GO HOME HOME     GO INDEX 作品別インデックスへ

Leafプーランク 「カルメル会修道女の対話」 (2009年10月26日〜2009年12月24日の日記より)


ガキ大将と聖職者

 秋深く、窓の外はスコンと切ないように青くて高い空が広がり、良いお天気、しかし、何だか気怠くて何もやる気がしない。そんな休日の午後、プーランクのピアノ曲や歌曲を聴きながら冷たい白ワインなんぞを頂きつつ、あぁ、グータラするとはかくも甘美なものであったのかと嬉しいような後ろめたいような気分に浸る、これはこれで人生の密やか、且つ大切な楽しみの一つであろうと思います。

 プーランクの音楽は、20世紀のヨーロッパ音楽の主流となった非和声的・非旋律的、観念的・非情緒的、要するに何言いたいんだかさっぱり分からん?当たり前だ、簡単に分かられてたまるか、どーだ、分からんだろう、難しいだろう、尖ってるだろう、カッコイイだろう、という、何かややこしくて難しいモン勝ち的な作品群の対極にあると感じます。あくまでも美しく、軽やかで、艶やかで、ちょっとコケティッシュ、パリの雰囲気そのままの(と言いましても、パリ、良く知りませんが)お洒落で心地よい旋律と洒脱なリズム。そこから浮かぶイメージは、セーヌ川の畔のカフェに座り、岸辺にたむろするジーンズとTシャツの若者たちを、そして目の前の歩道を次々と足早に通り過ぎるビジネススーツで身を固めた人たちを眺めつつ、高価な黒貂のコートを無造作に向かいの椅子の背に投げかけて、一人で甘いリキュールを楽しんでる、そう、年の頃は40歳代後半の美女。しかし、この美女、政府高官との正餐まで時間を持て余している伯爵夫人なのか、遠い昔の情事の思い出を静かになぞっているかつての名娼婦なのか、分からない、いくら眺めても分からない・・・。
 私にとって、プーランクとはそんな作曲家です。

 軽快で楽しい旋律を自在に操りながらも、バロックの厳格な和音を好んで織り込み、その間に齟齬や矛盾を感じさせない、いえ、齟齬も矛盾もちゃんとあるのですが、それが余りにも自然に流れていくものですから、齟齬として、矛盾として認識されない、プーランクのそんな手法は、「(プーランクには)ガキ大将と聖職者が同居している」(クラウド・ロスタンド)と評されました。

 ガキ大将と聖職者は、最初から同居していたわけではありません。若き日のプーランクは多分にガキ大将でした。パリの裕福な家に生まれ、名ピアニストであるビニュスに学ぶという恵まれた環境に育ち、二十歳そこそこで早くもピアニストとしての名声を手にします。フォーレの弟子であるケクランに師事して作曲を学べば、こちらも、24歳でバレエ「牝鹿」を発表(その初演は、コクトーが台本を書き、ローランサンが舞台と衣装をデザインし、ニジンスキーが振り付けるという、今からすればクラクラ目眩がしそうなほど豪華な舞台でした)、まさに絵に描いたような早熟な天才でした。

 そんなガキ大将の前に聖職者が現れます。プーランク37歳の年、親友が自動車事故で急逝、人生はある日突然、全く理不尽に手折られる・・・、友の死をきっかけにプーランクはカトリックの信仰に目覚め、宗教音楽家としての代表作である「黒衣の聖母への連祷」を書き上げます。怖いモノ知らずで育った自由闊達なガキ大将は、誰にでも必ず訪れる逃れようもない死を意識した時に、自分の中のもう一人の自分である敬虔な修道僧に気付くのです。快楽と刺激に溢れた世俗の世界と、ただひたすら神を求める己のみが存在する霊感の世界、この二つの世界を繋ぎ、同時に隔てる扉、それがこの「カルメル会修道女の対話」であろうと思います。

 12世紀、ただ「B」とのみ記されている一人の修道僧が、パレスティナのカルメル山に修道院を築いたことに起源を持つカルメル会は、現在も世界中で活動していますが、その長い歴史の中でも最も痛ましい事件は18世紀末に起こりました。

 1789年、フランス革命勃発、その後権力を握ったジャコバン派は、公安委員会や革命裁判所などをその手足として、苛烈な独裁政治を推し進めます。革命の名の下に反対派は次々と断頭台に消えていきました。ジャコバン派の指導部には無神論者や理性主義者が多く、彼らが信奉する教義・主義から見て、既存のキリスト教は「迷信の固まり(靴が合わなくて足が痛い?靴の聖人のサン・クリスプン様にお祈りしなさい)」「日和見主義(よー分からんけど、パパ様がそう仰っておられるんなら、その通りでしょ)」「敗北主義(浮き世が辛くても天国は貧しい者のためにあるんじゃから)」と映りました。特に、当時、カトリック教会の聖職者は特権階級に属していたために、カトリック教会に対する弾圧は一層厳しく、革命以来、聖職者追放と教会への破壊行為が正当化され、とうとう1793年11月には、フランス全土でカトリックのミサが禁止され、教会と修道院は閉鎖されてしまいます。祭壇や礼拝堂を飾っていた祭具は全て没収、造幣局で溶かされて革命政府の貨幣に姿を変えました。
 ジャコバン派のリーダーであるロベスピエールは、キリスト教に代わる崇拝の対象が必要と考え、「理性」を神の座に担ぎ上げました(「もし神が存在しないなら、それを発明する必要がある」)。しかし、これってつまりは、1800年前にナザレの大工の息子が説いた神はダメ、たった今俺様が作った神を拝めということで、この清廉潔白な秀才くんが、上下をひっくり返す革命家としては有能であっても、民衆を下から上へ導く政治家としては全く無能であったことの証明でしょう。そもそも「神」とは人間のアタマで拵えられるものなのか?少なくとも、どこかのお偉いさんが昨日今日考えたものが「神」の座に相応しいくないということくらい(ミシュレ曰く「そのような神は不毛そのものである。ひからびた無である」)、たとえ学校を出ていなくても民衆はちゃんと知っていたと思います。
 しかし、1794年、この「最高存在の祭典」という曰く言い難き胡散臭さに満ちた祭は強行されてしまいました。因みに、この祭のメイン・イベントは勿論ギロチンでした。この祭典が、当のロベスピエールが処刑されたことにより一回こっきりで終了したのは、不幸中の幸いというべきか。

 こんな大混乱の中、1792年、コンピエーニュの女子カルメル会修道院の院長であったマザー・マリアは、革命政府の弾圧に対して「殉教の誓願」を立てることを修道女らに提案します。やがて修道院の建物は革命政府によって没収され、修道女たちは散り散りに。そして、1794年6月22日、マザー・マリアはパリにいて難を逃れますが、その他の修道女たちは16人全員が逮捕されます。革命裁判所での審理の結果、死刑判決を受けた修道女たちは、1794年7月17日、ギロチンによって処刑されました。そして、まるで彼女たち16人の後を追うように、7月28日、テルミドールのクーデターによって反対派に逮捕されたロベスピエールも断頭台に登り、ジャコバン派の独裁政治はようやく幕を下ろします。

 修道院とは、この世にありながら、この世に属さない場所、特に、カルメル会のような観想修道院(一旦中に入った修道士・修道女は、重い病気などの場合を除いて生涯修道院の外に出ることはない)は、私のような人間には、現実世界にポツンと開いた「異空間」のように思えます。
 「修道院長に面会した時も、この壁面の窓(格子窓)をとおしてであった。(略)面会後、その窓が閉められ、向こうで鍵のかけられる音がし、面会した相手の衣擦れの音がさやさやと何処かへ消えていくと、その窓の裏側に、測りようもない世界が明りをたたえて茫漠と開かれているのが、感じられるのであった。」
 「この修道院のパンフレットを読むと、節眠、節食とある。徹底した禁欲主義を原理とするカルメル会は、生命を維持するために必要な睡眠の量と食事の質の他は、睡眠のなかの快楽の要素も、食事のなかの快楽の要素も、禁じようとするものらしい、と私には思われた。」(高橋たか子 「カルメル会修道院」)。
 己を空っぽにして神で満たす、この孤独な作業には、ぎりぎりのところで生きる、つまりは、死を隣に感じる環境が必要なのでしょうか。私の生きているこの世界のあちらこちらに、こんな場所がある、こんな生き方を選択した人たちがいる・・・。

 このオペラの原作は、「悪魔の陽の下に」や「田舎司祭の日記」のジョルジュ・ベルナノスです。ベルナノスといい、モーリアックといい、20世紀初頭のフランスの小説家の作品には、宿命のように信仰の問題が登場します。モーリアックの作品には、既に神を信じることができず、しかし、神を否定することもできず、形だけの信仰への疑問に苦悩する人物が登場するのに対し、ベルナノスの作品には、20世紀にあってもなお、原初のままの信仰を掲げて生きようと苦悩する人物が登場するように思います。しかし、この対照的な二人にあっても、「彼らの知らぬ間に、彼らの内部のもっとも奥深いところから、呼びかけ、引きつけている、あの存在、あの燃える潮」(モーリアック 「愛の砂漠」)という表現が唐突に、そして重たく登場するのです。この「存在」、どうやっても、何をもってしても、否定することはできても消去することは決してできない「存在」、日本人の私がつくづく、フランスは遠いのだと感じるのはこんな時です。

 「詩を歌に移し替えることは、愛の行為であって、便宜的な婚姻ではないのだ」、ベルナノスの言葉を一つ一つ旋律に載せていく、プーランクにとって、それはガキ大将と聖職者の緻密な共同作業であり、そして、密やかな愛の行為でもあったのでしょう。


参考文献:「ジョルジュ・ベルナノス著作集」(ベルナノス著 春秋社) 「フランシス・プーランク」(アンリ・エル著 春秋社)


第一幕 「キリストの死の苦しみのブランシュ」

 1789年春、ド・ラ・フォルス侯爵の館、うたた寝をしている侯爵にその息子である騎士が声を掛けます、ブランシュは今どちらに?妹に何の用かね?民衆が騒いでいるようですので心配なのです。群衆、暴動、あの数え切れない程の憎悪の目を私は見たのだ!侯爵は突然取り乱します。あの日、妻はブランシュを産んで死んだ、あの日も外では群衆が騒いでいた・・・、そのせいか、あの娘は感じやすいようだ。そういえば妹の眼差しには呪われたような光が見えますね・・・。しかし、あの娘の馬車は丈夫だし警護もついている、案じることはなかろう。

 ドアが開きブランシュが登場。ブランシュ、兄上が話があるそうだ、騎士様がこの子ウサギにご用ですか?ド・ダマスから聞いたのだが、彼は広場で君の馬車を見たと、君は怯えもせず立派だったと話していたよ。危険は冷たい水と同じ、最初は息が詰まっても首まで浸かれば慣れてしまうものですわ。雲が出てきたな、ブランシュ、部屋に下がるのなら燭台を用意させなさい、一人でいてはいけないよ。君は陽が落ちると憂鬱になる、小さい頃、私は毎晩死んで毎朝生き返るって言っていたね。お兄様、本当の甦りの朝は復活祭の朝だけ、毎夜味わうのはキリストの神聖な死の苦しみなのです、そう言い残してブランシュは退室。

 ドアの向こうから叫び声が聞こえます。何ごとだ?ブランシュ様のお部屋に燭台を灯しましたところ、私の影に驚かれて・・・、従僕が狼狽えます。あぁ、お父様!怯えきっている娘を侯爵が宥めます、取るに足らないことだ、忘れなさい。いいえ、取るに足らないことにも神のご意志が刻まれているはず。申し上げなくては、私はカルメル会の修道院に入ることに致しました。カルメル会に?臆病だからといって、勇気を持てないからといって、この俗世を捨てるというのはいかがなものかな。俗世が怖いのではありません、ただ俗世は私が生きていけない場所なのです、私は人の立てる小さなざわめきに耐えられないのです。それは俗世に生きよという神の与え給うた試練であろうに、それを超えられないと?どうかお願いでございます、天なる神は私の命にも何か計画をお持ちのはず、ですから、全てを神に捧げ、全てを棄てて、神に私の誇りを取り戻していただきたいのです。ブランシュの決意は揺るぎません。

 数週間後、コンピエーニュのカルメル会修道院の一室、院長とブランシュが格子を挟んで対峙しています。この肘掛け椅子を院長の特権と思わぬように、これは修道女たちが病身の私を気遣ってのこと、恥を忍んでの快適さなのです。俗世を捨て去ることは喜ばしいことでございましょう?私どもの会則が厳しいことを恐れてはおられないのですね?その厳しさに惹かれるのです。なるほど、しかし、人は、山は越えられても小石に躓くものですよ。
 気高い生活に憧れます!それは幻想では?幻想ならば覚めさせていただきとう思います。神がお試しになるのは貴女の力ではなく貴女の弱点なのですよ、ここは祈りの家、私たちはただ祈るだけ、祈りを信じない人間にとって私たちはただの寄生虫でしょうが、人は皆神を信じることができます、たとえ一人の羊飼いの祈りであっても全人類の祈りになり得るのです、・・・泣いているのですか?歓びの涙です、私の魂は院長様のお側に飛び立とうとしております、私には他に隠れる場所もないのです。修道院は貴女を守ってはくれませんよ、私たちが修道院を守らねばならないのです、しかし・・・、貴女は既に修道女として新しい名を選んでいるのでは?はい、「キリストの死の苦しみのブランシュ」と呼ばれたいと思います。なるほど、では、心安らかにお行きなさい。

 更に数週間後、修道衣に身を包んだブランシュとコンスタンスが食料品を選り分けています。また空豆!噂では小麦粉の買い占めのせいでパリではパンが足りなくなるとか。ほら、アイロン!前から欲しかった大きなアイロン、これでもうあのシスター・ジャンヌの「これじゃできねーんだわ」も聞けなくなるわ。あれを聞くと私、田舎を思い出すの、ティリィの村、私が修道院に入る前に結婚式があったの、みんなで一日中踊ったわ!コンスタンスったら院長様のお加減がお悪いのにそんなにはしゃいで、ブランシュが窘めます。勿論、院長様のためなら私の命を差し上げるわ、でも、59歳って死んでもいいお年でしょ?貴女は死ぬことが怖くないの?ブランシュ、私は人生が楽しいの、だからきっと死も楽しいと思うの、神に仕えることが楽しいの、だからイヤなことだって楽しそうにできるわ。神はウンザリしておいでかも!ブランシュ、貴女、わざわざ私を苦しめにいらしたのかしら?いえ、ただ私は貴方が羨ましいの、私が?その私はさっき無分別なことを言ってしまったわ、一緒に跪いて二人の命を院長様の代わりに捧げますと祈りましょう!貴女、私をからかっているの?いいえ、私は若いうちに死にたいだけ・・・、ブランシュ、私、貴女を見た時に願いが叶ったって知ったの、どんな願い?神のお恵みで年をとらなくて済むこと、私たちは同じ日に一緒に死ぬだろうということ。コンスタンス、貴女、どうかしているわ、そんなこと許せないわ!・・・ごめんなさい、ブランシュ、貴女を侮辱するつもりはなかったの。

 院長の病室、ベッドの傍らにはシスター・マリー、院長様、お苦しみは昨夜以来お静まりでしょうか?あれは魂の微睡みに過ぎないわ、先生は私は後何日生きられると?院長様はお強いからと・・・。30年間死について瞑想して、それが今になって何の役にも立たない!ブランシュはどこ?彼女はあの名を変えようとはしなかったと聞きました。はい、「キリストの死の苦しみのブランシュ」と呼ばれることを望んでおります。私もかつてその名を選んだの、彼女については私の責任です、彼女が気になります、だから、マリー、貴女にブランシュを預けます。かしこまりました。ブランシュに欠けているものが貴女にはあります、でも注意してください・・・、ブランシュが来たようですね。
 ブランシュがベッドの傍らに跪きます。貴女は一番の新参者、だから私は貴女が可愛いのです、今の私が貴女に上げられるのは惨めな死だけ・・・。聖人たちは自らの運命に逆らおうとはなさいませんでした、逆らうことは常に悪魔の業なのですよ、神が貴女の名誉を引き受けられたのですから安心して、さぁ、さようならを言わせてください。祝福を受けてブランシュは退室します。
 医師登場、先生、あの薬をもう一度頂けませんか?そのお体ではもうあの薬には耐えられますまい、あのアルコールの薬では?他の薬でも構いません、お願いです!院長様、どうか神のことだけをお考えになって・・・、神?この惨めな私が神を思い煩って何になると?院長の罵り声が外に聞こえてはとマリーが窓を閉ざします。マリー!院長様?礼拝堂は汚されて、祭壇は割れて、敷石には血が流れる、神は我々をお見捨てになるのです!神は人間をお諦めになったのです!

 院長に再び呼ばれて、ブランシュは恐る恐る病室に入ります。怖い、死ぬのが怖い・・・、死ぬのが怖い・・・、瀕死の院長が繰り返します。しかし、その言葉とは裏腹にその身体の動きはどんどん弱っていきます。院長様は、お望みです・・・、ベッドの傍らのブランシュが呟きます、院長様は・・・、こうなることをお望みになったのです!

 バスティーユ襲撃が数ヶ月後に起ころうとしています。侯爵と騎士の言葉から革命の恐怖がもうすぐそこに迫っていると感じられます。毎日どこかで起こる暴力沙汰、暴力というものは自分の身に降りかからなくとも、見聞きするだけで人の心を蝕んでいくもの、そんな血生臭い熱を帯びた空気の中、父も兄も、暴動のあった日に母の命と引き替えにこの世に生を受けた、人一倍感じやすいブランシュを案じています。暗く、気怠く、抑揚なく、まるで床を低いところを探しながらゆっくりと這っていく血溜まりのような旋律が、静かに何ものかを溜め込んでただじっと爆発を待つ、時代の圧倒的な重苦しさを描きます。

 この第一場、次々と質問が放たれ、しかし、答えはどこにも見当たりません。

 馬車が貧民たちに取り囲まれた時には「立派な態度だった」ブランシュが、自分の部屋の灯りを点けにきた従僕の影に怯える、ブランシュが恐れているものは、暴徒でもなければ暴力でもないのです。では、いったい何なのか?

 院長とブランシュの対話、院長はかつての自分と同じ名前を選んだブランシュに若き日の自分を見ています。つまり、院長もかつて何かに怯えて何かから逃れようとカルメル会の扉を叩いたのでしょう、しかし、何から?祈りだけが自分の存在を正当なものとしてくれる、どんな小さな者の祈りでもそれは全人類の祈りとなり得る、院長の言葉はどこまでも正しく、どこまでも立派で、しかし、なぜか空井戸に石を投げ込んだかのように空虚に響きます。その空虚に向かってきりきりと一人舞い上がっていくブランシュの危うさ、そこには「心安らか」と呼べるものはありません。あるのは奇妙な熱狂と墜落の予感。

 コンスタンスは嬉々として死を語ります。年をとらずに死ねるのは幸せ、生きることが楽しいのなら死ぬことだって楽しいわ、コンスタンスにとって死は、空豆やアイロンと同じ、日常の一部なのでしょう。彼女が語る思い出から分かること、それは彼女が貧しい育ちであることです。コンスタンスにとって修道院は逃げ場でも隠れ場でもない、満ち足りた場所なのです。そして、彼女は修道院より素晴らしいであろう場所をただ一箇所だけ知っています、それは天国、コンスタンスはそれを微塵も疑っていません。「私たちは同じ日に一緒に死ぬの」、この言葉に激しく動揺するブランシュ、いつかは分からないけれど、しかし必ず訪れる「死ぬ」ことが恐ろしいのか?それとも農村出身の純朴過ぎるコンスタンスと「一緒に」が侮辱なのか?

 院長は、瀕死の床にあって神を罵ります。神のために捧げた生涯を、ひたすら祈り続けた生涯を、最後の最後になって神を恨む言葉によって破壊するのです。激しい苦痛に苛まれているならば、死は甘い救済のはず、しかし、彼女は「死ぬのが怖い」とボロボロの身体に執着し、生に爪を立てて必死にしがみつくのです。この場面、十字架の上のイエスの言葉、「主よ、主よ、何故私をお見捨てになったのですか?」と重なり合います。イエスも想像を絶する苦痛の中、神に必死に問うた、問わずにはいられなかったのです。しかし、イエスがその後に続けた「主よ、全てを御手に委ねます」が院長にはありません。それは神の子ではない人間には許されない境地なのか?「キリストの死の苦しみ」、院長と同じ名を選んだブランシュは、その無様な、しかし、偽りのない剥き出しの死に何を見たのか?

 対話だけで構成される短い場面が、寂しい木管と暗い弦によって次々と繋がれていく構成、プーランクの旋律は、ドラマを描くのではなく、シンフォニーを奏でるのでもなく、ただただ人物の語る言葉の本質のみを削り出します。



第二幕 犠牲の子羊だけが

 院長の柩が安置された礼拝堂、ブランシュとコンスタンスが通夜を行っています。しかし、コンスタンスが交代の修道女を呼びに退出して一人になったブランシュは、恐怖に駆られてドアへ向かって走り出し、マリーと鉢合わせしてしまいます。何をしているのです?お通夜は?あの・・・もう時刻ですので・・・、怖くなったのですね?いいえ、そんな・・・。ブランシュ、貴女は戻ってはなりません!失敗は失敗、忘れるのです、十字を切って眠りなさい。神にお許しを乞うのは明日になさい。

 ブランシュとコンスタンスが院長の墓に供える花束を作っています。これ、大きすぎない?お墓は小さいのに、余った花はどうしましょう?新しい院長様に差し上げましょうか?マリー様が新しい院長様に選ばれると良いのに!院長様があんな死に方をなさるなんて、神様は他の人の死とお間違えになったんじゃないかしら?どういう意味なの、コンスタンス?院長様と間違えられたどこかの臆病な人が、勇気を持って死を快く迎えるだろうということよ。

 全修道女が新しい院長への服従の誓いのために集まります。新院長はマリーではなくリドワンヌです。新院長の挨拶、皆さん、私たちは大切な方を亡くしました、平和の時は終わったのでしょう。願わくは、神が、お金持ちや権力者が軽蔑する徳である熱意と忍耐と協調を貧しき私たちにお与え下さいますように、シスター・マリー、私の話をまとめて下さいますか?。皆さん、院長様は私たちの第一の義務は祈りと仰っております、マリーの言葉に続いてアヴェ・マリアの祈祷が始まります。

 鐘が響いてコンスタンスが登場、ブランシュの兄が訪ねてきたことを新院長とマリーに告げます。外国へ行く前に妹さんと会いたいと申しておられますが、特別に許可しましょう、シスター・マリー、貴女が立ち会って下さいますか?
 面会室、半ば開いた幕の奥に仕切りに隔てられてブランシュと騎士、それをマリーが影から見守ります。どうして目を伏せて僕を見ないの?父上はもうここは安全ではないと仰っているよ、それでよろしいのです。君は随分と冷たくなったね、ここへ来てから私は変わったのです、恐怖は感じないと?ここには私を傷つけるものはありませんもの。・・・結構、ならばお別れしよう、お兄様、私とお兄様は戦友同士、それぞれの方法で闘うのですわ、兄は妹をじっと見つめてから足早に立ち去ります。残されたブランシュは倒れないように必死で仕切りにしがみつき、マリーがその手を握ります、しっかりしなさい!あぁ、私は兄に本当のことを言ったでしょうか?私は父と兄から受ける憐れみに疲れ切ってしまったのです、私は傲慢でした・・・。傲慢は乗り越えることができますよ。

 礼拝堂でミサを終えた司祭が修道女たちに語りかけます。私は司祭職を解かれ追放されました、これが最後のミサです、皆さんを祝福しましょう。賛美歌に見送られ司祭は礼拝堂を後にします。ブランシュが司祭に尋ねます、神父様、これからどうなさるのですか?変装して逃げる他ないでしょう、安心なさい、私はこの近くに留まりますから。

 フランスはキリスト教の国ですのに、なぜこんなことに?コンスタンスが問います。皆が何かを怖がっているのです、ペストやコレラを怖がるように。恐怖は病気なのです、ブランシュが呟きます。誰も教会と聖職者を守らないのですか?それも神の思し召しでしょう。私たちは教会を守って殉教すべきだと考えます、マリーが主張します。マリー、私たちの務めは死ぬことではありません、そう言い残して院長は退出します。
 ドアのベルが鳴っています!誰?司祭様!表へ出たのですが暴徒と兵隊に取り囲まれそうになり、ここへ戻るしか逃げ場がなくて・・・、どうかここにいらして下さい!しかし、ここにいては皆さんを巻き込んでしまう、暫くの間をおいて司祭は再び出て行きます。入れ替わりにドアを激しく叩く者たち、人民委員たちが登場します。修道女たちはどこだ?マリーが答えます、そこにおりますでしょう、全員に追放を命じる!ご自由に、何か言うことはあるか?何を?私たちは何一つ持っておりません、この修道衣以外には。では修道衣の代わりに普通の服装をすればいい、何を着ても私たちは神の端女です。我が人民は端女など必要としない!だから殉教者が必要なのですか?命が軽んぜられる今、意味があるのは死だけでしょう。マリーに気圧されたのか、一人の委員がそっと囁きます、今連中を連れ出しますから、その間にここを去って下さい、密告者に気をつけて。
 一人の修道女が現れて告げます、院長はパリに行かれることになりました、これを貴女に・・・、小さなキリスト像がブランシュに手渡されますが、感激したブランシュの震える手がその像を床に落としてしまいます。私たちの小さな王は消え、犠牲の子羊だけが残ってしまいました・・・。

 この幕、オープニングのミサの祈りの聖歌から始まり、新院長の語りに続くアヴェ・マリアの祈り、そして、騎士がブランシュを訪ねてくる場面での暗く重々しい間奏曲、司祭が上げる最後のミサでの聖歌、プーランクの音楽は宗教色を一気に強めます。

 神様によって院長と間違えられてしまったとコンスタンスが主張する「どこかの臆病な人」が、ブランシュであることは明らかです。第一幕の「私たちは同じ日に一緒に死ぬの」という言葉といい、コンスタンスはその無邪気な言葉でブランシュを少しずつ少しずつ死に引き寄せているように思えます。

 新院長に選ばれたリドワンヌ夫人、服従の誓いの場での挨拶は長くてくどくて支離滅裂、その話の内容をただ一言「私たちの第一の義務は祈り」と括ってしまうマリーの強い知性と決断力との対比が、なぜか苛立たしいような旋律で描かれます。ブランシュもコンスタンスも新院長にはマリーをと希望していました。なるほど、リドワンヌ院長はあまり知的ではないようですし、リーダーの資質も感じられません。

 閉ざされた祈りの場に外の現実からの使者として登場する騎士、仕切りを隔てて再会した兄と妹の会話は悲しくすれ違います。修道院だってもう安全ではないという兄の「現実」の声に対して、私には安全と感じられますとただ「感性」で答える妹、召使いの影や人混みの音に耐えられなかったブランシュは多分に感性的な人間であったはずで、つまり、ブランシュは、「ここへ来てから私は変わったのです」と言いながら、実は少しも変わってはいない、変わった振りをしているだけなのです。ブランシュは変わりたかった、変われると信じていた、変わろうと努力した、しかし、変われなかったのです。そんな自分を受け入れることを拒んで兄に対して自分を偽ってしまった、「私とお兄様は戦友同士」、そうなりたいと言うべきだったのに、そうであると言ってしまった、手を伸ばしても届かない希望がブランシュを打ち倒します。兄の見抜けなかったブランシュの偽りをシスター・マリーは見抜いています。

 そして、もう一つの外の現実として、人民委員たちが登場します。こちらの現実に対して真っ向から立ち向かうシスター・マリー。「神のものは神に、カエサルのものはカエサルに」、噛み合うはずのないものが向き合い睨み合う様子は滑稽ですらあります。革命の時代に死など大した犠牲ではないという人民委員に対して、そんな時代は生きるに値しないと答えるマリー、死が大したものではないのなら生も然り、生が無価値ならば死も然り、人民委員と修道女は実は同じことを違う言葉で語っているだけです。信ずるものが違うだけで、彼らは、自己の信じるものへの盲目の忠誠心といい、他者を見極めて選別する厳しさといい、本質的には似ているように思います。それは、己が選択した「理」に叶うためには己の命は当然のこと、他人の命さえ捧げられるべきなのだという恐ろしい「純粋さ」にあるように思います。

 革命政府のやり方に不安を募らせる修道女たち、誰も聖職者を守らないのですか?という問いに対するリドワンヌ院長の答え、「聖職者が足りなくなれば殉教者が増える、神はそうやって均衡を取り戻すのです」、この答えを殉教を求める聖霊の声だと主張するマリー、彼女の中の「純粋さ」を裏付ける場面です。革命であろうが、信仰であろうが、狂った理性は常に死を求めるものです、それも夥しい数の死を。知的ではない院長は、知的なマリーの中のこの残忍な「純粋さ」を感じ取っています。「カルメルの娘たちは命を捨てる他ないのです」「聖人になることは我々の仕事ではありません」、院長とマリーの小さな対立は、二人の運命を大きく分けることになります。

 教会を迫害する者たちと対峙することなく、修道女たちの安全を思い、黙って自ら僧衣を脱いで修道院を後にする司祭、このテノールに与えられた旋律の儚い美しさ。マリーの鋭い知性と強い意志を持てず、しかし、リドワンヌほどの愚直な優しさも持てず、英雄になれる勇気はなく、しかし、裏切り者になるには善良に過ぎる、そんなひっそりと生きていつの間にか消えていく者だけが持つ「当たり前」の美しさです。
 そして、ここから先の物語、私は(そして、おそらくはこの作品を聴く大部分の人たちは)、この司祭の「当たり前」の視点しか持つことができません。その目の前を、犠牲の子羊たちが死に向かって歩んで行きます。



第三幕 来たり給え、創造主にまします聖霊よ

 荒れ果てた教会、粗末な服と泥だらけの靴を身につけた司祭と修道女たち。神父様、どうか誓約についてお話下さい、マリーの言葉に司祭が答えます、それは私の務めを超えたこと、院長がご不在であるからには貴女がお話になるべきでしょう。マリーは修道女たちに向かって語ります、私たちはカルメル会の存続と祖国フランスの救済のために殉教の誓いを立てるべきと思います。・・・皆の心が一致するでしょうか?一人でも反対の意見があればこの誓いは直ちに断念されるでしょう。神父様に一人一人自分の意見を申し述べましょう。修道女たちは一人ずつ祭壇の後ろに入っては司祭の耳元に何ごとかを囁きます。
 マリーが全員に告げます、一人だけ反対がありました、それで十分です。反対したのは私です!コンスタンスが前に出ます。でも、今は皆さんに賛成致します、私の望みは、私が誓いを立てることをお許し頂くこと、・・・神の名においてお願い致します。決まったようですね、司祭は素早く僧服を身に纏います。祈祷台の前で皆の殉教の誓いが行われようとする時、ざわめきの中、ブランシュはそっと聖堂を離れます。

 コンピエーニュの町、修道女たちは平服を着て役人たちの前に集められています。ご婦人方、政府は修道生活を禁止します、共和国の敵である教皇と暴君の手先である司祭との接触も禁止します、諸君は我々の監視下にあることをお忘れなく。役人が退場、平服を着てただの貧しい老女にしか見えない院長、ここでのミサは危険過ぎます、何とか神父様にこのことをお知らせしないと、シスター・マリー、そう思いませんか?私はこれ以後全ての判断を院長様にお任せ致します、しかし、誓いは為されたのです。院長が答えます、貴女たちは神に責任を負っています、そして、私は貴方たちに責任を負っています、それくらいは心得ておりますよ。

 ド・ラ・フォルスの屋敷、ブランシュが竈の前に蹲って鍋を掻き回しています。ドアを叩く音、ブランシュが鍵を開けるとそこにはマリーの姿が。貴女を迎えに来ました、あの・・・、今の私は自由ではないのです、ですから一緒には行けません。今すぐです、さもないと間に合いませんよ、何に間に合わないと?貴女の魂の救済にです、修道院は安全だと仰るのですか?ここほど危険ではありませんよ。・・・信じられません、今の私なら誰も捕まえには来ませんわ、死が狙っているのは高い身分の方々、私は疲れました・・・、あぁ、どうしましょう、シチューが焦げてしまった!貴女のせいよ、どうしたらいいの?マリーが素早く鍋を竈から下ろし、火に灰をかけます。これで大丈夫ですよ、ブランシュ、なぜ泣くのです?貴女がご親切だから・・・、私に構わないで下さい、私は恐怖の中で生まれて恐怖の中で生きてきました、今も・・・、ですから皆が私を蔑むのは正しいのでしょう、父はもうこの世にいません、ギロチンにかけられました、今の私に、自分の育った屋敷の惨めな女中くらい相応しい役目があるでしょうか?昨日もご主人に撲たれました・・・。自分で自分を軽蔑してどうするのです、キリストの死の苦しみのブランシュ!住所を覚えて下さい、サン=ドニ街2番地、そこで私は明日の夜まで貴女を待ちます。私は行きません!私は来ると信じていますよ。女主人の呼ぶ声、ブランシュは走り去ります。

 早朝の牢獄、修道女たちが床に蹲り、あるいは壁に寄りかかっています。牢獄での最初の夜が明けました、何とか乗り越えました、私たちはずっと前から自由を捨てた身、ですから誰も私たちから自由を奪えません、院長が語ります。皆さんは私の留守中に殉教の誓いを立てましたね、私はその誓いを引き受けます、私が誓いの責任を負えば貴女方には誓いの功徳だけが残ります、ですから安心して下さい。院長様と一緒だと何も怖くありません、一人の修道女の言葉に皆が頷きます。ブランシュはどこへ?コンスタンスが問います。誰も知りません。でも、きっと戻ってくるわ、コンスタンス、どうして貴女にそれが分かるの?何故って・・・、私は夢に見たから・・・。

 人民法廷は、16人のカルメル会修道女に「反革命共同謀議を形成し、狂信的書簡による通信を行い、自由を侵害する性質の文書を保持せる罪」によって死刑判決を下します。

 皆さん、皆さんを救いたかった、院長になった日から母親のように皆さんを愛してきました、たとえ主のためでも我が子を喜んで犠牲にする母がいるでしょうか?しかし、今となってはどうでもよいこと、私たちの旅は終わりました、後は一緒に死ぬことだけです。

 サン=ドニ街2番地の家、マリーの前に司祭が現れます。全員が死刑判決を受けました、全員が?一人残らず!何ということ・・・、執行は今日、どうなさるおつもりです?私は殉教の誓いを立てました、それは神に対する誓いです、そして、貴女の誓いを解くことを神は欲しておられるのでしょう。でも、私の名誉はどうなるのです?キリストの眼差しだけをお考えなさい。

 革命広場、ギロチンを見物に集まった群衆の中に革命派の装いで紛れ込んだ司祭は、馬車から下りてくる修道女たちに素早く十字を切るとそっと立ち去ります。「サルヴェ・レジナ(めでたし、天の女王)」「ヴェニ・クレアトール(来たり給え、創造主にまします聖霊よ)」を歌いながら一人ずつ断頭台に登っていく修道女たち。ギロチンの刃が落とされるに連れてその歌声は細く小さくなっていきます。そして、最後の一人となったコンスタンス、その時、広場の片隅からきっぱりとした歌声が聞こえます。群衆の間を通って、断頭台に向かって真っ直ぐに歩くブランシュ。

 「父なる神に栄えあれ、また御子にも、死者から蘇った御子にも、慰める主にも、世々に至るまで」、ブランシュの声も突然消えます。

 殉教の誓い、生きるか死ぬかの選択を迫られる16人の修道女たち。私は「迫られる」と書きました。なぜなら、もしも殉教の誓いを提案したのがマリーではなく、例えば愚直な新院長であったなら、結果は変わっていたと思います。強い人は弱い人を守るでしょうし、導くでしょう、しかし、時として弱い人を傷つける、そして、強さゆえに傷つけたことに気が付かない。
 ただ一人反対した者、それは意外にも「(死も)人生と同じくらい楽しい」と語っていたコンスタンスでした。コンスタンスは死を恐れないはず、しかし、死を恐れるブランシュのために自らの意志を裏切って反対票を投じたのか?ブランシュは死が恐ろしいはず、しかし、死を恐れないコンスタンスが自分を名誉ある死に導いてくれると信じて賛成票を投じたのか?反対票は自分一人と知ったコンスタンスは慌てて反対を撤回します。コンスタンスが反対票を投じたことで胸元に突きつけられた死が遠ざかった、そう思った途端に、ブランシュは再び、そして改めて、死と直面してしまいます。一度ならず二度も死を決意させられる恐怖、一人で修道院から逃げ出すブランシュ、なぜかそれに気づかないコンスタンス。プーランクの旋律は、全く言葉を交わすことなく繰り広げられる二人の意志の鍔迫り合いを、ぎりぎりの緊張感と微かな哀しみをもって描き出します。

 修道衣を粗末な平服に着替えてみれば、修道女たちはただの貧しい女の群れにしか見えません。自分が不在の間に立てられた殉教の誓いを、自分の責任だと言い切る院長、暗い弦の啜り泣きにも似た間奏曲は、突然に転調し、明るく上昇し、救済の予感を告げます。

 自分が生まれ育った屋敷で身分を偽って女中をしているブランシュ、マリーは魂の救済を告げるのですが、ブランシュは、魂の救済よりもシチュー鍋の救済のために泣き出す始末。誓いに従って死ぬ恐怖と鍋を焦げ付かせて撲たれる恐怖、ブランシュにはもう右も左も、上も下も、昨日も今日も、恐怖しかなく、そして、奇妙にその恐怖に馴染んでしまっているのです。

 自ら提案した誓いから最後の最後に排除されるマリー、「神は貴女を生き残る人として選んだ」、司祭の言葉にただじっと立ち尽くし耐えるマリー、死にたくないと見苦しくのたうち回った前の院長、死ぬはずだったのに死ねなくなった自分、マリーは、あの時、多分に侮蔑の混じった視線でベッドの上から見下ろした院長の苦悩を、今初めて理解したように思います。

 ドラムが死へのカウントダウンを刻みます。16人の修道女たち、一人一人の首にギロチンの刃が落ちる度に消えていく声、この幕切れ、悪趣味と言ってしまえば、これほど悪趣味な表現はないでしょう。荘厳で美しい聖歌を捧げることだって出来たはず(プーランクは一流の宗教音楽家です)、「トスカ」ばりに緊張感を煽ることだって出来たはず(前院長の死の場面、誓いの場面を聴けば分かります)。しかし、作曲家は、グロテスクな光景をそのまま旋律に載せたのです。私も悪趣味な書き方をさせて頂けば、「シュッ」「ドサッ」「・・・」の繰り返しです。プーランクは彼女たちの死に一切の解釈を与えません。作曲家の視点は、生き残る者と死ぬべき者を選別する神の座がある上にはなく、しかし、怖い物見たさで断頭台を見上げる民衆のいる下にもなく、処刑台の水平方向の先の150年を隔てた現代にあると感じます。

 一番大きな問いの答えがありません。ブランシュは誓いを立てていないのになぜ死んだ?マリーの元へは行かなかったのになぜ広場に現れた?その答えは聴いた人間に委ねられますが、問いが途方もなく大きいので、答えを導き出すのは私には到底無理というもの。ただ、コンスタンスがブランシュを招くが如き演出がありますが、それでは物語の本質を見誤ってしまうと私は考えます。ブランシュとコンスタンスの死は、お互いを捨ててそれぞれ一人で死んでいくことに意味があるのだと。死とは最も孤独な作業、その孤独を受け入れた時初めて、ブランシュは恐怖から解放され、その顔を高く掲げて断頭台に登ることができたのだと。

 「主よ、なぜ私を見捨てるのですか?」、十字架の上で神の一人子が発した言葉、神はどこまでも沈黙を守ります。プーランクはその沈黙を認め、そして、放置します。なぜなら死はプーランクの上にも訪れる、彼の首にもいずれ刃が落ちてくる、死はそこにもここにもある、ただのありふれた事実、その死を美しい旋律で飾ることは神の意志への異議申し立てとなる、ガキ大将の仮面を被った生真面目な聖職者は、そう考えていたように思います。

 あるいは、荒れ狂う時代の大波の中、ただ優雅に死んでいくことを知っている旧社会の貴族たち(ルイ16世やマリー・アントワネットもそうでしょう)と、死ぬことはイエスの受難を我が身で再現することだと信じてるキリスト者たち、プーランクは修道女たちを賛美する旋律を敢えて排除することで、前者をシルエットとして修道女たちと共演させているとも言えるでしょう。それを可能にしているのが、名門貴族の家に生まれながら、一人の貧しい元修道女として死んでいくブランシュ・ド・ラ・フォルスことキリストの死の苦しみのブランシュです。

 映像盤しか知りません。1999年のドイツ・ライン・ナショナル・オペラ、ジャン・レイサム=ケーニック指揮、プーランク生誕100年ということで、とても丁寧に作ってあって好感が持てるのですが、何せ歌手がみんな同じに見えて(修道女スタイルだから仕方ないのかも知れませんが)、同じに聞こえる、これ結構きついです。ただ簡素な舞台を祈りで一杯に満たそうという「熱」はばっちりと伝わってきます。2004年、ミラノのスカラ座、指揮は御大ムーティ、極めてシンプルな演出、しかし、ラスト、一音一音が叩き出す刃の如き凄みと重み、スカラ座の底力です。歌手もダグマー・シェレンベルガー、クリストファー・ロバートソン、アニア・シリヤと粒が揃っており、私としてはこちらの方がお勧めです。




GO HOME HOME     GO INDEX 作品別インデックスへ