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マスカーニ 「カヴァレリア・ルスティカーナ」 (1999年9月8日の日記より)
誰も愛せなかった男
「道化師」に触れた以上、放っておけない(何しろ「双子の傑作」です)のが、マスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ(田舎の騎士道)」です。
今から一世紀前、舞台はマフィア発祥の地シチリア島の小さな村、時は復活祭(春分の日の後の日曜日)。前奏曲の中で、復員兵の若者トゥリッドゥは、かつての恋人で、彼が兵隊にいっている間に馬車屋のアルフィオと結婚してしまい今や人妻のローラへの思いを、「愛のシチリアーナ」に乗せて歌います。実はこのトゥリッドゥにはもう一人恋人がいます。村娘のサントゥッツァです。美しいローラに比べて、このサントゥッツァはあまりパッとしませんが、ともかくトゥリッドゥに夢中です。トゥリッドゥはというと、自分で誘惑しておきながら、何故か全然熱がありません。でもサントゥッツァは諦めません。結婚前の娘がふしだらをしたとして教会に出入りすることも禁じられている彼女は、つれなくされても一生懸命トゥリッドゥを追いかけます。
「オレンジは薫り」美しい季節、復活祭を祝う陽気な村人の中で、サントゥッツァだけが悲しみに沈んでいます。教会に行けない彼女は、トゥリッドゥの母親ルチアに思いをぶつけます。「ママも知る通り」ローラはアルフィオと結婚しているのに、私からトゥリッドゥを奪ったの・・・。トゥリッドゥに冷たく突き放されたサントゥッツァは、傷つけられた勢いでアルフィオに二人の仲を告げ口してしまいます。何しろ舞台はシチリア、このままで済むはずがありません。アルフィオとの決闘を控えたトゥリッドゥは、「母さん、この酒は強いね」と酒のせいにしながら母親にサントゥッツァのことを頼み、別れを告げます。そして、「トゥリッドゥが殺された!」という村人の叫び声・・・。
一幕で繰り広げられる愛憎劇ですが、何度見ても、何度聴いても、割り切れないものが残ります(そこがまた魅力なのですが)。いったい誰が誰を愛していたのでしょうか?男が一人死ななければならないほどの愛がいったいどこにあったのでしょうか?それが分からないのです。
ローラについては、彼女にはアリアがないので何を考えているのか分かりませんが、決して本当にトゥリッドゥを愛してはいませんでした。だって、彼が復員するのを待っていなかったのですから。アルフィオはローラを愛していたのでしょうか?彼を決闘に向かわせたのは、妻への愛ではなくて、自分たちの騎士道に背いたトゥリッドゥに対する怒りです。サントゥッツァは間違いなくトゥリッドゥを愛していました、それは報われない愛でしたが・・・。そして、トゥリッドゥ、彼はローラを愛していたのでしょうか?もし、ローラが彼の帰りをひたすら待っていたとしたら、どうなっていたでしょう?彼はローラを捨てたでしょう。彼がローラに執着したのは、彼女がアルフィオという金と力を持った男(この小さな村で馬車屋は立派な資本家です)の妻だからです。トゥリッドゥが求めていたのは、ローラではなくて、ローラとの関係が与えてくれるスリルだったのです。そして、サントゥッツァはローラに対する当てつけの道具でしかありませんでした。勿論、いささかの責任を感じているからこそ、母親に彼女のことを頼んだのでしょうが、そこには愛は見あたりません。
私がトゥリッドゥに感じるのは、どうしようもない焦りです。山に囲まれた小さな村、因習に凝り固まった人々、やり場のない彼の若いエネルギーが、彼を未来のない愛の真似事に駆り立てたのです。彼は最初から愛ではなくて決闘を求めていたのです。命懸けのゲームでしか得られない刺激を求めていたのです。復活祭の一日、トゥリッドゥは何かに憑かれたように村をうろつき回ります。みんなが根を下ろしている中で、彼にはこの村に居場所がないのです。それは檻に閉じこめられた若い獣そのものです。俺をここから出してくれ!彼は、周囲を傷つけ、自分を傷つけ、灼けるような焦りにのたうち回っています。彼を見えない檻から解き放ったのは、最後の解放者である「死」でした。
トゥリッドゥは最後の別れをローラにもサントゥッツァにも言いませんでした。彼がさよならと言ったのは母親だけでした。自分の死が母親を打ちのめすであろうことを予感しながら、です。囚われた野生である彼は、結局、彼自身も含めて誰も愛していなかったのです。彼が閉じこめられていた目に見えない檻は、野生のエネルギーでいっぱいで、愛なんて存在する余地はどこにもなかったのでしょう。
間奏曲の悲しいほどの美しさ、祈りの旋律に始まり、焼け付くような感情が燃え上がり、やがて全てが静かに消えていきます。愛憎があり、嫉妬が燃え上がり、苦い涙が流れ、真っ赤な血が乾いた大地を染め、しかし、何ごとも変わらない、全てが静止している、シチリアの真っ青な空の下で、ずっとずっと繰り返されてきたこと・・・。変わらないということが与えてくれる甘い安らぎと閉塞感、囚われていると知らない囚人たちが織りなすドラマ。
97年のMETの公演でのファビオ・アルミリアートのトゥリッドゥが印象に残っています。少し甘すぎた気もしますが、若さが匂うようでした。
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