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ロッシーニ 「チェネレントラ」 (2004年1月15日〜2004年2月6日の日記より)
世界一有名な女性
シンデレラ・・・、この名前を聞いたことがない人はいないでしょう。美しく、優しく、健気な女の子、母の死後父親が再婚した相手は意地悪な女、連れ子の姉妹もその母そっくりで意地悪、女中以下の扱いでこき使われる少女ですが、父は影が薄く、というか、家庭の現状を知らないみたいで、実の娘の惨状をほったらかし。しかし、逆境にもかかわらず善良な娘はやがて魔法の力に助けられ、王子様のハートをゲット、善は最後には報われる、めでたし、めでたし・・・。夢のような舞踏会、カボチャの馬車、ガラスの靴、ロマンティックな道具立てに彩られた永遠のヒロイン、それがシンデレラ。
このお話、約500ほどのバージョンが世界中に存在します。勿論、我が日本にもあります(「紅皿・欠皿」「落窪物語」「宇津保物語」等)。継子虐めの物語が世界中で語り継がれている、この事実は遺伝子(gene)とミーム(模伝子meme)のあり方を端的に物語っていると思います。全ての生物の基本である遺伝子はただ一つの意志しか持っていません、それは自己増殖。親から子へ一方通行で伝達される細胞内遺伝子の意志に従えば、自分の遺伝子を持っていない子を育てるなんぞ、とんでもない資源とエネルギーの無駄遣い、他人のガキは我が子に場所を譲ってさっさと消えてくれることが正しいのです。これに対して人から人へ相互に伝達される心的記憶であるミームは、違う遺伝子を持つ子を育てることを肯定し、継子虐めを否定的に捉えます。これは次の世代を共有の子孫として育てることで種の多様性を維持するため、万が一我が子が継子の立場になった場合でも我が子が生き残れるようにするために後天的に獲得される第二の本能と言えるでしょう。
さて、シンデレラの物語、現在まで語り継がれているのはペローの「サンドリヨン」とグリム兄弟の「灰かぶり」の2つの物語です。
ペローの「サンドリヨン」、母を亡くした後父が再婚した継母とその連れ子の姉妹に虐められ、女中以下の扱いを受けているシンデレラ。ちらともイヤな顔も見せず健気で素直な彼女なのですが、その素直さが一層継母たちの燗に障るという悪循環。ある日、王子様のお后選びの舞踏会が開かれることに。お洒落に夢中の義姉たちを見るうちにシンデレラの胸は悲しみで一杯に。台所の隅で泣きじゃくっているところに現れたのは魔法使いのお婆さん。泣くんじゃないよ、お前は良い子だから舞踏会に行かせて上げるよ。裏の畑のカボチャが金色の馬車に、6匹のハツカネズミが6頭の白馬に、6匹のトカゲが6人のお供に姿を変え、シンデレラのボロ着は金糸銀糸の縫い取りの豪華なドレスに早変わり。とどめは世にも美しいガラスの靴・・・。いいかい、12時までに帰ってくるんだよ、さもないとカボチャもネズミもトカゲも全部モトの姿に戻ってしまうからね。
突然現れた謎のお姫様に王子様は一目惚れ。並み居る美女をおっぽって踊り続ける二人ですが、時計の針はやがて12時近く、風のように去っていく姫を唖然と見送る王子様。翌日の舞踏会、昨夜の美女はさらに艶やかな姿で登場、しかし、大時計が12時を打つと同時に走り去るのも昨夜と同じ。ただ今夜は小さなガラスの靴が階段に残されておりました。
夢のような思い出の形見の片方の靴、しかし、一目惚れ王子は残された靴を手掛かりに謎の美女の大捜索を開始。この靴に合う足の女性を妃に迎えると国中に触れて回ります。とうとうシンデレラの家にも王家の使いが登場、しかし、ガラスの靴はあまりに小さくて義姉たちの足には到底合いません。私も履いてみて良いですか?おずおずと登場したシンデレラ、どうでしょう、ガラスの靴は蝋で型をとったかのように彼女の足にピッタリ。いつの間にか登場した魔法使いがその杖でちょんと突くとシンデレラはあの謎の姫君に変身。長年の意地悪をひれ伏して詫びる継母と義姉たちを笑って許すシンデレラ、王家の使いたちは容姿ばかりか心まで美しい彼女こそ王子様に相応しいと納得。
王子様の幸せは例えようもありません。賢い王子様と美しいシンデレラは国中の人々から祝福され、いつまでも楽しく幸せに暮らしました・・・。
で、グリム兄弟の「灰かぶり」はというと、導入部分は同じなのですが、そこから先がめっちゃ怖い。舞踏会に出かける義姉たちに鉢一杯の豆の選り分けを命じられたシンデレラ、白い鳩が2羽登場し、手伝おうか?手伝ってちょうだい、悪い豆はお腹の中に、良い豆はお鍋の中に。舞踏会から帰宅した義姉たちは山盛りの豆がきれいに選り分けられているのが気に入りません。そして次の夜、豆の選り分けを手伝ってくれた鳩たちが言います、舞踏会へ行って踊りなよ。シンデレラが亡き母の墓に植えられた命の木を揺すると、きらびやかなドレス、真珠、絹の靴下、そして銀の靴が上からボタボタと落ちてきます。煤まみれの身体を洗って目映く着飾ったシンデレラ、門の前には見事な馬車が彼女を待っています。
大広間に登場したシンデレラ、そのあまりの美しさに居並ぶ美女たちも義姉たちも嫉妬すらできません。王子様を独占して踊り続けるシンデレラ、けれども時計が12時を打つと登場した時と同じように華やかに走り去ってしまいます。
舞踏会3日目、例によって鳩たちのおかげで豆の選り分けをあっという間に片づけたシンデレラは、再び命の木を揺すります。これまでよりもずっとずっと美しいドレス、金の飾りの付いた靴下、そして金の靴が落ちてきます。
王子様はとっくに階段でシンデレラを待っていました。これまでと同じように12時になると走り去るシンデレラですが、王子様は今夜こそはこの姫を帰すまいと階段にタールを塗らせておりました(ゴキブリホイホイの起源はこれか?)。タールに金の靴を片方残して消えてしまったお姫様。
王子様は金の靴に合う足の持ち主を妃に迎えるとお触れを出しますが、誰もその小さな靴に足を入れることができません。そして、シンデレラの義姉たちの番がやって来ました。シンデレラが継母に囁きます、お義姉様はきっとあの小さな靴に足を入れることができますわ、だってお后様になれば歩く必要もないんですもの・・・。継母は娘二人に足のつま先とかかとをナイフで切り落とすよう命じます。ほら、ピッタリよ!ところが屋根の上で鳩たちが歌います、靴から血が出ているよ、この足じゃない、本当の花嫁はまだ家の中。危うく騙されるところだった王子、まだ娘がおられるのか?いえ、ただの煤けた召使いです。何でもいいから連れてきなさい!おずおずと登場したシンデレラの小さな足が金の靴にぴたりと収まります。君こそ僕のお后・・・。靴は足にピッタリ、本当の花嫁が見つかった、屋根裏から顔を出して歌っているのは鳩ではなくこの屋敷の召使いたちでした。
王子様とシンデレラの結婚式当日、やっとこさ登場した父はこの事態に驚愕します。王子様と結婚だって?何てことを!この屋敷にあの子を閉じ込めたのは、あの邪眼を封じ込めるためだったのだ。結婚式、突然お互いの目をくり抜き合いし出した二人の義姉を残してシンデレラと王子はお城に向かいます。にこやかな新妻の耳には亡き母の言葉が響いています、神様は善良な人を助けます、善良でなければ恐ろしい罰が下されます・・・、私はずっと善良であるわ、シンデレラはそう誓います。
現在のシンデレラの物語は、ペローの作品を元にしたディスニーのアニメのイメージでしょう。散々虐められたというのに全てを笑って許す優しさ、ま、玉の輿に乗ってしまった今となっては、継母も義姉たちももうどうでもいいんでしょうね。人間、どうでもいい相手に対しては優しくなれるものです。グリム兄弟のストーリーは寝物語に子供に読めば夜泣き、おねしょ間違いなし。シンデレラは恐ろしい邪眼の持ち主、そして彼女を虐める継母と義姉たちはその魔女の眼の犠牲者、父によって封じ込められていた邪眼は今や王子のお后様として解き放たれ、さて、面食いの王子のこの先は・・・、考えると怖いです。
灰まみれのシンデレラ、竈の炎は命の象徴、灰は死と再生の象徴です。グリム兄弟の物語で彼女が揺する母の墓に植えられた木はハシバミの木、この木は呪術の木として尊重され、その枝には財産を分け与えるという意味があります。シンデレラが冥界の母から分け与えられたのは、美貌?気質?それとも魔力?
たとえ辛くとも文句言わずに従順でいれば、いつか王子様が現れて辛い現実から救ってくれる・・・はぁ、なるほどね、女は黙って我慢していればご褒美が貰えるわけね。
王子様は素敵な人・・・、初対面でダンスを踊っただけなのに何で?そもそも国政を担う立場でありながら、その生涯の伴侶をねるとんパーティーで選ぼうって男ですよ。しかも、かなりの足フェチだし。
ガラスの靴、そんなもん履いて歩けますか?あっ、そーか、およそ実用性のない靴を履いてみせることで、極端に小さい足を見せつけることで、現実とは無縁の、男の助けがなければ歩けない、生きていけない無力な女をアピールするってことね。
大量の豆を選り分ける、これを全部鳩に押しつけて平気。グリム兄弟の物語では鳩たちは召使いたちなのですが、シンデレラには召使いが鳩に見えた、そして自分の仕事をやってもらっておいてお礼の言葉もない。現実蔑視の表れでしょう。道理で「召使い並み」の労働がイヤでイヤで堪らなかったはずです。シンデレラには「労働の喜び」は理解できず、これじゃお后様にでもなる他仕方ないわけです。
12時になると魔法が解ける、これは夜遊びするんでねぇという教訓でしょうが、煤だらけの自分を見た途端に王子は愛想づかしすると考えるなんて、これは男性に対して失礼ってもんでしょう。「ボロは着てても心の錦」って歌もあるじゃないですか。シンデレラは美しいドレスには自信があっても中身の自分には自信がないんですね。
ところが王子、一目惚れした女が目の前にいるっていうのに靴を履くまで気付きません。ダンスの間ずっと小さな足しか見ていなかったに違いありません。見事なぼんくら、王国の将来は暗いです。
大昔から、遺伝子の利己性と模伝子の利他性を捩り合わせた物語として、善は最後には報われるという教訓として、女が逃げるほど男は追いかけたがるものなのよという恋愛マニュアルとして、所詮、ヒトは外見で判断されるのだという処世訓として、世界中を彷徨う永遠のヒロイン、シンデレラ・・・。
しかし、ロッシーニは違います。彼の「チェネレントラ」には魔法も、カボチャの馬車も、ガラスの靴も登場しません。例によってドタバタ劇ではありますが、ロッシーニは非現実的な要素を一切排除しました。フワフワのお伽話でもなく、ドロドロのオカルトでもなく、ガチガチの教訓話でもなく、カラッと乾いた現実世界に軽やかに響く哄笑、この等身大の人間に対する愛情と信頼こそが、ロッシーニ・オペラの魅力です。
参考文献:シャルル・ペロー「サンドリヨン」 ヤコボ&ウィルヘルム・グリム「灰かぶり」
第一幕 意志さえあれば魔法はいらない
ロッシーニ作品の中で最長の序曲なのですが、例によって軽やか、コロコロと転がる16歩音符、うねるクレッシェンド、旋律の収まりの良さはさすがに名人芸。
貧乏貴族ドン・マニフィコ男爵の屋敷、マニフィコの娘であるクロリンダとティズベは鏡の前ではしゃぎまくり、おめかしに夢中。そしてマニフィコの義理の娘アンジェリーナ(再婚した妻の連れ子)はというと、腹違いの姉たちと違ってボロをまとって掃除中。「昔、一人の王様が」純真な娘を選ばれて・・・、ちょっと、チェネレントラ(灰かぶり)、その陰気な歌止めてよ!止めないと殴るわよ!そこに物乞いの男アリドーロが登場、どうかお恵みを。うゎ、汚い!出てお行き!アンジェリーナが姉たちの目を盗んでそっとコーヒーとパンを差し出します。ありがたや、神のご加護を。何勝手なことしてんのよ!
娘3人がキャンキャンやっているところに騎士たちが登場、ラミーロ王子におかれましては皆様を宮殿にお招き致します、もっとも美しきお方がお后となられるでしょう。大変、支度しなくちゃ、チェネレントラ、靴と帽子!チェネレントラ、羽根飾りとネックレス!それから、あれとこれとそれも!早くして!アンジェリーナはてんてこ舞い。
やだ、この乞食、まだいたの?出てきゃいーんでしょ?優しいお嬢さん、明日になればあなたは幸せになりますよ、謎の言葉を残して出て行く乞食。
そうだ、お父様に知らせないと、私が言うわ、何言ってんの、私よ!
やかましい!寝間着姿でマニフィコ登場。「我が子孫なる娘たちよ」、父がせっかく良い夢を見ていたのに、ぎゃーぎゃー騒ぎおって!ロバの背中に羽根が生えてひゅっと飛んで玉座に鎮座ましました。で、鐘の音がディンドンって響いて・・・で、お前たちに起こされた。鐘は祝い事、羽根はお前たち、で、ロバはわしだな、我が家は盛り返すという吉夢に違いない!
お父様、私たちにラミーロ王子からご招待があったの、お迎えが来るわ、一番の美女がお后に選ばれるのよ。何と!じゃあれは正夢か?えらいこっちゃ、娘たち、抜かるでないぞ!
表の通りには一人の従者、実はラミーロ王子の変装です。アリドーロがここに来れば僕に相応しいお后が見つかるって言ったから来たのに、誰もいないじゃないか。まったく、もー、おっと失礼、お嬢さん、大丈夫?ラミーロ王子とアンジェリーナは出会い頭から「何か分からない甘美なものが」瞳に輝いて、胸がドキドキ。あっ、あの、男爵のお嬢様にお取り次ぎを、呼んで参りますわ、で、あなたは?私?私は・・・何かしら。父は父じゃなくて、この父がどうしようもなくて・・・、あら、私、何しゃべっているのかしら。
チェネレントラ、サボってんじゃないわよ!はーい、ただいま!その後ろ姿に、あの純真さ、あの清らかさ、もう僕の心はあの女性の虜・・・、王子、一目惚れです。
精一杯めかしこんだマニフィコが登場、王子様はどちらに?あと3分でご到着です。3分!何をやっとるんだ、娘たちは!化粧に1世紀もかけるつもりか?
麗々しく王子様ご一行の到着です。本物の王子は従者をやっていますから、当然従者のダンディーニが王子役です。王子さまぁ、まつわりつく二人の娘を見比べた『王子』、ねぇ、殿下、これで良いんですか?どっちもオヤジにそっくりで、いーから続けてろって!だけどマジっすか?ヒソヒソ・・・。
えー、まこと、絵のようにお美しいお嬢様たち、『王子』、だんだん乗ってきました。長旅より帰ってみれば父王はおっ死んじまって、その遺言が早く結婚しろ、さもないと王冠はくれてやらん!というもの、チョー焦ってお后募集中ってことで、何とかかんとか。しかし、よく喋る王子だな、一同が唖然としているところにアンジェリーナ登場、ドキッ、さっきの従者さんだわ・・・。
さて、では宮殿に参るとしましょうか、出かける一同、アンジェリーナがマニフィコにすがります。私も連れて行って下さい、1時間でいいから。みっともない灰かぶりが何を抜かす!では半時間だけ、お願い・・・。もみ合っている二人に王子と『王子』が近づきます。つまらぬ召使いがお騒がせを、何しろ育ちが悪くて、性格も悪くて、ほらっ、あっちで掃除でもしてろ!その態度に王子はマジ切れ寸前です。
乞食姿で斥候を務めたアリドーロが改めて登場、えー、戸籍によればこの家には三人姉妹ありとなってますな、一人、二人と、三人目は?えっと、三人目は、死にました!ちょっと、私、死んでません!しっしっ、あっち行ってろ!一言でも喋るとこの場はおじゃんとマニフィコ、そんな、勝手に殺さないでとアンジェリーナ、お静かに!とアリドーロ、もう僕アッタマ来た!と王子、王子に逆らう気かぁ?と『王子』、ゆったりと、やがて目まぐるしく上昇する五重唱。
再び乞食姿のアリドーロがアンジェリーナを慰めます、微笑む時がきっと来ますよ、娘よ。私を娘と?うれしいわ、そういえば私たち二人ともボロ着で親子みたいね。宮殿へ、舞踏会へ行きましょう。私をからかうのね、ひどいわ!違う!いいから一緒に来て下さい、心配はいらない。「天の神秘の深み」から神はご覧になっている、灰まみれのあなたの純真を。さっ、馬車が来た、お嬢さん、どうぞ。なんて立派な馬車・・・、この乞食みたいな人、いったい何者?
宮殿では『王子』がマニフィコに「見事、見事」、葡萄酒に詳しくておられる、地下の酒蔵で30杯試飲してふらつかなければ酒蔵役に採用しましょう。やった、聞いたか、娘たち!父は大出世だぞ!父を連れ出すからその間にしっかりと娘の方を観察しておけよと王子、了解!しかし、どう見てもオツム空っぽって感じですがねと『王子』。
さてさて、お嬢様方、『王子』が向き直った途端に、私が長女ですから私が先ですわねと姉、私が次女ですから私の方が若いんですわと妹、あれはまだ子供でして、姉は味も素っ気もない女でして、お互いに相手のこき下ろしに夢中です。ストップ、ストーーーップ!僕を二つに引き裂くとでも?と『王子』。
酒蔵役人に就任したマニフィコ、長官?指導官?何と呼ばれようが気分が良いわい。書記、これから話すことを書き取るように。えー、私、ドン・マニフィコ(ここ大文字ね)はその権限において今後葡萄酒に水を混ぜることを禁ずる!違反者は死刑!書けた?書けたら6000枚コピーして町中に貼るように!
おい、『王子』、ダンディーニ、あの二人の娘はどんなだ?とんでもない食わせ者、虚栄心のお化けですよ。でも、アリドーロが言うには・・・、あの殿下の家庭教師、惚けてきたんじゃないですか?うっ・・・。
王子様ってば、ここにいらしたのねぇ、姉妹が登場。さっ、私たちのどっちがお后に?えっとー、妃は一人でいいんで、どちらかはあの男と結婚すれば?指さす先には本物の王子が。従者と結婚なんてイヤよ!王子と『王子』は顔を見合わせてクスクス笑い。
殿下、高貴なるご婦人をお連れ致しましたぞ、アリドーロが登場します。誰?それは秘密です。優美な衣装を纏い、軽やかな足取りで登場したのはヴェールで顔を覆ったアンジェリーナ、私を妻にと思し召しなら、富ではなく尊敬と愛と善意をお示し下さいませ。この声・・・、忘れるものか、あぁ、希望が湧き上がると王子、姉二人は思わぬライバル出現にヤキモキ。ともかくお顔を!アンジェリーナはそっとヴェールを外します。何という美しさ・・・、その場の男どもは全員ウットリ。
酒蔵長官(指導官?)マニフィコ登場、何と、うちの灰かぶりがここにいるのか?まさか、お父様ったら。そうだよな、あいつは灰まみれでボロ着だし、しかし、似ているもんだ。
さて、宴とまいりましょう、『王子』が一同を促します。せっかく王子やってんだから今日は思いっきり喰うぞ!
「何だか夢を見ているみたい」、夢なら覚めてしまう、それが怖い・・・、7人それぞれが希望と不安を胸にクレッシェンドに乗せて幕がおります。
魔法使いも、カボチャの馬車も、ガラスの靴も登場しません。その代わりにオペラ・ブッファの、そしてロッシーニ・オペラのお約束である人物入れ替わりが楽しめます。
アンジェリーナはもともとコントラルト(女声最低音)のための役です。若くて清純なヒロインに敢えて低音を合わせたことが非常に効果的です。高音で漫画チックに歌われるのは、いー年こいてキャピキャピ騒ぐ姉二人、香水プンプン、白粉の粉が飛び、コテコテに結い上げた髪の下のオツムは不毛地帯、そんな姉たちの前でニ短調の陰気なお説教話を一人ボソボソ歌う低音のアンジェリーナ。のっけから「善は勝つ!」と確信しているわけで、知的というか陰気というか、こんなんが毎日家の中うろついていたら、これはかなり憂鬱かも。
そんな「優等生」のアンジェリーナですが、舞踏会に行きたいのとアジリタのある速いパッセージで歌う場面は実に可愛らしい。ここでの彼女は私は美しいからお后に選ばれるわ、なんて微塵にも思っていません。だって、彼女が心惹かれているのは従者の若者なのですから、まだ会ったこともない(ことになっている)王子様なんてどうだっていいはずです。ただ、アンジェリーナだってきれいなおべべ着て宮殿で踊ってみたいのです。王子様はともかく、美しい自分を誰でもいいから見て欲しいのです。この酸っぱいような寂しさは若い女性にしか分からない感情、ロッシーニはそれを見事に捉えております。
自分のお后は自分で選ぶ!と男らしく宣言し、従者に変装した(んじゃないかと思われる)ラミーロ王子、志はご立派ですがそこから後が腰砕け。家庭教師のアリドーロから理想の花嫁の存在を教えられたにも関わらず、初対面で心惹かれたアンジェリーナこそがその女性であると確信が持てません。で、姉二人とそのオヤジまで宮殿に引っ張り込み、しかも、姉二人の観察をダンディーニに押しつけて自分は陰から覗いています。自分よりも従者の鑑定眼の方を頼りにしているわけで、思いつきで行動しながら決断は人任せという情けなさ。ま、喜劇に登場する王子様ってのはだいたいがこんなもんですが、足フェチ王子よりは遙かにマシってもんです。
先祖代々の家禄をしっかりと食い潰した没落貴族のマニフィコ。血の繋がっていない後妻の連れ子なんぞ、さっさと修道院に放り込むのがこの時代の常套なのですが、タダで女中代わりに使った方が経済的と割り切る当たり、せこい計算はお得意のようです。ところがロバに羽が生えたという夢を吉夢だと喜ぶ辺りから、このおっさん、バカはバカでも陰険なバカじゃなくて陽気なバカと分かってしまうところが楽しい。ヨーロッパではロバは「愚かな助平」の代名詞(ノアの箱船がドンブラコしている間に雌馬に発情してラバを拵えてしまったのはロバです)、それを自分だと解釈する神経がすごい。愚かであろうが助平であろうが、玉座につけばいいんじゃい!という俗物ぶり、この手のバカバカしさはロッシーニのお得意です。30杯の葡萄酒を試飲して見事酒蔵長官(っていったい何だ?)に就任したと舞い上がる下りでは、仰々しくも男声合唱と軽快なオーケストラを従えて早口のつんのめるような歌唱、この手の人間にありがちな自己完結型の滑稽さが見事です。ロッシーニって、この手のオヤジを弄らせると天下一品です。
バカにしろ、腰抜けにしろ、それなりに懸命な彼らに比べて、ま、どうでもいーもんね、というのがダンディーニとアリドーロです。
ダンディーニ、王子様の優柔不断ぶりを利用して精一杯楽しもうという魂胆。外見ばかりで中身空っぽの姉二人の正体をさっさと見抜いた後は、たらふく喰うぜい!鑑定はしっかりやったんだから後はまがい物掴もうがどうしようが王子次第というドライな割り切り方、彼は従者でありながら王子に対して何の屈託もありません。権威なんぞ毎日ご馳走喰う以外に使い道あんの?ご馳走だってたまに喰うからご馳走で、毎日食べてりゃつまんないだろ?という健全さ、フィガロの系譜に連なる男です。
いささか頼りない王子を心配してか、乞食の扮装で偵察に乗り出すお茶目な家庭教師、アリドーロ。いくら偵察とは言え、乞食はやりすぎです。せめて飛び込みのセールスマンくらいにしておけなかったものか。しかも王子に理想の花嫁の存在を教えるのは良いけど、彼女が灰まみれのボロを着た女中であるという大切な情報を伝えません。当然、王子は誰が理想の花嫁なのか判断できず右往左往するわけですが、その陰でちゃっかり、若くて美しい孫ほども年の差のある娘を相手に謎めいた足長おじさんを演じて得意顔。そのうえ、この家庭教師はアンジェリーナのサイズに合わせた優雅なドレスを素早く用意しております。さっと身体を見渡しただけでドレスのサイズが分かる、君のサイズはこれだろ?ってドレスなり指輪なりを差し出されれば、それが趣味の良い物であれば、女はその眼力だけで感動してしまいます。このじーさん、ダンディーニは惚けたの何のと言っておりますが、なかなかどうして、相当なもんですよ。
このオペラでは男女関係の扱い方にロッシーニ一流の品の良さが窺えます。意地悪な継母の代わりに強欲な継父、母と娘の濃密な関係では玉の輿狙いも代償行為になってしまいます。こんな男と結婚してしまったから母はこうなってしまったの、この過ちを繰り返さないように王子様をゲットするのですよ!となれば、話は途端にドロドロしてしまいます。ところが、義理の娘の美しさにも全く気付かず、酒蔵大臣というエライんだか、バカにされているんだか分からない地位に就いたってだけで舞い上がる「ロバ貴族」のオヤジを持ってきたことで、物語は滑稽ではあってもふんわり軽く仕上がります。
原作の「サンドリヨン」を書いたのはフランス人のペロー、おぞましい「灰かぶり」を書いたのはドイツ人のグリム兄弟です。これに対してイタリア人のロッシーニ、ローマ帝国からローマ教会へ、権力のあり方を間近で見てきたイタリア人ならではの現実主義、魔法も奇跡も信じることをしない、かれこれ3000年も権力の腐敗と神の代理人の生臭に付き合ってきたイタリア人であるロッシーニにしかできない「料理法」です。
王子様であろうが、皇帝様であろうが、教皇様であろうが、口を開けてヨダレを垂らした間抜けた寝顔を隣で見てきた女には、ただの男でしかないってことです。ロッシーニの生き生きと弾む旋律の向こうで、長年権力と寝てきた往年の美女がコロコロと土鈴を鳴らすかのように笑っているのが聞こえますか?
第二幕 愛さえあればお金は要らない・・・?
動物園の熊よろしくマニフィコは部屋を行ったり来たり。まさかあの女、灰かぶりじゃないよな。灰かぶりだったらエライことになる。何しろあの娘の財産を使い込んでしもうた、これがバレたらわしはどうなる?お父様、そんなの平気よ、そうよ、だってお后様の父親になるのよ。娘たちよ、それは確かか?もちろん!
あぁ、考えるだけでドキドキする。「娘のうちどちらでも」お后になった日にゃ、男爵様、つまらぬ物ですが、チョコレートの箱の底にはピカピカのドブロン金貨。男爵様、可愛いお方、きれいなおててにはピアストラ銀貨。請願に陳情、口利きに揉み消し、酒にパイ菓子、バニラにコーヒー、そしてもちろん金貨に銀貨。もうすぐそうなる、そうなったら、わしはどーしよー、うーん、一人で興奮する父の横では火花を散らす姉と妹。
『王子』はアンジェリーナにまつわりついております。ねーねー、彼女ってばー、僕じゃダメなの?だって、私、愛しているんです・・・、従者さんを!
何と、僕を!飛び出してきたのはラミーロ王子、地位や富はどうでもいいと?私の栄誉は美徳、私の富は愛です。じゃ、僕と結婚してくれる?ちょっと待って、この腕輪をどうぞ。これを持って私を捜して、そして本当の私を知って・・・。走り去るアンジェリーナ。
よっしゃー!こら、ダンディーニ、王子ごっこはおしまいだ!あのバカ女どもをとっとと追い出せ!馬車だ、馬車を出せぃ!「彼女を見つけ出す」!王子、ハイC連発しつつ飛び出します。
最後の仕上げに・・・、アリドーロが王子の馬車に細工をしようと退場したところに、『王子』をリストラされたダンディーニ登場。あーあ、王子役、結構気に入ってたんだけどなぁ、もうちょこっと美味いもん喰いたかったなぁ、っと、マニフィコのオヤジだ。おぉ、殿下、あの、急かせる訳ではないのですが、実は娘二人が興奮のあまり熱を出しまして、で、その、お后はお決めになられて?なられましたよ。で、誰に?それは、ひ・み・つ。どっちです?クロリンダ?ティズベ?だから、ひ・み・つ。そんなぁ、後生ですから。秘密守れます?守れますとも!やったぁ!閣下、じゃない、殿下!祝いの宴はいかが致しましょ?だから、僕は宴には関係ないのね、関係あるのは残り物が出たときだけで。は?僕は従者、王子じゃないんっすよ。何だとぉ、さんざん気持たせやがって、責任者出さんかい!なんということ、天辺からどん底に、わしは町中の笑いもんだ!いーじゃん、まんまのバカなんだから。ダンディーニとマニフィコ、口数が多いもん同士の掛け合いは絶妙な二重唱。
マニフィコの家ではアンジェリーナがボロ着に戻って一人物思いに耽っています。愛しい方、にやけた王子なんかよりずっと誠実なお顔のあの従者さん、愛してるわ、あら、お父様とお義姉様たちが帰ってきた、うっ、すごい顔、マジで怖っ・・・。
こら、灰かぶり、仕事は全部済んだか?食事の支度は?何やってる、飯だ、飯!
アリドーロの細工の通りに馬車がひっくり返ってしまった王子ご一行、従者がドアを叩きます。すいませーん、どなたか手を貸して・・・、あれ、マニフィコ男爵?あっ、ニセ王子!ってことは本物の王子様は?んっと、この人のこと?あの従者が王子?まさか・・・。そのまさかなんだよねぇ、ひょっとして怒ってるとか?いえいえ、とんでもございません、殿下!こら、娘たち、おもてなしを!灰かぶり、椅子を持ってこんか!
重たい椅子を抱えてアンジェリーナ登場、まったくのろまめ!ささっ、王子様こちらへ・・・・。彼、彼だわ!なんで彼が王子様なの?逃げないで!そらっ、捕まえた。この腕輪!君なんだね!そう・・・私です。あ、あのー、王子様、うちの灰かぶりと何やってんです?うるさい!いえ、だからですね、黙れ!
汚い身なりで出てこないでよ、まったく恥ずかしいわ。女中のくせして、台所に下がりなさい!恥ずかしい?台所?僕の愛しい人になんて口を、もういっぺん言ってみろ!あ・・・あの、殿下、まさか女中と?何も言うな、彼女が僕の后となる!さぁ、おいで、愛しい人、僕のお后。私がお后?何が起こったの?この人、本当に王子様なの?六重唱「絡み合った結び目」、スタッカートが節目を刻み韻を踏んだ歌詞が効果的、縦糸に少々奇抜な旋律、横糸に選び抜かれた言葉、色彩豊かなアラベスク。
残された姉妹は茫然自失、信じらんない、あの灰かぶりがお后様になるなんて。これって夢じゃないの?夢じゃありませんよ、とアリドーロ登場、そう、あの時の乞食ですよ。あなた方が追い出した私にあの方は施しを下さった。そうそう、男爵殿には妃殿下に莫大な借財があるはず、使い込んだ財産は返済して頂きますからね。それじゃ私たち文無しに?それがイヤなら妃殿下にお慈悲を請うのですな。
宮殿の広間は王子の結婚を祝う人たちでいっぱい。その中央でうっとりと見つめ合うご両人の足下にドタドタと倒れ込んだのはマニフィコ男爵。妃殿下、この通りでございますぅ、これまでのことは、その、つまり・・・。
王子様、義父たちを許して下さいな。だって、私は玉座に相応しい女でありたいの、許すことが私の復讐よ。だから、皆を許して。「私は苦しみと涙のために生まれた」けれど、運命は変わった、そうでしょ?新妻の甘い囁き、王子がノンというわけありません。
私、独りぼっちで寂しかったの、でも、もう一人で歌うことはない、そうよね?
何という後味の良さ、アンジェリーナはお后になるつもりは毛頭なし、『王子』をきっぱりとはねつけて従者の若者を選びます。結果、従者は王子であったわけですが、玉座なんぞ惚れた男に付いてきたおまけに過ぎません。しかも、本当の私をその目で確かめてと腕輪を自分から託します。うっかり脱げちゃったガラスの靴なんて小賢しく都合の良い偶然に頼るのではなく、あなたの「意志」で私を捜して、それが私の「意志」なのと宣言するのです。サンドリヨンは魔法がなければお后たり得ませんが、アンジェリーナは自らの意志で奇跡を呼び寄せる、なんとも「男前」じゃありませんか。2オクターブの音階をコロコロと上下する難役に敢えてコントラルトを持ってきたロッシーニの意図は、このアンジェリーナの「男前」にあったに違いありません。
男前をアンジェリーナに持って行かれた王子、ちょっとなよっとした色男、アンジェリーナが最後まで従者と信じ込んでいたところからすると、立ち居振る舞いにも威厳がなく、そこらへんにいるあんちゃんにしか見えなかったのでしょう。しかし、ハイC連発で勇み立つあたりからラストまで、調子の良い従者とちっとばかり気の利き過ぎる家庭教師に振り回されつつも、それを振り切る力強さがあります。
欲得まみれの計算が妄想の域にまで達した途端に墜落するマニフィコ、使い込みをチャラにしてもらうには土下座っきゃないと判断するや素直に土下座するところがいかにも「ロバ貴族」、ここまで分かりやすいとかえって可愛らしい。
原作のハイライトである舞踏会のシーンがありません。これが良い!考えてもみて下さい。いつもはボロ着て箒持って台所で寝ている女が、よりによってガラスの靴なんてとんでもないもん履いて、生まれて初めて足を踏み入れた豪華な宮殿の大広間で初対面の王子様と華麗に踊る・・・こりゃ絶対に変ですって。コチンコチンに固まって足を絡めてつんのめるのなら話は分かりますが。シンデレラがどうしてここまで厚かましくなれたのか、それは私はお后に相応しい、私が最高!なぜなら私は「善良」だからと独善的妄想を信じ込んでいたからです。自分こそが、自分だけが善良と信じ込んでいる人間には、自分以外は全て悪です。ひょっとしたら意地悪な継母と義姉たちもご近所から見ればごく普通の良い人たちだったかも知れません。王子が(この時点では)悪に分類されないのは、まさに王子だから、面食いであろうが、足フェチであろうが、光り輝く王子様、自分の妄想の続きを約束してくれるであろう王子様だからオッケーなのです。
残念なことに王子だって結婚すればただの男です、そしてやがてただのオヤジになります。金と権力を持ったオヤジのこと、ひょっとしたら何人も愛人を拵えるかも知れません。王子ってだけで恋したシンデレラの夢は早晩あっさりと破られるでしょう。ここでシンデレラが足フェチ王子を放り出し北条政子ばりの女傑ぶりを発揮してくれればそれはそれで良いのですが、シンデレラは極端に小さな足をガラスの靴に押し込んで、自分一人では歩けない無力な女であることをアピールし、自分でもそれを信じているのです。私は誰よりもか弱く誰よりも善良な女・・・。
私が虐められるのは私が継子だからであって、これは私のせいじゃない、私が不幸なのは、王様が浮気するのは、生まれた王子が父親似でとろい足フェチなのは、国の財政が大赤字なのは、農民たちが年貢でブーたれるのは、隣の国の王様がいきなり攻め込んで来たのは、私のせいじゃない、だって私は善良で、私だけは善良で、私以外はみんな悪なんですもん、悪は善の前に滅びるのよ、そう決まっているの・・・。これ、怖いですよぉ。
従者に恋するアンジェリーナと女中に一目惚れしたラミーロの精神が何と健康的であることか。隣の国の王様が軍隊引き連れて来ようが、イナゴの大群が畑を食い荒らそうが、ローマ法王が因縁つけようが、この二人ならきっと乗り切れます。
豚を飼う作曲家の人生哲学
ある夜、二人の大作曲家がテーブルを挟んで対峙しています。当然に話題は音楽・・・のはずです。人間にとって音楽とは何か?旋律は言語よりも雄弁たり得るか?オペラの将来はいかにあるべきか?葡萄酒が進むに連れ侃々諤々の議論が白熱し、場合によっては花とロウソクと繊細な刺繍を施したテーブルクロスに飾られた優雅な食卓の上を、銀のスプーンやクリスタルのグラスが飛ぶこともありそう・・・。ところが実際はというと、年下の作曲家が難しいことを語り出すと年長の作曲家はさっさと席を立ってしまう、それも一度や二度ではありません、数分おきというせわしなさ。とうとう焦れてしまった若い作曲家が問いただします、「たびたび席を立たれるのはなぜです?」、「いや、失礼を。何しろ鹿肉がオーブンに入っておりまして、絶えずソースをかけ回してやらないといけないのですよ」・・・。いったい何の話だ?きょとんとしている年下の作曲家に向かって、オーブンとテーブルの間を往復しつつ年長の作曲家が蕩々と語ったのは、対位法でもなくアンサンブルの整合性でもなく、自ら飼育している豚の自慢とピエモンテ産の白トリュフの芳しき香りの妙でした。若き作曲家はワーグナー、年長の作曲家はロッシーニです。「トリスタンとトリュフの間の溝は、たとえようもなく大きかった」(E・W・ハイネ)のです。
ロッシーニが37歳の働き盛りで筆を置いた理由、それはもう書けなくなったからでもなく(現に廃業後も作品を残しています)、オペラハウスを巡る人間関係のいざこざに疲れたからでもなく、心おきなく美味しいものを食べたかったからなのです。パリでグルメの達人御用達のレストラン「美食天国」を主催していたロッシーニ、ただ食べてうんちくをたれるだけじゃ物足りなくなった彼は、新レシピの開発に、何よりも(五線譜よりもオペラ座の歓声よりも)愛するトリュフを掘り当てるための豚の飼育に没頭するために引退したのです。
生来が良く言えばおおらか、悪く言えば大雑把だったらしいロッシーニ、「セヴィリアの理髪師」では初演の直前に序曲を作るのを忘れていたことに気付き、慌てて「英国女王エリザベッタ」の序曲をそのまんま貼り付け、しかしこの序曲だってその前の「アウレリアーノ」の序曲をリサイクルしたものです。この「セヴィリアの理髪師」はともかく転用、拝借、又借りのてんこ盛りで、普通ならこんなことすれば作品自体の価値を疑われるところなのですが、これが素材が良くて使い方が絶妙なもんですから、ロッシーニのオペラ・ブッファの総合カタログとしてその代表作になってしまう辺り、運が良いというよりも、運を引き寄せる人間だったのだろうと想像します。
ベートーヴェンに憧れていたロッシーニは、1832年、既に聴力が衰え、気難しさに拍車のかかった「楽聖」とご対面を果たします。耳が不自由な楽聖が金ダライを叩くような大声で「君は『理髪師』の作曲家だな?ブッファ一筋で行くといい、他の形式のオペラでは君の持ち味は損なわれるよ」、あのぅ、僕、セリアもたくさん作っているんですが・・・、52歳の「楽聖」の前でしょぼんとする30歳のロッシーニ、「セリアはイタリア人には向かない、君たちにはホンモノのドラマをどう扱えばいいのかわからんのだ」「『理髪師』みたいなのをもっと書きたまえ!」。それから7年後、ロッシーニは引退します。彼の最後のブッファがこの「チェネレントラ」、誰もが知っている教訓話から臭みを抜き、華麗なコロラトューラとアジリタのスパイスを利かせ、しっとりと古風でありながらふんわりと甘い物語。「理髪師」のおきゃんで可愛い跳ねっ返りのロジーナは誠実さと落ち着きをまとった賢明なアンジェリーナに、悪ノリ、暴走のアルマヴィーヴァ伯爵はちょこっと線の細いところがお育ちの良さを感じさせる端正な王子に成長し、それを見届けた上でロッシーニはそっと筆を置きました。
料理三昧の日々、人間に欲望は付きもの、性欲、権勢欲、金銭欲、物欲、名誉欲、でもね、誰もが持っていて、いくら発揮したところで誰も傷つけない欲望は食欲だけさ。
「サンドリヨン」から、根拠のない現実否定の挙げ句に妄想に近い思い込みを抱いて、ガラスの靴履いて踊ったらお后様になっちゃった脳内姫様の骨をするりと抜き去って、「灰かぶり」から、封じ込められた邪眼と、母から娘に伝えられる怨念と、自己完結型善人のおぞましさの皮をくるりと剥いて後味スッキリ。こんな芸当ができるのは、移り気な聴衆の熱狂よりも胃袋へと滑り落ちていくフィレ肉の食感を、鼻腔を満たすトリュフの香りを、ねっとりと舌と歯に絡みつくフォアグラを愛し、辛苦の果てのブラーヴォ!よりも満ち足りたご馳走様!を欲したロッシーニだけです。
ロッシーニは、幸せな男だったと思います。
来る2月29日はロッシーニのお誕生日です。4年に一度しかお誕生日の来なかったという珍しい人です。
お薦め録音、1971年ロンドン交響楽団、指揮はアバド、テレサ・ベルガンサのアンジェリーナ、コロコロと輝きを放って転がる声は決して品を失わず、夢のヒロインの清潔な「男前」ぶりがくっきりと浮かび上がる名演です。同じくアバドのスカラ座、フォン・シュターデのアンジェリーナはおっとりとたおやかで夢見心地、アライサのラミーロ王子は匂い立つ気品、高音部の力強さはまさに正統派の王子様。
現代を代表するシンデレラはバルトリで決まりでしょう。1992年のボローニャの録音、指揮はシャイー、バルトリは細かいフレーズ一つ一つを丁寧に引き立たせ、アジリタのテクニックも鮮やか、何よりもレチタティーヴォをこれほどしっとりと情感を湛えて歌える歌手は希だと思います。マテウッティの王子様は自慢の高音がいかにも誇らしげ、ダーラのマニフィコも達者で笑えます。バルトリの映像盤は1995年のヒューストン交響楽団、指揮はカンパネッラ、美しい舞台装置と衣装、バルトリが実に伸び伸びと歌っています。
参考文献:「傑作オペラはこうしてできた」(ミルトン・ブレナー)
「音楽ミステリー 大作曲家の死因を探る」(エルネスト・W・ハイネ)
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