GO HOME HOME     GO INDEX 作品別インデックスへ

Leafモーツァルト 「魔笛」  (2001年12月4日〜2001年12月27日の日記より)


『まほうのふえ』

 この作品は「オペラ」です、「歌劇」です。でも、そう呼んでしまうと何か大切なところで違ってしまいます。ジンクシュピール、「歌芝居」と呼ぶ方が相応しいと思います。モーツァルト最後のオペラ、1791年の春、興行師兼役者兼台本作家のシカネーダーから依頼を受けたモーツァルトですが、同時進行で「皇帝ティトーの慈悲」と「レクイエム」の譜面も書き散らかしております。「魔笛」のスコアは9月28日に完成、そのわずか2日後の9月30日に初演(稽古はどうしたんでしょうね?)、空前の大ヒットを記録します。それから2カ月後の11月20日にはモーツァルトは病に倒れベッドに伏してしまいます。「『魔笛』をもう一回見たい・・・」、そう言い残し、1791年12月5日、彼は35年の生涯を終えます。

 オペラと言えばイタリア語、ドイツ語の作品は「汚らしく」て、ましてや歌芝居なんて低俗と思われていた時代、プラハから畏れ多くもボヘミア国王様の戴冠式用オペラの作曲を依頼されるような売れっ子がなぜドイツ語の歌芝居を手掛けたのかについては、金欠で仕事を断れる状態ではなかったという説が有力なようです。でも、お金のために不本意ながら引き受けたのだとしたら、なぜ「魔笛」はこれほど美しいのでしょうか。なぜモーツァルトは苦しい体調を押して初日と二日目、自ら指揮をしたのでしょうか。なぜ死の床で「『魔笛』をもう一回見たい」と呟いたのでしょうか。私は、モーツァルトはこの作品を作りたくて仕方なかったのだと思います。大好きだから作ったのだと思います。

 「魔笛」というと必ずフリーメーソンの名がセットで登場します。18世紀初めにイギリスで生まれたこの団体、別に秘密結社ではなく、市民的連帯、自由、平等をモットーにする博愛主義団体なのですが、入会手続が(基本理念で排他主義を否定しているのになぜか)非公開のせいで何やら怪しげな団体と誤解されているところがあると思います。「自由な石工」の名から分かるように、起源は1360年ウィンザー城建設のためにイギリス全土から集まった568人の石工たち、男だけの職人の集まりです。
 「魔笛」にはフリーメーソンの秘密が織り込まれていると言われます。確かに、モーツァルトもシカネーダーも結社員でした。彼らのシンボルである3という数字も登場します(でも3という数字は、座りがよろしいせいか、世界中どこでもある種のシンボルになっています。日本だって三人官女、御三家、三羽ガラス等々)。第二幕の試練は入会のための秘密の儀式がモティーフでしょう。

 でも、そんなことどうだっていいと思います。隠された意味、政治的メッセージ、修行の秘密等々、そんなことを気にしていると、石屋の団体の秘密は聞こえても肝心の「魔笛」が聞こえなくなってしまいます。
 モーツァルトはお伽話を作りたかったのです。大人から子供まで手に汗握って楽しめるワクワクドキドキの冒険物語、宝石と毛皮で着飾った金持ちたちが集まる歌劇場じゃなくて、その辺のおっさん、おばはんがハナを垂らしたガキンチョの手を引いて集まる芝居小屋で、ヤジを飛ばして、「待ってましたぁ!」って声をかけて、ハラハラと息を詰めて、ゲラゲラ大笑いして楽しむ歌芝居。誰もが楽しむための作品だからこそ、とびっきり美しい音楽が必要なのです。中途半端に美しいものは難解ですが、徹底的に美しいものは至って単純、このお伽話はモーツァルトなしには成立しなかったと思います。

 この作品は、第一幕と第二幕は全く別の作品と思って間違いありません。話がメチャクチャでどうやってもつなげることができません。悪者をやっつけるぞぉと始まった物語がなぜか途中から「ザラストロ教団入団試験実施マニュアル」になってしまう台本、試しに音楽抜きで読んでみて下さい。これよりひどい台本となると、かの史上最低の映画監督エド・ウッドにお出ましになる他ないでしょう。
 囚われの姫様を救出に向かう勇者、様々な試練を乗り越えて成長していく若者、最後の舞台は悪の神殿、ラスボス登場、バシバシと悪辣な魔法攻撃を繰り出すもんだから苦戦する勇者、最後にとっておきアイテムの魔法の笛を使って、ラスボスついに消滅、めでたし、めでたし、テーマソングに乗せてエンド・クレジット・・・、このお話、この「ドラクエ」式の展開以外は考えられません。なのに、なんでこんなメチャクチャ話になってしもうたのか?

シカネーダー 「ね、ね、歌芝居作んない?俺っちの小屋でやるから」
モーツァルト 「いーよ、お金欲しいしね」
シカ 「俺っちの客、その辺の連中だからさ、難しい話ダメね。歌もドイツ語でないと分かんないの」
モー 「おっ、ドイツ語、いーね。で、どんなん作る?」
シカ 「これなんてどう?『ルル、あるいは魔法の笛』って童話」
モー 「童話って簡単でいーじゃん。僕、好き」
シカ 「でしょ?魔法の笛吹くと動物が言うこと聞いたりするの」
モー 「ストーリーは?」
シカ 「王子様が姫様助けるっての、客はこんなん好きだし。悪者は大魔王でさ、ビシバシ魔術使うってのは?」
モー 「うん、でさ、バーッと派手な女の人出さない?紅白歌合戦の小林幸子みたいの」
シカ 「誰よ、それ?」
モー 「あぅっと、その、気にしないでいーよ」
シカ 「よっしゃ、これで行こう!」

シカ 「えらいことになったよー」
モー 「どしたの?」
シカ 「あのさ、他の小屋でさ、『ファゴット吹きのカスパル』ってのが大当たりしてんの」
モー 「んで?」
シカ 「だからさ、お話おんなじなんよ、俺らのと」
モー 「マジ?」
シカ 「マジ。ねー、作り直す?」
モー 「えー、やだよ、僕、今メチャ忙しいの。ボヘミアの王様の仕事もまだでさ、王様怒らせるのやばいもん」
シカ 「でも、これじゃ俺たち真似っこしたって言われるよー」
モー 「じゃ、テキトーに話変える?」
シカ 「変えるったって、姫様助ける話ってワンパターンしかないじゃん」
モー 「僕らさ、フリーメーソンってやってんじゃん。んで、何か難しいこと言ってなかった?友愛とか徳とか何とか」
シカ 「うん、でも難しいこと俺知んないよー」
モー 「それをテキトーに入れてみん?何かカッコいーし、メーソンの偉い人、誉めてくれるかも知んないし」
シカ 「君、難しいこと知ってんの?」
モー 「うっ、・・・他の人に聞いてみよか」

シカ 「台本できたんだけどさー」
モー 「うん」
シカ 「これってまずくない?」
モー 「話メチャクチャになっちゃったもんねー」
シカ 「どーする?曲も変える?」
モー 「やだよ、せっかく作ったのに、メチャきれいなやつをたくさん」
シカ 「もうこのまんまで行く?」
モー 「行こ、大丈夫だって、僕の音楽サイコーにイケてるし。僕さ、初日、指揮やって上げるから」

と、こんなんではなかったかと・・・。

 お伽噺に必要なものは語り口の巧みさです。モーツァルトの音楽は絶妙の語り口を聴かせてくれます。

 台本はメチャクチャでも音楽の力だけで永遠の命を持つ「魔笛」、その魅力は「魔笛」と呼んだのでは伝わりません。私は「まほうのふえ」と呼びたい・・・。
 みんな、集まって〜、これから面白いお話をして上げるね。不思議な不思議なお話だよ、ハンサムな王子様ときれいなお姫様、おっかない大蛇や鳥の格好した変なお兄さんも出てくるよ。これはね、『まほうのふえ』のお話なんだ・・・。


参考文献
音楽之友社 「作曲家別名曲解説ライブラリー14 モーツァルトⅡ」
平凡社 「世界大百科事典」



第一幕 色男、金と力は・・・あるわけない!

 素晴らしい序曲で幕が上がります。冒頭で響きわたる3回の和音、シンプルな構成、溢れる光、踊る色彩、これを聴くだけでモーツァルトの天才ぶりが伝わってきます。

 なぜか日本のお公家さんの狩衣を着たタミーノ、大蛇に追っかけられて情けなく登場。「うわっ、助けて!食べられるぅ!こっち来るなって、うぅ、僕もうダメ・・・」と失神。3人の侍女が登場し大蛇を退治します。「まっ、超色男!」「ホント!」「女王様に知らせないと」「誰が?」「あんた」「イヤよ」「じゃ抜け駆けなしってことで3人で」と、気絶した色男を放置して退場。目を開けたタミーノは、あっ、蛇死んでる〜、僕じゃないよ(当たり前だ)。全身鳥の羽まみれの異様な風体の鳥刺し男がご機嫌な自己紹介で登場します。「君は誰?」「パパゲーノ、君は?」「王子(というか「自称王子」)、この蛇やっつけたの君?」「・・・う、うん」
 「パパゲーノ!」と3人の侍女が帰ってきます。「やばっ」、「お前また嘘を」「罰としてこれよ!」とパパゲーノは口に錠前を付けられてしまいます。「蛇を退治したのはお前?」(ちゃいます)「では誰?」(知らん)、「それは私たち、色男さんに女王様からの贈り物よ」と渡されたのは女王の娘パミーナの肖像。「うわっ、可愛い、マジ僕好み!会いたい!ね、ね、紹介して」「女王様が申されるには、未来の幸福はあなた次第」「ん?」「勇気を持って救えと」救え?「強大な魔王に誘拐されたパミーナ様を」これってヤバいかも・・・。

 ド派手な音楽と共に夜の女王登場!そのあまりの迫力にガタガタ震えているタミーノですが、女王様はお構いなしに訴えます。「あなただけが母を救ってくれる。悪者が娘を奪いました。あの子を救って。救ってくれれば娘はあなたのもの」マジ?弱っちい自称王子よりも3人の侍女さんを派遣した方がいーんでない?
 「パパゲーノってば」(フムフム)「喋れない?」(フムフム)「どーする?」(フムフム)。侍女が錠前を外し、パパゲーノのおしゃべり復活。「これは女王様から」とタミーノに差し出されたのは、これさえあれば全能で金や王冠よりも価値があるというありがたい魔法の笛です。
 「んじゃ、俺は失礼して」「パパゲーノ、お前も一緒に行くのよ」「冗談きつ〜。俺に焼き鳥にされろっての?」「お前にはこれを」、パパゲーノは銀の鈴をもらいます。「でも、僕、道知らない」「俺も」ということで3人の子供の道案内がつくことに。

 「悪者大魔王」ザラストロの宮殿、ザラストロの召使い、ムーア人のモノスタトスがパミーナに迫ります。そこにやって来たパパゲーノと鉢合わせ、お互いに「(鳥の)お化け〜!」「(真っ黒い)お化け〜!」と反対方向に逃げ出します。先に戻ったのはパパゲーノ、「黒い鳥だっているんだから黒い人だっているよな・・・、って、あんた夜の女王さんとこの姫さん?」「そー」「あんたに恋した王子ってのが助けに来るよ」「ホント?ステキ!」「その王子ってね、超ハンサム、期待してよ」「あなたって変な格好、まさかザラストロの手下?」「俺が?俺は正義の味方よ」「優しそうだしね」「そっ、優しいの、でもパパゲーナがいないんだよねー」「彼女いないの?」「うん」「あなた優しいから大丈夫よ」「愛っていいよねー」「いいよねー」と二人で意気投合、逃亡開始(つまり、タミーノって要らないんでない?)。

 なぜか一人のタミーノはザラストロの3つの神殿の前。真ん中が英知の神殿、右は理性の神殿、左は自然の神殿です。沈黙と勇気を諭して(生意気なガキ!)3人の道案内は退場。タミーノはまず右の神殿で「ごめんくださ〜い」「帰れ!」、左の神殿で「ごめんくださ〜い」「帰れ!」、じゃ真ん中行っちゃうもんね。その神殿から登場したのはお坊さんらしき人、「何を探している?」「愛と徳を」(あれっ?超可愛い姫様を探してるんでないの?)「ここはザラストロの治めるところ」「彼って悪者っしょ?僕、帰る」(お前、いったい何しに来たんだ?)「はぁ?」「ザラストロってマジ極道っしょ」「何で」「姫さん誘拐したじゃん」「した」「もう殺しちゃった?」「教えてやんない」とお坊さん退場。「パミちゃん生きてんのかなぁ」、生きていると声が聞こえます。ラッキー!喜んだタミーノが魔法の笛を吹くと色々な動物たちが現れます。おぉ、これってすんごくない?パミちゃんにも聞こえるかな?魔法の笛にパパゲーノの笛が答えます。おっ、いー感じ、音の方へ行けばいーんじゃん、僕って賢い!

 パミーナとパパゲーナも笛の音を頼りに逃げ回っていますが、モノスタトスに捕まってしまいます。ヤケクソのパパゲーノが銀の鈴を振るとモノスタトスとその手下はなぜか踊りだし、退場。おぉ、これもすんごい!ザラストロを讃える合唱が響きます。「やばっ、あれってボス?どうする?」「真実を話すのよ」(逃げるんじゃないのか?)。大勢の取り巻きを従えてザラストロ登場。パミーナは「逃げようとしたの、ごめんなさい。だってあの黒い奴が・・・」、誘拐の被害者が加害者に逃げたってなんで謝る?「お前、他の男を愛しているな」とザラストロ、「でも自由にはできない」「えぇ〜、ママに会いたい〜」「あの女の元ではお前は幸せになれない。一人の男がお前の心を導かねばならぬ」、これってまさかへなちょこ王子のこと?
 モノスタトスがタミーノを捕まえて引っ張ってきます(王子、弱っ!)。「超可愛い!」「超ハンサム!」と抱き合うタミーノとパミーナ。モノスタトスが割って入りザラストロに告げ口、「こいつらメチャ悪い奴らで、で、この変な鳥野郎も悪い奴で、お仕置きしちゃって下さい」「お前には褒美を授けよう、たっぷりの鞭を」「げげっ!」。

 ザラストロ万歳の合唱が響く中、タミーノとパミーナは頭巾を被って試練の神殿へ・・・。

 
タミーノは一目絵を見ただけで恋の虜になってしまいます(「何と美しい絵姿」)。弱っちい王子様は自分の弱さを知ってか知らずか、恋の成就に突進します。対するパミーナも、素敵な王子様が自分に恋していると聞くだけで彼に恋をしてしまいます。これこそが「魔法」なのかも知れません。

 パパゲーノのアリア「おいらは鳥刺し」、娘っこを根こそぎ捕まえて売っぱらって砂糖を買う、で、一番可愛い子に砂糖を上げる・・・、幼稚な恋愛願望は少々グロテスク。しかし、彼にはパミーナが一目で見抜いた優しさがあります。その優しさはそれを分かち合うパパゲーナの登場をひたすら待っているのです。「黒い鳥だっているんだから黒い人だっている」という一言には、鳥の格好をしている彼が実は人間として一番健全なものを備えていることが、そんな彼に対するモーツァルトの愛情が感じられます。彼は(モノスタトスの)異形の姿に対しても偏見を持たず、(王子であるタミーノの)権威に対してもへつらわず、この作品中を自由に羽ばたきます。

 夜の女王のアリア「私は悲しみの淵に」、娘を奪われた母の嘆き、娘を奪った方には何やら言い分があるようですが、そんな理屈は母の前には何の意味も持ちません。母にとって子を奪うものは誰であれ悪であり、例えそれが神であろうと復讐の対象となる、この正しく真っ当な嘆きは真実であり、あれこれの解釈を寄せ付けない圧倒的な「正義」があります。

 夜の女王から見れば「極悪人」、彼に従う人から見れば「徳高き聖者」、神様なんだか人間なんだかよく分からないザラストロ、当然、その歌は何やら神秘的で分かり難い。ただ、「立ちなさい、愛しい娘よ」に唯一感情らしきものが窺えます。「お前は他の男を愛している、その愛を妨げはしないがお前を自由にもしない」・・・、ザラストロは夜の女王の母性に対して、父性として歌います。母性の尊さがその盲目の愛にあるとすれば、父性の尊さはその理性にあります。

 ホームドラマに置き換えて見て下さい。夜の女王とザラストロには美しい娘がいたのですが、お互いの価値観が一致せず離婚。母はふとしたことで知り合った素直でハンサムな青年を娘に紹介し、二人は恋に落ちます。この青年、目下しがない4回戦ボーイ(売れない作家、画家、ミュージシャン・・・なんでもいいです)なのですが、何しろ若い二人はお互いに夢中、娘が幸せなら母も幸せ。で、離婚した父のところに恋人たちが婚約報告に現れます。父は母のように簡単にはいかない。「お嬢さんと結婚させて下さい」「君、何をやっているのかね?」「えっと、ボクサー(とか何とか)です。まだ4回戦だけど」「それで娘を幸せにできるのか?」「幸せにします!」「口では何とでも言えるものだ。君の誠意を見たいね」「誠意?」「世界タイトルをとるまでは結婚は許さん!」、かくして猛練習が始まります。早起きして生卵を飲んでロードワーク、精肉工場で肉の塊をぶっ叩き、フィラデルフィアの丘を駆け上がり、図書館の前で吠える!娘はそんな彼が心配で陰ながら見守っています。時には、もうそんな無茶は止めて!って泣きたくもなるのですが、父はそんな娘をしっかと受け止める。BGMは例のお馴染みのあれ・・・。

 この作品には確かにフリーメーソンの影響があるのでしょう。しかし、それはあくまでも「影響」であって、モーツァルトはこのオペラをメーソンのために作ったのではない、モティーフを拝借しただけだと思いたい。第一幕のラストでタミーノはなぜか分からないままに試練を受けることになってしまいます。ザラストロに感化されたとは思えません。だって彼を讃える声を聞いただけで、自分で彼の偉大さを感じたわけではないのです。彼の動機はパミーナへの愛です。パミーナを(幸せに)導く男になるためには何だってする、この風変わりな頑固親父に認めてもらうためには試練が何だってんだい!恋する若者はこうでないといけません。

 私はフリーメーソンの何であるかをよく知りません。興味もありません。ただ一つ分かっていることは、メーソン流の解釈がこの「魔笛」を難解なものにしてしまったということです。モーツァルト(とシカネーダー)がネタに詰まって、「これってカッコいくない〜?」「イケてる!」「使っちゃう?」「いーんでない」で織り込んだ(であろう)モティーフにばかり気を取られていては魔笛は響きません。私は「魔笛」を、この美しい作品を、メーソンの世界から取り戻すべきだと思います。


第二幕 破綻してます・・・だから何?

 この第二幕、メチャクチャです。意味不明の儀式の場面が続き、誰が何をやっているのかもよく分からなくなり、そもそもこれって何の話だったっけ?という具合。これで音楽がなかったらこの作品、誰も見ませんね。

 ザラストロと坊さんたちの会話(「イシス、オシリスの神よ」)によってタミーノの試練開始。タミーノは愛と友情を求めるとやる気満々ですが、全然その気なしのパパゲーノ、若くて美しいパパゲーナとの出会いを提示されて試練を受けることに。女の奸計に気をつけよと坊さんは仰いますが、二人とも動機はその「女」、王子といいパパゲーノといい、ホルモンの力は偉大です。
 第一の試練は「沈黙」。そこに3人の侍女さん登場、二人を脅かします。根がおしゃべりなパパゲーノは「何だかんだ、でもって、かくかくしかじかで、うっそ!それマジ?」とべらべら喋りだし、タミーノの「シィ〜」も効果なし(五重唱「どうしたの?」)。雷鳴が3人の侍女を追い払い坊さん登場。タミーノは試練を通過、パパゲーノは・・・補欠合格というところでしょうか。

 満月の庭で眠っているパミーナにモノスタトスが迫ります(「恋すりゃ誰でも嬉しいさ」)。姫様危うし!ド迫力で夜の女王登場、モノスタトスは退散。女王はパミーナに短剣を渡しザラストロ殺害を命じます。「地獄の復讐が心にたぎる」、ザラストロを殺すのよ、さもなければお前は娘ではない!このママさんは娘を助けたかったはず、このまま連れ帰ればそれで済むのに、なぜか話は『ニキータ』に。
 人殺しなんてできないと悩むパミーナに再びモノスタトスが迫りますが、今度はザラストロ登場、モノスタトスは追放されます。「この聖なる殿堂には」復讐はない、あるのは愛と友情のみ、と、まぁ言ってみれば自己宣伝。

 試練を続けている自称王子と鳥男はというと、パパゲーノはここにゃ食べるモンはないのか?と愚痴。しわくちゃ老婆が水を持って登場、「婆さん、何歳?」「18歳と2分」「は?」「彼氏もいるよ」「誰?」「パパゲーノ」「なぬ〜?」、婆さんは消え去ります。3人の子供が料理とワインを差し入れ(このガキども、女王様のところの従業員じゃなかったっけ?)、笛と鈴を返してくれます。パミーナが登場してタミーノに走り寄りますが、沈黙の行を続ける王子はシカト。ひどい・・・「愛の喜びは露と消え」もう死んじゃいたい!と立ち去るパミーナ。
 うめぇ!ザラストロっていーモン喰ってんなぁとガッつくパパゲーノ。次の試練?んなもん待たせておけばいいって。これ喰ったら行くからさ、残しちゃ悪いっしょ?もうライオンが出てきたって(ガォ〜!)・・・って、何でホントに出てくるかな〜。行きますってば。

 神殿ではザラストロと坊さんたちがタミーノの健闘を称え、最後の試練の前にパミーナと対面させます。三重唱「もう会えないのか」で再会のための別れが歌われます。やる気なしのパパゲーノは落第決定。別に良いっすよ、俺、酒と「恋人か女房がいれば」それでいいもん。あの婆さんが再び登場、あんた、私を愛するって誓わないとここから出られないよ。うぅ、仕方ない、俺はあんたを・・・一生・・・愛します!誓います!婆さんは一瞬にしてパパゲーノとペアルックの若い女に変身。ありゃ!と喜ぶパパゲーノですが、坊さんがまだ早いと割り込みます。ヒトんちのご家庭の事情ってやつに出しゃばんなよー!雷鳴が響きパパゲーノは腰を抜かします。

 タミーノと別れたパミーナは悲嘆のあまり短剣をジトーっと見つめて自殺を考えます。3人の子供が止めに入り、んじゃ仕方ないね、彼氏んとこに連れてくよ、ホント?「恋に燃える二つの胸は〜」といい気なもんです。

 鎧をまとった二人の騎士が最後の試練を告げます。もうここまで来たらやっちゃうもんねーと張り切るタミーノ。待って!とパミーナ登場。んじゃ君たち一緒に行く?と鎧の騎士(女の奸計たらいうのはどうなったん?)、大丈夫、私が案内するわ。その魔法の笛はパパが樹齢千年の樫を刻んで作ったものなの、笛を吹いて!笛に導かれつつ最後の試練を二人して通過、おめでとうございます〜!

 パパゲーナ、どこへ行ったんだよー、帰ってきてくれよー。グスン、もういいや、この木で首くくって死んじゃお、止めるんなら今のうちよ・・・、3つ数えると死んじゃうからね・・・ひとーつ、ふたーつ、みぃーーーーーっつ、クソ!こうなりゃ死んじゃる〜。待ってと止めるのは3人の子供、あのさ、君、その鈴何のために持ってるわけ?・・・おっ、これ忘れてた!魔法があるじゃん!パパゲーノが鈴を振るとパパゲーナが登場。「パ、パ、パ」と鳴き交わす二人、俺の可愛い女房、私の大事な旦那、子供たくさん作ろうねぇ。

 ザラストロのところをリストラされちゃったモノスタトスの手引きで夜の女王と3人の侍女が登場。やってまえ〜!ザラストロは雷鳴と閃光で反撃、夜の女王たちは永遠の夜の底へ墜ちていきます。
 太陽が夜を追い払った!強い心が勝った!美と英知は永遠に・・・なんのことやらサッパリ分からないうちに幕。

 「女の奸計に気をつけよ」はフリーメーソンからお知恵拝借したとすれば当然でしょう。男ばっかりの石屋の団体です。女人禁制にしておかないと何が起こるやら分かったもんじゃない。
 モノスタトスがパミーナに迫る場面、俺は恋には縁がない、この白い女に惚れた・・・早口の歌声に込められた滑稽さをしてもドロドロした雰囲気は否定できません。しかし、聖人ザラストロがなんでレイプ未遂をしでかすような男を雇っていたのか、不思議です。不思議といえば3人のガキもいったい誰に雇われていたのか不明。最初からタミーノを神殿に導き感化することが目的だったとしたら、ザラストロ側の二重スパイということになります。
 夜の女王の語る因縁、女王の亡き夫は昼と夜を支配していたのですが、遺言で昼の方をザラストロに譲ってしまったらしいんですね。女王は昼を取り返して「夜の女王」を返上し「一日中女王」になりたいらしい。つまり、この話、要するに遺産争いなの?とすると、パミーナ誘拐事件って何?女王は娘にザラストロ殺害を命じます。パミーナは暗殺目的で送り込まれたスリーパーだったのか?では、なぜへなちょこ王子を派遣する?スリーパーが救出されちゃ困るじゃん。もう話は救いようがないのですが、至難の技のコロラトゥーラが全てをチャラにしてくれます。最高音はハイF、限界まで転がる声、アリアというよりもこれはサーカスでしょう。お話の方が全然ハラハラドキドキにならない分、ソプラノの超絶技巧でハラハラさせられるという仕組みです。

 善玉の夜の女王が悪玉に転じ、悪玉のザラストロが善玉に転じたおかげで、お話の方は完全に破綻しました。夜の女王が与えた魔法の笛がなぜかタミーノとパミーナを試練から守ります。女性を排除していたはずの試練の場ですが、結局タミーノを導いたのはパミーナです。このへなちょこ王子、一人だったらクリアは無理だったと思います。
 「この神殿に復讐はない。あるのは愛と友情のみ」だったザラストロですが、夜の女王と3人の侍女を葬り去るのは構わないらしい。ダブル・スタンダードの聖人なんてどこがありがたいんでしょ?
 パパゲーノとパパゲーナのお似合いのカップルにハッピーエンドを与えたのも夜の女王が与えた鈴、この女王様、悪玉ってわりにはアイテムがみんな善なのです。

 「魔笛」はフリーメーソンの影響のおかげでお伽噺として破綻し、しかし、結局フリーメーソンの教義宣伝用オペラとしても破綻しています。どの立場から聴いても、どう解釈してもメチャクチャなのです。んもー、モーツァルトってば、なんでこんなん拵えたぁ?
 実は、この「魔笛」を永遠の傑作に押し上げたのは、このメチャクチャぶりなのです。どちらにしろ整合性があったなら、夜の女王の依頼通りに大魔王ザラストロを倒す物語であったなら、あるいは実は極め付きの悪であった夜の女王を聖者ザラストロと彼に心酔する王子が倒す話であったなら、「魔笛」はこれほど魅力的な容姿にはならなかったはずなのです。
 オペラ史上に輝く金字塔「魔笛」を「魔笛」たらしめたもの、それは何でもあり、どうにでもして、でも、どうにもならんけど・・・というこの破格の破綻ぶりにあると思います。フリーメーソンの解釈を振り回して土台そんなもん最初からない整合性を求めていては、この作品の魅力は決して伝わりません。
 「魔笛」は言ってみればモーツァルトがその両手で大切にこねて作り上げた完全な球体です。まん丸だから一度落っことすとどこに跳ねていくのやら見当もつきません。跳ね回る球体を息を切らして追っかけ回し、手にとってしげしげと眺めた時初めて、これってまん丸じゃんと分かります。どこから見ても、どこで切っても完全な姿、あらゆる方向から投げられる光を柔らかく弾き返してキラキラと輝いています、本当に美しい・・・。
 ザラストロはゾロアスターなのかも知れません。なぜかエジプトの神様であるイシスとオシリスが登場します(イシスって女神なんだけど)。鳥刺しでもないのに鳥の格好をしたパパゲーナ、3人のガキがいったい何者なのかも分かりません。自称王子はほとんど分裂症です。女王様は完全なヒステリー女、鎮静剤が必要です。パミーナは誘拐されてありがたがっています。パパゲーノは試練落第、取り敢えずの求婚でも幸せになってしまいます。だから何?この音楽の前にはそんなもんどうだっていいんです。

 タイトルになっている笛は物語では大して役に立っておりません。しかし「魔笛」以外のタイトルは思いつきません。『まほうのふえ』を吹き鳴らしたのは、実はモーツァルトなのです。


何でもあり、ジョーカーみたいなオペラです

 お見事な破綻のおかげで、この「魔笛」はどうにでも解釈が可能(というより、解釈が不可能)という、ある意味、演出家にとって夢の作品になっていると思います。台本は無意味、設定も無意味、ストーリーから好きなところだけ選んで強調し辻褄を合わせるもよし、特定の要素だけ美味しいとこ取りして楽しむもよし、破綻をそのまま自堕落に味わうという手もあり、どういじくったところで、元の話よりもひどくなる心配だけはしなくて良いのです。唯一意味があるのは音楽だけ、オケと歌手さん、がんばってねぇ〜で後は何でもあり!

定番RPG 「マジック・フルート 選ばれし勇者たち」

攻略掲示板より
Q:最初のボスの大蛇が強すぎ〜。どうしても倒せません。
A:初期の装備(「ひのきのぼう」)では大蛇は倒せません。3人の侍女の出現ポイントまで逃げた方がいいでしょう。主人公のスキルに「びぼう」がついていれば3人の侍女が登場します。
Q:パパゲーノが仲間になりません。
A:口に錠前のイベントの後でパパゲーノに話しかけてみましたか?錠前を外してアイテムの「ぎんのすず」を使うと仲間になるはずです。
Q:神殿を出てからレベルが全然上がらないのですが。
A:試練の洞窟に入ってからは武器攻撃はしてはいけません。スキルに「ちんもく」をつけて防御だけにして下さい。それから回復用の「やくそう」や「ポーション」を、道具屋のお婆さんから貰わないでスキルの「みつける」で拾ってしまうとレベルが下がります。
Q:ラスボスの夜の女王メチャ強い!何度トライしても瞬殺されてしまいます。
A:炎の洞窟内でアイテムの「まほうのふえ」を使った後でしたらザラストロが召喚できるはずです。ザラストロの「いかりのいなづま」と「さばきのひかり」があれば楽勝のはずですよ。

SF超大作「サンダー・ウォーズ 帝国の逆襲」

 はるか昔、広い銀河系のどこかで・・・、単身夜の惑星に降り立ったタミーノ・スカイウォーカーは、星の支配者ナイト・クィーンから帝国軍に囚われているパミーナ姫の救出を依頼される。バード・ハンターのパパゲーノ・ソロと共に宇宙船ミレニアム・パロット号に乗り込んだタミーノは、帝国軍の巨大要塞デス・スターに潜入、パミーナ姫の救出に成功するが、悪の帝王ザラストロ卿の執拗な追撃を受け、パパゲーノ・ソロとはぐれてしまう。連合軍の援護も虚しく追い詰められたタミーノとパミーナ姫に強烈な暗黒フォースの使い手ザラストロ卿が迫る!タミーノのマジック・サーベルが光を放ったその時、意外な過去が明らかに・・・。真のフォースを身につけるために一人試練に耐えるタミーノ、一方パミーナ姫には帝国軍の魔の手が迫る。真の敵は誰なのか?真のフォースの秘密とは?ナイト・クィーンとザラストロ卿の宇宙の運命を賭けた最後の戦いが幕を開ける!果たして正義はどちらに?

「男はつらいよ〜パパゲーノ恋の花」

 エリートさんってのか、学のあるヒトってのは大変だねぇ。好いた惚れたにまで理屈がいるってんだからよ。ホの字となりゃ一緒にいたいってのが当たり前ってもんだろ?それをまぁ、何だって試練たらいうもんで別れていなくちゃならねぇのか、こちとらにはサッパリよ。俺はよ、パパゲーナに惚れちまったよ、惚れりゃ大事にもしたいし、大事にもして貰いたいってもんじゃあねーか。お互いに試練なんて厄介事からは守ってやりてぇってのがホントだろ?そりゃ、それじゃぁ徳たらっていうのが身につかねぇって仰いますよ、ザラの旦那は。でもよ、そのお陰でパミちゃんは死んじまおうかってことになっちまったんだよ。徳たらのお陰で惚れた女がそこまで落ち込むなんざよ、男として情けねぇってもんじゃねーのかい?俺はよ、パパゲーナが泣いちまうってんなら、徳なんざ放り投げちまうね。おぅ、とっとと持ってきな!それで聖人さんになれねぇって言われたって、ンなもん屁でもねぇよ。パパゲーナと一緒によ、ちっこい四畳半でよ、差しつ差されつ晩酌でもって一杯やってよ、「アンタ」「何でぃ、お前」ってよ、で可愛いガキがコロコロ生まれてよ、んで上等ってもんじゃねぇか。
 ンなんだからいつまでたっても鳥のカッコなんだって?うるせぃ!黙ってろ、このタコ!

道徳教科書「ウィーン本庭訓往来」

次の問に答えなさい。
「きれいな女性の絵を見せられて『この人を助けて下さい』と頼まれました。どうしますか。」
1.困っている人は助ける 2.お金をくれるならと言う 3.イヤだと断る

 人という文字はお互いに支え合っている形をしています。困っている人を見て進んで助力を申し出ることは勇気が必要です。しかし、自分も困ることはあるのです。助け合いの精神を学びましょう。

「悪い人だと聞いていた人が実は良い人であることが分かりました。どうしますか。」
1.自分の誤りを認めてその人を再評価する 2.悪口を言っていた人を恨む 3.人の言うことは信用しない

 自分の判断の誤りを認めることは大切です。間違えたと思ったらすぐにその場で訂正しましょう。訂正することは恥ずかしいことではなく、訂正できないことが恥ずかしいのだということを学びましょう。

「どうしても欲しいものを手に入れるには試練に耐えなければならないと言われました。どうしますか。」
1.試練に耐えて手に入れる 2.何とか騙して手に入れる 3.諦める

 成果を得るためには忍耐が必要です。忍耐によって人は磨かれます。一時のためらいや恐怖心によって辛いことから逃れていては進歩はありません。自分を鍛えることによって手に入るもの、そのために努力することは、自己のコントロールのためには必要であることを学びましょう。

年末スペシャルドラマ「夜の国から 2001」

 ここなら自分が何者なのか分かるかも知れないと思ってやって来た「夜の国」だけど、やっぱり僕は弱いまんまかも知れなくて。あれもやりたい、これもやろうって思っていたんだけど、今は結局「夜の女王」ってスナックで働いてて。今更イイカッコ言っても仕方ないって思うから正直に言うけど、ママさんの使いっ走りで。
 この間、ママさんのお嬢さんの迎えに行って、お嬢さん、すごく綺麗なんで好きになったかも・・・。行った先はママさんの死んだ旦那さんの親友だったって人のところで、その人、すごく厳しい感じの人で僕は少し怖かったんだけど、みんなは良い人だって言ってるし。その人とママさんって昔何かあったらしくて、ママさんはその人のこといつも悪く言って、その人もママさんのこと悪く言ってて。僕はママさんにはあれこれと世話になっているけど、その人もいろんなこと教えてくれるし、仲の悪い人たちの間っていうのもなんか疲れてしまうわけで。お嬢さんだってそうだと思うわけで。大人って見た目や言うことと本当のことが違うから、巻き込まれるとどうしたらいいのか分からなくなって。でも僕も大人になるんだし、こんな半端なことやっていても時間は経つんだし・・・、時々泣きたくなってしまうわけで。
 友達できました。でっかい鳥の着ぐるみ着て焼鳥屋でバイトやってる、少し変わってるけどすごく良いヤツなんで、今度一緒に飲みに行こうって誘われてて。そいつは同じ店でバイトしている子呼ぶらしくて、僕はお嬢さん呼べるとうれしいわけで。そっち、寒いですか?正月、帰れたら帰ります。

 ざっと思いついた範囲で適当にいじくっただけでこれだけのエッセンスが出てきてしまいます。そりゃオペラのストーリーは「うっそ!マジ?」というものが多いのは事実です。しかし、ここまでどうにでもなる作品は他にはありません。そしてこれでもなお傑作と呼べる作品も他にはありません。恐るべし!「魔笛」


神に愛された男からの贈り物

 この作品はモーツァルト最後のオペラになりました。人間である彼はそんなことになるとは知らなかったでしょうが、彼を誰よりも愛した音楽の神様はそのことを知っていました。「魔笛」は神に愛された人間にしか作れなかったオペラです。

 モーツァルトは彼の持てるもの全てをこの作品に惜しげもなく注ぎ込んでいます。イタリアオペラの正攻法であるオペラ・セリアを超絶技巧で歌い上げる夜の女王、バロック・オペラのグルックを彷彿とさせる格調高いザラストロ、ブッファの軽やかさはモノスタトスと3人の侍女、ドイツ伝統のジンクシュピールの親しみやすさを持つパパゲーノ、ロマン派オペラの香りが立ちこめるタミーノとパミーナ・・・、あらゆるオペラの要素が叩き込まれ、なおかつ全体としてその優美さを損なっておりません。
 モーツァルトの視線は、全ての登場人物に何の分け隔てもなく注がれています。聖人ザラストロとセクハラ常習犯のモノスタトスがなぜか主従関係、ヒステリーの夜の女王とたおやかなパミーナがなぜか親子、後のヘルデン・テノールの要素を持った生真面目なタミーノと天性のいー加減男のパパゲーノがなぜかコンビを組み、「姦しい」というのはこのことかと納得の賑やかな3人の侍女と教会音楽の雰囲気を持ったボーイソプラノの3人の子供が脇を固めます。この作品にあっては台本上はともかく、音楽上はチョイ役は存在しません。あらゆる要素がごた混ぜ、神聖なものと滑稽なものが全く同じ価値を持つ「魔笛」の世界は、支離滅裂の物語にもかかわらず、いえ、それだからこそある種のリアリティを持っています。崇高なものが一皮剥けばあれっ?低俗なものが見方を変えればなんと!現実世界だって負けないくらい支離滅裂ですもんね。

 「魔笛」のすごさ、それは物語はどうであっても、音楽に込められた感情が見事にリアルであるという点です。最終的には悪役になってしまった夜の女王ですが、その二つのアリアに込められた感情には何の偽りもありません。「私は悲しみの淵に」の嘆きも、「地獄の復讐がこの胸にたぎる」の怒りも、筋書きがおかしいだけで、どちらも真摯な感情です。超絶技巧のコロラトゥーラに度肝を抜かれますが、我を忘れて泣きわめく、怒り狂う、感情を爆発させる時の人間はあんなに高い声が出ない(イヤ、出るかもしんないな・・・)というだけで、だいたいはこんなもんです。お見合い写真だけでパミーナに一目惚れしたタミーノの「何という美しい絵姿」の恋の陶酔も本物です。知らないうちが花ってことはありますもんね。「フム、フム、フム」と「パ、パ、パ」で絶妙のボケぶりを発揮するパパゲーノだって、その他愛のない遊びたっぷりの旋律には、彼が本来持っている楽しさと優しさが満ちています。だから試練をドロップアウトしちゃったにもかかわらず、ちゃんとパパゲーナと所帯を持つことができました。女性蔑視があちこちで見受けられる台本ですが、最後にはパミーナは自称王子を見事に導きます。それは沈黙を守るタミーノにシカトされてしまった彼女が歌う「私には分かる、全ては消え」で約束されています。真剣に愛したからこそ真剣に傷つき(「もう二度と会えないのですか」)、苦労を分かち合えることを真剣に喜ぶ(「何という幸せ」)ことができるのです。悪者に追っかけられるシーンでヒロインが必ず転ぶ、そしてなぜかすぐに立ち上がらないで悲鳴を上げる、そんな一昔前のハリウッド映画の方がよっぽど女性蔑視です。せっぱ詰まれば、惚れた男の運命がかかっているとなれば、女は転んだりしないのです。あからさまな人種差別扱いのモノスタトスですが、パパゲーノは「黒い人」をそのまま受け入れます。何よりも彼は自分の恋の成就のためにザラストロから夜の女王に寝返ります。最終的には負けてしまいましたが、きっちりと自己主張をしているのです。

 この作品、ものすごい数の録音があります。何と言っても最大のスターは夜の女王です。ド迫力のヒステリー・コロラトゥーラという性質上、リリコあるいはレジェロの軽やかさとドラマティコの力、どちらもあり、でもどっちでも難しいという役です。1969年ショルティ盤のドイテコム、まさに無敵の女王様、何でラストでザラストロに負けるのか分からないくらいのパワー、マシンのような正確無比のコロラトゥーラ。ご存じグルベローヴァ、軽さと力強さのバランスは絶妙です。この人後年になるほど腕を(喉を)上げております。1974年のカラヤン盤と1987年のアーノンクール盤を聴き比べるとおもしろいですよ。
 一番の儲け役はパパゲーノ、何しろ楽しくて憎めない。声よりも表現力が欲しい役です。やっぱりプライが最高だと思います。ショルティ盤での天衣無縫な表現は最高です。「首くくっちゃる〜」から「パ、パ、パ」までが特に好き。これくらい生命力に溢れた「自殺」は他では決して聴けません。全然死にそうじゃないところがすごく楽しい。
 へなちょこ王子にはいくら「自称王子」とはいえ、それなりの気品が欲しいです。1990年ショルティ盤のハイルマン、ドイツ的な硬質な美しさが美貌の王子様にぴったり。1972年のサヴァリッシュ盤のシュライアーも良いんだなぁ。1980年カラヤン盤のアライサ、ラテン的な甘さを持った声と端正な歌唱、こちらもりりしい王子様です。
 あとは1989年のマリナー盤、レイミーのザラストロ、抹香臭さがなくて生き生きとした男臭さが感じられておもしろいです。誘拐されたパミーナが居座ってしまうのも納得・・・。忘れちゃいけないのはクレンペラー盤、3人の侍女さんを誰が歌っていると思います?シュッヴァルツコップ、ヘンゲン、ルートヴィヒなんです。すっごい侍女さん、いえ、お侍女様です。もう畏れ多くて用事なんて言いつけられません。第一幕での気絶した色男王子を巡っての三重唱はすごいです。王子、大蛇で気絶しなかったとしても侍女さんで気絶すると思います。



GO HOME HOME     GO INDEX 作品別インデックスへ