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Leafプッチーニ 「マノン・レスコー」 (1999年10月10日の日記より)


「柔らかなレースに包まれた」チタン合金製の美女

 恋という男と女の戦場で、絶対に出会ってはならない恐ろしい女というのが存在します。言ってみればチタン合金製のサイボーグみたいなもの、貴男がどんなに必死になったところで、この手の女には勝てっこありません。どんなに激しい戦いでも、相手は全くの無傷、血を流して苦しむのは貴男だけです。彼女は決して苦しみません。プッチーニの「マノン・レスコー」がまさにその恐るべき女です。

 第一幕、デ・グリューは修道院に入る途中のマノンに一目惚れ、いきなり夜中のデートの約束をとりつけます。「見たこともない美人」とメロメロですが、ついさっき、僕の求めるような女はこの世にいない、と気取って歌っていたんだけど。大金持ちのヒヒ爺ジェロンテもマノンに目を付けています。しかも早々と馬車の用意まで。マノン危うし!というわけで(出会ったその日に)デ・グリューと駆け落ち。話はここで思いっきり飛びます。

 第二幕、豪華な部屋でコテコテに着飾ったマノンが退屈しています。なんでいきなりこうなるんだ?デ・グリューと慎ましく暮らしていたマノンは、やっぱり贅沢がしたくて、デ・グリューを捨てジェロンテに走り、現在彼の愛人というわけです。この部分がそっくりすっ飛んでいるんです。「柔らかなレースに包まれても」と純情なことを歌いますが、言うこととやることがまるっきり違う。いきなり(全部「いきなり」ですが)デ・グリュー登場。このバカ女!と怒り狂う彼にマノンの声が絡みつきます。「あぁ、あなた、愛しい方」っていい気なもんだと思いますが、デ・グリューはコロリと参ってしまいます。ここでジェロンテ登場、マノンに老いぼれとからかわれ(マノンってひどいことするよね、さんざん金使わせておいて)、激怒して彼女を逮捕させます。ここでも飛ぶよ!

 第三幕、マノンはアメリカへ流刑が決定。売春防止法違反(?)で流刑というのは、どんなもんでしょう?デ・グリューとマノンの兄(こいつ、ポン引きにしか見えない)がマノン奪回作戦を決行しますが、失敗。マノンと一緒にいられるならば何でもすると船長に頼み込むデ・グリュー。「ご覧下さい、僕は狂っているんです」って、今頃気がついたの?私なんて第一幕から分かっていたのに。ここでやっぱり飛ぶんですー。

 第四幕、いきなり砂漠。マノンとデ・グリューがよたよた歩いている。う〜、分からん。要するにマノンはまたまた男関係でトラブルを起こし、フランス管轄の土地から逃げてきたということなんですが、ここまで話を端折られるとなぁ。服はボロボロですから、もう何日もこの状態のようですが、二人とも手ぶら、いくら何でも用意が悪すぎる。第一、他の町に行こうとは思わないんだろうか?それとも迷子になったのか?デ・グリューが水を探しに行き、マノンが「一人寂しく」と悲しく歌います。結局水を見つけられなかったデ・グリューの腕の中でマノンは息絶えます。デ・グリューはどうなるの?

 ドラエモンも真っ青の台本ですが、これ何人かの作者が寄ってたかって書いた物らしいですね。こんな台本でもプッチーニの音楽はたっぷりと甘くて情熱的で、ウットリさせられます。特に前奏曲の軽やかさ、第二幕の二人の二重唱から最後までのハラハラするオーケストラの豊かさ、第三幕の間奏曲の悲しさ(これは第四幕の二重唱でも使われます)、そして最後の切なく寂しい弦の響き・・・全てがプッチーニ流のむせ返るような甘さに満ちています。

 私はいつもデ・グリューと一緒になってこのオペラを聴きます。マノンは私には理解不可能です。彼女はいつも目の前にある快楽に後先考えずに飛びつきます。そしてその結果として回りの全てを傷つけるのに、彼女だけはのほほんと無傷です。最後は死んでしまいますが、どう見たって生き残ったデ・グリューの方が苦しいに決まっています。マノンは愛されますが、愛さない女です。恋というのはたくさん愛した方がたくさん苦しむと決まっています。捨てられた悲しみ、嫉妬、絶望、苦しみ抜いたデ・グリューに比べてマノンは全然傷つきません。彼女にあるのは肉体的な苦しみだけです。マノンはデ・グリューの全てを奪い、最後にはさっさと好きな彼の腕の中で死んで、デ・グリューを絶望の淵に置き去りにします。

 ミレッラ・フレーニとプラシド・ドミンゴのシノーポリの録音がドラマティックで好きです。それからモンセラト・カバリエとドミンゴの録音も、声の豊穣さに酔えますね。ドミンゴのデ・グリューはどちらも最高です。やはりこれはデ・グリューのオペラなのだと思います。

 で、第五幕(ん?)、いっくよ〜!。再び前奏曲で幕が開きます。舞台は第一幕と同じ宿屋の中庭、明るい朝の光の中、女中がせっせと掃除をしています。エドモンド登場、「讃えよう、美しい朝を」、これは第一幕の彼の「讃えよう、美しい夕暮れを」をアレンジしたものです。シャツを羽織っただけのデ・グリューがよたよたと二階から降りてきます。明らかに二日酔いの様子。女中に夕べ泊まっていた美人はどうしたと尋ねます。「皆さんもうとっくにお発ちですよ(全くいつまで寝てるんだ、学生ってのは暇で結構なこった)」、エドモンドが昨夜のデ・グリューの様子をからかいます。 「ビーナスに心を奪われ、バッカスに膝を屈した、全く大した飲みっぷりだ」・・・デ・グリューが歌います「あぁ、全ては夢だったのか・・・、あの見たこともないような美しい女性、せめて名前を聞くことができたなら・・・」、朝の光の中、静かに幕がおります。

 まさかと思いますが念のため、マノン・レスコーに「第五幕」なんてありませんよ!これは、デ・グリューを助けたいがための私の妄想です・・・。



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