ずいひつ
1958年9月新制社

雑誌等に掲載された、短いエッセイを集めた作品。数編は『作家の自伝 有吉佐和子』にも転載されている。

感想
 著者の若い頃のエッセイなので、内容的には成熟しきれていないように感じるものもあるが、有吉文学ファンとしては、たいへんに興味深い本である。
 有吉さんが、若い女性として当然ではあるが、とてもお洒落に関心が高く、イヤリングなどをたくさん買い込んでいた等、微笑ましい記述も多い。また着物への興味や、演出家としても活躍し始めた時期の話もあり、これを読むと、有吉さんの小説の味わいがいっそう増すことは間違いないところだろう。
あらすじ
 目次を転記し、項目ごとに簡単なあらすじと、特に興味を持った箇所を抜粋。
 印は、『作家の自伝 有吉佐和子』に収録されているもの。

子どもと私
(主にお兄さんの娘との関わりが描かれている)
佐和子叔母チャンの願い
子ども万歳
花のかげ
お節句


おしゃれ礼賛
(著者はおしゃれが大好きなのだが、世の風潮として「大学を出て小説でも書こうというインテリがおしゃれなどと・・・」という偏見が当時は強かったらしい。)
戦後派キモノ考
わたしの浪費癖
イヤリングに賭けた青春
着るということ
御意見無用


芝居ばなし
(駆け出しの作家&演出家として、周囲に支えられて健闘する様子が書かれている。若いから、皆が心配していろいろアドバイスをしてくれたことに感謝している。)
生きている歌舞伎
楢山節後記
やめられないこと
ある感動
文楽演出後記
石の庭始末記
<あらすじ>
 仏像彫刻に興味を持っていた学生時代に始めて石庭を見て、とても惹き付けられた。その後、庭の作者が相阿弥と知り、京都の名庭には彼の作品が少なくないことも知った。その後、秋に訪れて感激した著者は、帰郷して「相阿弥の枯山水だから・・・」と吹聴していると、にやっと笑いながら、小太郎、徳二郎という名が石の裏に彫ってあるのを知っているかと言う人があった。知ったかぶりが恥かしくなって、石庭についていろいろ調べてみると、相阿弥は竜安寺竣工の前に亡くなっていることが判明。では誰が造ったのか・・・と考えていた頃に、NHKからドラマを依頼され、しかも「石庭」を舞台にと言われ、胸が躍った。プロデューサーの方では、小太郎・徳二郎の件は知らなかったので、構想を話すと相手も感激した。
<本文より抜粋>
テレビを見た人々の多くが、実際にあったことのように思いこんでいるらしいのを知って、私は苦笑した。
歴史を信用することはできないが、歴史を読むことは楽しいと思ったことである。
文学私見
(若い女流作家ということで、いろいろ言う人がいたようで、そんなことを気にしている間に、原稿用紙と取り組もうなどとある。)
私は女流作家
力の文学
小説のタネ


好きなもの
(父の遺伝で酒が飲めるが、不愉快なときには決して飲まない。気分転換には良い友達とおしゃべりするのが一番。)
父恋い酒
気分転換の法
砂糖娘の弁


小さな感想
(日々のちょっとした思いが描かれている。家庭向雑誌が大好きなことなど。)
女は決して悲しくない
適令期
羞しいこと
わが家のごじまん
親ごころ
“時間”と“機械”
“別人種”の発見
女と仕事
御家庭向雑誌について
流線型饒舌について
審実不虚ということ


わたしの有情論
(学校時代の思い出や、若い著者に結婚のことなどがしばしば質問されるようで、それに対して四苦八苦している様子がうかがえる。「あんまり切実な問題ですから、堪忍して下さい」などともある。)
先生たち
恋愛と結婚
青春三音階
有情論


わたしの男性観
(まだ語るほどの男性観など持ち合わせていない著者が困って、周囲の男性に相談した内容などが書かれている。男は女のことを考えているが、女は自分のことを考えているなどとある。)
女の幸福
口うるさい近ごろの男
意見なし


あとがきより
(『ずいひつ』という題名は、随筆にもズイヒツにも満たないので、小学校で最初に学ぶ平仮名での表記にしてもらったとある。)
まだ自分は確立できていないと残念に思うが、
いつまで今のままでいるつもりはありませんから、先を見て晴れ晴れと呼吸をしようと思います。
本文より抜粋

*「着るということ」より*

 それは、洋服は洋服ダンスにぶら下がっていては意味のないものだが、着物はタンスから入れたり出したりするだけで、袖を通さなくても楽しめるという点だ。
 面白いことだと、常々私は考えているのだが、なにか古典と現代生活との対比のようではないだろうか。手間暇をかけて模様を描き染色した反物は、仕立てられると職人たちのオブセッションが(執念)匂い立ってくるようで、私はその深さがたまらなく懐かしい。
 洋服では自分が生きていることを感じるのだが、着物には、人々が生きていた、そして今も生きているということを強く感じるのである。

*「適齢期」より*

 先日、赤坂の老名妓から、こういうことをいわれた「結婚にこだわるこたァありませんよ。だけどもサ、男を知らずに齢をとっちゃいけない。第一あんた、頭が悪くなっちまうからねえ」
 男性がノーシン同様に評価されるとは思わなかった。こうした凄まじい知恵が自分からは思い浮かばぬところをみると、私はまだまだ若くって、当分は適齢期でいられるのだろう。
収録書籍*〜*〜*
『ずいひつ』新制社
参考情報*〜*〜*

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