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Leafドニゼッティ 「愛の妙薬」 (2000年6月5日〜2000年6月21日の日記より)


恋の『プラシーボ効果』

 三角関係です。才気煥発で少々気の強い女が一人、間抜けで一途な純情男が一人、自信満々のナルシストで気障な男が一人、物語の舞台は情熱の国スペインはバスク地方、こりゃもう展開は「カルメン」だ、刃物がきらめかないことには収まりがつかない、ラストには血の惨劇が待っている…。
 何々、「トリスタンとイゾルデ」の愛の薬だって?あれ、確か最後は二人とも死んじゃったんだっけ。そうそう、愛の薬のせいでドロドロの不倫地獄、ラストは狂乱して死ぬ男とそれにすがって後を追う女…、うぅ、ヘビーだ。
 好きなんだけど好きって言えない、どうしてもイヤって言っちゃうの、あぁ、素直になれないバカな私…って、これ下町演歌か?
 この要素を全てテンコ盛りにしてあるにもかかわらず、最後は全員幸せ、幸せのハッピーエンドというオペラがあります。ドニゼッティの「愛の妙薬」です。この三角関係が全て丸く収まったのは、これはもう、プラシーボ効果のおかげです。

 このオペラのタイトルである愛の妙薬は実は真っ赤な偽物、プラシーボだったのです。プラシーボ、日本語では「偽薬」と訳されますが、元々はラテン語の「placeo」(喜ばせる)から来ております。偽の薬じゃなくて喜ばせる薬なんですね。良かったですね。これが本物の愛の薬だったら、間違いなくバスク版「トリスタンとイゾルデ」の一大悲劇になるところでした。

 ある人が頭痛を訴えています。頭痛の原因は色々と考えられますが取りあえずガンガン痛むのは大変だろう、そこで粉ミルクを「これは頭痛にすごく良く効くの」と言って与えると、本当に頭痛が治ってしまう、これがプラシーボ効果です。なぜ粉ミルクが効くのかと言えば、要するに「気の持ちよう」、暗示にかかったわけです。これは現代では薬事法違反になり、犯罪です(新薬の実験などで使われることはあるようですが)。でも薬事法の対象とならない分野では、今でも立派に使われています。例えば「一日一杯○○を飲んでいるから健康!」といった健康食品類の話には多分にプラシーボ効果があると思いますし、家庭療法での「おばあちゃんの秘伝の風邪薬」(中身はただの焼いたネギだったりして)なんていうのもそうでしょう。自己暗示がその効果を何倍にも高める、これを飲めば絶対に良くなる!これは絶対に効く!と思いこめば病気だって直っちゃう、人間の信じる力というのは、なかなか大したものです。

 そもそも医療というのはその発祥はプラシーボ効果だったと思うんです。お医者様のルーツは呪い師、訳の分かんない呪文やら、神様に捧げる生贄やらで病気が治るわけはないのですが、それが延々と現代まで伝えられてきたのは、本人が本当に信じていれば「効くこともある」からです。ブードゥー教じゃあるまいしと笑っている人だって、目の前にパリッと糊の利いた白衣、清潔な手、角縁の眼鏡というお医者様が立てば、あ、これは信用できる名医だって決めてかかりませんか?反対に茶髪でピアス、ナイキのTシャツを着ていれば、どんな名医だって下手すれば偽医者ととられると思います。家庭薬のテレビコマーシャルでは何だか難しい名前の有効成分が連呼される例(「何とか千ミリグラム配合!」とか「何とかが患部にじわっと浸透して」とか)が多いですが、それがいったい何なのか、どういう作用で何に効くのかを知っている人はまずいないと思います。難しい名前というところに価値があるのです。何のことやらサッパリ分からんけど、長くて難しい名前のものが入っているからきっと良く効くだろう、そう思って飲むから効く…、これだって立派なプラシーボ効果の末裔です。

 早書きで多作、生涯に70のオペラを書いたドニゼッティ、彼はこの作品を2週間で仕上げたと伝えられています。一説によると、彼の場合、机から落ちてしまった楽譜を拾うよりも新しく書いた方が早かったとか(まさか…ね?)。
 物語の舞台は19世紀のスペイン、バスク地方の農村です。バスクというのはスペインの一部ではありますが、昔から分離独立運動が絶えず、今でも時々テロ事件が報道されています。というのも、全く独自の文化を持った地方だからです。彼らの伝説によれば、バスク人はノアの方舟の直系の子孫、まさに人類の大元のご先祖様とされており、遺伝学的に見ても他のヨーロッパ人とは違っているそうです。彼らの使うバスク語(最近では話せる人が減っているそうですが)は、そのルーツが全く不明という孤立した言語、非常に難しい言葉だそうです。スペインの小咄にこんなものがあります。ある時、神様が悪魔を捕まえてその行いを反省させようとあれこれと試練を与えましたが、悪魔は全然平気。そこで神様が「洞穴にこもってバスク語をマスターしろ」と命じたところ、さすがの悪魔も泣き出して「それだけは勘弁してくれ」と言ったとか。
 この地方のお祭りで必ず登場するバスク競技というものがあるのですが、それが大木の根っこを誰が一番早く斧で真っ二つにするかとか、重さ200キロの石を持ち上げるとか(どこが面白いんだか…)といったマッチョなものが多いようです。男たちがせっせと力自慢をしたがるところには、必ず賢い女たちがおります。だいたい観客の女たちに良いところ見せたいから単純な男どもは真っ赤になって頑張るわけで、それを眺めているのはこちらは頭脳で勝負する女性たち、「すっご〜いっておだてておけば済むんだから、可愛いもんだわね〜」というところでしょうか。

 このオペラでも、純情一途の農夫ネモリーノと気取ってはいても根がこれまた単純なベルコーレ軍曹、対するのは少々鼻っ柱が強くて頭の回転の速い地主の娘アディーナという構図、勝負は最初から分かっております。これに絡むのが薬事法違反の常習犯である旅の薬剤師(というより「テキ屋」か)のドゥルカマーラ先生ですが、この先生の処方した偽薬のプラシーボ効果がなぜかみんなを幸せにしてくれます。


第一幕 使用上の注意を守って正しくお使い下さい

 軽快な前奏曲で幕が上がります。チェロとホルンののどかさな調べ、舞台の上では農作業の中休み、地主の娘アディーナが木陰で本を読んでいます。それをウットリ眺めているのは農夫のネモリーノ、「なんてきれいなんだろう」、ホント可愛いなぁ、でも俺じゃダメかも。何たって本読んでるもんなぁ、俺、字読めないし、でも可愛いなぁ。自分に自信のないネモリーノは愛を告白することもできず、遠巻きにアディーナを眺めてはため息。
 突然アディーナがケラケラと笑い出します。何がおかしいの?みんなにせがまれてアディーナはトリスタンとイゾルデの物語を朗読します。「無情なイゾルデに」恋したトリスタンは、愛の薬を飲みました。そのお陰でイゾルデはトリスタンの虜に・・・、こんな薬があれば良いのにねぇ。

 みんなでワイワイやっているところに小太鼓が響いてベルコーレ軍曹率いる守備隊が登場します。ベルコーレは到着早々に村一番の美人アディーナにアタック。「美しいパリスが一番の美女に」リンゴを捧げたように、僕はこの花を貴女に・・・って、自分はパリスってこと?すげぇ自信。キザな態度も村娘たちには新鮮、みんなが素敵って囁くものだからネモリーノはイライラ、アディーナって、ああいうのが好みかな?
 お世辞にまんざらでもないアディーナの様子を見て、ベルコーレはいきなり結婚を申し込みます。「私、急がないわ」とかわすアディーナですが、自信家ベルコーレは押しの一手。それを見たネモリーノ、俺もあんなふうにできたら良いのに・・・。村のみんなは賢いアディーナがどう出るのか興味津々ですが、彼女はそう簡単にはしっぽを掴ませません。
 守備隊が宿屋に入ったところで、ネモリーノはベルコーレ風に思い切ってアディーナに声をかけますが、出だしからガタガタ。あの、その、俺、ちょっと、話あって・・・、な〜に?例のため息?それより、叔父さんの見舞いに行ったらどうかしら、遺産がもらえなくなるわよ。んなもん、どうだっていいさ!「親切なそよ風に」聞いてご覧なさい、私は気分屋なの、諦めなさい。じゃ、小川に聞いてご覧よ、海に引き寄せられるのは止められないんだ。できるわよ、恋で恋を追い払うの。できないって、俺、あんたに夢中だもん。精一杯頑張ったネモリーノですが・・・相手にされず。

 ラッパの音が響きわたります。何だ?何だ?金ピカの衣装で登場したのは旅の薬剤師ドゥルカマーラ。すごく立派、きっと偉い人だ、男爵か侯爵か・・・って、みんなヒトが良いんだから。
 「村の衆、お聞き下さい」、我こそは世界的に有名なあの(どの?)大博士ドゥルカマーラ、人呼んで人類の恩人。本日御提供致しますものは、と売り口上をまくし立てます。これを飲めば爺さんだって元気、これを飲めば婆さんだってピチピチ、で、そっちを飲めば・・・という具合。彼の薬が効かないものはないらしい。ただいま期間限定、驚異のサービス価格!たったの3リラ!単純な村の衆はきれいに催眠商法に引っかかり、あれこれと買い求めます。あぁ〜よく喋った、喉も乾いたし、居酒屋に向かうドゥルカマーラにネモリーノが声をかけます。あの、えっと、イゾルデ姫の愛の薬ありますか?はぁ〜?目の前に現れたカモ中のカモにペテン師の血が騒ぎます。「愛を呼び起こす不思議な薬」ならあるともさ、あれを作ったのはこの私、世界中で大ブレイク中。それ、俺に売っておくれ!ネモリーノは有り金はたいて愛の薬をお買い上げ。ありがと、先生!と感激するネモリーノ、こんなアホ初めて見た、世の中広いの〜とドゥルカマーラ。おっと、いけない、その薬は服用後24時間で効くからな(1日あればフケるのには十分)、はいっ!それから他の人に言うなよ(お前クラスのアホは他にいないから)、はいっ!世界中の女がお前に惚れるぞ、いえ、俺は一人でいいんで・・・。あっ、そ、じゃ頑張って。

 「素晴らしい薬」が俺のもの、有頂天のネモリーノですが瓶の中身はタダの安ワイン。一口飲んで「ん?これいけるな」(そりゃワインだもん)、何かカッカしてきたぞ!(だからワインなんだって)、すっかりご機嫌、プラシーボ効果はてきめんです。
 ネモリーノったら何ニヤついているのかしら?不思議がるアディーナ、ふんっ、「喜ぶがいい、薄情女」、明日になれば愛しいネモリーノさま〜、私のネモリーノさま〜ってことになるんだから。やだ、このバカ男ったら私の言ったこと真に受けて私を忘れる気?そうはさせないわよ。ネモリーノ、私の言ったことが分かったのね(分からせてたまるもんですか!)、分かったよ、アディーナ(今に見てろ!)、そ、良かったわ(冗談じゃないわ!)、そ、良かったよね(今のうちに笑ってろ!)・・・、そこにベルコーレ登場、再びアディーナを口説きます。そうだ、こいつを使って憎たらしいネモリーノをギャフンと言わせてやるわ。ねぇ、軍曹さん、来週結婚しましょ。おぉ、勿論(俺ってやっぱもてるなぁ)、来週?ばーか、明日には薬が効いてアディーナは俺のもんさ。少々酔っぱらっているネモリーノは大笑い。私が他の男と結婚するのがそんなにうれしいの?もうアッタマ来た!

 伝令登場、ベルコーレ部隊は明朝出発と決定。ありゃ、結婚する予定なのに、じゃ、アディーナ、今日中に結婚しよう。ネモリーノは大ショック〜!それを横目にアディーナは「いいわよ」。ちょっと待った!今日はダメだよ、明日まで待ってよと大慌てのネモリーノに、何で?とつれないアディーナ。「信じておくれよ、アディーナ」、訳は言えないけど明日まで待ってくれよ〜!うっさい!この酔っ払い!すがるネモリーノにベルコーレはカンカン。私に冷たくした報いよ、もう、こうなったらイジめてやるわ!結婚パーティーは今夜よ、皆さん(特にそこのバカ男)是非いらしてねぇ。

 ネモリーノは真っ青、ど、どーしよー・・・ドゥルカマーラ先生〜!

 ネモリーノくん、落ち着いて、ま、そこに座んなさい。で話を聞きなさい。そりゃ君が「トリスタンとイゾルデ」を知らなくても無理はない。字、読めないもんね。でも君は完全に薬の用法を間違えています。薬は正しい用法・用量を守って飲まないといけないの。テレビ・コマーシャルでも最後のところで「ピンポ〜ン」って注意しているでしょ?愛の薬はね、両方して飲まないといけないの、でないと効かないの。今からでも遅くないから、瓶の残りをアディーナに飲ませ・・・、なに?全部飲んじゃった?一人で?ダメだ、こりゃ・・・。

 この幕の魅力は、何と言ってもそのテンポの良さです。前奏曲がのんびりしている分、そこから先のスピード感がたまりません。
 登場人物の性格もきちんと描き分けられています。「何てきれいなんだろう」のネモリーノのちょこっとオツムは弱いけど一生懸命に恋する若者の切なさ、「親切なそよ風に」の二重唱では、ネモリーノとアディーナが同じ旋律を繰り返し、口では何と言ってもお互いに惹かれ合っていることがきちんと伝わってきます。「美しいパリスが一番の美女に」のベルコーレは、最後の装飾音がめちゃキザで楽しい(絶対に小指をピンと立ててコーヒーを飲むタイプです)。そしてドゥルカマーラの「テキ屋の口上」、上手いバスが歌ったらこっちまで「それ、買った!」と言いそうになります。「信じておくれよ、アディーナ」には喜劇らしからぬ真剣さがあります。「明日まで待っておくれよ、でないと君は俺と同じに悩むんだよ」、実らない恋はとってもつらいんだ、つらい目に遭わせたくないんだよ・・・ネモリーノ、優しいなぁ。分かって上げてよ、アディーナ。


第二幕 偽薬だからこそ恋に効いたのです

 賑やかな音楽で幕が上がれば、そこはアディーナとベルコーレの結婚披露パーティーの会場です。村人たちはどんちゃん騒ぎの真っ最中。高飛び前にお楽しみのドゥルカマーラと花嫁アディーナの即興劇「ワシは金持ち、アンタは美人」、リッチな爺さんが若い女船頭に言い寄って振られるというお話はみんなに大ウケ。そこに公証人が登場、アディーナは気が揉めます。公証人なんかどうだっていいのよ、私の結婚を見せつけたいのに、あのバカのネモリーノったらどこへ行ったのかしら?
 くら〜いネモリーノ登場、公証人まで来ちゃった、アディーナはヤツと結婚しちゃう、どーしよー、って、ドゥルカマーラ先生じゃないですか!良かった!振舞酒にご機嫌の先生にネモリーノが迫ります。どうしても今日中に薬が効いてくれないと困るんです!じゃもう一瓶差し上げよう(どうせもうすぐフケるもんね)、おっとお代は?お金・・・もうないんです〜!じゃ、ダメ。最後まできちんと儲けようとする当たり、ドゥルカマーラは詐欺師のお手本です。

 ぶつくさ呟きながらベルコーレ登場、女ってのは分からん、結婚を夜まで延期だなんて言い出して、こんなチョーかっこいい花婿なのに、ブツブツ・・・。っと、そこにいるのはネモリーノ、何やってる?金、金が要るんだ、どうしても金が要るんだ。なら軍隊に入れば良いさ、支度金が貰えるぜ。「20スクードだって!」、そんなにくれるの?もち、それもキャッシュ、その上名誉と恋がついてくる(アディーナに片想いのこのバカを兵隊にしちゃうなんて、俺って凄腕)、違うんだよ、そんなんじゃないんだ(軍隊に入ったら死んじゃうかもしんないなー)。男声二重唱は得意気なベルコーレのテンポの速い旋律に悲壮な覚悟のネモリーノの真剣さが絡み合い、聴き応えがあります。
 分かった、お金おくれよ。じゃ、この契約書にサイン・・・って字書けないのか、じゃ×を書いてと、はい、これでお前は兵隊だ、ほら支度金。兵隊はもてるぜ、恋に不自由はしないさ(うぅ、早くこのバカ男の話を誰かにしたい、笑えるぜ)、対してネモリーノは、これでアディーナは俺を愛してくれる・・・よね?

 ウソでしょ?え〜!それマジ〜?村の娘達はコソコソ、ヒソヒソと噂話。「本当かしら」、ネモリーノの叔父さんが死んで彼に遺産をたんまり遺したんですって!ネモリーノはお金持ちよ!もうこうなったら少々バカでもいいわ、玉の輿だもん!あっ、来た!ネモリーノよ!愛の薬をまたまた一気飲みしてすっかりデキ上がってしまったネモリーノがフラフラと登場。娘達は口々に、ネモリーノって素敵!ホント紳士だわ!えっ?これってもしかして、薬が効いた?ネモリーノは大はしゃぎ。それを見たドゥルカマーラ先生は、まさか、ただの安ワインなのに・・・ワシって知らないうちに本物の大博士になったんじゃろか(んなわけないだろ)。そしてアディーナは、メソメソしていると思ったのに何ではしゃいでるわけ?ネモリーノ、あんたが兵隊になったってベルコーレが言ってたわ、なんてことしたの!話をきいてちょうだい。おぉー薬が効いてるぞ!アディーナが俺を愛し始めてる!
 ワシの薬、本物だったんだ!これで大儲け間違いなし!自分が処方した偽薬に自分で引っかかってアタマの中で電卓を叩いているドゥルカマーラ。何を得意になっているわけ?と問い質すアディーナに、あれはイゾルデ姫の愛の薬、冷たい女に愛されたくて、彼は軍隊に身売りしてそれを買ったんだ、そんなことって・・・、ネモリーノ、「何という愛情」なのかしら。私ひどいことしちゃったわ。思わず涙ぐむアディーナにすかさず愛の薬を売りつけようとするドゥルカマーラですが、アディーナはネモリーノとは違う。結構よ、優しい流し目、微笑み、そして愛撫があれば、私にはそんなもん要らないわ。そ、私の愛の薬はこのおめめなのよ。

 アディーナが泣いてた、「人知れぬ涙」が浮かんでた・・・、俺を愛してるんだ、神様、俺、もう死んでもいい・・・、テノールが歌う最高のアリアの一つです。お笑い劇の真ん中に登場する宝石のようなアリア、これによってこの作品は喜劇を超えて美しい愛の物語としての存在を勝ち取っています。
 ネモリーノ、これ受け取って、あんたの×のついた契約書よ、「私のおかげであんたは自由よ」、だから軍隊なんかに入らないで、ずっとこの村にいて。そんだけ?他に何も言ってくれないのかい?じゃ、俺はやっぱ兵隊になるよ、兵隊になって死んでやる。ネモリーノ、あなた良い人よ、可愛い人、愛してるわ。や、やったー!

 なんでこうなるんだろ?と納得がいかないんだけど、立ち直りだけはやたらと早い単純なベルコーレは、まさに「振られ男の鏡」です。女なんていくらでもいるさ(何たって、俺、パリスだもんね)。
 叔父さんが死んだ?俺って金持ち?その通り、何たってワシのこの薬は恋だけじゃなくてお金も実らせるという「どんな欠点も治す薬」、どんなもんだい(先生、アンタが一番単純かも知れない・・・)。村人全員に見送られ、詐欺師にして偉大なる大博士、堂々の旅立ちであります。

 愛の薬って色々な形があるんですね。「トリスタンとイゾルデ」の愛の薬は「死」でした。一緒に死を飲み干したことで二人は離れられなくなります。一緒に死のうとすることくらい、男と女を強く結びつけるものはありません。
 ネモリーノの愛の薬は偽物でした。今時、幼稚園児だって騙されないようなものにまんまと引っかかったネモリーノですが、だからこそ彼の恋は実を結びました。手の届かない高嶺の花のアディーナ、ネモリーノは必死だったのです。すがれるものなら何にでもすがりたかったのです。そして安ワインを売りつけたドゥルカマーラを親切な先生だと感謝こそしても疑いもしなかった彼、ほんの一時アディーナに愛されるためなら兵隊になって戦死したって構わなかった彼、村中の娘にチヤホヤされていてもアディーナの瞳に浮かんだ涙を見逃さなかった彼、アディーナが取り返してくれた契約書なんかより彼女の愛しているの一言が欲しかった彼、ここまで愛されたならどんな女だって幸せです。
 偽薬に全財産と自分の命を賭けたからこそ、ネモリーノは報われました。これが本物の愛の薬だったとしたら、彼は決して幸せにはなれませんでした。どんな人の心をも虜にするという正真正銘の愛の薬があるとしたら、誰だって全財産をはたくでしょう。軍隊のお務めくらい平気でしょう。真っ赤な偽物に全てを差し出したからこそ、ネモリーノの誠実はアディーナに通じました。そしてこの時、ドゥルカマーラ先生の安ワインは本物の愛の薬になったのです。

 さて、この作品、4人の主な登場人物は、最初から最後までお見事!と言いたくなるくらい行き違っています。その原因はそれぞれ、ネモリーノは不器用で少々オツムがとろいから、アディーナはお嬢様育ちで少々わがままだから、ベルコーレは開けっぴろげの女好きで少々自信過剰だから、そしてドゥルカマーラ先生は詐欺師にはよくあることで、熱弁を振るっているうちに自分の出任せを自分で信じてしまい、そして少々がめつかったから・・・。ポイントはそれぞれの「少々」なんですね。これが誰か一人が、ほんの少しでも「少々」じゃなかったとしたら、この作品、絶対に悲劇になっていたはずなのです。


みんないい人だけど、みんな少々難あり

 ストーリー自体はかなり無理難題という感じのするこの作品ですが、これがオペラ・ブッファの枠を超えて何やらホロリとさせられる美しい作品に仕上がったのは、キャラクターの設定の絶妙さだと思います。

 ドゥルカマーラ先生、1を聞いて、10を知って、100喋って、1,000巻き上げるという根っからのペテン師。出だしの「村の衆よ、お聞き下さい」からして、ノン・ストップのマシンガントーク。権威たっぷりで登場する彼ですが、その権威は金儲けの手段でしかありません。実は、彼は権威をバカにしています。アディーナとの二重唱「ワシは金持ち、アンタは美人」、身分もお金もある老貴族が若い女船頭に言い寄って振られるという物語を、彼は実に楽しそうに演じています。恋なんて何になる?お金が一番と歌う彼ですが、きちんと振られてしまうわけで、お金じゃ恋は手に入らないということをちゃんと知っているのです。
 今すぐ効く愛の薬が欲しいとすがるネモリーノに対して、彼はきちんとお代を請求します。どうせもうすぐトンズラするんだし、少々気前の良いところを見せてサービスしてやってもどうということない(だって安ワインなんだから)はずなのに、お金を寄こせと突っぱねます。このペテン師のがめつさのおかげでネモリーノは軍隊に身売りするはめになり、結果として恋を勝ち取ります。ここでドゥルカマーラ先生がサービスしていたら、恋は実らなかった。がめついペテン師が恋のキューピットになれたのは、彼が権威なんてバカにしている自由人であり、ネモリーノの必死を、笑いつつも認めているからこそです。

 ベルコーレ軍曹、この自称パリスは恋を求めはしますが、自分を何一つ変えようとはしません。ありのままの自分で押しの一手、これだけで女はイチコロと信じているのです。アディーナのためにありとあらゆる努力を尽くすネモリーノと違って、現在ある自分に疑問を持たない彼は何もしません。向上心ゼロ、努力しなくても女がなびくんだから仕方ないですね。というわけで彼は恋の勝者にはなれなかったわけですが、本人はそれを気に留める素振りもない。「女なんていくらでもいるさ」ときれいに振られて見せます。彼はネモリーノの努力の末の勝利を認め、しかし努力しないでも女にもてる自分に対する強固な自信を失いません。嫌みな女ったらしになりかねなかったベルコーレは、この諦めの良さで輝きます。ベルコーレ=美しい心、男の値打ちは振られた時に分かるってもんです。

 アディーナ、彼女は最初からネモリーノが気になっています。ただそれを素直に表現できない。利発な彼女には不器用でモタモタしたネモリーノが苛立たしい。アディーナはありのままのネモリーノじゃなくて「自分の望む通りの」ネモリーノが欲しかったのです。お嬢様の我が儘ですね。そして彼女はありのままのネモリーノの値打ちにやっと気づきます。彼はダサいし、オツムとろいし、ただの農夫だし、ウチと違って貧乏だし・・・、でもそんなもんどうだっていい、一生懸命愛してくれるということ以上に、いったい何が必要なの?
 アディーナの目覚めにはちゃんとご褒美がついてきました。恋よりも叔父さんの遺産の心配をしなさいよと強がっていた彼女、最後には叔父さんの遺産もちゃんと転がり込んできた。愛は身分やお金じゃないのよ、見てくれでも手練手管でもないのよって気づいた途端にお金が降ってくる・・・、至れり尽くせりの設定です。

 ネモリーノ、彼の勘違いぶりはさすがにダントツで一番。まず愛の薬でアディーナを手に入れようとする。そんなもんで愛されたところでこれから先どうするの?この愛は薬のお陰であって俺の魅力のせいじゃないって事実を一生突きつけられるわけで、これじゃ毎日が憂鬱になってしまうだろうに、彼のオツムはそんなことまで考えない(考えられない)。そして最高に美しい「人知れぬ涙」でも彼は勘違いをしています。アディーナが泣いているのは、愛の薬のせいで自分に惹かれているのに他の娘みたいに素直に言い寄れないからだ・・・思いっ切り違ってるぞ!アディーナが泣いたのは、そんなバカ話にコロリと引っかかって身売りした彼の「バカさ」加減が余りにも一生懸命で切なかったからです。最高の山場で、やっぱりおバカやっている彼、恋する若者の間抜けさ加減を美しい旋律が引き立てて、こんなバカ男が本当にいたらどんなに可愛いかしら・・・と思わずウットリする場面です。
 この男、勘違いしたままでアディーナを射止めてしまいます。これから先どうなるんでしょうね?
 「愛の薬が効いているんだから、君はずっと俺を愛してくれるよね」「あら、知らなかったの?愛の薬ってきちんと畑仕事をしないと効き目がなくなるのよ、ほら、ここに書いてあるでしょ(どうせ読めない)」「ホント?じゃ、俺、頑張るよ」「愛の薬って屋根の雨漏り直さないと効き目がなくなるのよ」「じゃ、俺、すぐに直すよ」・・・食器洗いに床磨き、二世が誕生したらオムツの洗濯・・・、ま、ネモリーノ、君には過ぎたしっかり者の嫁さん貰ったんだ。きちんと尻に敷いてもらいなさいね。

 この作品に登場する二重唱、不器用に愛を訴えるネモリーノと彼が好きなのに(好きだから)わざと意地悪して彼の恋心を弄ぶアディーナ(「親切なそよ風に」)、ネモリーノを内心アホかいなと思いつつ、なぜか一生懸命に愛の薬の力を信じ込ませ彼に自信を持たせるドゥルカマーラ(「愛を呼び起こす不思議な薬」)、生まれて初めて強気になったネモリーノとそんな彼にキリキリしながらも平静を装い、さらに上を行く強気のアディーナ(「喜ぶがいい、薄情女」)、愛よりお金と歌いつつ、どう聴いてもお金より愛と言っているようにしか聞こえないドゥルカマーラ(「ワシは金持ち、アンタは美人」)、恋敵同士で、片やこれで死んじゃうかもしんないと深刻、片やどうやって笑ってやろうかとおちゃらけ、若者二人が全然違うことを考えている「20スクードだって!」、そして愛の薬を売り込むペテン師の言葉が、私は違うの、私は自分の力を信じているの、とアディーナの自己実現への意志を引き出してしまう「何という愛情」・・・、全てお互いの思いが行き違っているにもかかわらず、ラストのハッピーエンドへと物語をグングンと押していきます。
 彼らは全員が善です。少々問題はありますが、それなりに一生懸命生きている善です。このお話、権威が全く登場しません。「うちの娘が農夫と一緒になる?ふざけるな!」と怒鳴るアディーナのパパの大地主、というのが登場するのが物語としては自然なのですが、権威ある人物が一人も出てこないという設定によって、ネモリーノとアディーナの恋が自由に羽ばたきます。身分の違いなんてあっさりと飛び越えるラストシーンの二人が何とも軽やかです。

 この作品は是非ともパヴァロッティで聴いて下さい。彼のネモリーノが何たって最高です。この純情おバカ男をここまで生き生きと楽しく歌えるテノールは他にはいません。お薦めは1991年のMET、レヴァイン盤です。アディーナをキャスリーン・バトル(少々声が不足していますが、可愛らしいワガママ嬢ちゃんです)、ベルコーレをポンス、ドゥルカマーラをダーラ(実にうまいんです!)。1996年のリヨン歌劇場、ピド盤はアラーニャとゲオルギューのご両人、アディーナの衣装取っ替え引っ替えがすごい。ネモリーノの叔父さんの遺産は、彼女の衣装代で消えてしまいそう・・・。




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