役者廃業
1958年3月「オール読物」

鮨屋の主人が役者を廃業した経緯を語る話。
珍しく作中で「有吉さん」と呼びかけているのが実話っぽさを感じさせる作品。

感想
 まだ若かった頃、こんな風に小説のネタを提供しようかという人も少なくなかったのだろう。面白い話ばかりとは限らず、話を聞けと引き止められて、往生することもあったのだろうな。
あらすじ
 場末の鮨屋の主人の一人語り。お客である有吉さんを前に、まだ若くて小説のタネに困るだろうからと、自分の話をし始める。
 父親が道楽者で早く家を出たいと思っていたら、勧める人があって、16歳で中村玉三郎という役者のところへ弟子入りをした。真面目に励み、役者顔で大柄でもあったせいで、舞台に立つようになると贔屓もできてきた。そのうちお竹という夫婦約束をする女もできた。評判も上がってきて、これからという矢先、震災に。ハリで打った腰の怪我が癒えてから、師匠の家に出向くと、一座を構えて巡業してこないかと言う。お前には素質があるから、あとは場数を踏めば良い、それにはドサ廻りだ、とおだてられて送り出される。
 地方でも好評を博したため、予定より東京へ戻る時期が遅れ、ようやく5年ぶりに帰ってくる。師匠もお竹も喜んで迎えてくれ、すぐ舞台にも立てたが、どういうわけか見に来てくれたお竹がその後、何も言わず余所へ嫁いでしまったことを聞く。舞台の評判もさっぱりで、やがて5年間ものドサ廻りが自分から芸格を奪い去ってしまったことに気付かされる。そして、師匠はそれを知っていて自分を行かせたのだと分り、役者を辞めてしまったのだと言う。
本文より抜粋
 なにをニヤニヤ笑ってるんです?
 え?おじさんはいい顔をしている、若いころはさぞかし美男だったろう?いけませんねエ、あなた、娘さんが年寄を嬲っちゃあ…。
 しかしねエ、有吉さん、おだてられていうんじゃありませんが、あっしの顔は全くのところいい顔だったんですよ。美男ていうのは本当はこういう顔をいうんです。
 一杯下さるんですか?へえ、これはどうも。今夜は冷えますねえ。こう寒くっちゃ、場末の鮨屋を覗く気にゃ仲々なれないもんですよ、ねエ。いや、よくいらっしゃって下さいました。さア、そろそろ握りましょうか。今日は中トロの上等が入ってます。いつもの順ですか、へい。
収録書籍*〜*〜*
『美っつい庵主さん』新潮社 『三婆』新潮文庫
新潮社有吉佐和子選集第1期第6巻『助左衛門四代記』
参考情報*〜*〜*

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