友人のおかげで、今回も良い席だった。前から5列目の舞台に向かって左手。観客は老若男女入り乱れて、あ、「若」はあまりいなかったようだが、けっこう、盛況であった。3日前に観た「華岡青洲の妻」がイマイチだったので、私はお芝居とは相性が悪いのかな、なんて少々不安を感じてもいた。原作を読んだほとんどの人が感じるように、この作品を舞台化するってのはかなり困難だと思っていたので、どう料理されているのか興味津々。
最初の場面、亡くなった公子の葬儀に、主な登場人物が参列する。会場の彼方に公子の遺影があるがごとくに、出演者の面々が様々な想いを語りかける。後から判るが、最後もこのシーンに帰ってくるのだ。
そして次のシーン、小学生の君子と尾藤雪子が登場する。皇太子(現天皇)のご成婚パレードをテレビで観たと発言することから、君子の虚飾の人生が始まるとの設定だ。予想通り、原作とはまったく違う。そして、君子がやけに元気いっぱいの女の子ってのも意外だった。早熟でしとやかで、子供ながらにミステリアスってイメージだったのだ。
その他に大きく違っていたのが、君子の生まれた年。原作は昭和11年だが、舞台では21年に設定されていて、戦後の日本の歩みと君子の生涯を重ね合わせた演出となっていた。場面の転換時に幕が下ろされ、スクリーンに当時の日本のニュース等が大写しにされる。私などでも懐かしい!と思うことが少なくなかったから、年配の方などそれだけでも楽しめたことだろう。スクリーンに映すだけではなく、黒子のような黒装束の若い男女が登場して、当時の日本の状況を語る。踊る。とてもテンポが良い。
この調子で行くと、君子は平成まで生きていたことになり、間抜けな私は「そうか、有吉さんはご自分が生きた年より先の時代を描いたんだ!」なんて感慨にふけってしまったが、何のことはない。君子の生年がズレていたのだ。
それはさておき、十朱幸代扮する君子が最初に登場するのは、尾藤家の居間。君子と尾藤輝彦が抱きあっていたところを見た君子の母親が喚き立てるシーン。君子は白いブラウスに紺のジャンパースカートの制服姿。十朱さんが16歳に扮するというのは無理がある・・・というような雑誌の見出しを見たことがあったので、どうかと思っていたが、首から下は違和感なし!体の動きが若い!首から上は、やっぱりどうしても年が出てしまう。でも後ろの方の席で観ていたら、あまり判らないのではないだろうか。もちろん、本当の16歳と並んだらバレてしまうだろうけど。
原作のようにたくさんの人を登場させることは不可能なので、登場人物をミックスしたり、減らしたりしてもいた。原作の最初に登場する「早川」という男性は「渡瀬義雄」とミックスされ、渡瀬のキャラクターに近くなっている。すなわち君子と付き合い、捨てる。それで君子に欺かれ、結婚したことにされ、子供の父親にされてしまう。ところが渡瀬義雄は別に登場し、こちらは原作の「富本寛一」のキャラクターだ。この設定はちょっといただけなかった。君子は、富本の名前を元に富小路と名乗ったのに、しかも私の理解では富本のことは愛していたが、渡瀬のことはお互いに利用しあっているだけだ。富本の名を取って欲しかったなと思った。
他には、君子の幼馴染、丸井牧子は登場しない。その代わり、尾藤雪子とやけに仲良し。原作では雪子と雪子の母はかなりお高くとまっている感じのキャラクターだが、舞台では違った。尾藤の奥様がグループサウンズのレコードに合わせて踊っちゃう(着物で!)シーンもあって、何が始まっちゃうんだ?と思わされもした。尾藤(後に浅井)雪子は、かとうかずこが演じていたが、とても気さくで、われら下々の者のように、言いたいことをズケズケと言っていた。途中、ヒッピーのような格好さえしていた。ま、これはきっと舞台の構成上、こういう出演者が必要だったんでしょう。
同様に、淡路恵子扮する烏丸瑶子も、まったく意味のあるシーンを演じてはいない。淡路恵子さんを出演させる必要があったんだろう。で、適当な役柄といったら烏丸瑶子くらいだったのだろうと想像する。しかし台詞等はピシリピシリと決まり、さすが大女優と思わされた。
このように設定はかなり変えているものの、大筋の流れでは原作に近く描かれている。つまり君子という女性が、上手く周囲の人を利用して大金持ちの実業家になり、最後は謎の死を遂げるという話である。しかし、小説とは違い、舞台で描かれる君子は大っぴらに悪事を働く、悪女である。尾藤家から預かった宝石の代金をニコッと笑って手数料を差っぴき、残りを「これで精一杯なの」と渡す。手数料をと言われると、そんなものはもらえないと固辞する。早川に「あなたの子供ができたの」と言った舌の根も乾かぬうちに、沢山にも同じことを言う。疑われれば、泣きまねをする。浅井雪子に悪事を暴き立てられたりもする。小説とは違い、悪女であることが判明しちゃっているのだ。
ところが、演じているのが十朱幸代さん。彼女のキャラクターって、嘘なんてつきそうもない。悪いことをしても、憎みきれない感じではないだろうか。それどころか「あの人が悪いことなんてするはずないよ」なんて、騙された被害者にさえ、庇われちゃいそうではないか。舞台では、巧みな嘘ではなく、十朱さんの個性がそのまま生かされているように感じた。こんなにかわいい悪女なら許しちゃう!というところか。本とは違って、飛ばして前を読んだり、後戻りして確認したりということが舞台ではできないから、小説に描かれる巧妙な手口を舞台で再現というのはやはり無理なのだろう。
さて彼女の相手役、原田大二郎扮する沢山栄次は、かなりイメージ通りだったが、川崎麻世扮する尾藤輝彦のキャラクターは不満を感じる設定だった。この尾藤輝彦はずっと独身で(だったら、君子と結婚できたじゃない?)作家志望であるが、まだパッとせず、お金もなく、家族に所在を隠すほど落ちぶれた男。取り得は容姿のみだ。40過ぎまでこの状態。情けない男じゃないか!こんな男を最初から最後まで慕っているなんて、悪女の名が廃る!
舞台もしょっちゅう変わり、コミカルでアップテンポな演出で、前半はあっという間に終ってしまった。原作とはまったく違うものの、これはこれでかなりおもしろい。原作を知らない人も十分楽しめるお芝居だと感心した。しかし、設定を変えすぎた為に、結末をどうもって行くかで苦慮したのかと勝手に想像するが、後半はちょっとだらけてしまった。
最後のアラ、びっくり!!は、なんと公子の秘書役の早川ひかりが、公子の娘であったこと。原作の男の子ではなく、女の子になっていたのだ。そして尾藤輝彦の娘であることが判明し、舞台で親子が名乗りあう感動のシーンが演じられちゃうのだ。
公子の最期は原作のように謎を残しているが、まあ金策に困り(バブルがはじけたので)自殺って感じで描かれている。
このお芝居は、原作を実話として、それをもとに脚色したフィクションってところだ。話が全然違うけど、無視されているわけでもない。エンターテイメントとして、とても面白かったと思う。十朱幸代のきれいだったこと!女性なら誰でもため息が出てしまうだろう。終盤、公子が自宅でテレビのインタビューを受けるシーン、強いライトを正面からガーっと当てるが、すると魔法のように年齢相応の皺も厚化粧も判らなくなってしまう!凄い手があるんだ〜とビックリしてしまった。 |