コラム 第4回 「新潟に落ちた隕石(いんせき)」




書き下ろし
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 毎年8月12日前後は,ペルセウス座流星群と呼ばれる流れ星が多く見られる時期になります。流れ星の正体は,宇宙空間にあったちり(ほとんど数mm以下の大きさ))が地球の大気圏で燃えつきる時に放つ光であす。
 しかし中には,もとの大きさが大きいために空中で燃えつきることなく,地上に落下してくるものがあります。これが,隕石(いんせき)です。 
 日本で現在,所在が確認されている隕石は45例ほどあります。新潟県では2例があり,両方とも落下から目撃されています。
 その1つが天保8(1837)年7月13日(新暦)に現在の西蒲原郡吉田町富永に落下した「米納津(よのうづ)隕石」。もう1つが大正9年9月16日に中頸城郡清里村上中条に落下した「櫛池(くしいけ) 隕石」です。
 
 「米納津隕石」は31.65kgもあり, これは日本でも5指に入る重さです(最大は滋賀県の田上隕石(174kg)。7月13日の午後4時頃,弥彦山と国上山の間の方向(北西)からウォ-ン・ウォ-ンと音を立てて飛んできて,草取りの最中であった田んぼの中に落下しました。
 「櫛池隕石」は重さ 4.42kg,これもかなり大きな部類に入ります。9月 16日の午後6時頃,東の方向から飛行機のような音を立てて飛んできて,,稲穂の実る水田に落下しました。

この隕石は東京でも目撃されており,光度-6.5等(金星の約10倍),大きさは月の直径の約 1/6ほどの大流星として記録されています。
 両方とも落下の際には参詣者が多数訪れたり,薬として一部が削られて持っていかれたりするなど,村中が大騒ぎになりました。仮に現在であっても,隕石が落ちてくれば大変なニュースになることでしょう。
 実はこの隕石には,宇宙の秘密を知るための大切な情報が隠されています。その構成物質によって,いつ,どこで作られたものか,どのくらい宇宙を旅してきたのかまでわかるそうです。
 昨年(96年)の8月アメリカのNASAが「火星にも生命が存在していた可能性がある」と発表したのは,南極で見つかった火星から飛んできた隕石をもとにした研究の結果からです。
 
 新潟に落ちた隕石についてはその組成以外詳しいことはわかっていません。現在,「米納津隕石」は国立科学博物館で 「櫛池隕石」は清里村の「星のふるさと館」でそれぞれ展示されています。隕石の落下地点にはそれぞれ記念碑が建立されていますので,興味のある方は現地へ出かけてみてはいかがでしょうか。また,新潟県立自然科学館では2つの隕石のレプリカが展示されています。
参考文献・新潟県立自然科学館天文友の会 会報第2号
清里村教育委員会発行「櫛池の隕石」
朝日新聞社発行「スカイウオッチング辞典 朝日コスモス1995-2000」
写真は2つとも自然科学館の展示,掲示物
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