種もユダヤ人も入学できる唯一の存在である。プエルトリコへの社会科学旅行の参加者39名のうち、黒人は二人、ドイツ人一人とメキシコ人が一人、黄色人種は崎子のみ、ユダヤ人は相当数という多彩な組み合わせ。ジュリア・ジャクソンはこの旅行の委員長を務めることになり、その責任感から仕方なく、英語が下手で退屈な崎子の相手を務めることにする。
 現地の生活を体験するために、二人は子沢山で貧しい家にホームステイするが、ジュリアの我慢ならない様子に気を使った家の主が二人にホテルへ移ることを勧める。数日を経るうち、プエルトリコの貧困の原因はアメリカの搾取によるものと崎子は見抜くが、ジュリアたちアメリカ人の前では口に出せずにいる。一方、ジュリアたちは、貧困の原因を子供をたくさん作りすぎるから等、馬鹿げたことを言っているものだから、崎子はイライラしてしまう。
 田舎での調査を終え、首都に戻り、プエルトリコ大学で、彼女はホセ・アレグリアという青年と知り合う。彼は美男でエリート。プエルトリコが独立すれば、初代の大統領になると自他共に認めている。ジュリアも早くから、彼に目をつけていたのだが、日本に興味のあるホセは、崎子に急接近し、ついにはプロポーズする。
 建国の手本に日本を想定し、日本人妻を選ぶホセの考えに違和感を感じ、逃げるように現地を離れる崎子であったが、彼らの真剣さと現状の困難を思って涙をこぼす。土産を買い込み、帰国の喜びに沸き立つ飛行機のなかで、ひとり沈み込んでいる崎子を見て、黄色い人間の心はまったくわからないとジュリアは結論する。
本文より抜粋

*ジュリアと崎子の会話*

「知恵が足りないわね。彼らは。いい人たちだけれど。本当にそう思うわ。ねえ、崎子、あなたはお魚が好きだから、分かるんじゃない?あんな安い値で売るより、ただで食べた方が、豆や米のスープより栄養もあっていいと思わない?あの人たちには経済ってことがまるで分からないのね」
私はむかむかしてきて、つい押さえていたことをいってしまった。
「お魚の売値よりも、豆や米の値段の方が安いから、だからあの人たちはお魚を全部売ってしまうのだわ。経済の原則通りにね」
「あなたは豆や米の値段を調べたの、崎子」
「いいえ。でも調べなくたって分かるわよ、そのくらいのことは」
「それは暴論よ、崎子。この旅行の目的は推測ではなく実地に当って資料を集め、それで判断することにあるのに、いけないわ、そういう結論の出し方は」
「お魚には買い手があるけれども、あの豆なんかを輸入したがる国があって?需要の有無を考えただけで値段なんて簡単に見当がつくわ。プエルトリコ人たちは売れるものを売って、売れないものだけで食べているのよ!」
収録書籍*〜*〜*
『ぷえるとりこ日記』文藝春秋新社・新潮社有吉佐和子選集第1期第9巻・角川文庫
参考情報*〜*〜*
プエルトリコ小史

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