花浮くプール
1972年6月「世界」

有名な女優である森江静代が休暇でハワイを訪れる話。
そこで再開する昔馴染みの元アメリカ兵の変貌した姿を通して、戦争の傷跡の深さを描き出した作品である。

感想
 米中のピンポン外交が始まった時期で、静代の訪中経験に現地マスコミ等が興味を示す。中国のことを「中共、レッド・チャイナ」と彼らが呼ぶことに違和感を持つ静代。著者もこのような経験をしたのだろう。
 マスコミに大きく取り上げられたことで、偶然、戦後に静代の劇団と深く関わりのあった元アメリカ兵:ピータースンと再会する。進駐軍の一員として栄光の日々を日本で過ごした彼であったが、今では酒乱で評判の男。毒を持つというプルメリアの花が浮くプールは、彼の楽しかった過去を象徴するものであろうか。戦争の爪痕は、こんなところにも残されていたのである。
あらすじ
 主人公の森江静代は新劇の有名女優。20年前、彼女の劇団に参加していた土井重子の案内でのんびり島巡りを楽しもうとハワイを訪れる。
 初日、予想外のマスコミ攻勢に会い、中国訪問のことなどの話をさせられる。重子をはじめ皆が、「中共、レッド・チャイナ」と呼ぶことに違和感を感じながらも、大変な歓待振りに悪い気はしない。重子は、日本にいた時には近寄りがたかった静代を案内することに大張り切りだが、静代には、大して覚えてもいなかった重子と同行の数日は疲れを感じさせるものであった。
 ようやく島巡りを終え、ホノルルに戻って来ると、ピータースンという男が、翌日、会いたいと連絡をしてきたことを知らされる。彼は、戦後、進駐軍の1員として在日中に静代の劇団に関わっており、20年前の颯爽としていた彼を思い出し、久方ぶりの邂逅に胸をときめかす。しかし、再会した彼は、見るも無惨に老け込んでおり、アル中でもあった。彼の家に連れて行かれ、無愛想な妻と静代に向かって、古き良き時代の思い出を語るピータースンは朝というのに、ウイスキーを離そうともしない。
 ようやく迎えが来て、静代はホッとするが、思い出に浸っていたい彼は、静代から奪った彼女の時計を、庭にあるプルメリアの花が浮く小さなプールに投げ込んでしまう。
 空港へ向かう車の中で、迎えに来てくれた日系2世の男と静代は、戦争の罪悪について思いを馳せるのであった。
本文より抜粋

*静代と迎えの日系2世の男:加藤の会話*

「戦争って、本当にいけませんね」
「はい」
加藤氏が、はっきり答えた。
「戦争は、勝っても負けても人が死ぬんですけんの。生き残っても、どこか壊れよります。さっきの男も戦争がなかったら、あんなになっとらんでしょう。私は体質が受けつけんので酒が飲めんのですが、飲めたら倅の死んだあと、あの男のように酒びたりとなっとったかしれません。そう思うて、ぞっとしながら見てましたがの」
収録書籍*〜*〜*
『孟姜女考』新潮社・新潮社有吉佐和子選集第2期第3巻
参考情報*〜*〜*

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