千姫桜
1959年2月「週刊朝日別冊」

千姫の御殿で、夜桜を愛でる宴会が開かれた折の話。
家康の孫で、秀忠の娘で、家光の姉に当る千姫は、豊臣秀頼の妻でもあった。歴史に翻弄された女の悲哀がにじみ出た作品。

感想
 千姫は、大坂城落城の折、秀頼と共に死ななかったことや、城から助け出した家臣と結婚する約束であったのに反故にして、別の家に嫁いでしまったりしたことから、悪女の名が高くなったようだ。
 しかしこの短編でも描かれているように、ひとりの美しい女性は、権力者の血縁者であるばかりに、時代に翻弄されて生きるしかなかったのだ。そんな千姫の哀しさが、短いながらも印象的に描かれている。こういうテーマをもっと膨らませて、長編を書いてほしかったなあと思った。
あらすじ
 吉田御殿での夜桜見物の肴にと召し出された、女歌舞伎お園一座。お園は、千姫に舞いを披露している最中、恋人の四郎が桜の枝陰に潜んでいることに気がつく。そして千姫の情人、主水之助も曲者に警戒していることに気がつく。お園が心配しながら舞っているところへ四郎が飛び降りて、千姫を殺めようとするが、とっさに主水之助が刀を抜いて千姫をかばって、四郎は縄を打たれてしまう。
 お園と四郎の関係を知り、意地悪くお園に舞を所望する千姫。踊らなければ四郎の命はない、踊れば命は助けるが、四郎を御殿に留め置くとの条件に、お園は踊ることにし、最後に四郎の笛で舞いたいと願い出る。二人の固く結ばれた姿を見た千姫は、舞い終わると四郎も共に立ち去るようにと言う。
 一座が立ち去った後に、四郎の大小の刀が忘れられていることに気がついた千姫は、自ら持って行って、嘲り笑ってやろうと追いかける。ところが四郎は忘れたのではなく、置いてきたのだとお園と話していた。主筋の敵討ちのために千姫を狙っていたが、目の当たりに見た千姫は世間で言われるような稀代の悪女ではなく、単なる毒婦と知り、馬鹿馬鹿しくなったと言うのだ。武士を捨て、お園と夫婦になると言う四郎と手を取り合って喜ぶお園を目にした千姫は、黙って引き返し、主水之助にそれまでの我儘を詫び、涙を流すが、主水之助はそんな千姫には失望してしまい、それに気付いた千姫は、女王は泣けないという宿命を知るのだった。
本文より抜粋
 が、泣いて詫びる千姫に、主水之助は当惑していた。彼は、自分の心の片隅に、小さく冷えた塊が生まれているのを発見した。・・・
 驕りたかぶり、満開の花もさらに焔で燃えたたせねば気のすまぬ千姫ならば惹かれる男心も、稲穂のように彼の膝に泣き崩れている千姫を見ると、並の女を抱いた方がましに思えてくる。
 千姫も、主水之助の様子に、ふと気づいた。顔をあげると、今まで彼女を常におそれ憧れていた男の眼に、冷たい失望の光があって、それは彼女の心を一瞬の間に氷のように凍らせてしまった。女王は泣けないという宿命を、千姫は見たのであった。
収録書籍*〜*〜*
『ほむら』講談社
参考情報*〜*〜*

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