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LeafR・シュトラウス 「ばらの騎士」 (2000年12月4日〜2000年12月26日の日記より)


「夜中に時計をみんな止めてしまうのよ」
 
  その昔、我が家に初めてビデオデッキが登場した時、巻き戻しの映像に見とれた覚えがあります。みんな後ろ向きに歩いて、池に落ちた男は水から飛び上がり、ポットから注がれたコーヒーはカップからポットに逆戻り、チョコマカと時を遡って動く映像はちょっとした魔法のようでした。どうして時間は未来にしか流れないのか、人はどうして老いるのか、「時計を止めて」も時は流れ続けます、永遠に・・・。誰にも止めることはできません。
 
 第一幕、陸軍元帥夫人(マルシャリン)マリー・テレーズ(年齢は32歳)は、夫の留守中に若い愛人ロフラーノ伯爵オクタヴィアン(愛称カンカン、年齢は17歳)と甘い一夜を過ごし、気怠い朝を迎えます。朝のココアを味わいつつ戯れているところにマルシャリンの親戚で田舎貴族のオックス男爵がズカズカと登場。成金貴族のファニナルの娘ゾフィーと結婚するので、婚約の証である銀の薔薇を彼女に届ける「ばらの騎士」を推薦してほしいとのこと。物陰に隠れていたオクタヴィアンは何と女装して登場、「新米の小間使いマリアンデルですの」と悪戯を始めます。動くものなら何でも口説くオックスは早速色目を使います。若いオクタヴィアンの悪戯に刺激されたのか、マルシャリンはばらの騎士にオクタヴィアンを推薦。彼の肖像を見せられたオックスは、「可愛いおねえちゃん、あんたにどえりゃー似とりゃーすでないか」。
 マルシャリンの朝の日課は御用聞きをさばくこととおめかし。次から次へと出てくること、孤児が3人、帽子屋、ペット売り、ゴシップ屋ヴァルツァッキは新聞を持ってくる、なぜだかテノール歌手まで現れて歌い出す。これと一緒にお抱えのカリスマ美容師と助手が髪のセットを始め、彼女の寝室はまるでサーカス状態。書記に結婚証書を作成させたオックスをやっと追い払ったマルシャリンは、鏡を見つめて呟きます、「私が若かったなんてどうして信じられるかしら、このままやがてお婆さんになってしまうなんて。」(32歳にしてはあまりに悲観的ですが、寿命の短かったこの時代、32歳は立派に人生の下り坂だったのです)。きちんと男に戻ったオクタヴィアンにはマルシャリンの悲しみが分かりません。「あなたは僕のもの、そうでしょ?」、私の可愛いカンカンはいつか若い娘と結ばれて私の元から去っていく、時間を止めてしまいたい・・・、32歳と17歳、15歳の年の差はこの時代には親子みたいなもの、行き違う心。
 
 第二幕、ファニナルの屋敷はばらの騎士を迎える準備。ゾフィーは花婿を待ちつつも少々不安です。そこに純白の正装に身を包んだ凛々しいオクタヴィアンが登場。若い二人は一目見てお互いに惹かれあってしまいます。そこにガラの悪い取り巻きを引き連れて「花婿」オックス登場。下品な振る舞いにゾフィーはがっかり(このオヤジ、ちょーウザくない?)、これが花婿なんて・・・。同情したオクタヴィアンはゾフィーに「あんな男と結婚するの?」と切り出します。思わず口づけを交わす若い二人。「み〜ちゃった〜」と騒ぎになってオックスが現れ、その侮辱的な言動にカッとなったオクタヴィアンは剣を抜きます。口は達者だけど剣の方はからきしのオックス、ほんのかすり傷に大げさに騒ぎまくります。そこにアンニーナ(ゴシップ屋ヴァルツァッキの彼女)があの小間使いマリアンデルからのラブレターを持って登場(しかし、オクタヴィアン、いつの間に丸め込んだ?)。すっかり機嫌の直ったオックス、「可愛いおねえちゃん、待っとってちょー」。
 
 第三幕、怪しげな居酒屋でオクタヴィアン演出のドタバタ喜劇の幕が開きます。酒を飲んではマリアンデル(オクタヴィアン)を口説くオックス、コケティッシュに恥じらうマリアンデル。そこに子連れのおばさん(実はアンニーナ)登場。「あんた、この子らあんたの子なんだよ。どうしてくれんのさ!」、何しろ思い当たる節が山ほどあるオックスの頭は大混乱。重婚だ!と騒ぐ居酒屋の主人、警察沙汰ですぜとヴァルツァッキ、ガキどもは「パパ〜!」。とうとう警察が出動、でもってファニナルとゾフィーまで登場。「娘や、お前の婿さんにはカカァとガキども、おまけに若いおねえちゃんまでくっついているときた」。ここでマルシャリンが現れます(これはオクタヴィアンの演出にはなかったので、彼も大慌て)。マリアンデルは実はオクタヴィアンと分かって一同びっくり。「・・・ってことは、あの朝マルシャリンの寝室にいたのは・・・?」、マルシャリンに睨まれてオックスは「どえりゃー目にあったがね、そこ退いたってちょー!」と退場。ゾフィーはオクタヴィアンとマルシャリンの関係を知って平静ではいられません。若い二人の前途危うし!これを救ったのはマルシャリンの大人の女の分別です。「さぁ彼女のところへお行きなさい」、静かに身を引くマルシャリン、オクタヴィアンとゾフィーは、めでたく結ばれます。
 そして何ともお洒落な幕切れ、無人になった舞台にマルシャリンのお小姓である可愛らしい黒人の少年が登場、ゾフィーの落としたハンカチを拾って退場、幕が下ります。

 たっぷりと官能的な音楽、なんとも賑やかな登場人物、ドタバタと忙しい入れ替わり、軽くて洒落たこの作品は、決してそれだけにとどまらず、何だかしーんと考え込んでしまう深い魅力を持っています。それはひとえに、飛び去っていく時を見つめるマルシャリンというオトナの女の魅力ゆえです。


「他の男と同じにはならないで」

 この作品の舞台は、マリア・テレジア統治下のウィーンです。マリア・テレジアの在位は1740年〜1780年、18世紀半ばのウィーンはオスマントルコの脅威から解放され、ロココの花盛り。華やかなオーストリア帝国の首都は、一言で言えば「二枚舌の都」でした。

 女帝マリア・テレジアは当時では珍しいことに幼なじみの初恋の人、ロートリンゲン公フランツと恋愛結婚をし(「(大公女様には)夜は彼のことを夢見、昼は女官たちに彼のことを話している」)、16人もの子供を生み、夫の死後、彼女も彼の隣で永遠の眠りにつくまで15年の間、喪服を着続けたという女性です。当然、彼女は「家庭」というものを非常に重要視しました。大の売春婦嫌いで、彼女の命令で作られた「純潔委員会」なる組織によって、娼婦たちは頭をクリクリに剃られて道路掃除に駆り出され、運悪くお楽しみの現場を押さえられた客たちは、独身であれば直ちにお相手の娼婦と結婚させられ、女房持ちであれば法廷に引っ張り出されたといいます。しかし、女帝様がいくら頑張ろうが、売春婦も買春男も少しも減りませんでした。それどころか、娼婦たちは表向き女中や小間使いに昇格し、売春宿はせっせと役人に賄賂を贈り、結果として、「純潔」は向上するどころか下降の一途を辿る始末、この時代、全てが「本音と建て前」の「二枚舌」状態だったのです。

 さて、我らがマルシャリンはどんな女性なのでしょうか?当時の上流階級の娘は修道院で教育を受けることがよしとされていました。全くの無菌状態で育てられ家柄の釣り合う相手と結婚し、ひたすら家を守ることが理想とされていました。マルシャリンことテレーズもそんな女性の一人です。彼女の夫、つまり元帥閣下はオペラには登場しませんから、どんな男か分からないのですが、おそらくかなり年長(だって元帥ですから)で世慣れた、そして仕事柄留守勝ちの男であろうと思われます。
 この時代の結婚は「家柄に相応しい」ということが第一条件です。家庭という建前さえきちんと維持されていれば、浮気という本音は自由、要するにバレなければよかったわけです。

 華やかで贅沢な生活に浸りつつも彼女は不幸です。なぜなら本当の愛を得られないままに時だけが過ぎていくからです。離婚という選択肢がない時代のこと、結婚という枠に囚われたマルシャリンにはコチコチと時を刻む時計が恐ろしい。このままお婆さんになってしまうの?そして、彼女は美しい若者オクタヴィアンに恋をします。なぜなら自分に妻としての建前しか求めない夫と違って、若いオクタヴィアンはマルシャリンの本音を求めてくれるからです(「あなたがどんなに素晴らしいかを知っているのは僕一人だけ」)。

 でも若いオクタヴィアンはマルシャリンの悲しみを「忘れさせて」はくれても、「消し去って」はくれません。「いつか若くて美しい人が現れて、私を置き去りにするのよ」…マルシャリンが語るのは時が流れ、人が老いるという、生きることの悲しみなのですが、それがオクタヴィアンには分かりません。「そんな時は決して来ない!」、彼よりも15年長く生きているマルシャリンには「そんな時が必ずやってくる」ということが分かっているのです。愛を語る時には何の障害にもならない年の差が、時を語った途端、二人の行き違いを招きます。
 そして、マルシャリンが正しかった。その時はきちんとやってきました。ゾフィーに出会った彼は「僕は君だけを感じている、僕が知っていることは君を愛しているってことだけ」、何という残酷さ。この残酷さが若さなのです。そしてマルシャリンはそれを受け入れます。若くて美しいオクタヴィアンをそれ故に愛したのだから、その若さの持つ残酷さだって私は受け入れる、これで良かったのよ…この大人の女の優しさと悲しみは、オクタヴィアンの心に届いたのでしょうか?

 「他の男と同じにならないで」…、夫のように、オックスのようにならないで。口で愛するというのなら、心でも愛さないといけないのよ、本当の愛がないと女は枯れてしまうの、鏡と時計を恐れるようになってしまうのよ。ゾフィーを悲しませてはいけない。私は少し悲しいけど、私は知っているの、喜びの時がいつか過ぎ去るように、悲しみの時もいつか終わることを。何もかもが「神様の贈り物」だってことを。
 見つめ合う若い二人を残してそっと去るマルシャリンの後ろ姿の何て美しく、潔いことか。この「潔さ」こそがマルシャリンの魅力です。咲き誇っている間は花は美しくて当然です。散り際に匂い立つ花、それがマルシャリンなのです。

 ゾフィーはハンカチを落として立ち去ります。マルシャリンのお小姓がそれを拾います。今のゾフィーには涙を拭くハンカチなんて必要ありません。今、それが必要なのはマルシャリンだからです。でも、いつかゾフィーにもハンカチが必要になる時がくるかも知れません。その時まで、レースに縁取られた小さなハンカチは、マルシャリンの手の中にあるのでしょう。


「物事には終わりがあることがお分かりにならないの?」

 物事には終わりがある・・・、問題はいつ終わらせるかということです。特に恋に関しては、このタイミングはとっても難しいものです。

 マルシャリンとオクタヴィアンの恋は最初からいつか終わると決まっていました。だって、ずっとこのままだったらオクタヴィアンは一生秘密の愛人で終わってしまいますから。ところがカンカンにはそんなことどうだっていい。彼は「永遠」を信じています(「今日も来ないし、明日も来ない。そんな日が来るとしても、僕は考えたくない」)。ですから、この恋を終わらせるのはマルシャリンでなければならなかったのです。

 マルシャリンは、自分の恋を自分で終わらせることで、二人の若者を救いました。

 オクタヴィアン、彼はゾフィーに一目惚れしてしまいましたが、まだまだマルシャリンに未練たっぷりです。彼はどうしていいのか分からない。マルシャリンだってその魅力を持ってすれば、可愛いカンカンを繋ぎ止めることくらい簡単だったはずです。しかし、彼女は敢えて彼を立ち去らせました。
 マルシャリンよりも魅力的とは思えない、ただ若いというだけのゾフィーに心を奪われるオクタヴィアン、これはもう滑稽としか言いようがありません。目の前にステーキがあるのにファストフードのハンバーガーに手を出すようなものです。でも、マルシャリンには分かっています。この滑稽さこそが若さだということを。彼女は愛しいカンカンに滑稽であることを認めます。
 カンカン、いつかあなたも年をとり、大貴族のお殿様になるわ。その時に思い出して下さるかしら?「他の男と同じにならないで」という私の言葉を・・・。お気をつけなさいね、あなたが元帥閣下のように、オックスのようになってしまったら、ゾフィーのベッドには、今のあなたのように若くて素敵な「カンカン」が寝そべることになるのよ。

 ゾフィー、修道院から出たばかりで父の決めた男と結婚する彼女、これはかつてのマルシャリンの姿です。そして、その時のマルシャリンには、ばらの騎士オクタヴィアンは現れてくれませんでした。彼女はそのまま元帥と結婚しました。しかし、ゾフィーは今、ばらの騎士に恋をしています。
 私だってあの時、若くて美しい誰かさんが目の前に現れていれば・・・、いえ、何を言っても仕方ないことね。でも、ゾフィー、あなたはこの恋を逃してはいけない。あなただって、いつかきっと私みたいに時計を恐れる時が来る、でもその時まで、美しい恋をなさい、何しろカンカンは情熱的で優しいの、私のお墨付きよ。

 「物事には終わりがある」、そう知っているのはマルシャリンだけなのです。オクタヴィアンは青春真っ盛り、恋に終わりがあるなんてこと、彼は知らないし、知りたくもないのです。ゾフィーの恋は始まったばかり、そして彼らには「結婚」という選択があり、未来があります。オックスときたら、「終わり」が目の前にドンと突っ立っても気がつかない、その厚かましさには「終わり」の方が尻尾を巻いて逃げ出しそうです。このオヤジはこれからも元気に、懲りずに、おねえちゃんを追いかけつつ、持参金狙いを続けることでしょう。優雅な調べなんて似合わない彼は、ブンチャカしたワルツ(元はと言えば酒場の酔っぱらい音楽です)を歌い、したたかに生きています。自分に疑いを持たず、欲望を隠さず、そしてそれで悩むこともないオックス、彼は「二枚舌の都」に一番相応しい人間なのかも知れません。

 一人寂しく身を引くマルシャリン・・・、なんて同情していたら、ちょっと待った!第一幕、元帥が帰宅したのかしらと二人が慌てた場面です。「カンカン、元帥はどんなに遠くにいても、とても速いのよ、いつかもね・・・」、どうやらカンカンには前任者がいた様子です。そして、我らがマルシャリンは女盛り、その寝室での甘い一夜、そして気怠い光の中で一緒にココアを味わう朝、「物事には終わりがある」ことを知っており、きれいに幕を下ろすことを知っているマルシャリン、カンカンの後任の志願者はいくらだっていることでしょう。


「コト及び」音楽の頂点

 オペラでは序曲は大切です。これから先の物語をコンパクトに予告してくれます。特にこの「ばらの騎士」では重要です。目を閉じて聴いて下さい。ホルンが鳴り響き、情熱的な旋律が一気に高まります。やがて情熱は穏やかな幸福感に場を譲り、甘美な弦の調べ・・・。第一幕が始まれば舞台はいきなりマルシャリンの寝室です。この前奏曲が何を表現しているのかは言うまでもありません。弦がマルシャリン、管がオクタヴィアン、これはもう「コトに及んで」いる情景しか想像できない。数ある「コト及び」音楽の中でもこの前奏曲は、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の第二幕と並んで最高峰でしょう。

 第一幕、マルシャリンとオクタヴィアンの二重唱「あなたは素晴らしかった」、何が素晴らしかったかって?ん、も〜、分かっていること聞かないで下さい。繊細な旋律に乗せて夕べの余韻に浸る二人、ここで何やら舞台は騒がしくなり、ワルツが切れ切れに聞こえます。オックス登場。遠回しに彼の品行をたしなめるマルシャリンに対してオックスは「活気のないロバになれと?」(ロバが聞いたら絶対に『お前と一緒にすんな』って気を悪くすると思うんだけど)と返します。ワルツの中に突然割り込む荒々しい音、表面は男爵様でも中身はね・・・という巧妙な旋律です。
 わさわさと登場する御用聞き、イタリア人テノールの歌う「固く武装する胸をもって」、物語には何の関係もない歌ですから当然内容も下らない。これを大真面目で美声を張り上げて歌うテノールはこの作品の一種のゲスト扱い、大物歌手が登場する楽しい場面です。みんなを追っ払ってマルシャリンのモノローグ「私もまたある娘を思い出す」、オーケストラとマルシャリンの一言一言がきれいに絡み合い、音符一つも聞き逃したくない場面です。そしてオクタヴィアンとの微妙な食い違い「時というものは」、カチカチと時を刻む時計の音が隠れていますからお聞き逃しなく。

 第二幕、ファニナル家の華やいだ雰囲気が最高潮に達してばらの騎士登場。銀の薔薇を受け取ったゾフィーとの二重唱「地上のものとは思えない天上の薔薇」、若い二人の一目惚れ場面です。オーボエの清らかさ(ゾフィー)とホルンの凛々しさ(オクタヴィアン)。そこに花婿オックス登場、「私と一緒なら夜も長くない」、闊達でお洒落で、なおかつ下品という最高難度のワルツです。
 二重唱「目に溢れんばかりの愛を湛え」で愛を確信する若い二人、ここからオクタヴィアンとオックスの決闘までは、舞台の上では刃傷沙汰なのですが音楽の方はなんか少々ずれ加減、この騒動の滑稽さをほのめかします。

 第三幕、オクタヴィアンのテーマが聞こえ、彼の演出で仮面劇が始まります。お酒にぴったりのワルツでマリアンデルを口説くオックスと女の声で(ったって女が歌っているのですが)恥じらうオクタヴィアン、旋律がだんだん甘くなってきて、あららという展開でいきなり和音がドッカーン。子連れのアンニーナの奇襲です。それから警部に居酒屋の親父にファニナルに・・・、ドタバタの旋律が突然きりりと引き締まります。マルシャリン登場。全てを知ったオックスは何故かワルツで退場(意外に軽やかに退場するんです、このオヤジ、本当はめげていないんでしょうね)。
 マルシャリン、オクタヴィアンそしてゾフィーの三重唱「私が誓ったのは彼を正しく愛すること」、本当なら三角関係の修羅場が展開する場面ですが、マルシャリンが静かに身を引き、旋律は優雅に終わります。
 「夢なのかしら」と愛を歌う若い二人は、手を取り合って未来に向かって退場します。軽妙な旋律に乗ってお小姓がハンカチを拾って幕、最後まで実にお洒落!

 マルシャリンと言えばエリザベト・シュヴァルツコップ。まろやかでニュアンスたっぷりの歌唱はカラヤン盤で堪能できます。
 軽快かつ凛々しく、となれば、これはもうクライバーの棒に限ります。1994年のウィーン国立歌劇場の映像があります。マルシャリンにフェリシティ・ロット、オクタヴィアンにアンネ・ゾフィー・フォン・オッター、ゾフィーにバーバラ・ボニー、そしてオックスがクルト・モルという布陣は強力。そしてクライバーの「蝶のように舞い、蜂のように刺す」あのスタイルの優美さ(舞台の上のマルシャリンにも負けていません)、指揮棒クルクルの得意技も披露してくれます。どこまでも滑らかで、隅から隅までピシリと糊の利いたオーケストラの心地よさ、まさに極上のワイン、絶対に酔えます!



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