HOME
作品別インデックスへ
ジョルダーノ 「フェドーラ」 (2006年2月2日〜2006年3月31日の日記より)
正々堂々、メロドラマです!
「えらく大仰な、古めかしいメロドラマだぜ」「もちろんいまどきの劇作家は、ああいう砂糖漬けのハムには目もくれないわ。」(ヘレン・マクロイ『家蝿とカナリア』)
メロドラマみたい、これは現代では決して褒め言葉ではありません。曰く低俗、曰くステレオタイプ、曰く非現実的・・・。
さて、メロドラマ、この言葉の語源はギリシャ語の「melos(音楽)」と「drama(劇)」、つまり音楽つきの劇ってことで、本来は低俗なものでも何でもありません。
歴史をひも解けば、メロドラマ発祥の地はフランスです。かの啓蒙思想家ジャン・ジャック・ルソーが自作の劇「ピグマリオン」(1775年)において、人物の出入りに音楽がつく形式をそう呼んだとされています。うーん、懐かしいドリフターズのコントで場面が入れ替わる時に流れていたあの「ちゃんちゃんらちゃんちゃららん」っていうのもそうですし、「スターウォーズ」のダースベイダー登場の場面もメロドラマってことですか。
メロドラマは、それまで台詞でしか表現し得なかった人物たちの感情を、音楽によって直接観客に届けるという画期的なものでした。舞台の上の俳優は無言でも、音楽によってその感情を知ることができる、これによって、むやみやたらと喋らなくても役が成立するわけで、現実の世界では人はそうそう喋るわけではありませんし、無口な人もいますし、言葉と腹の中は正反対ってこともありますし、いくつもの顔を持つ現実というしたたかなウソつきに、本来ウソである虚構がより近づいたことで、ドラマの可能性は一挙に広がります。
万国共通で、長調を聴けば楽しくなり、短調を聴けば悲しくなり、転調によって変化を感じるという音楽の特性によって、人物にうれしいとか悲しいとか語らせなくても済むわけです。これは脚本家、演出家にとって強大な武器となります。
映画もテレビも99.99%は音楽が入っていますので、そもそもはメロドラマということになります。そして、オペラはメロドラマの究極の進化形、序曲では言葉は一切なしで物語の意図するところを伝え、アリア、重唱、レチタティーボがそれぞれ、力強く、あるいはひっそりと主張し、しかし、言葉にならない、できない、したくない部分はオケが主張する、複雑なドラマが舞台の上で同時進行しても、見る人間がそれについていけるのは、音楽という直接感性に訴える伝達手段の特性をフルに生かしているからです。
しかし、今、メロドラマは「低俗なもの」の代名詞、テレビだって、低予算のお昼の連ドラは昼メロと呼んでも、夜の看板ドラマを「メロドラマ」とは呼びません。「トレンディドラマ」?「月9」?何と呼ばれようが「メロドラマ」はおいやなようです。例え、本当に低俗なものであっても・・・です。
フランス生まれのメロドラマは、19世紀初頭には、音楽の役割が後退し、場面の劇的効果を高める手段としてのみ出番を与えられるようになり、オペラやオペレッタのような音楽劇とは別の道を歩み始めます。そして、大衆というマス・マーケットをターゲットに据えたメロドラマは、当時フランスで大人気だったロマン・ノアール(暗黒小説)を題材にすることによって、多くの人々を劇場に引き寄せました。
その筋立てはというと、人々の尊敬を集める徳高き修道僧が実はとんでもねーエロオヤジで、清らかな乙女を拐かしては僧院の隠し部屋に監禁しているとか、森の奥深く、盗賊の群れが強盗のついでに許嫁の元に急ぐ旅のご令嬢を拉致するとか、城の地下でもう300年も生きているおぞましい妖怪が若き女官をソースで煮込もうと隠し扉の向こうに引きずり込むとか、で、エロ坊主が、むさ苦しい首領が、イボだらけの一つ目の妖怪が、「いっひっひ」「へっへっへ」「にちゃにちゃ、ずぅー」と乙女の柔肌に手とか舌とか触手とかを伸ばす、あわや、乙女の運命はぁ!で、凛々しい若者登場、少々のアクション・シーンがありまして、悪は滅びる、というようなシロモノでした。
グロテスクでショッキングなものを好む反面、最後には善は勝つという強固な道徳性、この二面性によって、メロドラマは怖いモノ見たさを刺激する見せ物という非現実性と、しかし、それを見た人間に精神的な安堵を与え、さて、皆様、お帰りはお気を付けて、という現実性を同時に満たすことができたのでしょう。
やがて、メロドラマは男女の波乱万丈の恋物語を意味するようになります。変態坊主はアダルト方面に、盗賊の頭はアクション方面に、妖怪はホラー方面に、それぞれ居場所を変え、メロドラマの敵役は、普通の人間の当たり前の行動がドミノのように倒れていく先の誰にも止められない悲劇、つまり「運命」になっていきます。
人は泣くことを期待してメロドラマを見ます。悲しむことが娯楽になるというのは人間だけじゃないかと思うのですが、当然、その涙は甘美なものでなければなりません。劇場を、映画館を一歩出たら、普通の暮らしが待っているわけで、暗澹たるままで表通りに放り出されたのでは生活に支障を来します。
運命を敵役に据えつつ後味良く泣かせる・・・、これ、簡単そうで実は難しい。まず、現実世界で重たい話題はダメ、復讐の殺人も嫉妬の挙げ句の陰謀も構いませんが、政治と宗教はNG、これを出してしまうと緞帳が下りた後もドヨヨンとした空気を引きずってしまいます。メロドラマは現実逃避でなければなりません。
ところが、メロドラマの悪役は「運命」、運命とは?運命とは選択です。よって、メロドラマの主人公たちは「バカ」、それも半端でないバカでないと困るのです。何でそっち選ぶわけ?もうちょっと何とかならんの?って選択を堂々としてくれないとそうそう悲劇は生まれてくれないのです。それでいてバカがバカに見えちゃ困るのです。見る人間が感情移入できない、つまり泣けないわけで。
例えば、メロドラマのお約束、すれ違い、「哀愁」も「君の名は」も、ともかく誰か一人が適切な人に適切な伝言を適切な方法で残すということをしていれば、だーれもすれ違わないで済むわけですが、物語の方は延々とすれ違いを続けています。どう考えたって全員「バカ」なのですが、なぜか「バカ」に見えないのですからお見事です。
(本来の)メロドラマの最終形でありながら、決して(今日の)メロドラマとは呼ばれないオペラ、例えばヴェルディ、破天荒な物語は余りに巨大、人物たちの想念は深く熱く、地の底を穿つ力強さ、部分的には十分メロドラマなのですが、全体をメロドラマと呼ぶことはできません。例えばワーグナー、運命を通り越して宇宙の根元を見据える視線、オツムに電波の飛び交うやばい人物たちが織りなす圧倒的な「暴力」の世界、これがメロドラマ?あり得ない。例えばプッチーニ、世話物の情はあくまでもきめ細かく、等身大の人物たちは運命に翻弄される・・・というには些かリアルに過ぎます。物語と旋律の濃密な絡み合い、人物と観客との間に「非現実」が入り込む余地がありません。
さて、そこで「フェドーラ」の登場です。冒頭の『家蠅とカナリア』で「砂糖漬けのハム」(不味そう・・・)と扱き下ろされている作品、それが実は「フェドーラ」です。1942年作のこのミステリー小説でも既に時代遅れ、哀れなコテコテのメロドラマとして少々バカにされております。
虫歯がじーんと痛くなりそうな甘ったるさ、あっちもこっちもご都合主義、ゴージャスなお膳立ての上で美男美女が織りなす「はぁ?」てんこ盛りのトンデモな物語、これぞ堂々のメロドラマ、甘くて悪いか。
第一幕 『復讐の花嫁』 セレブ婚の前夜、花嫁を襲った突然の悲劇!その時女は修羅と化す!
19世紀も終わり間近、ロシア帝国、サンクトペテルブルク、冬、ヴラディミロ伯爵の屋敷。凍りついた街路が室内の熱気に曇ったガラス窓の向こうにぼんやりと見えます。壁もはじけ飛ぶかという勢いで燃える暖炉、ビロードと黒檀、クリスタルと金、豪華な室内は、しかし、どこか自堕落な雰囲気。伯爵の従者デジーレ、ニコライ、セルゲイたちがドミノに興じ、ドミトリは火の前で居眠り。
おい、一杯やろうぜ、大丈夫、旦那様は明け方まで帰ってこないさ、何しろ明日は婚礼、独身最後の夜だ。お相手はフェドーラ・ロマゾフ皇女、っつっても今じゃ未亡人だけどな。金持ちか?半端じゃないぜ。俺らの旦那様はスッカラカン、女にカードに酒に競馬、挙句の果てに首まで借金にどっぷり。そこに現れた救い主、持参金たっぷりの花嫁、俺らのお給金もこれで安泰。しっ、誰か来た?旦那様か?違う、噂の皇女様だ、こら、起きろって!
従者たちが慌ててお仕着せのボタンをかけ、ズボンをズリ上げて整列する前に登場するフェドーラ・ロマゾフ。黒テンの毛皮、レースとビロード、そしてダイアモンドに埋もれんばかりの美女。彼は?まだお戻りでは・・・、何だか私、いつも彼を待っているような気がするわ・・・。こら、ディミトリ、クラブへ伯爵様をお迎えに行け!
テーブルの上の銀の写真立てを手にしてそっと唇を押し当てるフェドーラ、彼の写真、煌く瞳は真実に、広い額は思慮に、唇は誠実さに、そして笑顔は魅力に満ちているわ。私はもう夢中、彼との新しい生活が始まるのよ・・・。
旦那様の橇です!あぁ、やっとね、フェドーラが振り返ると、ドアを入ってきたのはグレック警部と伯爵の友人であるフランスの外交官デ・シリュー伯爵、そして彼らの後から二人の警官に担がれたこの家の主。伯爵の寝室は?あちらです、ドタドタと伯爵を運び込む男たち。ヴラディミロ!何があったの?負傷しておいでです、こちらは?フェドーラ・ロマゾフ様です、皇女の?その通り。
診察鞄を抱えて医者登場。何ごとです?暗殺です、伯爵が?診察するなり難しい顔に変わった医者、彼はどうなんですの?非常に危険な状態です、お願い!彼を、かけがえのない人を助けて!泣き喚くフェドーラをよそに到着した外科医が寝室に。私もそばにいてよろしい?そればかりは・・・。
閉まったドアを見つめてソファーに倒れこむフェドーラにグレック警部が近寄ります。少しよろしいですか?妃殿下、この人は誰なの?警察の方です。犯人、犯人はどこなの?逃走中です、伯爵は何か?何も、彼に敵は?敵ですって?あの人に?となると、使用人たちを取り調べませんと。
従者たちが集められます。さて、伯爵がレストランを出たのは?8時半くらいですとディミトリ、橇にお乗りになる時にお前はもう帰れって。御者は?キリル!どこだ!頭にまだ雪を載せて御者が登場。キリル、伯爵は君に何と?えーと、狩猟クラブへと、そんで外でお待ちしているといきなり銃声が。俺、もうびっくらこいて、んで、大急ぎで走っていって。で?で、男が雪の上、血塗れで倒れていて、俺、守護聖人様にお祈りして近づいてみると・・・。デ・シリュー伯爵が続けます、そこで我々は血溜まりに横たわっている彼を発見した・・・。彼はその時手に銃を?これが地面に落ちていた、ふん、一発撃ってある、これは伯爵の銃?ええ、旦那様は決して丸腰ではお出かけになりませんでした、脅迫以来。脅迫?旦那様の父上は秘密警察の長官様でして。となるとニヒリストの仕業か!
えー、資料によるとこの屋敷はある老婦人の持ち物で・・・、老婦人?そういえば今日、老婦人が伯爵に手紙を持ってきて、どこにある?いつもあの引き出しに、フェドーラが書き物机の引き出しを開けますが中は空っぽ。誰かが盗んだのよ!他には誰が?今朝、紳士が一人お見えになって、でも名乗りもせずに突然お帰りに。
その男が犯人よ!何て卑劣な!警察長官の息子を、私の婚約者を、ヴラディミロ、私の愛、夢、私の全て・・・。十字架に懸けて、お母様の思い出に懸けて、誓うわ、復讐すると。あぁ、聖母様、全ての聖人様、私にお力を!
君はその男をどこかで見たことが?はい、名前は?思い出せません。お願いよ、良い子だから思い出して、さぁ、思い出せ、考えろ!うっ・・・、思い出せません。役立たず!他に見た者はいないの?ポーターなら、おい、ミハイル、クリスマスの日、玄関で旦那様が話していた男、あれ、誰だっけ?イパノフ・・・?イパノフ!ロリス・イパノフ伯爵?彼の住まいは?この向かいです。グレックたちが大急ぎで部屋を出て行きます。
あの窓ですよ、従者が指差す先を睨みつけるフェドーラ、真っ暗よ、暗殺者がのうのうと眠っているのね!探しているようですよ、ほら、灯りが見える、捕まえたのかしら?寝室のドアが開き、疲れ切った表情の外科医が登場。妃殿下・・・、ヴラディミロ!フェドーラが寝室に走ります。では?亡くなりました・・・。
警官たちが肩を落として戻ってきます、遅かった、犯人は逃げた!
ヴラディミロ、分かる?フェドーラよ、あなたのフェドーラよ、返事をして・・・、お願い、答えて!
ヒロインの名はフェドーラ・ロマゾフ、当然にロマノフ家がモデルでしょう。1613年、ミハイル・ロマノフがロシア帝国皇帝に即位、あんな田舎モン、ほっとけ、と西欧から無視され続けながらせっせとシベリア方面に国土を拡張し、1721年にピョートル1世がやっと西欧に「皇帝って呼んでやってもいーよ」と認められるまで苦節一世紀、健気というか融通が利かないというか。
アレクサンドル2世(おそらくフェドーラの父)、1855年即位、ドイツ語、フランス語、英語、ポーランド語を流暢に操る知識人。農奴制の崩壊は避けられないと悟った彼は、下からの解放(革命)が起こる前に上からの解放(行政指導)を、と農奴解放令を発布します。しかし、中途半端な改革は、そもそも専制制を打破しない限りロシアに未来はないとするナロードニキ運動に油を注ぐ結果に。アレクサンドルには軍隊による弾圧以外に手段がありませんでした。ナロードニキたちの生き残りはテロに走り、1881年、アレクサンドルは爆弾テロによって暗殺されました。
アレクサンドル3世(おそらくフェドーラの兄)、1881年即位、デンマーク王女を妻に迎え6人の子宝に恵まれた家庭人。暗殺された父の無念を晴らすかのように皇帝権力の強化に努め、フランスと同盟を結び、フランス資本による極東進出に活路を見出そうとします。
この時代のロシアは、でかい図体(巨大な軍隊)を武器に回り(清国・トルコ)をカツアゲして調子こいており、西欧諸国は、何かあのダセーの、実家に金目のモンあるっぽいんで(世界最大の領土)ちょこっとの間相手してやれよ。そのうち暇になったらボコって全部巻き上げてやっから。そんなこととはつゆ知らず、友達ができたっぽいと喜んでいたわけです。
ニコライ2世(おそらくフェドーラの甥)、1894年即位、イギリスのヴィクトリア女王の孫娘アレクサンドラと結婚。祖父から受け継いだ積極外交に従って中国北東部に進出。しかし、朝鮮半島から同じく中国を狙っていた日本と衝突、日露戦争。莫大な戦費に悲鳴を上げた人民が蜂起した『血の日曜日』事件によって国内騒然。そして血友病を病む皇太子アレクセイを何とか助けたいという親心につけ込んだのが怪しげな祈祷師ラスプーチン。専制政治がおまじない政治に変わってしまった時、民衆の怒りの声に軍部も共鳴、1918年7月16日、ニコライ一家は全員殺され、ロマノフ朝はここに終わりを迎えました。
と、まあ、そんなこんなも、この先何の関係もありません。要は、エキゾチックな黒い瞳の美女に黒テンのマントとダイアモンドを纏わせたかったからロシアの皇女になっちゃった、血塗れの犠牲者は真っ白な雪の上でより映えるから冬のサンクトペテルブルクになっちゃった、容疑者がどこか遠くの男だと間が空いてしまうんでお向かいさんにしとこーかなーってことになっちゃった、こんなとこです。
なぜか必ず二人きりの密室で口論になり、なぜか手に取りやすいところに撲殺にぴったりのクリスタルの大きな灰皿が置いてあって、ねーちゃんの入浴シーンを入れたいがために容疑者の逃亡先は風光明媚な温泉地、近くには「この物語の要点を400字以内で述べよ」の告白シーンにお誂え向きの崖がある、まー、何曜日かのサスペンス劇場と同じです。
メロドラマのお約束、「バカばっかり」というのはバッチリ押さえてあります。このツボさえ外さなければ後は何とでもなります。何しろバカですから何するか分かったもんじゃありませんので。
皇帝の一家に生まれ、美貌、教養、資産、全てにおいて完璧なフェドーラ、未亡人ですから今更男に騙されるほどウブでもあるまいに、選んだ男が破産寸前のギャンブル依存症で使用人にまでバカ呼ばわりされている女たらし。「いつも彼を待っているような気がするわ」、それはこの婚約者が二股、三股かけて遊び呆けていて忙しいからなのですが、フェドーラにはそれが自分の愛情の強さゆえと感じられるのです。
愛していると常に自分に言い聞かせなければ愛を信じることができない女、フェドーラのこの一途さ、幼さが唯一物語を何とか悲劇として維持しています。要するに殺される男はどーでもいいわけで、道理で皇女様の許嫁の伯爵様、台詞が一言もないわけです。因みに人形を使って制作費を浮かすことも可。
しかし、一番スゴイのは首都警察の「超捜査」です。傷害事件、被害者は重体で証言は不可能、目撃者もなし、で、取り敢えず被害者宅に報告に現れたところ、何と、お向かいさんが重要参考人であるらしく、乗り込んでみれば逃亡した後、ここで被害者が死亡、自動的に傷害罪から殺人罪に、重要参考人から指名手配犯に。このスピード解決の根拠は、容疑者が昼間、屋敷に来ていたから・・・だけですかぁ?もう古畑任三郎も泣いて詫びを入れる展開です。
さてー、皆さん、彼はーいったいどこへ逃れたか・・・、えー、続きはこの後です。
第二幕 『甘い罠』 華やかな夜会に仕組まれた陰謀!心に黒衣を纏った男と女が出会うパリの夜!
舞台はパリ、フェドーラ・ロマゾフの屋敷。シャンデリアが投げかける光の輪の中、着飾った人々がグラスを片手に金に飽かした大広間を漂っています。
パーティーからパーティーへと夜毎彷徨う伯爵夫人オルガ、快楽の狩人の今宵の獲物は憂い顔が悩ましいピアニスト。皆さん、こちら、あの高名なピアニストのラツィンスキーさんですのよ、亡命者ですの。貴女と同じく?医師のボロフがからかいます。陰謀って素敵でしょ?追われますよ、逃げますわ、逮捕されたら、また逃げますわ、堂々巡り!
フェドーラがデ・シリューに手を差し伸べます。ようこそ、懐かしいお友達、こちらは・・・ロリス・イパノフ伯爵ですの。伯爵、こちらはデ・シリュー閣下、外交官ですのよ。ロリス、ボロフがロリスのタキシードの袖を引っ張ります、何をしている?妃殿下、デ・シリューがフェドーラのローブからこぼれた肩を抱きます、何をなさっておられる?
彼を罠にかけるのよ、罠?彼がパリにいると聞いたわ、探って、見つけて、おびき寄せ、酔わせた・・・、今、彼は私に恋しているの。聞くんだ、ロリス、君はこんな目立つところにいちゃダメだ。フェドーラとデ・シリュー、ロリスとボロフの会話が並行して続きます。
彼女を愛しているんだ・・・、証拠が欲しいのよ!彼が無実だったら?私は今宵パリを発つ、君の母上のことを考えてくれ!彼の口から聞き出してみせるわ!愛している、愛しているんだ!正気か?彼に慈悲は無用よ!
オルガの取り巻きの一人、ロウヴェル男爵がフェドーラにおべんちゃら、妃殿下、我々退屈な民にお慈悲を!私たちは皆、十字架を背負っておりますわ、笑いながら答えるフェドーラ、その喉には見事なビザンチン式の十字架が。これは聖遺物の力が宿るいにしえから伝わるもの、災いを癒してくれますの。貴女のために、それとも友人のために?こぼれんばかりの微笑をロリスに返すフェドーラ。
デ・シリューがオルガの耳に何ごとかを囁きます。紳士の皆様、私、たった今侮辱を受けましたわ!誰から?デ・シリュー閣下から!オルガが楽しげに叫びます、私のことを小さなコサックちゃんと!そりゃまたひどい!デ・シリューがロシア女性を褒め称える歌で答えます。ロシアの女は本物の女、イブの娘たち、甘く激しく、大胆で繊細、背中には天使の翼、指には悪魔の爪、東の太陽、北の氷、我らが永遠の憧れ!素敵!オルガが返礼。パリの男性は有名なワインみたい、熱く素早く全身を駆け巡って女を酔わせるわ、まるで黄金色に泡立つ毒薬!
すっかり出来上がったオルガたちの大騒ぎを他所に見つめ合うロリスとフェドーラ。恋しておいでですの?狂おしいほどに!何がお望み?全てを!『愛さずにいられぬこの思い』、貴女の美しい手が僕を拒もうとも、貴女の瞳が、貴女の唇が何を語ろうとも・・・。妃殿下、ボロフが会釈をします、私は今宵ロシアに発ちます。そうでしたわね、私も明日には・・・。明日?ええ、明日ロシアへ帰ります。何ということ!貴女を追ってはいけない僕を置いて!あなたは有罪なのね?いいえ、では無実だと?罪は犯しておりません。
何がありましたの?汚名を晴らそうとは?誰にです?彼の父である秘密警察の長官にですか?本当に無実ならきっと・・・。ラツィンスキーが奏でるノクターンが聞こえてきます。
疑惑に汚れたままで私に愛を捧げて下さるのね・・・、僕は無実です!ではそれを証明して、あなたの名誉と私の愛にかけて、黙っているのね?なぜ?答えて!フェドーラ、僕を愛していると?愛しているわ、だから答えて。僕は彼を殺した・・・、やはり、人殺し!違う!では事故だと?いや、罰したんだ!待ち伏せをして?何を知ったようなことを!何も知らないわ、あなたが隠しているんですもの!
僕は貴女をうんざりさせているようです、明日にしましょう、いいえ、今夜よ、お願い、パーティーが終わってから戻っていらして。そうしましょう、フェドーラの手に口づけをして立ち去るロリス。
ラツィンスキーの演奏に喝采を浴びせる人々はまだはしゃぎ足りない様子。そこでデ・シリューに手紙が届きます。妃殿下、パーティーは終わりになさった方が・・・、手紙を読んだフェドーラの顔は蒼白、獣の仕業よ!神よ、皇帝陛下をお救い下さい!
もう夜明けも近い頃、厳しい顔のフェドーラがペンを走らせています。グレック刑事がメモを読み上げます。今夜、怪しい人物がロシアから到着しました、イパノフ宛の彼の兄ワレリンからの手紙を携えて。兄もテロリストなのね!手紙に一文を書き足すフェドーラ。後は証拠よ、彼の告白よ、話しますかね?話すわ、もうすぐ彼はここに現れる、私に合図を送って。そして彼を拉致する、エリザベート号が待っているわ、あの船は国際法ではロシア領よ、この手紙を大使に、サンクトペテルブルクに至急送れと言付けて、全てが書いてあるわ、しーっ、彼が来たわ。
ロリス・イパノフ、今日、皇帝陛下が銃撃を受けたわ、貴方のお仲間のニヒリストに!ニヒリスト?僕が?違う!ではなぜ彼を殺したの?ある女性ゆえに、僕の妻です・・・。
母は郊外の城で一人暮らし、去年の春、本を読ませるために若い女を雇いました、それがワンダです。僕は彼女と恋に落ちた、でも母は彼女を信用していなかった、魔女を遠ざけろと。愚かな僕は彼女を教会に連れて行って結婚した、二人の友人を証人にして。ヴラディミロがそのうちの一人でした。彼はワンダへの関心を隠さなかった・・・。
クリスマスの頃、母のところへ向かおうとしていた僕は母へのプレゼントを忘れてしまい、取りに戻った、そしてワンダの小間使いが隣家から出てくるのを見たのです。彼女はワンダからヴラディミロへの手紙を届けたのだと。僕が訪ねたところ彼は留守で、僕は書斎の机の上の・・・。手紙を見たのね?「今夜お待ちしています」と、親友が卑劣な裏切りを!それは本当なの?これが証拠です、ロリスがポケットから取り出した手紙を読むフェドーラ。「僕の光!」、彼の字だわ!「君のヴラディミロより」、彼の写真が・・・。「僕が結婚する女は君の足下にも及ばない」「僕の心には君しかいない」、何てこと!それで貴方は彼らをどう罰したの?
小間使いが密会の場所を教えてくれた、僕が先回りをして待っていると彼らがやって来て、僕は聞いた、笑い声とキス・・・。僕は彼らの前に飛び出した。それから?逃げようとする妻を突き飛ばした、振り返ると彼の手には銃が、彼が撃って僕も撃った・・・。彼女は?逃げました、そしてすぐに病を得て死にました・・・。
誰が僕を密告したのか、貴女はご存知ですか?私は・・・何も知りません。僕よりも母が哀れでなりません。僕には母に不孝を詫びることも、その最後を看取ることも出来ません。泣かせて、私がしたことのために泣かせて・・・、うなだれるフェドーラ。祖国も母も失ったこの僕はもう無意味です。ロリス、貴方は一人ではないわ、私がお母様の代わりに抱いて差し上げるわ。
笛の音が響きます。あれは合図だわ、どうしよう・・・。ダメ、行かないで、なぜ?外には追っ手が!僕はもう何も怖くない、ええ、貴方は、でも私は怖いの、殺されてしまうわ!ここにいて!でも貴女まで巻き込むことに・・・、フェドーラ、愛しているんです!貴女の名誉を傷つけることはできない!お願い、もう一度愛していると仰って。愛しています・・・、二つの影が寄り添って一つになり、外の包囲網は待ちぼうけです。
メロドラマのお約束通りの巡り会い、逃亡犯は海辺の温泉場に逃げ、恋に破れた女は雨の京都を歩き、都会に疲れた男は北の駅に降り立ち、許されぬ仲の男と女は粉雪の舞う港町を彷徨い、当然、因縁絡みのリッチなセレブはパリの夜、シャンパングラスを片手にパーティーで出会うのです。
19世紀末のパリには、ナロードニキの運動の激化とポーランドの反乱を抑え込もうとする皇帝アレクサンドル2世の圧政から逃れたロシア貴族たちの社交界が存在したことは事実です。しかし、この幕に登場するのは、専制政治からロシアの未来を救おうとする自由主義者でもなければ、日々拡大していく新しい産業と前近代的な社会制度の間の矛盾を解決しない限り、祖国はねじ切れてしまうと心を痛める進歩的貴族たちもでなく、パーティーからパーティーへ飛び歩くオルガに代表される「贅沢な怠け者」たち、そんな彼らを包み込む倦怠と刺激への渇望が、フェドーラとデ・シリュー、ロリスとボロフの声が絡み合う場面の旋律によってくっきりと描き出されています。
片方で陰謀と復讐が、片方で恋慕と望郷が歌われる場面、しかし、旋律には力強さもないけれどおぞましさもなく、技巧も程々、あざとさも程々、ひたすら心地良い。デ・シリューが大仰な言葉で讃えるロシア女性ですが、その代表としてこの場にいる皇女フェドーラからして、決して知的ではありません。そしてロリス、「愛さずにはいられない」という美しいアリアを与えられながら、奇妙なほどに男臭さがありません。その理由が後半に明かされます。はい、マザコンだったんですね・・・。
ロリスが延々と歌う事の顛末、婚約者が金目当てだったと今頃気付いた途端に、「殺人」を「天罰」にあっさりと変換してしまうフェドーラ、成熟した肉体に宿った幼稚な精神。もう会えない母を嘆くロリスを母に代わって抱こうと歌うフェドーラ、この母性がダメ男を引き寄せるのですが、彼女にはこれ以外に愛し方が分からない。ここで、フェドーラは実は幸せが分からず、そもそも欲してもいないということが微かに、しかし、しっかりと伝わってくるのです。母性で愛する女性は幸福な男には惹かれません。
そして、ロリス、お誂え向けのマザコン、そもそも、お隣に住んでいながらヴラディミロの婚約者がフェドーラであると知らなかったはずもなく(腹に一物ある人間ほど饒舌に自分を語るものです)、妻を寝取った男、自分で殺した男の婚約者であった女に恋するという状況にありながら、彼の翳りは故郷と母ゆえなのですから、もうメロドラマには絶対に欠かせないバカ男です。
フェドーラとロリス、二人が共鳴しているのは、裏切られた痛みであって、それはとても愛に似ていますが、断じて愛ではありません。
第三幕 『春風が運んできたものは・・・死』 憎悪と愛がすれ違う時、過去は未来に牙を剥く
場所は変わってスイス、フェドーラの別荘(しかし、不動産いくつ持っとんねん)、季節は移って春、咲き誇る花々、農家の娘たちが春の喜びを歌います。冬が厳しいからこそ春が輝かしいものになる、日々土に触れているからこそ誰よりも先に春を感じる彼女たちの歓喜。
フェドーラとロリス登場、花を摘むフェドーラに向かって、君こそ花さ、完璧な花、若々しい花、情熱の花、愛の花、花の中の花・・・虫歯が疼きそうな賛辞。そこに毎度お馴染み、どこへでも現れるオルガ登場。お二人さん、まだいちゃついているの?私はもうこの世界にうんざりしたわ!この景色の中で?同じ緑、同じ青空、同じ羊、うんざりよ。サイクリングにでも行ったら?一人で走り回って何が面白いの?オルガの溜息をドアベルの音が遮ります。さて、僕は消えるよ、とロリス。郵便局へ行ってくる、パリからの手紙が届いているはずだから。
誰かと思ったらデ・シリュー!相変わらず気障に登場するフランス外交官。滞在先のホテルでお噂を伺って自転車に飛び乗って参った次第です。メイドがロシア流の濃厚なお茶の用意を整えます。ところでオルガ、あの高名な芸術家は?ラツィンスキーのこと?そう、あの天使のことですよ。繊細で情熱的で、オセロのように嫉妬深くて・・・。どちらかと言えばイアーゴですよ、いつも読んでいるのよ、貴女の手紙をね、フェドーラがからかいます。どうして知っているの?だからある日怒ったの、そしたら出て行ってしまったのよ!ジュネーブにいるって聞いたわ。ジュネーブ?デ・シリューが真顔になります。となると事は深刻かと、伯爵夫人、お気を確かに、彼の正体は秘密警察のエージェントです。スパイなの!貴女から情報を得るために近づいたのでしょう。何てこと・・・、デ・シリューの腕に倒れるオルガ、しかし、立ち直りの早さは天下一品、もう忘れるわ!美しい春ですもの。その逞しさに感嘆するデ・シリュー、ではご一緒にサイクリングでも。いそいそと支度に向かうオルガ。
妃殿下、お話したいことがあります、フェドーラに向き合うデ・シリュー、彼を愛しておられますか?ロリスを?命よりも愛してます。お幸せですか?夢のように。しかし、お伝えせねばなりません、秘密警察の長官のことです。息子を失って怒り狂い、一人の若者を暗殺組織のメンバーと決め付けて投獄しました。ある夜、ネヴァ川が氾濫して地下牢が水没し・・・、何と恐ろしい死に方!その方の名は?ワレリン・イパノフです。今、何と?彼の兄なの?そうです、そして知らせを聞いた老母も・・・、死んだのね?
私は何ということを!私が殺したのよ!着替えを済ませたオルガが場違いな明るさで登場。ねぇ、早く行きましょ?どうしたの?行って・・・、私は残るわ。オルガとデ・シリュー退場。神よ、私はお慈悲に値しませんが、どうかロリスをお助け下さい!彼?帰ってきたのね・・・。
母からも兄からも手紙が来ないなんて・・・、何だ、届いていたのか、テーブルから電報を取り上げて開くロリス、兄から?違う、ボロフからだ、昨日パリを発ったらしい、もう着いている頃だ、出かけようとするロリス。お出かけになるの?手紙の束を掴むフェドーラ。おっと、他の手紙を忘れるところだったね、フェドーラ、それを寄越して、これもボロフからだ、電報が先に届いたんだな。
「秘密警察が君の告白とやらを証拠に共犯者を逮捕した」、共犯者?誰のことだ?「ワレリン」、兄上が!「証拠の手紙はパリ在住の氏名不詳のロシアの婦人からのもの、大丈夫、名前を突き止める」、ワレリンが逮捕された!「牢獄・・・、川が・・・、ある夜・・・」、溺死?溺死した!母上・・・、母上まで!泣き崩れるロリス、抱きしめてキスを浴びせるフェドーラ。
僕のせいだ!何の罪もない兄と母が!女スパイが僕を探っていたんだ!神に誓ってこの手で!フェドーラ、どこへ行くの?僕にはもう君しかいないんだ、僕と一緒にいて!
執事が名刺を持って来ます。ボロフだ!フェドーラ、僕らはパリの女を捜さなければ!彼女は本当にスパイなの?ヴラディミロを愛していただけじゃないのかしら?だから貴方が憎くて・・・。母上と兄上が彼女に何をした?だから・・・きっと後悔しているわ、泣いているわ、愚かだけど犠牲者なのよ、だから彼女を哀れんで上げて・・・。哀れむ?あり得ない!でも、彼女はきっと貴方の足元にひれ伏して慈悲を請うわ、ロリス、貴方は優しい人よ、だから彼女を許して。許す?絞め殺してやる!終わったわ・・・、喉もとの十字架から何かを取り出してお茶のカップに落とすフェドーラ。
ボロフが着いた!待って、その前にお願い、一言だけ、その女性を許して上げて・・・、私のために。その女を知っているのか?ええ、知っている・・・って、君なのか?許して!母と兄を殺したのは君なのか?あのヴラディミロの復讐か?あの薄汚い情夫のために僕を裏切ったのか?違うわ!見て!カップの中身を飲み干してロリスを見つめるフェドーラ。ボロフ!彼女が毒を、助けてくれ!
無駄よ・・・、ロリス、私を許して、死ぬから許して・・・。フェドーラを抱えてオロオロするロリス、死なないで、死なないで!ボロフ、何とかしてくれ!オルガとデ・シリューが帰ってきます、私の勝ちよ!って・・・、何、これ?
全てが終わったわ、でも、ロリス、私は後悔していないの・・・、愛では間違えたけれど死では間違えなかったわ、生きていたら貴方は私を許してはくれない、でも死んでしまったらきっと・・・、寒いわ・・・。ロリス、暖めて、眠たい・・・、眠ったらもう目覚めることはないのね、ロリス、どこ?ここにいるよ!僕の大切な人・・・。この唇が私を・・・、ロリスの顔に手を這わせるフェドーラ、愛しているわ、とっても・・・。
山の乙女はもう帰らない・・・牧童の声が遠くから聞こえます。
永遠に消えないのではないかと思われていた雪を春の日差しが溶かし、青い空の下、一気に緑が芽吹く春、ロシア育ち、冬に散々痛めつけられ、春に散々焦らされるからこそ、この一瞬の美しさを知っているフェドーラとロリス、二人が花を摘む光景は物語の陳腐さとは全く無関係に美しい場面です。そんな春を「毎年毎年同じ」だと退屈がるオルガ、そして、輝かしい春の光の中で破局を迎える二人と、誰に裏切られようがお構いなし、そもそも全てが暇つぶし、何も期待せず何も与えないオルガ、そしてヨーロッパ各地で繰り広げられる諜報活動も陰謀もまるでサイクリングと同じ、ある種の人間にとっては楽しみであることを知っているデ・シリューのNonchalan、この二人の本来の意味での正しい「ニヒリスト」ぶりがこの幕に乾いたユーモアを与えています。
しかし、サンクトペテルブルクでニアミスし、追いつ追われつパリ、恋に落ちてスイス、この間、一体フェドーラは何をやっていたんでしょうか?秘密警察宛の手紙を取り返す努力はしたのか(彼女がロリスの告白を聞いた時、手紙はまだつい目と鼻の先にあったはず)、その後、報告内容の訂正を試みたのか(相手はたかが秘密警察長官、フェドーラは皇女、居丈高に出れば引っ込むのは長官の方です)、だいたい、ロリスの行為の正当性を父の後を継いで皇帝の地位にあるはずの兄に訴えたのか、至極簡単なことで二人揃って仲良くロシアに帰れるはず、何を一緒になって逃避行を楽しんでおるのか?バカはメロドラマのお約束とは言え、もう突っ込みどころ満載のフェドーラ。
フェドーラはロリスに無罪になって貰っては困る、晴れて帰郷して貰っては困る、ともかく幸せになって貰っては困るのです。フェドーラは必要とされることでしか自分を認識できない女です。殺されたヴラディミロは経済的に不幸な男でフェドーラの財力を必要とし、殺したロリスは家庭的に不幸な男でフェドーラの抱擁を必要とし、フェドーラはそんな男の不完全さに引き寄せられるのです。不幸を託つ男と不幸を抱き寄せる女、「割れ鍋に綴じ蓋」とは良く言いますが、フェドーラの持つ関係はお互いに欠けているところを補うものではなく、お互いに欠けているところを更に拡大し利用するという、実に不健康な関係です。それは一見、愛に似ているかも知れませんが、近寄ってみれば腐臭の漂うエゴまみれのシロモノです。
そのフェドーラのエゴの総仕上げが自殺です。ロリスを愛しているのなら、彼女を恨むことで彼の後悔は癒える、自分を恨むよりも他人を恨む方が遙かに苦痛が少ないというになぜ気づかない?フェドーラが許しを求め、当然にロリスがそれを退ける、しつこいくらいに繰り返される懇願と許否が一段一段積み上がっていくほどに、騙した女と騙された男という関係が、フェドーラの脳内では、許して貰えない可愛そうなフェドーラと許して上げない冷酷なロリスという関係に置き換えられていき、その執拗な自己憐憫が何かすっごくイヤらしいのです。
そして死、フェドーラはロリスの心に、己の非を悔いて死を選んだ女というもっともらしい修正済みの像を残して死んで行きます。残されたロリスは生涯を通じてフェドーラを許さなかった自分を責めるでしょう。この状況で他に何ができます?
ボロフ、デ・シリュー、オルガは、「可哀想なフェドーラ」と「冷酷なロリス」の目撃者としてお誂え向き。一人はロシアに帰国して若くして命を断った美しい女の悲劇を伝えるでしょう。一人は外交官としてロシア皇女の潔さと誇り高さを証言するでしょう。一人は夜会から夜会へ飛び回り、かつて親友であった女の死を飾り立てては繰り返し語るでしょう。
フェドーラの憎悪は愛に変わり、ロリスの愛が憎悪に変わる、同じ質量のものがすれ違えばそれで良かったのかも知れません。しかし、圧倒的な差があるのです。その差は愛の差でも憎悪の差でもなく、エゴの質量の差です。フェドーラのエゴは底なしです。
本当に誰かを傷つけたいのなら、そして自分だけは永遠に生きたいのなら、愛した相手、憎んだ相手の身体など切り刻んでも無駄、まして、その命を奪うことは救済に過ぎません。その彼の、彼女の記憶にこそ斬りつけるがいい。許してもらうために死ぬと言いながら、フェドーラはロリスの記憶を切り裂くことで生き残り、ロリスは己の愛すら無力である現実の前に死んでいくのです。
時代に添い寝した作曲家とヒロイン
1867年8月28日、イタリア南部フォッジャの町で薬屋を営むジョルダーノ家に男の子が生まれました。ウンベルトと名付けられたその子は、小さい頃から音楽が大好き、薬屋の裏で、教会の前の広場で、学校の校庭で、いつも一人で自分で拵えた葦笛を吹き鳴らしている子でした。彼が14歳の時、新聞をめくっていると飛び込んできたのは「ナポリ王立音楽院生徒募集!受験希望者は・・・」云々という記事。パパに頼み込んで受験したウンベルト少年ですが、結果は不合格。しかし、試験官の一人ソルラーオ先生が「知識はゼロ、答案はデタラメ、でも才能がある」とパパに掛け合ってくれた結果、ウンベルトはナポリのソルラーオ先生の家に下宿して音楽の勉強を始めることとなります。先生の受験指導のお陰で半年後の試験で王立音楽院に合格した彼は、めきめきと頭角を表します。18歳、フランスの劇作家ヴィクトリアン・サルドゥーの戯曲「フェドーラ」を見て感激したウンベルトは、パリのサルドゥーにオペラ化権が欲しいと手紙を書きます。しかし、サルドゥーはベストセラー作家、やがてアカデミー・フランセーズの座席番号12番の席を手に入れることになる大物、ジョルダーノ?誰だ?ソツのない返事が返って来ます、「後でまた考えましょう」。
1890年、一幕物オペラのコンテスト、「ラ・マリーナ」で応募したウンベルトは6位入賞(因みに、この時の優勝作品はマスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」)、これに気を良くした彼は92年にオペラ「マラ・ヴィータ(転落の人生)」を発表、当時のヴェリズモ・ブームに乗っかってこれが大成功。その次に路線変更を狙って作った「ディアツ女王」(何かファンタジーらしいです)が大コケ、僕って一発屋なのか・・・とめげているところに現れたのは作曲家のフランケッティ男爵。元気出してよ、僕が今書きかけている「アンドレア・シェニエ」を譲るから、これ、絶対に当るよ。因みにこの男爵、これもサルドゥーの「トスカ」をプッチーニに譲ったこともあります。お育ちに相応しく良い人です。
気前がよろしい男爵の紹介状を持って北国ミラノの台本作家ルイージ・イッリカを訪ねたウンベルト、しかし二人は意見が合いません。「ここ、こんなんじゃないんだから音楽直してよ」「台詞が変なんだから台本を直せばいーじゃん」。ある日ウンベルトは玩具のピストルをイッリカに突きつけ、その余りの幼稚さと一途さにイッリカが笑い出すなんてこともあって、やっとこさ「アンドレア・シェニエ」完成。ところが前金をくれた出版社はスコアを突き返します。前金なんてとっくに使い切って文無しのウンベルト、彼を救ってくれたのはあのコンクールの優勝者マスカーニでした。ミラノに飛んで来たマスカーニ(これまた良い人です)は「これ、絶対に当るって!」と猛烈な営業を開始。1896年春、スカラ座で初日を迎えた「アンドレア・シェニエ」は大成功、ジョルダーノは一躍売れっ子に。実はこの「アンドレア・シェニエ」には、一人の女性に捧げる献辞がついておりました。その女性はミラノのグランド・ホテルのオーナーの令嬢オルガ、一流の作曲家の仲間入りを果たしたウンベルトは彼女にプロポーズ、めでたく結婚。
さて、ウンベルトはサルドゥーの「フェドーラ」を忘れてはいませんでした。再びパリの劇作家に手紙を書きます。今度はサルドゥーも快くオペラ化を許可、18歳の時の憧れの作品を31歳にして手にしたウンベルトは、精魂を傾けて作曲に取り掛かります。1898年、ミラノのリリコ劇場で幕を上げた「フェドーラ」、ロリスを歌った無名のテノールの圧倒的な美声が聴衆の熱狂を呼びます。そのテノールの名は、エンリコ・カルーソー、彼はこの作品で大スターへの階段を登り始めます。
お手製の葦笛を吹き鳴らしていた孤独な少年は、多くの人に助けられ、支えられ、努力を惜しまず、幸運を逃さず、夢を実現させました。もう、この「ウンベルト物語」、小学校低学年の教科書に載せたいようなお話です。ジョルダーノってきっと周りの人を愛し、愛される人だったのだろうと勝手に想像します。
この「フェドーラ」は一発屋で終わりそうだったジョルダーノを時代の表舞台に押し出した作品です。しかし、彼の作品は時代を切り取った一枚の絵、時代にちりばめられた宝石ではあっても、時代を超えて人々の熱によって成長し続ける遺伝子を持つ生物となることはありませんでした。
ラブストーリーの恋には障害がなければなりません。しかし、この作品の障害はヒロインであるフェドーラの嘘であって、しかし、その嘘をヒロイン自身が障害として理解していない、つまり、甘いメロドラマではあってもラブストーリーとして成立していないのです。
フェドーラは出ずっぱりの歌いっぱなし、取っ替え引っ替えの豪華な衣装、しかし、印象に残るアリアもなければ聞かせどころもない、この作品で一番有名なアリアはロリスの「愛さずにいられぬこの思い」なのです。
そのロリスすら、愛したのではなく愛する他なかったと歌わされている弱々しい男であって、あれほど饒舌に語られたロリスの悲劇も、フェドーラの大逆転服毒自殺によって観客の脳からはすっぽりと抜け落ちてしまうわけで、ロリスの悲劇、母と兄を死に追いやり、よりによってその張本人を愛さずにいられなかったという本当の悲劇は、ここから、幕が下りてから始まるわけですが、そのことに作曲家も観客も誰も気付いておらず、気付くつもりもない。綿菓子のように甘く溶けて消えてしまうドラマには、後味も余計なお世話なのかも知れません。
ヴェルディの人物が近くで見れば矛盾で一杯でありながら、遠くから見ればそびえ立つ巨木であるのに対して、ジョルダーノの人物は近くで見れば洗練されていて美しいけれど、遠くから見ればぼやけてしまいます。
そして、そのワイドショー的卑近さゆえに、深読みしたくてもできない単純さゆえに、この作品は19世紀末の時代の空気を未だにしっかりと閉じ込めているのです。時代を超えず時代に流されたものだけが持つ、したたかさと温もりでもって。
1998年10月、ボローニャ歌劇場の来日公演、フェドーラはミレッラ・フレーニ、ロリスはホセ・カレーラス、指揮はステファノ・ランザーニ。フレーニの声はこの役にしては重量オーバーではありましたが、このトンデモ・ヒロインが彼女の声によって生身の女性に変貌してしまうのですから、その力業はお見事でした。繊細な感情表現と堂々たる声量、メロドラマのヒロインとはかくあるべしというお手本のような歌唱でした。カレーラス、いきなりのアリアが少々辛そうでしたが、喉が温まってからは音符の一つ一つを丁寧に歌いきり、舞台の上で一際大きく映える役作りでした。
録音ですと、1986年のパタネ盤、マルトンとカレーラス、マルトンは手堅くまとめておりますが少々重たいし、この手のヒロインに不可欠な軽薄さがない。ガルデッリの棒でマグダ・オリヴェーロがヒロインを歌った録音もあると聞いているのですが、未だ入手できません。ともかく録音が少ないです。まぁ、ヒロインが歌いっぱなし、しかしインパクト希薄、相手役はアリア一曲で最後まで繋ぎ、後は登場はしてもほとんど聞かせどころがないわけで、セレブの生活と旅ものを同時に楽しめるナマの舞台と違って、録音には食指が動かない作品ではあるようで・・・。
HOME
作品別インデックスへ