人形浄瑠璃
1958年12月「中央公論」

古典芸能である文楽の世界に取材した作品である。芸に生きる玉次郎の苦闘が描かれている。
同じく文楽の世界を扱った『一の糸』とあわせて読むと興味深い。

感想
 昔通りのやり方では立ち行かなくなって、伝統的な世界に生きて来た芸人達は、さぞ困ったのだろうとは想像に難くない。人がいないので、仕方なくやらせてみたところが若手の進境著しいという場面などもあり、十年二十年の修業を必要とした芸道修業のあり方に疑問を投げかけたりもしている。古い題材ではあるが、なかなか面白いストーリーになっていると思う。玉次郎の師匠を想う気持ちにもジーンと来る。
あらすじ
 人形浄瑠璃の芸人の集団:文楽は、時代の変遷で台所事情が厳しくなっている折から、相互扶助を目的とした組合を作ったが、その存続について意見が対立し、二つに分裂することになった。玉次郎率いる鼎会はドサ周りを余儀なくされ、人形が足りなかったり、熟練の芸人も少ないなど、前途多難な日々が始まった。各地の労働組合からはいささか見当違いの激励の手紙がたくさん届き、玉次郎を困惑させるが、結局そうした労働組合相手に公演を行わざるを得なくなる。
 文楽など見たこともない観客の前で演じることは、常と反応が異なるので難しかったが、意外にも若手の芸人の成長が著しく、玉次郎を狂喜させるとともに、従来の芸道修業の意味を考えさせられることにもなった。
 数年後、ようやく文楽会と鼎会の合同公演が実現し、目利きの観客の前で演じることができた玉次郎であったが、観客が大勢詰めかけるというほどでもなく、終ればまたドサ周りが待っている。が、地方公演の申込みはたくさんあり、前途を思って暗澹とするということはもうなかったのである。
本文より抜粋
 もちろん卯之助には輝かしい才能の閃光が見えた。紋松のように、遂に何も閃めかぬまま老いた者と較べるまでもなく、その発見は素晴らしいものであった。他に同じ抜擢を受けた者が、誰も彼も、卯之助と同じ結果になっていなかったのであるけれども、それにしても三年の六年の十年のと、長い間信じられ、守り通されてきた文楽の修行の仕方は、では何だったのだろうと、玉次郎は考えぬわけにはいかなかった。
・・・・・「芸」というとてつもないものという観念に眩惑されて、修業年限の途方もなく長い辛さに耐えぬいた自分たちは、ではいったい何をしていたことになるのだろうか。
収録書籍*〜*〜*
『江口の里』中央公論社・中公文庫 新鋭文学叢書9『有吉佐和子集』筑摩書房
新潮社有吉佐和子選集第1期第9巻『ぷえるとりこ日記』
新日本文学全集4『有吉佐和子』集英社 現代の文学41『有吉佐和子集』河出書房
参考情報*〜*〜*

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