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Leafドニゼッティ 「連隊の娘」 (2009年8月2日〜2009年10月4日の日記より)


「母」は強くて切なくて、で、「父」は?

 その昔、日本映画には「母もの」というジャンルがありました。ストーリーはというと、「寅さん」や「水戸黄門」と同じ、完全にパターンが決まっておりました。貧しく無知な母が我が子の幸せを願って泣く泣く娘を手放して幾歳月、立派に育った娘が事情を知って母を訪ねてくるとか、誠実な奉公人が訳ありの主人に代わってお嬢様を我が子として慈しみ育てたところ、訳がなくなった実の親が娘を取り返しに来て、でも健気な娘は育ての母を選ぶとか、まぁ、見る前からエンディングまでぜーんぶ分かるというシロモノです。なんでそんな映画が大当たりして次々作られたのかと言えば、ただ単純に泣けるから、泣けりゃ良いんです。母を増やせば泣けるシーンも増えるということで、中には、生みの母、育ての母、義理の母大集合の「母三人」(キャッチコピーは『三倍泣かせます』)という、「東宝夏休みオール怪獣大進撃!」みたいな作品もあります。だったらもっと出せば良いのに、瞼の母、新宿の母、九段の母、岸壁の母、花街の母、命の母A(ちょっと違うか)・・・。

 では、「父もの」というのは?これがなかなか見つからない、少なくとも「母もの」のような一ジャンルを形成にはほど遠い状態です。確かに、台本に何を書いたら良いのやら、いざ考えてみるとなかなか難しいです。父親というのは子育ての主役にはなり難い、何しろおっぱいを持っていません、おっぱいこそが赤ん坊にとって世界で一番大切なものなのに。
 母親は「育ての親」であってもあくまでも神々しい、父親は「実の親」であってもどこか滑稽、おっぱいの有無が実にシビアな結末を導き出すのです。

 「母もの」はこれはもうひたすら泣く以外に鑑賞方法などありません。人は母という言葉を聞くと、例えば『かあさんがぁ夜なべぇをして手ぶく〜ろ編んでくれたぁ〜』的情景とか、あるいは『たはむれに母を背負ひてそのあまり軽きに泣きて三歩歩まず』的心情とか、もう泣くしかないでしょ?他にどーしろと?という状態に簡単に陥ってしまいます。ですから、ここら辺のツボをしっかり刺激すれば「母もの」はいとも簡単に成立します。
 「父もの」となると、そうはいきません。「父もの」に多いパターン、それは育児ではまるっきり役に立たない「父親」が、我が子の危機となると鮮やかな手腕を発揮するというものです。そして、父親の「危機管理能力」を強調するためでしょう、多くの「父もの」では子供は「娘」限定です。父と息子では、父親が存分に能力を発揮すれば息子はボンクラということになってしまいます。息子も負けずに有能であれば父親との関係はライバル同士になってしまいます。「スターウォーズ」のアナキンとルークのスカイウォーカー親子のような壮絶な結末、スペース・オペラだから楽しめますが、これをリアルなドラマで見せられるとなると、ちときつくないですか?そういえば、日本には「巨人の星」なんてもっと凄いのがありましたっけ。あの親子、私は両人ともに精神異常だと理解しておりますが。
 通常(銀河の運命もかかっていないし、精神状態もまともである)の「父もの」には、そもそも正しい鑑賞方法など存在しません。強いて言えば、真正面からではなく少々斜め上から見て時折クスリと笑うくらいがよろしいかと。「父もの」には笑いとペーソスが良く似合います。そして、なぜか「父もの」の父は複数で登場することが多い、これも何だか可笑しいですね。大の男も数を集めないことには母一人に対抗できないのです。

 例えば、A・J・クィネルのスパイ小説「イローナの四人の父親」

 1956年、ハンガリー動乱の最中のブタペスト、生活に困り果てて数日だけ娼婦になった女、彼女の客となったのは、アメリカ人、イギリス人、ドイツ人、そしてロシア人の4人の男たち。やがて男たちはブタペストを去り、女は自分が身籠もっていることを知ります。生まれて来た娘はイローナと名付けられ、本当の父親が分からないまま14年の月日が流れます。可愛らしく賢く成長した娘は、4人の「父親」たちと念願の対面を果たしますが、その直後、彼女は何者かに誘拐されてしまいます。彼女の「父親」たちが動乱のブタペストに居合わせたのは偶然ではありません。実は4人はそれぞれ、アメリカのCIA、イギリスのMI6、ドイツのBND、そしてソビエトのスペツナズに所属する凄腕のスパイたちだったのです。百戦錬磨の「父親」たちによる「娘」救出作戦が始まります・・・。

 例えば、パトリス・ルコント監督の映画「ハーフ・ア・チャンス」

 一人の女が二人の男と同時に恋に落ち、やがて女の子が産まれました。父親は二人のうちのどちらか分からないまま、女は子供を連れて男たちのもとを去ります。男たちはお互いに面識もありませんし、当然、子供のことも知らされぬまま。彼らは女の面影をそれぞれの胸の奥にそっと仕舞い込み、20年が経ちました。その女の子はというと、どこでどう間違ったのか立派な自動車泥棒に成長、彼女の服役中に母親が亡くなり、遺品のテープから父親のことを知らされた娘は、二人の「父親」たちに会いに行きます。一人は高級レストランのオーナー、実は凄腕の宝石泥棒、もう一人は高級車のディーラー、実はかつて外人部隊で鳴らしたエリート軍人。突然現れた娘を巡ってお互いに張り合う「父親」たち、ところがその娘が人様の車をトランクの中の大金ごと拝借してしまったことから、娘にマフィアの手が迫ります。「父親」たちは昔取った杵柄で大暴れ、さて、残る問題はDNA鑑定なのですが・・・。

 例えば、コリーヌ・セロー監督の映画「赤ちゃんに乾杯」

 パリのアパートを3人でシェアして独身生活を楽しむジャック、ピエール、そしてミシェル。たくさんのガールフレンドを取っ替え引っ替えする優雅な日々に突然大事件が発生。アパートに届いた「荷物」、その中身は何と女の赤ちゃん。生後半年のマリーに添えられていた手紙はジャックの元恋人からのもの、「ジャック、私達の愛の結晶です。6ヶ月間ニューヨークへ行っている間、面倒を見て下さい」。こうして、男たちの悪戦苦闘の子育てが始まります。仕事を放り出し、デートもキャンセルし、右手にはオムツ、左手にはミルク、唇には子守歌、大人の女ならお手の物の男たちが小さなマリーに振り回される日々。やっとのことで「荷物」を受け取りに怪しげな男たちが訪ねて来ます。一旦はマリーを渡したものの、もう一つ荷物を受け取っていたことを思い出し、そちらを開けてみれば中身はヘロイン。大慌てでマリーを取り返しに行くも、その騒動から警察が動き始めてしまいます・・・。

 そして、このドニゼッティの「連隊の娘」です。剣と鉄砲以外持ったことのない「父親」たち、一度は手放した我が子をやっと探し当てた「母親」、その顛末は・・・。

 その50年の生涯で約70のオペラを書き残したドニゼッティ、作曲家として働いた期間は25年ほどですから年に3作から4作書いていたことになります。伝説となった早書きの特技のせいか(「愛の妙薬」を2週間で、そして、この「連隊の娘」の第二幕に至っては4時間で書いたと伝えられています)、芸術家というより職人として扱われることが多い作曲家、その作品も今日まで上演されるものは余り多くはありません。極貧の家に生まれ、ドイツ生まれのマイールに師事し、師匠からも友人からも可愛がられた作曲家、その晩年は両親、妻、そして子供を次々と失い、精神を病んで強制入院させられ、ようやく故郷に連れて帰って貰った時には既に正気を失っていたそうです。最後は幼馴染みに看取られて、敬愛する師匠の傍らに葬られました。片時もペンを離さず働き続けた一生でした。
 そんな作曲家の1839年、41歳の作品が「連隊の娘」、物語の舞台はアルプス地方です。18世紀も終わりに近づくにつれて、登山技術の発達によってアルプスの山が次々と登頂されます。やがて、スイスの山岳地帯巡りがヨーロッパで一大ブームになります。ロッシーニの「ウイリアム・テル」も、ベッリーニの「夢遊病の女」も、このブームの産物です。

 しかし、実際の19世紀初めのスイスはというと・・・、「よーほほっほよほほほ、よほほっほよほっほ」なんてのどかなものではなく、ナポレオン戦争の真っ最中、文字通り七転八倒しておりました。

 バスティーユ襲撃に遅れること数年、スイスでも、農村の経済的・政治的地位の向上を目指して数多くの革命的運動が起こり、それらを弾圧する当局と市民との間の軋轢は増していきます。この黒幕は、北イタリア制圧を目論んでいたナポレオン、パリ−ミラノの軍事道路を確保するためには、交通の要所であるスイスに傀儡政府が必要と判断、せっせとスイスに革命を「輸出」します。1798年、スイス侵略を始めたフランス軍は、ベルン、チューリッヒなどでMade in Parisの革命政府を樹立させることに成功、「フランス市民」の称号を与えられたペスタロッチは、フランス軍の力を背景に「わが祖国に告ぐ」と題する檄を飛ばします。全ての特権の廃止、国民は一致団結して祖国のために生きるべし、祖国のために死ぬべく全力を挙げて立ち上がるべし・・・、なるほど、しかし、その祖国とは?多民族国家、多言語国家のスイス、祖国の定義が簡単には出てこないのです。そんなことお構いなしなのが革命の輸出元であり、革命政府の後ろ盾であるフランス、当たり前のように「みかじめ料」を求めます。スイスに誕生した総裁政府はフランス軍の駐留費用を押しつけられ、それで足りない分はフランス軍が勝手に徴用、略奪して回る事態、人々の不満がジワジワと増していきます。

 クーデター合戦の挙げ句に政権を握った共和主義派(穏健派)は、ナポレオンが押しつけたバリバリの軍隊流中央集権を放棄して緩やかな国家形成を選択、せっかく作った俺様流傀儡政権にダメ出しされて機嫌を損ねたナポレオンは、1802年、スイスからいきなり全軍を撤退させます。フランス軍によって辛うじて維持されていた共和国は、国民各層に溜まっていた不満が噴き出して制御不能に。フランスの介入なしにスイスの秩序は維持できない、スイスの現状を見通したナポレオン一流の脅しでした。スイス代表団をパリに呼びつけたナポレオンは、自らの調停の下、19のカントン(州)の同盟から成るスイスを構築し、名目だけの同盟代表者を相手に「防衛同盟」と「軍事協定」を締結します。ガチに武装し、表向きは中立であるスイス、それはナポレオンにとって対オーストリアの防御壁として必要不可欠なものでした。
 「調停法」の下、フランスの衛星国家として比較的(あくまでも比較的)平和な時代を享受したスイスは、大陸封鎖の夢破れ、モスクワ遠征、ドイツ解放戦争に連敗して失脚するまで、皇帝ナポレオンに忠誠を尽くしました。この一代の風雲児が去った後、スイスはヨーロッパの軍事戦略上の要という立場を、しらばっくれるのではなくて逆に盛大にアピールします。自分はメッチャ欲しいけど、よそに奪われたらマジでやばいことになる、だったら、どこもスイスには手を出さない状態で良しとしよう、このお題目を列強に刷り込む作戦に徹します。永世中立国家スイスの誕生です。

 さて、そんな戦争の最中、スイスに居座っているフランス軍のある連隊、悪戯好きの神様のせいで、何と戦場で女の赤ちゃんを拾ってしまいました。ヨーロッパの軍隊では、連隊は元々中世の傭兵部隊、一人の傭兵隊長が掌握できる人数で構成された部隊がその起源です。そのせいか、連隊という組織は身内意識というか家族意識というか、結束が非常に強くて、それぞれ独自の連隊旗を先頭に戦い、兵隊たちは入隊から退役までずっと同じ連隊に所属しました。今もフランス陸軍に所属する第一歩兵連隊などは、その成立は15世紀まで遡り、30年戦争から始まって、第一次、第二次世界大戦、そしてアルジェリア独立戦争まで戦ったという歴史を誇っています。

 かくして、マリーと名付けられたこの赤ちゃんは、なんと数百名もの「猛者」をパパに持つことになったわけです。これで揉めないわけがない・・・。


連隊ぜーんぶ、あたいのパパ!

 スイスのとある村、村人たちが心配そうに山の方を見つめています。その中には戦争が始まったおかげで旅行を中断する他なかったベルケンフィールト侯爵夫人の姿も。執事のホルテンシウスが差し出す気付け薬を握り締め、侯爵夫人は今にも倒れそう。敵が来る、みんな準備して!あぁ、聖母様、皆で祈ります、私たちをお守り下さい!さぁ、奥様、どうかお気を確かに!もう、こんな思いをするくらいなら私は死んだ方がマシです!
 皆のてんでバラバラの祈りが通じたのか、フランス兵たちが山から下りて行くのが見えて、一同一安心。私のような身分の女には戦争なんて恐ろしすぎます、本当に死ぬかと思ったわ・・・、聞いたところではフランス兵たちはならず者の集団とか、ならず者というのは美しいものを大切にするなんて知らないのよ、それを思うと身震いが!あのフランス兵たちは私の美しさや育ちの良さも敬わないのよ!行ってしまったのね?良かった、もう戻ってきませんように。奴らの武運も下り坂、平和で幸せな祖国が蘇る!相手が見えなくなった途端に人々の口から飛び出す楽観論。さぁ、皆さん、私の側にいて下さい、あの兵隊たちのお陰ですっかり神経が・・・、私がお守り致します!ホルテンシウスの健気な言葉に奥様は、お前はあっちよ、安全を確かめてきて、特に私の馬車とお金と宝石の安全をね。あぁ、村人の皆さんとお別れするのは辛いことですわ、心から信頼しております・・・、きゃー!きゃーって何よ、あのね・・・、フランス兵?フランス軍のスュルピス軍曹の登場で侯爵夫人の感動的なスピーチは台無し。村人たちは蜘蛛の子を散らすように隠れてしまいます。田舎モノのくせして逃げ足だけは速いな、布令は知っているな、男たちは大人しくしていれば、女たちは美人だったら守ってやる。

 フランス軍の軍服を着た若い娘が登場、マリー!我らの娘、第21戦隊の名誉と栄光、そして真珠!良い娘なんだ、ホントに良い娘なんだ、ウチの連隊は最高だ!あたいの連隊は最高よ!だってあたいを守って育ててくれたもの、あたいのパパ、あたいの家族、そしてあたいの身内!そうだったなぁ、そして、あたいは連隊の誇り、そうとも、天使のように可愛らしくて、兵士のように勇敢で!あたいは戦火の中で産まれて、太鼓の音が大好き、祖国と勝利、それがあたいの合い言葉!だが、ちっとばかり間違えたかな、娘をこんな風に育てちまった、もしも侯爵夫人が育てたならこうはならなかっただろう。
 あれは幸運な日だった、神様がお前を授けて下さった日、お前の泣き声が野営地の静けさを破った日、連隊のみんなは優しいパパ、喜んであたいをおんぶしてくれた!幸せな日だった、あたいの揺りかごは火薬入れ!お前はすやすや眠った、太鼓の音を聞きながら!勝利の日も敗北の日もあたいは連隊にいた、夜は酒保を切り盛りしてね、娘は父親に似ちまったらしい。進め、連隊、進め!

 おい、マリー、お前に言うことがある、お前、最近誰かとよく一緒にいるとか、若い男ね、なに!ここの人なの、なんだってぇ!あたいの命の恩人よ。兵士にこづかれつつトニオ登場、野営地の回りをうろつきやがって・・・。トニオ!止めて、彼なの、お前の好きなのはこの外国人か?こいつ、スパイだろ、さっさと死刑だ、待ってよ!命の恩人って言ってるでしょ、崖の上から真っ逆さまに落ちそうになったのを彼が助けてくれたの、それなのに死刑?
 そうと分かれば俺らの仲間だ、さぁ、俺らの娘の恩人と酒を酌み交わそう、命の恩人に!家族のために!バイエルンのために!もうじきお前の国になるからな、冗談じゃない、死んだ方がマシだ・・・、思わずトニオが呟きます。今、なんつった、恩人さん、・・・いえ、あの、フランスのために!フランスのために!さぁ、連隊の歌だ、マリー、歌ってくれ!
 みんな知ってる、みんな言う、連隊中の連隊だ、色男や亭主の恐怖の的、ちょー格好いい連中がやって来る、それが21連隊!連戦連勝、皇帝様は知っている、うちの連隊が一番さ、男からは恐れられ、女からは愛される、そんな連隊がやって来る、それが21連隊!
 点呼の時間だ、トニオはあたいの捕虜だからあたいと一緒にいる、バカ言うんじゃないよ、お嬢さん、おらおら、お前ら、点呼だ、さっさとしろ!

 トニオ、行っちゃった、話がしたかったのに・・・。お嬢さん、ただ今!最初の曲がり角で帰って来ちゃった、軍曹は怒って・・・、あたいのパパよ、嘘だろ、じゃあの年取った兵士は?あれもあたいのパパよ、マリー、ひょっとして連隊全部が君のパパ?そう、ぜーんぶあたいのパパなの、あぁ、びっくりした。トニオ、何だってここに?だって君に恋しちゃったから、あたいに恋を?僕の腕の中で震える君、もう昼も夜も忘れられない、それはただの思い出よ、僕の産まれた国も故郷の友も君のためなら棄てられる、それはいけないことだと思う、あぁ、ともかく、鉄砲玉も覚悟して君を追っかけて来たんだ!こんな優しい言葉、もうあたいメロメロ、恋しちゃってるから!ずーっと言い寄る人をバカにしてきた、あたいは戦いを愛し、敵を憎んできた、なのに、敵の一人に恋してる、あの日からあなたが心から離れない、愛してるよ、愛してる、この愛を失うくらいなら命なんかいらない・・・。

 おっと、そこまで、スュルピス軍曹再登場、ご機嫌いかがかな、坊や、調子こいてんじゃないぞ!そこにホルテンシウスに伴われ侯爵夫人登場、軍曹、こちらのご婦人がお話がおありです。あの、大尉さん、うっ、おほん、何ですかな?私、城に帰りたいのです、どちらの城へ?ベルケンフィールド、私と同じ名ですわ、なんと、あのロベール大尉と同じ名前?ロベール大尉!ご存じで?知っておりますとも、いえ、だから、私ではなくて、あの、私の妹、そう、妹なんですの!妹は亡くなりましたが、彼との間に子供がありました。女の子がね、どうしてご存じなの?大尉が亡くなる前に私に託した赤ん坊、我が家の家名と財産の相続人であるその子は召使いに預けられたまま死んでしまったのです。姪御さんなら死んじゃいない、我々が助けました。あの子をご存じなの?勿論!その子はベルケンフィールドに相応しい子?勿論!大きくなったでしょうね?勿論!今、どこに?あそこに!指さす先にはマリー、誰?お前の伯母さんだよ、あたいの伯母さん?・・・これが私の姪?ひどい、あんまりだわ・・・、侯爵夫人は再び気絶寸前です。
 じゃ、自己紹介を、えーとね、連隊全部があたいの父です、・・・ホルテンシウス、この娘をさっさとここから連れ出さなくては、マドモワゼル・マリー、貴女は貴女に相応しい教育を受けなければなりません、私と一緒にいらっしゃい。パパたちと別れて?そう望みます、貴女の不幸なお父様が死に臨んで貴女を私に託したのです、あたいのパパが・・・。伯母さんと一緒に行くんだよ、マリー、スュルピスがマリーを促します、勇気を出して!分かった・・・行く、でもみんな一緒に来て!連隊全員ですと?青ざめるホルテンシウス、スュルピスがマリーをその場から連れ出しても、マリーのパパたちはお構いなしに盛り上がります。

 太鼓の響き、連隊が我らを呼んでいる、いくさ上等、危険が何だ!おい、お前、新兵か?いつの間にかフランス軍の軍服を着込んだトニオ登場、僕も連隊の旗と一緒に行きます、僕の愛する人は僕の愛を受け止めてくれた、聞いて下さい、お父さんたち、僕は彼女の夫になりたい!俺らの娘は敵にはやれない!そんな、せっかく入隊したのに・・・、それにお父さんたちの娘さんだって僕を愛している!マリーが?僕を愛しているんです!となると話は違う、娘の願いは叶えてやらないと、しかし、むかつく、こんな男と?マリーが可哀想だ、口々に反対するパパたちを伍長がまとめます、その恋が本物なら父親として認めよう。やった!僕は兵隊になって夫になる、坊や、二言はないだろうな?誓います!マリーを僕に下さい!

 舞い上がっているトニオにスュルピスが待ったをかけます。マリーはな、あの伯母さんと一緒に行くんだよ、マジ?悪夢だ・・・、ごめんね、行かなくちゃならないの、マリーが出てきて皆に言います。遠くに行くの、でも泣かないで、あたいも泣きたくなるから。信じられん・・・、肩を落とすパパたち、親を知らないあたいを豊かに育ててくれたみんな、さよなら。そんな、誰かマリーを止めて下さいよ!トニオの必死の願いも、涙に暮れるパパたちは完全無視。マリー、僕も一緒に行く!おい、新兵、お前さん入隊したんだろが!さぁ、侯爵夫人、くたばっちまえ、俺らのマリーを・・・、どんな戦場でもこの娘は俺らと一緒だったんだ。

 トニオ、あたい、どうやって生きていけばいいの?すぐに追っかけるよ、死んでも追っかけるから!

 出発しますよ、はいっ、奥様、侯爵夫人とホルテンシウスがマリーを急かします、馬車が待っています、さぁ、マリー、私の可愛い姪、いらっしゃい。行っちまうんだ・・・、もう涙はたくさんだ、我らのマリーに捧げ、銃!パパたちの捧げ銃を受けてマリーは旅立ちます。新兵のトニオは帽子から徽章を引きちぎって地団駄、スュルピスはそっと涙を拭います。

 侯爵夫人は、十数年も前に召使いに託したっきりの娘(この幕ではまだ姪ですが、もう完全にネタバレしておりますので娘でいいでしょう)を探しに、はるばるスイスまでやって来たわけです。そして、たまたま宿をとった村で遭遇した連隊にその娘がいた・・・、確率的には、サマージャンボ宝くじに当たった日にUFOに拉致されるのと同じくらいじゃないかと思うのですが、それが堂々と起こってしまうのがオペラの世界です。しかし、それで驚いていちゃいけないのです。

 21連隊の猛者連中、少なくともスュルピスは戦場で拾った赤ん坊の父親(ロベール・ベルケンフィールド大尉)を知っております、知っているなら普通は親戚を探すとか何とかするでしょう。しかし、なぜか連隊みんなでその赤ん坊を手元に置き育てることにしました。これを世間は「誘拐」と呼びます。
 そして、マリー、自分が産まれてくるためには母親と父親が必要だったということくらいは理解していると思うのですが、それを全く気にしていません。連隊全部がパパ、なるほど、ではママは?マリーは母親には全く興味がないようです。いきなり現れた自称伯母さんに「あたいのママってどんな人だったの?伯母さんに似てた?」くらい言ってくれればジーンと来るんですけどね。

 そのママに興味がない娘を受けて立つ侯爵夫人、こちらも十数年ぶりに巡り会った娘(それも「奇跡の二乗」のような再会です)に対して初っ端から「品定め」です。戦場に放り出された赤ん坊がどっこい生きていたってだけで十分過ぎると思うのですが、その娘が軍服を着込んだ酒保の管理人というのがお気に召さないご様子です。しかし、戦乱の中、召使いに預けっぱなしだったんでしょ?それでどうやって我が家の家名と財産に相応しいご令嬢に育ちますか?無茶言ったらいけません。

 ここまででもう十分に「はぁ〜」なのですが、この上にさらに事態をややっこしくするのが地元の青年トニオとマリーの一目惚れです。マリーとトニオ、征服にやってきた連隊の娘と征服される村の若者の恋、今から十数年前の侯爵夫人とロベール大尉の恋もきっとこうだったんでしょうね。しかし、娘の恋人となれば世の父親の心は穏やかではないというのが世間一般でしょうが、マリーのパパたち、「スパイだろ?死刑だ!」から「俺らの仲間だ!」までの早いこと、物分かりが良い、良すぎる、いえ、飲んで歌う口実になればトニオでも何でもいいんじゃなかろうか?その後のトニオのいきなりの入隊、速攻の点呼抜け、この辺りの台本は殆どコント、こんなんありかい!百連発なのですが、超絶技巧を繰り出すマリーと超高音で切り返すトニオのご両人が醸し出す真っ直ぐに真摯でちょっと無鉄砲な恋心、イタリアのねっとりと甘く熟れた空気ではなく、高原のキリリと冷たく澄んだ風を感じさせる男声合唱、作曲家の筆は、メチャクチャな台本に伸びやかな旋律と清潔なリリシズムを纏わせて、見事に「馬子にも衣装」を実現しております。

 そして、マリーと伯爵夫人は確かに似ているのです。どちらも自分の恋(たとえ愛する男が対立する側であっても)と価値観(最高の21連隊と名門ベルケンフィールド)に忠実、敵に対して勇敢で身内に対して献身的、何よりも、大変なこと、とてつもないことが起きているにも関わらず、全くうろたえることのない強さを持っています。なるほど、この母娘を前にしては連隊丸ごとのパパたちも言いなりになって、そっと涙を拭うしかないわけです。

 しかし、マリーとパパたちが歌う「タラタタ」の楽しさときたら!瑞々しい色彩に溢れ、軽やかに弾み、端から端まで生命の喜びに満ちています。こんな連隊ですもん、戦争ほったらかしで赤ん坊を育てたって全然不思議じゃないですよ。


他愛もなく、しかし、実に手強いオペラなのです

 所変わってベルケンフィールド城の客間、侯爵夫人が一息ついています。マリーはドイツ一の領主、150年も続いた名門の若君と結婚する、きっと幸せになって・・・。ここでスュルピス登場、夫人、私にご用とか?どうぞお近くへ、貴方は正直な方、マリーは貴方の言うことなら聞きますもの、貴方はマリーに信頼されています。私の努力であの娘の軍隊流の口調や態度は何とか、ですから、私はマリーの縁談を決めました、お相手はクラーケントルプ公爵様です。で、俺らのマリー、じゃなくてお嬢様は?承知しましたとも、ですからあの娘を励ましてやって欲しいのです、何しろ今宵にも婚約証書に署名をして宮廷にお披露目をと思っておりますから。俺らのマリーが、酒保番のマリーが公爵夫人に・・・、感無量のスュルピス、あらっ、マリーが参りますわ!

 歌のお稽古が始まり、侯爵夫人がピアノの前に座ります。「失ったロマンスをまた見つける、ヴィーナスが降りてくる・・・」、俺の心配度は上がっていく、何と仰って?いえ、何も!「彼女は愛を吹き込む神を求めて・・・」、これは名高いフェトゥジーニの調べですよ。スュルピス、聞いた?聞いたとも、すんばらしい!軍曹とマリーのクスクス笑いは止まりません。お静かに!レッスンを始めますよ!

 侯爵夫人の伴奏に合わせてマリーが歌います。「森に陽が昇り、キュプルスが降りてきて」「茂みに探す、情熱の相手を」、タラタタ、タラタタ、連隊の歌、スュルピスの突っ込みにマリーが乗ってしまいます、タラタタ、タラタタ、連隊の歌!これっ!侯爵夫人の声。ごめんなさい、伯母様、ちょっとした間違いよ。では、もう一度、「ヴィーナスが・・・」、タラタタ、タラタタ!「この夜で一番美しい!」、美しさは最高!やって来た、やって来た!こん畜生、やって来た、素敵な21連隊!何を歌っているのです?素敵な21連隊!だって、こんなかったるい節じゃ連隊の歌は歌えないもん!
 もう一度!侯爵夫人がピアノを叩きます、「美しいキュプリス、やがて木霊が」「嫉妬したフェロメーラの」、マリーが繰り返します、「しっとしたふぇろめーらの」、「恋の溜息」「こいのためいき」、何じゃこりゃ、太鼓の方がよっぽどマシだ、スュルピスが欠伸を噛み殺します。トゥラララ、トゥラララ、ラララ!そうではありません!しかし、マリーは止まりません。ラララ、ラララ!もっと静かに!違いますよ!もうこんなの止めた!連隊じゃあたいちゃんと歌えたのにさ、何というお返事かしら!

 前へ進め、前へ進め!タラタタ、これが連隊の歌!マリーとスュルピスが連隊の歌を歌います。何てことかしら、こんな美しい歌と連隊の歌を一緒にするなんて、恐ろしいこと!スュルピス、貴方が良くありません、この娘をそそのかしたりして、少々下品に過ぎますかな?今日は高貴な方々をお招きしていますのに、マリー、お願いだから良い子にして!そうよ、そうすれば素敵な公爵夫人になるわ!良い子ね、ホント、良い子だ、侯爵夫人と軍曹退場。

 あたいの運命は変わるのね、誰もあたいを守ってはくれない・・・、豪華な暮らしに目が眩んだ?宝石とレースの下に悲しみを隠しているのに、だって、トニオは独りぼっち・・・、あたいの友達、あたいの仲間、命を賭けてもいい、もう一度みんなと暮らしたい!でも、サインをしなきゃならないの、あたいの不幸を約束する書類に・・・。あれは何?夢?これは行進曲!みんなの足音!フランス万歳!楽しかった日々、あたいの恋人たち、栄光に敬礼!
 ドタドタと登場したマリーの「パパ」たち、俺たちの娘、会いに来たぞ!あたい、嬉しくて死んじゃいそう!フランス万歳、家族万歳!おぉ、みんな揃ったな、スュルピス再登場、そして・・・、トニオ!マリー!小躍りして再会を喜ぶ二人、さて、んじゃ、乾杯と行くか!ドアを開けて登場したホルテンシウスは目の前の連隊に卒倒寸前です。ねぇ、ホルテンシウスさん、みんなで飲むの、一番上等の葡萄酒、どこかしら?トンデモございません!おい、おっさん、命令が聞こえなかったのか?執事を引きずりつつ酒蔵目指して行進する「パパ」たち。

 また、会えた、良かった、幸せ、マリーとトニオ、そしてスュルピスの声が重なります。楽しい思い出、みんな一緒、また会えたね!軍曹、僕のために言ってください、僕の望みを叶えてください!そうよ、彼の願いなら聞いてあげて!落ち着けよ、お二人さん、だって、彼はあたいを愛しているのよ、彼女は僕に約束したんだ、だから、落ち着けっての!お前たちは知らないんだ、何を?だから、俺の話を聞け!
 なぜ、どうして、ここに兵隊が?侯爵夫人登場。奥様、お聞き下さい!トニオが侯爵夫人にすがります。貴方、どなた?マリーの隣にいるために僕は兵隊になりました、彼女への愛ために僕は命を賭けました、だから、僕のただ一つの宝をお返し下さい!この愛を棄てるなら僕は死にます!折角ですが、私の姪は婚約致しましたのよ、一時間もすれば婚約証書にサインをするのです、ですから、どうかお引き取りを、スュルピス軍曹、貴方にお話がありますの。

 貴方は正直なお方と見込んでお話します。両親は私に相応しい結婚を望んでおりました、そのお陰で適齢期を過ぎても私は独り。そして、ロベール大尉が現れて・・・、私はあの方を愛しました、身分を超えて結婚しようと誓いました。彼は戦場へ、私は彼を追いました。何と・・・、私はこの城に戻って彼を待ちました、一人で帰ってきたのです、あの子を連れずに・・・。あの子?私の姪です、マリー!私は自分の身分を守ろうとあの子を産んだことを今日まで隠して来たのです、でも、マリーをどんなに愛していることか、あの子を再び手放すなんて!勿論ですとも、奥様。我が子と呼べなかった娘に家名と身分、そして財産を譲ってやれます、だから、マリーに婚約するように言ってくださいな。ご安心を、奥様を失望させはしません!

 皆様お集まりでございます、公証人もお見えでございます、ホルテンシウスが告げます。クラーケントンプ公爵夫人!お待ちしておりましたわ、すぐにあの娘にご紹介させていただきます、今、あの、ちょっと、つまり・・・、お化粧に手間取っておりますの!始めてよろしいか?公証人が席に着きます。花嫁になる人がおりませんけどね、ご一同様はご機嫌斜め。マリーが登場、いきなり侯爵夫人を抱き締めます、お母様!侯爵夫人がその胸に迎え入れます、私の娘!お母様、私・・・、証書にサインします。
 21連隊+トニオがドタドタと登場。俺たちの娘を救うためにやって来た、マリー、もう心配いらないぞ、安心しろ、みんなここにいるぞ!みんなと一緒に助けに来たよ、僕たちの幸せのために!何なの、この連中?マリーは俺たちの酒保番、連隊の娘なんだ、何ですって、連隊の娘?
 全部おじゃんだ・・・、スュルピスが頭を抱えます。そうなの、私は連隊の娘なの、運命の悪戯で兵隊さんたちに委ねられ、ここにいるみんなに育てられたのよ!

 何て勇敢で誠実なお嬢さんかしら、客人たちが見つめる中、マリーは訴えます。みんなのこと、忘れられないの、だってあたいが今生きているのはみんなのお陰なの、あたい・・・私の言いたいことはこれで全部です、でも、サインしないといけないのよね?

 止めて!もういいの!侯爵夫人がマリーを抱き締めます。私がこの子を犠牲にして・・・、名誉などどうでもいいの、私の娘は娘が心から愛する人と結婚させます、この人と!侯爵夫人が指さす先にはトニオが。

 トニオ!マリー!抱き合う二人を連隊が取り囲みます。フランス万歳、恋人たちに幸あれ!

 ピッカピカの玉の輿が目の前で待っているマリー、しかし、ついこの間まで軍隊の酒保のねーちゃんだったわけで、さぁ、どーする?ここで、誇り高く、望み高く、計算も高い侯爵夫人が何をやるかと言えば歌の稽古・・・。そこになぜかお誂え向けにスュルピスもいるというご都合主義、もう何でもいい、歌わせたいだけなんですね。だから、勿論、思いっきり歌います!
 そこにパパたち全員集合、ウチの娘に会いに来たぞ!迎えるスュルピスも脳天気に、仲間よ、やって来たな!これって、集団脱走ですよね?軍法会議もんです。いえ、それどころか連隊丸ごと戦線離脱しております。となると、これは反乱です!エライことです!・・・って、誰一人気にしておりませんが、いいのでしょうか?

 再会を喜ぶマリーとトニオ、再度必死に求婚するトニオですが、マリーにはもう、あのアッケラカンとした確信がありません。愛がなければ幸せにはなれない、でも愛だけでも幸せにはなれない、浮き世の法則を前に世の父親たちと同様、スュルピスも悩むのです。
 トニオは今度は伯爵夫人に猛アタック、行き当たりばったりというか、当たるを幸いというか、なるほど、この調子なら入隊早々のお手柄も不思議じゃありません。彼のアタマにあるのは「正面突破」のみ、「戦略」はなし。しかし、ぜーったいに出世しないタイプです。

 母と名乗らないままマリーを名門に嫁がせようとする侯爵夫人、ひょっとして一生黙っているつもりだったのでしょうか?それは、自分の名誉を守るためではなく、自分の手で育ててやることが出来なかった我が子への贖罪、母は我が子のためならば、愛する男のために捨てることができなかった「自分」を易々と捨てるのです。受けて立つマリー、しかし、一度は侯爵夫人をお母様と呼んで抱擁しながら、その後は「連隊の娘」を主張する、産みの母より育ての父?いいえ、この母娘、攻めどころ、落としどころを決して見逃さないという似た者母娘、強くて賢い女たちなのです。それに較べて男どもときたら・・・、連隊の諸君、諸君の上官はこの母娘であると心得て指揮権を委ね、諸君は酒蔵を攻略して楽しく酔っ払っていなさい。

 全部ぶっちゃけてしまった結果のオチ無しハッピーエンド、連隊丸ごとのパパたちが見事に娘の幸せを守った・・・ように見えるのですが、よくよく考えてみれば、パパたち、酒かっくらってウロウロしていただけなのです。これは、長年、秘密を抱えたまま一人で生きてきた母が、その胸に娘を取り戻す物語、最後にけりをつけるのは母の一言なのです。やはり、父は何人束になっても一人の母に敵わない・・・。

 この幕、「俺の話を聞けっての」のスュルピスと「僕の話を聞いて下さい」のトニオ、そして、あー言えばこー言うマリーと伯爵夫人の似た者母娘、声が重なり合って何言ってるのかサッパリ分かりません(もともとよく分からないであろう日本人には何かお得というか)。何言ってるのかサッパリ分からないのにストーリーがちゃんと分かる、それは旋律が十分過ぎるほどに語っているからです。

 こんな台本にこんな美しい音楽を付けられる作曲家は、これはもうドニゼッティしかおりません。ドニゼッティの場合、オペラの内容と音楽の間に見事なくらい関連性がない、いえ、これは悪く言っているのではなくて、彼は、台本が悲劇でも喜劇でも、歌詞がイタリア語でもフランス語でも、どんなにいい加減な「型」しか与えられなくても、歌う人物の心情に、その場の情景に、美しく寄り添うドレープたっぷりの美しいフォルムを作り上げることができる作曲家だったのです。
 他愛のない物語、しかし、オペラの方は他愛がないどころではありません。マリーには極めつけに軽やかなコロラチューラが、スュルピスにはコミカルな演技力が、侯爵夫人には深く、厳しく、かつ優雅な声が、そして、台本では「おいおい」連発のトニオは、オペラでは「おいおい」の代わりに「ハイC」の連発です。あまり上演されないのは、歌えるテノールがいないからだと言われる作品なのです。

 お勧め録音、まずは、1967年、ロンドンのロイヤルオペラ、指揮はボニング、マリーをサザランド、トニオをパヴァロッティ、スュルピスをスピロ・マラス、侯爵夫人をモニカ・シンクレア。サザランドが実に生き生きとコミカルにマリーを歌っています。パヴァ様、フランス語得意じゃないみたいですが、んなことどーでもいい、輝かしい声、難なく繰り出されるハイC、これぞテノール。ベテラン二人も堅実な歌唱、まずはお勧めする理想的な録音です。映像盤では、2005年、フェリーチェ歌劇場、指揮はリカルド・フリッツァ、マリーをパトリツィア・チオフィ、トニオをフアン・ディエゴ・フローレス、スュルピスをニコラ・ウリヴィエーリ、侯爵夫人をフランチェスカ・フランチ。フローレス、甘いマスクもピッタリ、「何と楽しい一日」ではハイCを9回披露、ただアクロバティックなだけじゃない、折り目正しい歌唱が心地良い。「トニオを歌うのはすごく楽しい」(フローレス)の言葉通りの舞台です。



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