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ドニゼッティ 「マリア・ストゥアルダ」 (2009年1月19日〜2009年3月12日の日記より)
二人の女王
1587年2月8日午前8時、ロンドンの北約160キロメートルに位置するファザリンゲイ城、冬の遅い太陽はまだ昇り切らぬというのに、城の大広間には100人以上の人々が犇めき合っていました。スコットランド女王メアリー・スチュアートの首が、「イングランド女王エリザベスの暗殺未遂」という罪状により刎ねられる、女王が女王を処刑するという前代未聞の事態の舞台となる大広間では、冬のイングランドの容赦ない冷気と広間を埋めた人々の放つ熱気が奇妙な層をなしていました。部屋の中央に据えられているのは、メアリーがその首を乗せることとなる木の断頭台、その前に置かれているのは、メアリーが膝をつくことになる黒いクッション、舞台は整い、濃密な沈黙に満たされた大広間は、じっとその時を待っていました。
長く裾を引く黒いヴェルヴェットのドレス、黒い絹のマント、白いモロッコ革の靴、その首、手、腰の3カ所に十字架を下げて登場したメアリーは、彼女に付き従う二人の侍女に下がるように命じたイングランド女王の代理人に向かって、「あなた方の女王も、他の女王が最後の瞬間に手伝わせるためにその侍女たちを同伴することを拒まれないでしょう。しかも、私は女王の最も近しい親戚なのであり、ヘンリー7世の血を受けた女、フランスの元王妃、スコットランドの聖油を注がれた女王なのです」と言い放ちます。その侍女たちの手に助けられながらマントとドレスを脱ぎ捨てたメアリー、大広間にどよめきが走ります。黒い衣装の下から表れたのは燃えるような赤いドレスだったのです。それは、飛び散る血潮が見苦しくないようにという配慮でもあり、また、カトリックにとって赤は殉教の色、プロテスタントのエリザベスによる不当な処刑を世界にアピールするための演出でもありました。さらにその両腕に真っ赤な長手袋をつけると、エアリーは黒いクッションに膝をつき、木の断頭台を抱え込むようにしてその首を乗せました。
辺りの異様な空気に呑まれてしまった処刑人が手元を狂わせ、メアリーの首が胴を離れたのは斧が3度目に振り下ろされた時でした。処刑人がその髪を掴んで首を拾い上げた途端に、首だけが床を転がりました。彼の手に残ったのは美しい赤みがかった金髪の鬘、転がった首の方はすっかり白髪頭でした。メアリー・スチュアート、44年の生涯。
スコットランド女王メアリーとイングランド女王エリザベス、共にヘンリー7世の直系である従姉妹同士、その一人がもう一人の処刑を命じるまでの軌跡は、運命の女神の手になる数々のドラマの中でも最高傑作の一つでしょう。
「我々君主というものは、ちょうど舞台の上にいるように、全世界の視線と好奇心の前に立っているのです」(エリザベス)。
『誕生』
「王は狂われたのか?」、スコットランド国王ジェームズ5世の側近たちが囁きます。2歳で王冠を戴き、有力貴族たちに小突き回されつつ育った王、彼の王国は、彼の叔父に当たる隣国イングランドのヘンリー8世によって、ここ数年好き勝手に踏み荒らされており、1542年11月24日、スコットランド軍はイングランド軍に大敗。ズダボロ状態の王は、今年のクリスマスはどちらでお過ごしに?と尋ねた家臣にこう答えたのです、「知らぬ、勝手に選ぶが良い、クリスマスの頃にはお前たちには仕える王はおらぬ」。ファイフの宮殿に引き籠もり、ベッドに横たわり一日中天井を見ているだけの王。スコットランドにとってただ一つ残された希望、それは王妃マリー・ド・ギーズの胎内の小さな命でした。お世継ぎの王子様がお生まれになれば!
12月8日、使者の声が宮殿に響きます、「王女様がお誕生あそばされました!」、ジェームズの最後の希望は消えました。12月14日、王はその言葉通りクリスマスを前に世を去ります。スコットランド中の有力貴族たちが、隣国のヘンリーが狙っているスコットランドの王冠は、生後6日のメアリーの頭上に。メアリーの誕生はその父に死をもたらしました。
「死ねてうれしいのです。それに私の首は細いから」、イングランド王ヘンリー8世の二番目の妻アン・ブーリンは自分の首を撫でながら笑いました。8歳年上の王妃キャサリンとの間に世継ぎを持つことが叶わなかったヘンリーが、ローマ教会と喧嘩別れまでして再婚したアン。あちこちゴリ押ししまくった挙げ句の結婚は、ただただアンの胎内の「王子」のためでした。医者や占い師はこぞって立派な王子様の誕生を安請け合いし(明日飛ぶかも知れない首だけど、だからって今日飛ばすことはなかろ?)、ロンドンでは提灯行列やら祝賀パーティーやらの準備も始まっていました。
1533年9月7日、グリニッジ宮殿に元気な「王女」の産声が響きました。ヘンリーの怒りはアンに向けられます。1536年、5人の男との姦通罪でロンドン塔に連行されたアンは、その逮捕から僅か3週間後に処刑され、幼い王女エリザベスは、アンとの結婚の無効を宣言した父によって庶子の身分に落とされます。エリザベスの誕生はその母に死をもたらしました。
『少女』
幼いメアリーを王に戴くスコットランドに再びヘンリー8世が攻め込みます。皇太后マリー・ド・ギーズはメアリーを抱いて必死に踏ん張ります。マリーの母国フランスでは皇太子アンリに長男フランソワが誕生、フランスと組んでスコットランドを守る、その希望だけが皇太后を支えていました。何としても娘をヘンリー8世から遠ざけねば、1548年、5歳のスコットランド女王メアリーと4歳のフランス王子フランソワの婚約が成立、メアリーは将来の夫の待つフランスへ船出します。
「スコットランド女王、否、未来のフランス王妃は、余が今まで見た子どもの中で一番申し分のない子だ」(フランス国王フランソワ1世)、愛らしく、利発なメアリーはたちまちフランス宮廷の人気者、母方の一族ギーズ家の後押しもあり、少女はとろけるような称賛を浴びつつ何の屈託もなく成長します。ラテン語とフランス語を自在に操り、巧みにリュートを奏で、甘い声で歌い、すらりとした長身で優雅に踊り、男にも負けずに馬を乗りこなし、「晴れわたった昼の光のような輝きを見せはじめた」メアリー、その将来に待っている不幸など誰にも想像できるはずもなく・・・。
父が母を処刑した時2歳8ヶ月であったエリザベス、父に顧みられない少女は、貴族の家をたらい回しにされつつ育ちます。そんな彼女に弟が、つまりはヘンリー待望の王子が誕生、世継ぎであるエドワードを得たヘンリーはようやく娘のことを思い出します。そして、エリザベスは王を満足させるに十分な愛らしく賢い娘でした。ヘンリーの最後の后キャサリン・パーは、そんな義理の娘にルネサンス流の教育を施します。ギリシャ語やラテン語は勿論、イタリア語、フランス語もみっちりと。エリザベスは驚くほどのスピードで全てを吸収していきます。
エリザベス13歳の時、父ヘンリー8世が世を去り、イングランドの王冠は9歳の弟エドワードの頭上へ。エリザベスは「先王の庶子」にして「現王の異母姉」という微妙な立場に。義母キャサリンが海軍長官トマス・シーモアと再婚、しかし、シーモアの本当の狙いはエリザベスでした。男盛りの凛々しい「義父」の熱い視線に少女の心はときめきます。キャサリンが亡くなると、シーモアはエリザベス、そして王冠への野心を剥き出しにします。1549年1月、シーモアは反逆者としてロンドン塔へ。エリザベスも連日の取り調べを受け、しかし、15歳の少女は大の大人の法律家たちを相手に見事逃げ通します。3月、エリザベスの「初恋の人」シーモアの処刑、少女は泣きませんでした。
『青春』
1558年4月24日、フランスはパリ、皇太子フランソワとスコットランド女王メアリー・スチュアートの結婚式が盛大に行われます。ノートル・ダムの前にはフランス王家の紋章である金の百合を織り込んだ青い絹のテントが並び、赤と黄の制服の音楽隊を先頭に眩いばかりに着飾った貴族たちが登場、口々にフランス万歳!と叫ぶ民衆には金貨や銀貨が惜しげもなくばらまかれます。そして、登場した新郎新婦、生来虚弱な新郎は緊張で顔面蒼白、しかし、新婦に目を転じれば、「天上の女神の百倍の美しさ」。続く祝宴の席でも15歳の皇太子妃に人々の熱狂的な賛辞が浴びせられます。
翌1559年、フランス中の名家が揃っての馬上槍試合、颯爽と登場した王アンリ2世の右目をモンゴメリー伯の槍の破片が貫きます。アンリ死去、享年40。15歳のフランソワと16歳のメアリーが王座につきます。ママゴトのような王と王妃は公文書に嬉々としてこうサインします、「フランス、スコットランド、イングランド及びアイルランドの統治者」。
こちらも生来虚弱であったエドワード6世が16歳で世を去り、イングランドの王冠はヘンリーの長女、38歳のメアリーの頭上に。エリザベス誕生と同時に庶子に落とされ、父、そしてプロテスタントへの憎悪で一杯の女王は、カトリック教会を復活させ、スペインの皇太子フェリペと結婚します。生まれた時からプロテスタントの異母妹エリザベスは、執拗に改宗を迫る義姉に対して「不規則に」ミサに参列することで対抗します。カトリックには改宗の兆しと思わせ、プロテスタントには嫌々やってますとアピール、生涯を通じてエリザベスの最大の武器となる「現実主義」はこうして鍛え上げられていきます。
ブラディ(血塗れの)メアリーの退位とエリザベスの擁立を狙ったワイアットの乱、関与を疑われて母がその首を刎ねられたロンドン塔に連行されたエリザベス、ここでもエリザベスは政府の法律家相手に逃げおおせます。20歳のエリザベスは、政治という名の荒野をただ一人必死で生き延びます。
『王座』
運動神経抜群、野山で馬を駆ることを好む妻に後れをとるまいと、生来病弱な体で無理を重ねていたフランソワがとうとう倒れます。メアリーの必死の看護も虚しく、1560年、フランソワ2世死去、享年16歳。未亡人メアリーには、ロアール川沿いの温暖で豊かな領地と美しい城が残され、何しろ、この未亡人は未だ18歳、「元王妃」「ギーズ家の姫君」という申し分のない肩書きもあり、このままフランス宮廷で、その美貌の続く限りチヤホヤされつつ華やかに過ごすことは十分に可能でした。ただ一つのことを我慢しさえすれば・・・。
フランソワの母でありアンリ2世の未亡人であるカトリーヌ・ド・メディティス、夫の愛人であるディアーヌ・ド・ポワチエの華やかな美貌の陰に隠れ、実家であるフィレンツェの支配者メディチ家の莫大な財産でヴァロア家の台所を支えてきたにも関わらず、25年もの間フランス宮廷で「商人の娘」と蔑まれてきたカトリーヌは、やっとのことでその手に握った権力を二度と手放すまいと決意します。今、フランスの王冠は10歳のシャルルの頭上に、小生意気な嫁は「元王妃」に過ぎない。ここに至って母后は故郷フィレンツェ仕込みのマキャベリストぶりを発揮します。「元王妃」をずっとそのままにしておくべく、カトリーヌは、メアリーとスペイン皇太子カルロスとの縁談を裏から手を回して潰します。生後6日に王位に就き、王冠のない自分の頭など想像したこともない生まれながらの女王メアリーには、「元王妃」のまま今や姑を中心に回るフランス宮廷にとどまることなど到底できませんでした。1561年、メアリーは決断します、女王としてスコットランドに帰る!
5年間イングランドの王座にあった「血塗れのメアリー」が死去、1558年11月、イングランドの王冠は遂にエリザベスの頭上に回ってきます。ド派手な戴冠式でロンドン市民をもてなした25歳の新女王は、祝宴の酒が抜けると直ちに辣腕政治家ぶりを発揮します。後にバーリー卿と称されるウィリアム・セシルを宰相に抜擢し、プロテスタントとカトリックの争いによって分裂し、国庫は空っぽ、まともな軍隊すら組織できないイングランドの立て直しにかかります。一刻も早くイングランドの人心をこの手に握らねばならぬ、エリザベスには理由がありました。
ローマ教会は、ヘンリー8世と最初の妻キャサリンの離婚をそもそも認めておらず、エリザベスはカトリック的には王位継承権を持たない庶子、新女王は「王位簒奪者」なのです。王冠を守るためのエリザベスの闘いが始まります。自分の王位の正当性に疑問を向ける者は誰であろうと許さない、エリザベスにとって王冠とは非情な政治の世界を必死で生き抜いてきたことの証なのです。
ヘンリー7世の曾孫として、ギーズ家の人々に常々「お前こそ真のイングランド女王」と囁かれるままに、嬉々としてそのサインに「イングランドの統治者」を書き加えたメアリーをエリザベスは忘れません。
1561年、スコットランドへの帰国に当たって隣国イングランドに通行権を請求したメアリーに対して、エリザベスは「エディンバラ条約」を突きつけます。「スコットランド女王はイングランドの王位請求権を取り下げ、将来のいかなる場合にもエリザベスをイングランドの女王と認める」。メアリーは激怒します、「私に喜んで従う人々がイングランドには大勢いることくらい、私は知っています」、それは決して口にしてはならない言葉でした。
『恋』
メアリーが女王として帰国したスコットランドは、イングランドの侵攻と貴族同士の内戦によって荒れ果てていました。カトリックで女で外国育ち、メアリーの治世には頼れる夫が必要でした。しかし、夫選びは難航します。何しろ美貌の女王の持参金はスコットランド、国内の貴族たち、そして外国の王子たち入り乱れる中、メアリーの前にやけに足の長い優男が登場します。ダーンリー卿、身長180センチの女王に釣り合う185センチの長身、ダンスもリュートの演奏も馬術も得意、メアリーは忽ち恋に落ちます。プロテスタントが多数派のスコットランドでカトリックの女王がカトリックの夫を迎える、周囲の反対も恋する女には聞こえません。1565年7月、ホリルード宮殿の礼拝堂で二人は結婚、メアリーは夫に「スコットランド王ヘンリー」の名を与えます。これこそ、いえ、これだけがダーンリーが欲しかったもの。優雅な恋人という被り物を脱いでみれば、現れたのは、権力は大好きだが政治はからっきし、自制心の欠片もなく、弱い者に威張り散らすしか能のない小心者、それがダーンリーという男でした。しかし、夫の正体に気付いた時、メアリーは妊娠していました。
1566年3月、自分を嫌悪して遠ざける妻に逆ギレしたダーンリーがメアリーを監禁、王が女王にクーデターを起こすという呆れ果てた事件が起こります。女王はベッドに横たわって呻きます、流産しそう・・・、メアリーの名演技にクーデター側はコロッと騙されます。夜中に城を抜け出した6ヶ月の身重の女王はエディンバラからダンバーまで馬を飛ばし、その大胆な逃走劇はスコットランド中を沸かせます。クーデターは消滅、そして、メアリーは今や憎悪しか感じない男の子どもを生みます、6月19日、ジェームズ6世誕生。
若き女王エリザベスのマスター・オブ・ザ・ホース(主馬頭)を務めるレスター伯ロバート・ダドリー、このハンサムなスポーツマンにエリザベスは夢中になります、彼には妻がいたにも関わらず・・・。女王の恋は男女の問題ではなく政治問題、廷臣たちとエリザベスの対立の最中、ダドリー夫人が刹那的には極めて都合良く、そしてよくよく考えてみれば極めて都合悪く、階段から落ちて死亡します。女王と結婚するためにダドリーが殺した!人々はそう信じます。このスキャンダルがエリザベスの恋に逆上せた頭を一撃します。ダドリーと結婚すれば彼の「妻殺し」を容認することになる、そうなれば人心は一気に離れ、イングランドは再び分裂する、エリザベスは、愛人を愛人のままに放置することを選択します。
このダドリー、その後意外なところに再登場します。メアリーの婿殿候補としてエリザベスが彼を推薦するのです。「配偶者はイングランドの貴族の中から選ばれることが望ましい」、年上の従姉妹の上からの物言い、ダドリーがエリザベスの愛人であることはヨーロッパ中が知っている、そんな男をスコットランドの王位に?当然にメアリーはこれを侮辱と捉え、激怒します。
生後6日から女王であったメアリーには、恋は恋でしかない、自分の恋が祖国や人民に何をもたらすか、何を奪うか、メアリーは一度も考えようとはしませんでした。何度も命の危険をかいくぐり25歳で女王となったエリザベスにとって、祖国イングランドは全てに優先します。「(この国が)私以上にあなた方を愛する君主を戴くことは、これまでもなかった、そして、これからもないでしょう」、エリザベスはイングランドと結婚します。
『破滅』
ボスウェル伯ジェームズ・ヘップバーン、喧嘩っ早くて野心家、しかし、男気に溢れる「極道貴族」がメアリーの前に登場します。メアリーにはろくでなし亭主のダーンリーが、ボスウェルには妻ジーンがいたにも関わらず、いえ、いたからこそ、メアリーは忽ちボスウェルに夢中になります。そして、女王の不倫を知ってか知らずか、ダーンリーは性懲りもなく空っぽのアタマでせっせと陰謀をひねくります。妻の悪口を各国の王に触れ回り、相手にされないとなると酒を飲んでは暴れ、一人息子ジェームズの洗礼式もすっぽかす始末。何とか厄介払いを、ボスウェルたちは女王に「この際少々手荒な手段を」と持ちかけ、ボスウェルと結婚したい一心のメアリーは、彼らに事を任せてしまいます。
1567年2月10日の夜明け、エディンバラの人々は爆発音で叩き起こされます。宮殿に程近い屋敷の壁が吹っ飛び、そこにはあの女王様のろくでなし亭主ダーンリーの死体が、それも、なぜか爆死ではなくて絞殺死体で転がっていました。そして、女王は・・・、捜査の命令すら出さずに大慌てで国王を埋葬し、後はダンマリ。誰が見たって真っ黒けの容疑者であるボスウェルが国王然と振る舞い始めます。国王殺害犯が国を動かしている、エリザベスは勿論、スペインもフランスもメアリーを非難します。しかし、メアリーは動きません。動けませんでした。彼女はボスウェルの子を身籠もっていたのです。
ダーンリーの死から僅か3ヶ月後の5月15日の早朝、ホルリード宮殿でスコットランド女王とボスウェル伯の婚礼が行われました。パリ中が沸き立ち、各国のお歴々が集ったあのフランス皇太子との婚礼から10年足らず、参列する貴族は誰もいませんでした。そして、婚礼の翌日から早くも花嫁は後悔します。ヨーロッパ各国はスコットランド女王の行状に呆れ果てており、新婚の夫は別れた元妻とよりを戻す始末、そして、スコットランドでは、皆してあれほど嫌っていたダーンリーの仇討ちを求める声が上がります。ろくでなし亭主が死んで初めて誰かの役に立つ時が来たのです。6月15日、カーベリー・ヒルの戦い、メアリーとボスウェルの軍は大敗、ボスウェルは国を捨て、メアリーは亭主殺しの罵声を浴びながらエディンバラへ、そして、湖上に浮かぶロッフレーヴェン城へ連行されます。
7月23日、メアリーはボスウェルの子を死産、弱り切った女王にプロテスタントの貴族たちは退位を迫ります。「署名か、死か!」、メアリーの頭上からもぎ取られたスコットランドの王冠は1歳のジェームズへ。
翌年1568年春、小姓の手引きで城を脱出したメアリーは王冠奪回を目指して兵を募ります。ラングサイドの戦い、しかし、女王の檄に答える兵はいませんでした。
海まで敗走したメアリーの前に広がる大西洋、逃れる先は、母の故郷、懐かしいフランスか・・・、ところが、メアリーは何とイングランドを目指します。祖国を追われ、王冠を失い、息子を奪われ、夫殺しの汚名を着て、着の身着のままで、あの生涯で最も華やかな日々を送ったフランスへ帰れるものか。それに、エリザベスは従姉妹、「いつ、いかなる場合でも、貴女のお力になりましょう」と書いてきてくれたではないか。
「親愛なるお姉様、今、私は自分の王国を追い立てられ、神より他には貴女のご好意にしか頼れぬほどの苦境におります」、メアリーの手紙を携えた使者がロンドンに馬を駆り、しかし、その返事を待たずにメアリーは船出します。
1568年5月16日夕刻、メアリー・ステュアートは25歳、奇しくもエリザベス・チューダーがイングランドの王位に就いたのと同じ年齢でした。そして、メアリーの人生は、事実上ここで終わります。三人の夫を持ち、そのうち二人を葬り、二つの王国の頂点に立った生まれながらの女王は、高貴な囚人としてイングランドの城をただ転々とします。その肉体の死まで残された18年間、その魂はひたすら空虚を引っ掻くのみ。
参考文献:「メリー・スチュアート」(ツヴァイク みすず書房) 「イギリス史」(トレヴェリアン みすず書房)
「スコットランド 歴史を歩く」(高橋哲雄 岩波書店) 「華麗なる二人の女王の闘い」(小西章子 朝日新聞社)
第一幕 『スコットランド女王と私と、どちらが美しい?』
ウェストミンスターの回廊、廷臣たち、侍女たちが待ち構える中、フランス使節歓迎のための馬上槍試合から戻ったイングランド女王エリザベッタが登場、皆はフランスの王子とエリザベッタの縁談話が進んでいることを口々に喜びます。しかし、エリザベッタは、私はまだ迷っている、イングランドのためならば祭壇に上り、この手にイングランドとフランスの運命を握ろうが、私の心にはある人の存在が、私の心は彼以外の愛に微笑むことを知らない・・・。タルボット卿が進み出ます、この良き日にもスコットランドの女王は嘆いておられる、どうかご赦免を。あの悪女のために、この私に泣けと?すかさずセシル卿は、あの女、たとえ牢獄の中にあっても危険なあの女の首を刎ねないことには、我が国に不和が降り注ぎましょうと進言します。天よ、示し給え、エリザベッタは苛立ちます、恩赦を与えるか復讐を為すか、私は決められない・・・、ところで、レスター伯が見えませんが、どうしたこと?
レスター伯登場、エリザベッタの手を取って口づけをします。陛下、遅れましたことのお許しを、私に何用でございますか?エリザベッタはその手から指輪を抜いて彼に与えます。この指輪をフランスの使節へ、そして、フランス王子との婚儀の件、お受け致しますと伝えなさい、そして、私は拒否する権利を留保すると、私は今もって自由であることも忘れずに。
女王が去り、レスターがタルボットを掴まえます、私をお探しとか?その通り、何のために?お話ししたいことが、私はあのファザリンゲイ城へ行き、ご不幸なストゥアルダ様に会ってきたのです。レスターは驚きます、しーっ、小声で!それで、どんなご様子で?相変わらずお美しく、そして偉大でおられました。そして・・・、貴殿を信用してよろしいか?誓って!タルボットはレスターに小さなメアリーの肖像画と手紙を渡します、貴殿の名を情を込めて呼んでおられました。あぁ、お慕い申し上げている面影、あの日と同じ面影を再び見られるなんて、この微笑みが私の運命を鎖で縛ってしまったのだ。貴殿に助けを求めておられます、もちろん!あの方のためならば死をも厭いません!その大切な方に死が迫っております、私が自由にして差し上げる、さもなくば共に死にます!バビントンの陰謀の結末を恐ろしいとは思われぬのか?レスターは強く首を振ります、あらゆる恐怖、あらゆる危険も恐れません!もしあの方が私を愛して下さるのなら、あの瞳から涙を払おう、たとえこの身が犠牲になっても私は運命に従おう。
タルボットが立ち去ったところで、レスターはエリザベッタに会ってしまいます。何を慌てているのかしら?いっ、いえ、タルボットがいたようね?・・・はい。近頃の彼を私は疑いの目で見ています、あの女、あらゆる者を手懐けてしまう・・・、伯爵、まさか、ストゥアルダからそなたに何か届けにきたのでは?お疑いは無用かと、タルボットは忠義者でございます。そなたの心など透けて見える、本当のことを言いなさい、隠す気ですか?いえ、どうかお聞き下さいませ!実は一通の手紙が・・・。
レスターは跪きエリザベッタに手紙を差し出します、あの方は陛下とお目にかかる機会を作って欲しいと書いておられます。伯爵、そなたはあの女の世話を焼きすぎるようですね、こんなことで私を丸め込めるとでも?エリザベッタは手紙を開きます、牢獄へ会いに来てくれと?はい、陛下、3つの王冠を狙っていたあの高慢な女が?はい、陛下、実は、本日、陛下がお出ましの予定の狩り場は牢獄に程近いところ、ついでに立ち寄ったことになさっては?そなたはそれを望むのですか?お願い申し上げます。
分かりました、そなたの言う通りにしましょう。・・・あの女は私の頭上に手を延ばし私の王冠を奪おうとするのか?私の愛する男を奪おうとするのか?我慢ならぬ!
陛下、お慈悲をお示し下さい、あの方は陛下の妹君も同然のお方、どうか憎しみにお心をお任せになりませんように。お黙り!・・・しかし、3つの王冠を狙っていたあの高慢さはどこに?あの方にどうか安らぎをお戻し下さいませ、陛下、それだけで私は満足です、・・・私の頭上にあの女の手が、我慢ならぬ!
短い前奏曲が、エリザベッタの宮廷の華やかさとマリアの運命を暗示して始まる第一幕、登場人物4人、全て歴史上の実在の人物です。エリザベッタ(エリザベス1世)は当然として、まずは、タルボット(シュルズベリー伯ジョージ・タルボット)、イングランドの宮廷で指折りの有力貴族であった彼は、エリザベスから「高貴な囚人」メアリーの監視役を仰せつかり、メアリーは彼の邸宅に何度か滞在しています。ただ、その女房殿にいささか問題が・・・。貧乏貴族の6人姉妹の5番目として生まれたバツ3のベス・ハードウィックがその女房殿、結婚する度に、いえ、正確には亭主が死ぬ度にその財を増やしてきたという、ともかく遣り手で上昇志向旺盛な妻が巻き起こすいざこざのお陰で、シュルズベリー伯はエリザベスにメアリーとの仲を疑われたり、結構苦労したようです。
セシル(バーリー卿ウィリアム・セシル)、ぱっとしない家柄に生まれ、ケンブリッジ大学で学び、フランシス・ベーコンの伯母に当たるクック卿の令嬢と結婚。幼いエドワード6世(エリザベスの異母弟)の護国卿であったサマセット公に仕え、機を見てウォリック伯ジョン・ダドリー(ロバート・ダドリーの父)に鞍替えし、エドワード6世の秘書官に就任、その後のブラディ・メアリーのガチガチのカトリックの治世をプロテスタントの政治家として生き抜いた男です。彼はエリザベスの即位と同時に女王の第一秘書(実質的な宰相)に就任、1598年に死ぬまで忠実に仕えました。「私は貴下をこう判断します。貴下はいかなる種類の贈与によっても買収されることなく、国家に対して忠実であり、私の私意をおもんばからずに貴下が最良と考える助言を私に与えてくれるものと」、このエリザベスの言葉が「完璧な宰相」セシルという人物の全てを表しています。
そして、レスター(レスター伯ロバート・ダドリー)、その父ジョンはエドワード6世没後、義理の娘であるジェーン・グレイを王位に就けようとたくらみますが失敗、タワー・ヒルで処刑され、その祖父エドモンドもヘンリー7世、8世に仕えながら最後は刑死。言ってみればロバートは、由緒ある謀反人一家の三代目、おまけに妻までいました。そんな彼に女王は「昼夜の別なく彼の部屋を訪ねて」いるというベッタリ状態、周囲が面白いはずもなく、彼の妻エミリーが階段から落ちて死んでしまったことで、宮廷の内でも外でも女王陛下のお気に入りに対する不満が爆発します。「女王と結婚して王となりたくて、とうとう妻を殺した」、愛する男と結婚すれば国民の支持を失う、エリザベスはダドリーとの関係に終止符を打つことで、偉大なる統治者への道を歩み始めます。
肩書きだけ登場するフランスの王子、これはフランス国王アンリ3世の弟であるアンジュー公フランソワのことかと思われます。ただ、彼がエリザベスに求婚するためにイングランドを訪れたのは1579年のこと(因みにこの時エリザベスは46歳、アンジュー公は25歳です)、この後アンジュー公は1584年に死去しておりますので、メアリー・スチュアート処刑の年、この1587年には、彼は既にこの世におりません。
1587年と言えば、史実ではこの年、エリザベス54歳、メアリー44歳、レスター54歳、セシル67歳、重厚な政治ドラマならともかく、情熱的な恋愛ものにはちょっとばかりきつい。原作者のシラーは、メアリーを25歳、エリザベスを30歳と想定し、当然に二人の女王から愛されるレスターもうんと若返っております。
オペラの台本(ジュゼッペ・バルダーリ)は、シラーの戯曲の第二幕(ウェストミンスターの宮殿で槍試合の帰りの一同が会する場面)から始まっています。
省略されたシラーの第一幕(ファザリンゲイ城の一室)、第六場。
マリア 「私に宣告が下されたのですか。はっきりと打ち明けて下さい。覚悟はすでにできています。」
モーティマー 「下されたのです。42人の裁判官はあなた様に有罪の判決を宣告しました。・・・」
シラーが創造した架空の人物、モーティマー、一途にマリアを慕い(「あなた様をお救いするために死ぬことは、それだけで既に幸福です」)、エリザベスを憎み(「とっとと失せろ、偽りの、猫冠りの女王め!」)、その暗殺を企てる無鉄砲なカトリックの若者を登場人物から除いたのは、オペラとしては正解だと思います。しかし、彼と一緒に、この二行がカットされてしまった。
この戯曲の魅力は、死を突き付けられたマリアのもとに一筋の光が差し込み、しかし、結果としてその光が彼女をしてその死を呼び込ませてしまうという運命の酷さにあります。しかし、オペラでは、このマリアの死刑宣告が明確に描かれていないため、光が差し込むはずの闇が少々浅くなってしまっているように思います。
物語の主題をここに置けば、この第一幕の聴かせどころは、レスターから差し出された手紙を読んで心乱れるエリザベッタ、その様子に希望を見出すレスターの二重唱ということになります、が・・・、なぜか台本が完全に勘違いしてしまっております。レスターは、密かに愛するマリアの命を救うために、何が何でもエリザベッタを口説き落として、二人の女王を対面さなければなりません。しかし、相手は絶対君主、ちらっとでも機嫌を損ねれば、マリアどころかレスターの首だって胴と生き別れです。シラーのレスターは、「(もしもエリサベッタがマリアと会えば)あなた様ははじめての全勝の歓びをお味わい遊ばすに相違ございません。あらゆる淑徳においてはるかにあなた様よりも劣っていらっしゃるあの方が、あてなるお姿においてもご自身がどれほど見劣りしているかをご自身の眼で・・・慚愧の念に堪えられぬ思いをさせてあげたいもの」「また王冠の輝きで品位を高めた上に、このたびは、花嫁らしい優しさに飾られておられるご様子を、もしあの方が一と眼ご覧になったが最後、あの方にとってはもはや滅びの時鐘が鳴ったと申すもの」、ありとあらゆるお世辞を並べてエリザベッタを褒め称えます。ところが、オペラのレスターときたら、「汚れなく清純で美しいあの方をご覧下さい」、はぁー、よくもこれでエリザベッタがうんと言ったものです、マリアの命を握っている女を前にして当のマリアを持ち上げてどうする?マリアの肖像画を手に「彼女を自由にする!さもなくば一緒に死ぬ!」というレスターですが、これじゃ「自由」は到底無理、しかし、「一緒に死ぬ」も何か怪しい、レスターという男に厚みがないのが少々辛いです。
そして、手紙を読む場にセシルがいません。「殊勝げな人情などにお惑わされ遊ばしてはなりませぬぞ。必要なことを敢えて為すだけの自由をば、われと自ら捨てるようなことをなされては以ての外です」(シラー)と女王を諫める「完璧な宰相」がいません。ここはどうしたってエリザベッタを挟んでセシル対レスターの三重唱が聴きたいところなのですが。
どうもドニゼッティはマリアに夢中になるあまり、ライバルであるエリザベッタへの視線が冷たく、色男レスターの扱いが軽く、宰相セシルに至っては「描きたくない」であったかのように感じられます。しゃーない、では、そのマリアに満を持して登場していただきましょう。
「スコットランド女王と私と、どちらが美しい?」、1564年の謁見の際のエリザベスの問いに、スコットランド大使メルヴィルはこう答えています、「イングランドではイングランド女王が、スコットランドではスコットランド女王が一番お美しい」、二人の女王の間で、外交官も大変です。
シラーの戯曲の引用は、「マリア・ストゥアルト」(岩波文庫 相良守峯 訳)によります。
第二幕 『長すぎた巡礼の旅の結末』
ファザリンゲイ城の中庭、乳母のアンナを伴ってマリアが登場、久しぶりの野外を楽しんでいます。野原が開けて、花々が微笑んで、フランスからの風が吹いているわ、雲よ、私の愛と溜息を私を育んでくれたフランスの大地に届けておくれ!遠くから角笛と狩人たちの声が聞こえます。あれは何の音?王室の狩り場から聞こえてまいりますね、馬の蹄の音も・・・。女王様のお出まし!ただ静かに憂いの中に安らいでいる私に新しい恐怖をもたらすつもりね、会いたいと願ったけれど、その勇気がないわ、彼女に見られたくない、私を蔑むあの視線・・・、こちらにまいります、我が君、お逃げになって。
現れたのはレスター伯、ロベルト、貴方でしたの!はい、貴女の鎖を解きに参上致しました、自由になれるの?永遠に貴方のものになるの?そんなこと信じないわ。エリザベス女王が狩りを装ってここにおいでになります、貴女はひたすら恭順を示してください、あの女に恭順を?そうなさらねばなりません。神よ!そんなことできるはずありません!待って、もしも僕を愛してくださるのなら、どうか希望を。全ての人に見捨てられ、悲しみと苦しみに身を任せ、この心は希望など持ちません、貴方の愛だけが私の慰め・・・。いいえ、絶望なさらずに、あの方は貴女のお手紙にとても感動なさったのです、僕は見ました、あの方の睫に涙が宿るのを、ですから僕を信じて下さい。何を望めと?あの女の心のうちは私の方がよく知っているわ、あの方のお心にも慈悲はございます、王座を脅かす者にあの女が慈悲など!その時には僕が復讐を致します、何ですって?何ができるというの?私のために貴方が危険を?そんなことを私は望みません。
僕は死を恐れはしません、貴方がこの私に優しくしてくれるのを見ることだけが私の望み、だから、貴方に降る災いなど見たくないわ。僕は忠誠と名誉にかけて誓いましょう、貴女から全ての栄光を奪った禍から立ち上がるのです、僕は貴女に贈る王国を持ちませんが、貴女を解き放つためにこの手を贈ります!そんなことして欲しくないの、貴方に降る災いなど見たくないの・・・。
マリアが去り、エリサベッタが登場します。伯爵、私をどこに連れてきたの?ご案じなさいますな、マリア様はすぐ御前に、タルボット殿がご案内を。お前の願いを聞いてここまで譲歩したのですよ、他の者を遠くに下げて、ここには人が多すぎるわ。廷臣たちが下がり、セシルが前に出ます、陛下、イングランドは陛下を崇拝しております、人々が誰の首を欲しているかご存じかと。レスターが応じます、思い出して頂きますように、悲しく過ごされている御妹君に慰めをお約束なさったことを、あの方に悲しみをもたらしたそのお手にてあの方に喜びを。
タルボットとアンナに伴われてマリアが現れます。相も変わらず傲慢な様子が癪に触る、なぜ黙っている?恐ろしいの?とエリザベッタ、あの暴君の顔は厳しい非難と激しい憎悪に満ちているわ、恐ろしい、とマリア。どうか沈黙を守って下さるように、陛下の怒りは百合の花を踏みにじってしまう、とタルボット、不吉なものを感じる、どうか天よ、我が君をお救い下さい、とアンナ。あの方のお顔には苦痛が見える、悪い星が消えないのだ、お救いしなければ、とレスター、もう復讐を押しとどめることはできぬ、犠牲者には永遠の苦しみを、とセシル。それぞれの思惑が交錯し張り詰めた空気の中で、マリアとエリザベッタが対峙する時が来ました。
マリアが跪きます、世間から見放され、王座から滑り落ちた身で貴女のお許しを願います、姉君、もう充分でしょう、どうか姉君を頼りにしているこの不幸な女を立ち上がらせて下さい。エリザベッタがマリアを見下ろします、汚泥と恥辱の中がそなたには相応しいというもの。誰が姉上をして私に辛く当たらせるのでしょうか?誰が?そなた自身、その傲慢で邪な心です、問うてみるがいい、そなたが裏切った不運な夫の亡霊に、愛欲と裏切りと罪に塗れたその心に。マリアはレスター伯に視線を移します、ロベルト、もう我慢できないわ・・・、どうかご辛抱を、我らの愛のために、貴女の恩赦のために。
レスター伯、私の前で何という言葉を!どこに愛が?この女は誰でも丸め込んでしまう、しかし、それも終わる、ストゥアルダの頭には永遠の恥辱がよく似合う。何ですって?私を愚弄するおつもりか?私に口答えを?恐れよ!
ボレーナの不義の娘の口が名誉を語るの?恥知らずの淫猥な売女!イングランドの王座が私生児の汚れた足の下にあるとは!衛兵を!エリザベッタが叫びます、行くがいい、狂女よ、極刑に苦しむ用意をするがいい、その頭に屈辱を注いでくれるわ、衛兵、この女を下げなさい!セシルが満足の溜息を漏らします、全能の神が復讐をなさる・・・、アンナとタルボットが嘆きの溜息を漏らします、権力者を怒らせてしまった、復讐がなされてしまうのか、マリアが祈ります、神よ、やっと生きた心地が致します、あの女の栄光に差す影を見ました!レスターが震えます、何という無分別、やっと会えたというのに宿命が貴女を奪っていく!
そなたを待っている斧が私の復讐となる、この自らを罰した狂女を下げなさい!さぁ、私を死に導くがよい、一瞬の勝利が私の苦しみの全てを償ってくれた!運命が二人を永遠に引き裂く、何と不幸なお方!救いの手を追い払ってしまわれた!全能の神が復讐をなさる!
マリアの乳母の名がアンナ、まぁ、どちらもありふれた名前なのですが、もう一人の女王の名がエリザベスとなると、何やら意図的なモノが感じ取れます。おそらく世界一有名な女性であろうイエスの母マリア、そのマリアの母の名がアンナなのです。
新約聖書の外典によれば、信仰の厚い夫婦であったヨアキムとアンナは、結構な年になるまで子どもができませんでした。夫婦は毎年エルサレムへの巡礼を欠かしませんでしたが、ある年のこと、祭司に、産めよ、増やせよで子孫を残すことはユダヤの神への大切な義務、それができんとは、己ら夫婦はなっとらん、ひょっとして神様の怒りに触れるようなことでもしとらんか?と難癖をつけられて、折角の供物を突き返されてしまうのです。夫婦はどーんと落ち込んでしまい、ヨアキムは荒野で40日の断食(死んでまうがな、と思わないで下さい。聖書では断食は40日というお約束があるのです)をして祈り、もしも子どもを授かったならその子は神に捧げると誓いました。すると例によって天使がバタバタと舞い降りて、祈りは聞き届けられたと告げ、そのお告げ通り、すでに立派な老婆であったアンナはめでたくご懐妊、超高齢出産で生まれたのがマリアなのです。マリアが3歳になると、夫婦は誓いを守って、マリアを神殿にご奉公させ、その後、マリアは大工のヨセフとどーしたこーしたとなるわけです。
そして、マリアとヨセフの息子イエスに洗礼を授ける洗者ヨハネ、このヨハネの母がマリアの従姉妹に当たる女性で、その名をエリザベツ。キリスト教的解釈では、ヨハネは「救世主イエスの到来を告げる者」、言ってみれば露払い、息子の出来の良し悪しがママ友同士の人間関係に微妙に影響することは、今も昔も、西も東も、同じようなもの。名前からしてマリアはエリザベッタよりも格上ということになります。まぁ、紀元前のイスラエル近郊在住の大工の女房の家系がきちんと分かるということ自体、どう考えてもあり得ないわけで、この辺のなんだかんだは、後のローマ教会のお偉いさんたちの「んなんでどうじゃろか?」「いーんでない」という編集(というか捏造・・・)の結果であるわけですが。
因みに、メアリーの名は母マリー・ド・ギーズから、そして、エリザベスの名は父ヘンリー8世の母エリザベス・オブ・ヨークから、何のヒネリもない命名であったわけですが、二人の女王がその名前に何を思ったのか、あるいは何を思わなかったのか、興味は尽きません。
さて、そのメアリー・スチュアートとエリザベス・チューダー、実はただの一度も会うことはありませんでした。事実がないわけですから、この会見の場は作家の想像力の自由に羽ばたくところ、何の制約もありません。シラーは、二人の女王の重量級の対決を華麗に、濃密に描いています。
「ひれ伏したまま辱めを?」「ご自分に相応しい位置です」「私の血管にも貴女と同じ血が」「その私の暗殺を」「弁護をお聞きになるとでも?」「貴女は私の紋章を盗んだ」「私の血筋から当然のこと」、言葉の格闘技とも言える場面の締めくくりは、「誰にでも美人と思われるためには、誰にでも身を任せさえすればよいらしい」とエリザベス、メアリーが答えます、「イギリスの玉座は私生児によって穢された!」
史実を見れば、エリザベスは、メアリーが夫を殺したのか殺していないのかについては、大して興味はなかったようです。それはメアリーを幽閉しておくための都合の良い口実、「貴女がこの嫌疑をお晴らしになった暁には、最大の敬意をもってお迎えする心づもりですが、それまでは私にはいかんともし難いのです」、いかんともし難いのではなく、する気がなかったのです。
カトリックの若者バビントンによるエリザベスの暗殺未遂事件にメアリーの名が登場する前年に、一つの法案がイングランド議会を通過しています。「女王に対する陰謀に参加した総ての者を死刑に処する」、女王に対して陰謀を企めば死刑は当たり前、この法案の肝は「総ての者」の語を加えた一点に尽きます。総ては総て、例外は認めない、例え外国の王族であろうとも。
イングランドの王冠を自分の紋章に描き加え、イングランド国王の称号を公文書に署名したメアリーを、エリザベスは一瞬たりとも忘れませんでした。イングランドに女王は二人はいらない、一人は消えなければならない・・・。
この幕、二人の女王がレスターを立会人にして火花を散らします。レスターに愛されている囚人マリアとレスターに愛されたい女王エリザベッタ、マリアはレスターを意識して殊更女らしく振る舞い、エリザベッタはそんなマリアを意識して殊更女王であることを強調します。二重唱「全ての人に見捨てられ」では、マリアとレスターが手に手を取って上昇するかのような旋律で寄り添うのに対し、エリザベッタはゴブラン織りのように重たげな六重唱「彼女は相変わらず」で、セシルの願う決断とレスターの願う慈悲の間を揺れ動く、女王は孤独なのです。台本にはバビントン事件もイングランドの王位継承問題も登場せず、エリザベッタはマリアの夫(アリーゴ)殺しを非難し、マリアはエリザベッタが不義の結果生まれたと嘲り、まぁ、何というか、やんごとなき方々は到底使わないであろう言葉の応酬、何か、魚屋と乾物屋のおかみさん同士の喧嘩のようではありますが。
だいたい、レスターにあれだけ「恭順のフリだけして下さい」と念を押されていたにもかかわらず、マリアのキレるのが早過ぎです。研ぎ澄ました言葉の刃でもってエリザベッタをめった突きにする快感を待ちきれなかったかのよう。そして、激しいストレッタ「行け、狂女よ」、吹っ切ったマリアの至福と吹っ切らされたエリザベッタの痛み、荒々しいタッチはこれまでのドニゼッティとはひと味違う血生臭い修羅場です。
「たった一瞬の勝利が私の全ての苦しみを償って余りある」、一瞬の勝利とはエリザベッタの目の前でレスターを奪ってみせること、しかし、お陰で当のレスターのマリア救出策はあっさりボツ、女の意地とプライドは、時に命の残り時間などどうでもよいとあっさり踏み潰してしまうのです、まして、男など。
第三幕 『我が終わりに我が始めあり』
ウェストミンスター宮殿の回廊、執務机を前にするエリザベッタ、その傍らにはセシル。まだ遅らせるおつもりですか?陛下を侮辱した者を生かしておかれるのですか?問い詰めるセシルにエリザベッタが答えます、いったい誰が決断の結果が引き起こす不当な非難から私を守ってくれると?神が、イングランドが、全世界がです!ストゥアルダ様の罪状は知れ渡っております。あの傲慢な女は己の勝利に酔っていた、あの女は私から平安を奪ったわ。彼女がこの世にある限り、陛下に平安は訪れません。
決めました、死ぬがいい、処刑の命令書に署名すべくエリザベッタはペンを取ります。・・・あの命を絶ってしまいたい、しかし、この手が止まってしまう、神よ、この迷う心にお力を与え給え。なぜに突然そのお手を止められるのか?彼女の無礼に対しイングランドの民は復讐を望んでおります、列国の王たちもこれを許されるでしょう、ご署名を!宜しい・・・、なお躊躇うエリザベッタの手、しかし、レスターの姿を認めた途端にその手は素早く署名をしてしまうのです。
あの女には死が近づいているわ、何と・・・、それは、まさか、処刑の命令書ですか?そうよ、無実の人を処刑されると?まだ言うのですか、レスター!あぁ、お慈悲です、どうか私の願いをお聞き届けに、さもなくばその罪を私に!陛下は何事も思うがままにできるお方ゆえ!すがるレスターにセシルが応えます、陛下、この者の言葉をお聞きなさりますな!そして、エリザベッタが突き放します、そなたの願いは無駄です、あの女の流す血が私の権力に自由を取り戻してくれるのです。
レスター伯、そなたに処刑の立ち会いを命じます、そなたの愛する女は三度大砲が鳴った時、死なねばなりません、・・・陛下はそれをお望みなのですか?お黙り!立ち去るがよい、無価値な男、その顔に恐怖が見える、あの女が死んだ時に備えてそなたの愛情の墓の用意をするがいい。参りましょう、陛下のお顔には怒りしか見えません、私はあの方に心の支えを見出しましょう、行け!無価値な男!陛下、セシルがエリザベッタに囁きます、晴れ晴れとなさいませ、今日は陛下にとって、イングランドにとって最も良き日です。
ファザリンゲイ城のマリアの部屋、私はチューダーの血筋ではないというの?何という卑劣なことを!レスターはどうなるの・・・、私は全ての人を不幸にしてしまう!命令書を手にしたセシルとタルボットが登場、貴女のこの世の最後の日を告げに参りました。もうよい、退って、タルボット殿、貴方はここに。僧侶をお望みですか?尋ねるセシルにマリアが答えます、お断りします、私はあなた方にとって異端者ですから。タルボット、私を慰めて、私の魂を救って、私は怖いのです・・・、レスターは?陛下のご命令で貴女様の処刑の立会人を。可哀想なレスター、そしてあの暴君は小躍りするのね?スコットランドからも王座からもカトリックからも離れて、この地に平安を求めたのに、私が見出したのは牢獄。神は全てに慰めを・・・、やめて、タルボット!夫であったアリーゴの亡霊が墓から呼び起こされて、見えますか?血の気の失せたリッチオがそこに・・・。
お気を確かに!この世の全ての執着から離れて清らかな心を持って処刑台へお行き下さい、ええ、私の数々の過ちを涙と血で洗い流しましょう、全てはここに置いて参りましょう、バラ色の日々、恋のために私は罪を犯しました、私は夫を憎みました、アリーゴ、私のために死んでしまったわ、彼の声がまだこの心に響いている、あなた、私の涙で報われたでしょう?
もう一つの罪のためにもお祈り下さい、もう一つの罪?バビントンの件です、黙って!それは誤解です!神は全てを見ておられますぞ、死に当たって誓います、私は偽りは言いません!
満ち足りた心でこの部屋をお出ましになり、苦しみに満ちた生涯から神の御許へ参られますように。私の命の光が消えようとしています、この長い苦しみがようやく終わります・・・。無実のままで?無実のままで死にましょう、タルボットが掲げる十字架に導かれ、マリアは大広間に向かいます。
城の大広間、マリアの侍女たちが祈ります。首切り台、斧、人々が震えている、何という光景、何という恐怖、女王様の非業の死はイングランドにとって永遠の不名誉と恥辱となろう・・・、アンナ!我が女王様は?こちらにおいでになります、皆の悲しみで女王様の悲しみを深めてはなりません、お静かに。
黒いドレスをまとってマリア登場、お別れでございますね?より良い世界に参ります、私の心は満ち足りております、お願いですから、泣かないで、アンナ、ここに残って、このハンカチで、私の目から光が永遠に消えたならその目を覆ってほしいの、さぁ、慈悲深き神に最後に祈りましょう。神よ・・・!この祈りを聞き届け給え、その許しの翼の影に私を迎え給え、この心には外に隠れるところがないのです・・・。泣かないで、天が私を助けて下さるわ、神よ、永遠の愛で育み給え、御恵み深き神は貴女様を許されました。
大砲の音が響き、広間の奥に通じる扉が開かれます。セシル登場、女王陛下は最後のお望みを叶えるようにと仰せです。では、アンナを伴わせて下さい、それからもう一つ、今死のうとしている心は、私を侮辱し死を命じた人を許したとお伝え下さい、そして、彼女に幸せにと、イングランドのためにその生涯に神のご加護を、全てはこの私の血で洗い流しましょう。セシルが呟きます、我々に平安が戻ってくる・・・。
レスター登場、マリア、もう一度お目にかかれました、無実の罪でもはや死がそこに・・・、悲しまないで、そして、さようなら、お別れなどできません!時間です・・・、セシルがレスターを押し退けます。神を恐れよ!僕は無実の者の復讐を!やめて、貴方自身に危険が及びます。
第二の砲声が響きます。ロベルト、聞いて!もし貴方が私を救ってくれるはずの人であったならば、どうかしっかりと死ねるように私を案内して下さい、私の無実の血は激怒し給う神の怒りを静めるために流れるのです、どうかイングランドに神の罰が下りませんように、さようなら、アンナ、さようなら、ロベルト。第三の砲声が響き、マリアは処刑場に通じる扉を進みます。
イングランドの平和は守られる、王国の敵は死ぬ、両手で顔を覆うレスターの傍らでセシルが天を仰ぎます。
エリザベッタとセシルの二重唱、エリザベッタは処刑命令書に署名する決断ができません。マリアが従姉妹だからではなく、マリアが女王だからです。自分の王座を守るために他国の王の首を刎ねることは、エリザベッタにとっては両刃の剣になりかねません。即位以来ずっとその王位の正当性をローマ教会から攻撃されてきた女王、王は聖油を注がれた法の上の存在であることを誰よりも必要としているのは当人なのです。しかし、マリアの命がある限り、その血筋を利用して自分の王座を脅かす人間が次から次へと湧いてくることも女王は知っています。決断を促すセシル、躊躇うエリザベッタ、その決断がレスターの登場によって、いともあっさりと下されてしまうのです。処刑命令書に素早くペンを走らせる女王、レスターの恋するマリアを葬って彼を手に入れるため?いいえ、レスターを捨てるためのように思います。私が愛した男は、私の敵を愛した、それを私に隠すほどの技量も持たず、その女を救うほどの度胸も持たず、この期に及んでも命乞いか?そんな男など私は欲しない。「立ち去るがよい、無価値な男よ」、三重唱のエリザベッタの決めの台詞、「立ち去るがよい」、これは「死ぬがよい」よりもうんときつい言葉です。マリアが心配したように、このレスター、首が飛んでも文句の言えた義理じゃないほどマリアにのめり込んでしまい、その心には謀反すら芽生えてしまっています。しかし、エリザベッタはその男の頭を首につないだまま、自分の宮廷の片隅に置いておくことを選択するのです。女王はこの色男の伯爵に殺す価値すら認めない、つまり、レスターは女王の飼い犬には適当でも、敵にはなり得ない男と見なされたわけで、これほど冷酷で無惨で、しかし、これほど見事な男の捨て方は滅多に見られるものではありません。この台詞を最後に残して女王は舞台から去ります。決断は為された、女王は死者には用はないのだと宣言するかのように。
そして、そこから幕が下りるまで、女王暗殺未遂事件、即ち政治では無罪、しかし、夫であったアリーゴの死、即ち愛憎では有罪、だから死んでいくというマリアを中心軸にして、ドラマは同じところで回転するのみ。
「無実ですとも、誓います、それでも死に赴くのです」、マリアは、イングランドの王位を狙ってエリザベッタの暗殺に与したことは決してないとしながら、愛人と結婚するためにスコットランドの王座を分け合う夫を殺したことをあっさりと認めてしまっております。王冠を戴くことの「重さ」をマリアは最後まで理解できません。生まれた時から載っていたので、その重さを感じたことがないのかも知れません。そして、マリアは、時に王冠は、自分が載っている頭が役立たずだと苛立って、その頭をあっさりと切り落とすことがあるのだということも知りません。
この第三幕で強調されるのは、権力闘争の敗者としてはなく、カトリック復活のための人柱としてでもなく、ただ愛ゆえに死んでいく愚かな女の、そんな女への愛ゆえに涙する「無価値な男」の、そしてそんな二人を無条件に愛おしむ人々の、予め決められていた悲嘆と無自覚の虚無です。『政治においてはつねに、ゆるやかなしぶとさが奔放な力に、考えぬかれた計画が即興的な飛躍に、リアリズムがロマンティシズムに勝つ』(ツヴァイク)、ドニゼッティはいつになく甘さ控えめ、激しい旋律と切迫したリズムを駆使して、その愚かさを賛美するのです。ドニゼッティ、彼には、なぜか、刹那の輝きを放ってあっという間に消えていく愚か者が似合います。
物語を締めくくるのは、リアリスト中のリアリスト、セシル、美しい夢を追う愚か者たちが去った今、醜い現実を生きる者の言葉です。「今やイングランドの平和は確実となった、王国の敵はもはや死ぬ」、王国の敵?イングランドの王位継承権を主張したマリア、彼女の後ろに控えていたフランス、しかし、セシルの心にあった敵とは、一人はレスターだったように思います。エリザベッタの寵愛に忠誠で応えることをせず、ロマンティックな恋人ではあっても冷徹な政治家にはなれない男の政治生命が終わったのです。そして、もう一人は、君主として為さねばならない決断を愛ゆえに躊躇い続けてきた女としてのエリザベッタでしょう。今、女王エリザベッタは、愛を切り捨てることで偉大なる君主への第一歩を踏み出したのです。
18年に及ぶ幽閉の最後の日々、メアリー・スチュアートは一つの言葉を刺繍に仕立ることに熱中していました、「わが終わりにわが始めあり」・・・、しかし、奇妙なことに原作を書いたシラーはこの言葉を無視しています。
メアリーが追い求めたのは、この世の王座、この世の男、この世の恋、それらが全て目の前から消えた時に初めてあの世に思いを至らせ、悪魔がしゃぶり尽くした後の抜け殻の魂を神に捧げる、詩人の視線は刹那の恋に生きた女の最後の「きれいごと」を見抜いたのかも知れません。
メアリー・スチュアートとエリザベス・チューダー、二人の女王の肖像画を見比べると興味深いです。勿論、メアリーの場合、25歳以降は全く表舞台には登場せず、次に登場した時には処刑の場ということで、エリザベスのものに比べれば枚数も出来具合も見劣りはします。しかし、そこには対照的な二人の女性の生き方が真っ直ぐに表れています。
肖像画のメアリーが纏うのは、装飾よりも生地の質感を生かしたドレス、特に白を好んだようですが、そのスッキリとしたデザインはスポーツで鍛えた長身に良く映え、何よりもその衣装の下の肉体の温かさと柔らかさを感じさせます。対してエリザベス、レースをたっぷり使った凝ったデザインの色とりどりのドレス、金や真珠、あらゆる宝石が縫い込まれ、ドレスというより建築物と呼びたい装い、近づき難い威厳が感じられます。言い換えれば、メアリーの装いは、愛する男と二人っきりになった時に美しく官能的な自分を「見せつける」ための「女の装い」であり、エリザベスの装いは、遠くから我らが女王を見つめる民衆に対してイングランドの力を「誇示する」ための「権力者の装い」でしょう。
生まれながらの女王であったメアリーは、常にどうしようもなく一人の女であり続けました、眩いほどの愚かさをもって。そして、いくつもの修羅場を生き抜いて女王となったエリザベスは、常に女王であろうと努力し続けました、どんな男も及ばぬ勇気と克己をもって。
エリザベスは、プロテスタント信仰を掲げるイングランドを聖母マリアに代わる「処女女王」として導き、大国に育て上げました。しかし、輝かしきイングランドの王冠を譲る世継ぎが女王にはいませんでした。1603年、エリザベス死去、その王冠は、メアリーがスコットランドに残してきた一人息子ジェームズに引き継がれます。スコットランド王ジェームズ6世はイングランド王ジェームズ1世となり、その血筋は現在のエリザベス2世にまで受け継がれています。
ウェストミンスター寺院の地下で、その生涯を通じてただ一度も会うことのなかった二人の女王は今、並んで眠っています。
お勧め盤といきたいのですが、私、あまり数を聞いていなくて・・・、ソプラノ二人の四つ相撲、決定打はなかなか出にくいであろう作品です。録音では、1989年のミュンヘン放送管弦楽団、指揮はパタネ、マリアをエディタ・グルベローヴァ、エリザベッタをアグネス・バルツァ、レスター伯をフランシスコ・アライサ、セシルをシモーネ・アライモ。グルベローヴァ対バルツァの重量級対決、完璧な技術力のグルベに重厚な表現力のバルツァ、聞き応え充分です。そして、アライサは、女王に愛され、女王を愛する男の「存在することの本来的な哀しみ」みたいなものを知的に浮き上がらせております。アライモはちと力に流されすぎのような気もしますが、楽しめる一枚です。映像ですと、ドニゼッティの故郷ベルガモ、その名もドニゼッティ劇場の2001年公演、カルメラ・レミージョのマリアとソニア・ガナッシのエリザベッタ、指揮はファブリツィオ・カルミナーティ、何か全員して少々力みすぎという感もありますが、すごく丁寧に、そして真面目に一生懸命、愛情たっぷりに作られている感じ、気持ちの良い出来映えです。
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