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Leafプッチーニ 「修道女アンジェリカ」 (2007年11月1日〜2007年12月22日の日記より)


キリストの花嫁

   わたしが行きたいと思ったのは
   泉の湧いて尽きないところ
   膚刺すあられも横ざまに吹かず
   一本 二本 百合の花咲く野辺の原

   わたしが留まりたいと望んだのは
   嵐吹いてもとどかぬところ
   みどりのうねり港に黙し
   外海の高波も遠くはるかに及ばぬところ

 ホプキンスの詩集「天の港」の中の「一修道女、修道院に入る」(安田章一郎・緒方登摩訳)に描かれているのは、偶然に生を受けた世界に別れを告げ、神と自己が一体となる「かくあるべき世界」で生き、そして死ぬために、手にしたもの全てを捨てて、「私にヴェールと一足のサンダルと部屋を」(修道女になりたい)と願う女の姿です。
 ベネディクトゥスがモンテ・カッシーノに修道院を開き、彼に大きな影響を受けたスコラスチカがその会則に従って女子修道院を開いた6世紀以来、何人の女が現世の自分を葬り去り、神の花嫁として生きるために、修道院の高い塀の中に消えていったことでしょう。

 「何を求める?我が娘よ」「神の恩恵と聖なる修道服を」、彼女たちの「夫」となる神は、彼女の全てを求め、そして何一つ与えません。そう、その結婚には、愛の言葉も、将来の夢も、幸福の約束もないのです。なぜならば、唯一にして完璧な存在である彼女の「夫」は希望も願いも持たないからです。彼が持つのは意思のみ。

 「神が貴女において始められたことは、神、ご自身を完全なものとされるであろう」、司祭によって祝福を受けた花嫁は、ずっしりと重たい修道服を身に纏い、跪きます。「受け取りなさい、聖なるヴェールを」、彼女自ら鋏を握って髪を刈り取ったその頭に、分厚い白絹のヴェールが乗せられます。「これにより貴女は世俗の世界を嫌悪してきたことを知らされ、そして貴女をイエス・キリストの花嫁として永遠に捧げたことを知らされるだろう」。この瞬間、彼女は「私」ではなくなり「私たち」の一部となります。
 こうして、これまで生きてきた世界を捨て、そこで育まれた自己を捨てた彼女は、修道院の高い壁の中で、「私は自身を粉になるまですり潰す。それで神の御意志が適うならば」、これまでの自己を解体し、しかし、それに代わる新しい自己を持つことを拒み、神の意思の一部としての祈りと奉仕の一生を過ごすのです。

 「主は私たちに道を示される。私たちはその道を進もう」(イザヤ書)、今日、道は無数にあると言っていいでしょう。職業の自由は当たり前のこと、自己実現のための手段とチャンスは誰にでもある、さっと手を伸ばせば良いし、それをためらったところで次の手段もある、そして成功しなかったからといって、その言い訳のネタだっていくらでもある。人生が長くなったから、やり直しのチャンスは生きていれば結構何度か巡ってくる。

 かつて、世界は小さくて、人生は単純でした。生きていく上での選択肢は格段に少なかった。世界は、白と黒、あっちとこっち、表と裏、きっちり2分割されておりました。人は、自分で生きていける大人と自分では生きていけない子供しかいなかった、思春期とか青春とか、そんなモラトリアムはどこにもありませんでした。現世は、勝って生き残るか、負けて死んでいくか、それしかありませんでした。一度は失敗したけどリセットしてもう一回やり直しを、というほどには人生は長くなかったのです。
 そして、そんな世界の精神面を一手に引き受けていたローマ教会は、その複雑な頭脳を駆使して単純な精神を賛美し、奨励しました。「神の羊飼い」である聖ペテロの後継者たちにとっては、「神の子羊」らは単純な方が扱いやすいに決まっています。彼らによれば、この世には、天国行きの善人と地獄墜ちの悪人しかいない。天国がどんなところか誰も知りませんが、地獄を見てきた人は1人もいませんが、知らないもの、見えないものが一番怖いのが人間という生き物です。当時のローマ教会の善悪の判断基準は、聖書に照らして良いか悪いかそれだけ、教会の掟に背いているけど実は良い人とか、神に祝福されていながら中身は悪党とか、そんなややっこしい人間、どうしていいか分からなかったので、いないことになっていたのです。

 社会構造も単純そのものでした。貴族の子はよほどのぼんくらでない限り貴族として生き、百姓の子は鍬さえ握れれば百姓になり、乞食の子はたいていは乞食になりました。それが幸せかどうかという疑問が生ずるほどには、自我というものが育ってはいませんでした。自我というもの、近代人にとっては生きる自分そのものですが、中世の人間にとっては呪われたアタマに生まれるろくでもない雑音でしかなかったのです。

 さらに、自前で百姓なり乞食なりをやっていける男と違って、当時の女には、「百姓の妻」「乞食の妻」という生き方しかありませんでした。女は結婚しなければ意味がなかったのです。それでも、下々はかなり自由でした。相続する領地も財産もないのですから、適当にくっついたり別れたりしても懐には関係ない、ゼロはいくら足しても何度掛けてもゼロ、これって情けないみたいですが、実際の人生では結構強いんです。しかし、そうはお気楽に行かないのが、高貴なご身分の方々でした。彼らの肩には、一族の運命とその領地に生きる人々の人生が乗っかっておりました。

 近代以前、ヨーロッパの貴族や王族にとって我が子の結婚は政治の一部、跡取り以外の子供たちを如何に効率よく最大の見返りを得られるように片付けるか、これこそが親の主たる業務でした。甘味のある結婚が無理ならば、次善の手段を講じなければなりません。男の子なら、オツムの出来がよろしければ、将来の大司教、枢機卿、ひょっとして教皇もあり?の神学校、オツム空っぽでも腕っ節が強ければ、将来の傭兵隊長、そのままクーデター起こして君主狙いも可能な軍隊、どっちもダメならトロそうな家付き娘とその親を丸め込んで田舎貴族で良しとせにゃ、選択肢はいくつかありました。
 問題は娘です。当時、貴族の娘は持参金なしには結婚できなかった、そして、高額の持参金を持たせてまで甘味のない結婚をさせてやるほど太っ腹の親は、残念ながら滅多におりませんでした。また、野心剥き出しのお隣さんから是非息子の嫁にと望まれでもすれば、緊急避難させないことにはお家が危ない。あるいは、総領がちっとばかり鈍な場合、娘の連れ合いが切れ者というのも将来のお家騒動の元。そんなこんなの事情で適当な結婚相手の見つからない娘を持った貴族にとって、僅かな寄進をすれば世間体よろしく娘を引き取ってくれる修道院は、実に有り難いところでした。
 そして首尾よく結婚が出来た娘にしても、その結婚は政策の一つですから、当然に政局が変われば結婚の事情も変わります。しかし、ローマ教会は表向き離婚は認めません。そんな時代、失敗した結婚の後始末をしてくれるのも修道院しかありませんでした。
 勿論、自らの意志で神に一生を捧げようと尼僧になった女も多くいたでしょう。しかし、泣く泣く、嫌々、あるいは無理矢理、尼僧になった女だって数では負けていませんでした。
 修道院に行き着いたのは、親の持参金節約、あるいは離婚訴訟の消耗戦の果て、あるいは権力者を巡る女の戦いの敗戦処理の結果、神様なんぞ死ぬとき以外に用はない、用があるのは現世の男と権力のみ、キリストの花嫁の中にそんな女たちが多数いたことは事実なわけで、そのせいか、修道院のスキャンダルは絶えることがなく、常に教皇庁の頭痛の種でもありました。

 そして、17世紀も終わろうかという頃、イタリアのとある修道院、ここに一人の女がおります。「他の人があなたに帯を結びつけ、行きたくないところへ連れて行くであろう」(ヨハネ書)、復活したイエスが初代ローマ教皇となるペテロに与えた容赦ない言葉、愛する者との絆を断ち切って、神に捧げてしまって自分のものではなくなった人生を、人はどう生きるのか?懸命に祈る女、彼女の名はアンジェリカ。

参考文献:カレン・アームストロング著 たかもりゆか訳 「狭き門を通って」


哀れな母よ、安かれ、マリアよ

 17世紀も末、イタリア中部の女子修道院、5月の夕暮れ、

 めでたし、マリア、恵みに満てる者、主は汝と共におわす・・・、礼拝堂からは夕べの祈りの声が聞こえてきます。礼拝に遅刻してしまった尼僧たちが加わって、祈りは続きます、汝の胎の実、イエス・キリストも祝福されたもう・・・、我ら罪深き者のために祈りたまえ・・・。

 罪深いシスター方、修女長の小言、貴女方はまた遅刻、シスター・アンジェリカはその罪を悔いておいでですが、貴女方は不注意が過ぎます!礼拝に遅れた方々は、地にひれ伏して地に20回の口づけをなさい、心をこめたお祈りを、苦しむ人、悩める人、そして過ちを犯した人のために。二人の尼僧が地に伏して祈ります、主イエス、愛の花婿、我が御心に適いますように。
 シスター・ルチルラ、糸紡ぎにお戻りなさい、夕べの合唱の合間に笑ったりしたからですよ、シスター・オスミーナ、あなたは袖に薔薇の花を隠していましたね、違います!違いません、聖母は見ておられます、お部屋にお戻りなさい。
 さて、皆さん、主の思し召しによる休憩をとりましょう。

 修道院のあちこちに思い思いに散った尼僧たち、アンジェリカは一人庭の片隅で草花に水を注ぎます。

 ねぇ、シスター方、ジェノヴィエッファが陽気に呼びかけます。太陽が中庭に差し込んで、ほら、ご覧なさい、あの新緑を!三つの夕べの奇蹟が始まるわ、ほら、黄金の泉!もうじき、泉が金色に輝くわ!五月、聖母様の微笑みの季節、感謝をささげましょう!
 マザー、一人の尼僧が修練長に尋ねます、聖母様のいかなる恵みがシスター方を喜ばせますの?一年に三つの夕べにだけ、陽の光が差し込んで泉を黄金に変えるのです。それ以外の夕べは?太陽は未だ高いか、既に沈んだか・・・。
 そういえば、もう一年が過ぎたのですね、一人のシスターが亡くなってから。皆さん、黄金の水を汲んでビアンカ・ローズさんのお墓に注いで上げましょう、そうしましょう!死の世界に花は開きません、聖母様の御手の中で欲望が萌すその前に、聖母様はそれを叶えてくださるわ、死は生を美しくする・・・、アンジェリカの言葉に口々に異論を唱える尼僧たち、私たちには欲望を抱くことは許されません、罪のない欲望さえ?ありません、私にもありません!私にはあるわとジェノヴィエッファ、懺悔します、私は羊飼いでした、だからもう一度可愛い子羊に触れてみたい!ならば私にも、ドルチーナが声を上げます、貴女の願いなら知っているわ、美味しいもの!一斉にからかう尼僧たち。
 アンジェリーナ、貴女の願いは?・・・ないわ、ええ、ないわ!イエス様、アンジェリーナは偽りを言いました・・・、私たちは知っている、彼女の大きな願いを。7年も待ち続けている家族からの知らせ、何でも彼女は貴族だったとか、公爵夫人だったとか、なぜここに?何の罰かしら、訳を知っている?

 シスター・アンジェリカ!一人の尼僧が走りよります。シスター・キアラが薔薇の手入れをなさっていて蜂に刺されました!どうか痛みを鎮めて差し上げて!アンジェリカは手早く薬草を摘みます、シスター・アンジェリカはいつも作り方をご存知ね。これはカレンツォーラ、これをミルクで漉して傷を湿して下さい、それからこれを煎じてね、そして、何でもないことで悲しまないようにと、悲しめば痛みが増すばかり。

 托鉢に出ていた尼僧たちが帰ってきます。今宵の御恵みは、油の袋、ハシバミの実、胡桃、小麦粉、チーズ、それから卵にバター、これは貴女に、シスター食いしん坊さん!すぐりね、頂きましょう!ところで、談話室にお見えの方はどなた?門の前には立派な四輪馬車が、きっとどなたか曰くのある方ね。シスター、馬車の紋章は?アンジェリーナが問い質します。見て、彼女は真っ青、今は真っ赤、お気の毒に、ご家族だと良いのに・・・。

 来客を告げる鐘が鳴ります。私の母だったら、私の従姉妹かも、聖母様、私に微笑を・・・、貴女にきっと良いことがありますわ、アンジェリカを慰めるジェノヴィエッファ。シスター・アンジェリカ!修道院長の呼ぶ声、マザー、どなたが?私は償いながら7年待ちました!貴女に会いにお見えです、伯母上の公爵夫人が、談話室でお話なさい、服従の誓いを守って、聖母様は聞いておいでですよ。聖母様、私をお守り下さい・・・。

 談話室、公爵夫人が杖をつきながら登場、アンジェリカが走り寄りその手に口づけをしますが、公爵夫人は無表情に語り始めます。あなたの父上であった公爵と母上であった公爵夫人が亡くなった時、全ての財産が私に託されました、それを然るべく分けなければなりません、この書類に署名してちょうだい。7年待ちました、どうかお慈悲を・・・、分割する理由は、公爵夫人はそのまま続けます。貴女の妹のアンナ・ヴィオラが結婚するのです。アンナが?小さな妹、7年が過ぎたのね、幸せだと良いのだけど、お相手は?貴女が汚した我が家の紋章を贖う方よ。母上の姉でありながら、何て冷酷なお方!何ですって、冷酷?貴女の母を引き合いに出して私を冷酷と?私は夕べに教会へ参って祈ります、ご先祖様の苦しみと涙を聞くことがどれほど辛いか、償いなさい!捧げなさい!
 私は全てを聖母様に捧げました・・・、でもたった一つ、坊やのことだけは忘れられません、私の坊や、ただ一度口づけしたきりの私の坊や、どうしております?その顔は?その眼は?どんなですの?・・・なぜ黙っておいでです?2年前に流行り病にかかって・・・手は尽くしました。・・・死んだのですか?なんてこと・・・!
 泣き崩れるアンジェリカ、公爵夫人はペンとインク壷を運ばせます。黙って書類に署名して引き下がるアンジェリカ、公爵夫人は立ち去ります。 

 すっかり暗くなった墓地、アンジェリカがひとり跪いています。母もなしに死んだのね、お前の唇は冷たくなってしまったのね、その両手で十字架を抱いてしまったのね、この母がどれほど愛しているかも知らずに!今度こそ母はお前に会えるわ、降りてきて、ほら、分かるわ、羽ばたいているのが、ここにいるのね?天国でお前に会える?私はいつ死ねるの?坊や、教えてちょうだい。尼僧たちが彼女に近づきます、シスター・アンジェリカ、聖母様は祈りを叶えて下さいます。
 アンジェリカは立ち上がります、恩寵が降りました、輝いています、見えています!私は幸せです、歌いましょう、天ではもう歌が始まっています!1人1人聖歌を口に自室へ引き取る尼僧たち。

 恩寵は降りました、アンジェリカは草を摘み、煎じ始めます。シスター・アンジェリカはいつも作り方をご存知ね・・・、毒を含んだ花たち、今こそ、私を助けてちょうだい、私の花たち、私は死にます、さようなら、シスター方、坊やが呼んでいるのです、さようなら、尊いお堂、あなたは私の祈りを聞いて下さった、天国で坊やに会います、毒草を煎じたものを飲み干すアンジェリカ。

 私・・・何をしたの?罪を犯しました!死が与えられるのですね!聖母様、お助けください、私の坊やに免じてお助けください!

 聖処女マリアよ、安かれ!聞こえる・・・、私・・・狂ったの?貞節なるマリア、安かれ!聖母様、私をお救い下さい!

 礼拝堂の扉が開き、辺りは光で満たされます。聖母様、1人の母が貴女に祈ります、どうか、私をお救い下さい!「悲しきイヴの失いしものが貴女の胎の実によって返される、天の門をお開き下さい、聖母マリアよ」、礼拝堂から子供の手を引いてマリアが現れます。

 聖なるマリアよ、安かれ、哀れな母よ、安かれ・・・、溢れ返る光の中、アンジェリカは静かに地に倒れます。

 女声しか登場しないというこの作品、世話物の巨匠、プッチーニの異色のオペラ、パリ(「ラ・ボエーム」「マノン・レスコー」)、日本(「蝶々夫人」)、新大陸アメリカ(「西部の娘」)、イタリアを舞台にした作品はローマの「トスカ」だけ、その「トスカ」も元々はフランスの戯曲でした。異国情緒溢れる舞台設定を好んだプッチーニがようやくにして故郷トスカーナを舞台に書き上げた作品は、色恋ゼロ。登場する男性は、イエスと幼児だけ。
 勿論、登場させようと思えば、アンジェリカのかつての愛人(我が子を身ごもった女を捨てざるを得なかったことを悔いて修道士となった美貌の青年貴族なんてどうでしょう?)とか、告解を聴きに訪れた際に美しいアンジェリカを目にして禁断の恋に苦悩する分別盛りの司祭様とか、憂いを帯びた年上の修道女に恋い焦がれてしまう司祭様のお供の初々しい見習い修道士とか、男女の色恋の表現については百戦錬磨のプッチーニ、たとえ舞台が修道院であろうが、ヒロインが修道女であろうが、どうにでもなったでしょうが、敢えてどうもしなかったところが清々しい。
 修道女たちが口々に捨てきれない願望を告白する場面、アンジェリカと公爵夫人の対立の場面、女声しか登場しないからこその優しさと刺々しさ、プッチーニはその両方を器用に書き分けていきます。
 そして、幕切れ、女声合唱に舞台の外からテノールとバスが加わって5部の合唱、不思議なもので、途端に満たされたという感覚がこみ上げてくる、そして厚みを増した声が歌い上げる奇蹟、音を生理的な次元で自在に使いこなすプッチーニの匠の腕はさすがです。

 しかし、この幕切れの奇蹟、旧教のイタリアでは、山ほどある奇蹟物語と較べても「クリスマス・カードのように陳腐」と一蹴され、新教の国々では「カトリック臭い」と敬遠され、興業面からすれば、女声歌手ばかり集めるキャスティングの困難さもあって、結局、三部作中、プッチーニが最も愛していたと思われるこの作品は、いつの間にか三部作から消えていってしまいました。
 作曲家の思い入れは「生まれつき虚弱な子供への父親の偏愛」とも揶揄されたわけですが、この作品、強引なオチが神学的にデタラメであること、ここから見直してみれば、意外な側面が見えるところが面白いのではないかと、私は思います。


ありふれた物語

 めでたし、マリア、汝の胎の実イエス・キリストも祝福されたもう・・・、ナザレの大工ヨセフとの婚礼を控えたマリア、彼女は救世主を生みたかったわけではありません。バタバタと飛んできた大天使ガブリエルが何やら「上から口調」で告げた言葉、婚約者のヨセフとまだ何もしていないのに子供ができたというお告げ、マリアには何のことやらさっぱり分からなかったでしょう。「主の御心のままに」、彼女はこう答えました、他に何と答えろと?こうしてマリアの胎内に宿り、この世に生まれたイエス、少々毛色の変わった息子は勝手に愛を説いて回り、いつの間にかユダヤ教の枠を飛び出し、異端者として処刑されました。我が子のそんな運命を望む母はいません。マリアにとってイエスという息子は、たまらなく愛おしい存在であると同時に、彼女の心を引き裂くおぞましい存在でもあったでしょう。

 「ルカによる福音書」には、こんな哀しい場面が登場します。

 イエスの両親、ヨセフとマリアは過越祭には毎年エルサレムへ旅をしました。イエスが12歳になったときも、両親は祭りの慣習に従って都に上りました。祭りの期間が終わって帰路についたとき、少年イエスはエルサレムに残っていましたが、両親はそれに気付きませんでした。イエスが道連れの中にいるものと思い、一日分の道のりを帰ってしまったところで息子がいないことに気付きます。両親は、親類や知人の間を捜し回りますが、息子は見つかりません。ヨセフとマリアはあれこれ尋ねつつエルサレムに引き返します。三日後、イエスが神殿で学者たちの真ん中に座り、その話を聞いたり、質問に答えたりしているところを発見します。聞いている人は皆、イエスの賢い受け答えに驚いていました。両親はイエスを見て驚き、マリアは言いました、「なぜこんなことをしてくれたのです?御覧なさい、お父さんも私も心配して捜していたのです。」。イエスはこう答えました、「どうして私を捜したのですか。私が自分の父の家にいるのは当然だということを、知らなかったのですか。」、 しかし、両親にはイエスの言葉の意味が分かりませんでした。それから、イエスは両親と一緒にナザレに帰り、何事もなかったかのような日常が続きました。マリアはこれらのことをすべてその胸に納めていました。

 イエスが自分が何のために生まれてきたのか、自分の使命を自覚した瞬間は、イエスの命がマリアの手を離れ、彼自身のものとなった瞬間、母が息子を失った瞬間でもありました。イエスの「父の家」は神殿であって、大工のヨセフのあばら屋ではない・・・、イエスは、母マリアをどれほど傷つけたか、しかし、たとえどんな人間であれ、神の愛から自由である人はいないのだと知ってしまったイエスには、それしか道がなかったのでしょう。

 聖母マリアの最後は曖昧な「伝説」でしか残っていません。使徒の一人ヨハネの元に身を寄せたマリア、我が子に先立たれた母の嘆きは何をもっても慰めることができなかったようです。マリアはそっと呟きました、あの子がいない世界に生きて何になるの?私も死んでしまいたい・・・。天使はマリアに棕櫚の枝を差し出し、三日待てと告げます。三日後、マリアがこの世での最後の息を吐き出した時、イエスが現れ、母の魂を抱いて天に昇ったと伝えられています。

 マリアはキリスト教なんぞ知ったこっちゃありませんでした。彼女は最後までユダヤ教徒でありましたし、いつの間にか手の届かないところまで行ってしまった息子が説いた世界宗教など、知らないままこの世を去ったからです。マリアが知っていたこと、それは我が子が愛おしい、無条件に愛おしい、だから、たとえどんな人間だってその母にしてみれば愛おしい、私がイエスを愛おしいと思うのと同じように愛おしい、ただそれだけ。

 マリアは非凡な息子を持った平凡な母親でした。だからこそ、人々はマリアを通してイエスに願いを託します。優しい母は誰の願いであろうと何とか叶えてやりたいと願う、なぜなら、彼らの母親も、我らの母親も、母親とは皆そういうものだからです。愛に溢れ、ただ愛しか理解できず、とことん愚かしい母に逆らえる息子が、この世に一人でもいるでしょうか?
 人が流せるだけの涙を流した後、マリアは、その命を代償としてイエスを取り返しました。母は我が子を取り返すためには、どこへでも行くのです、たとえ、天国でも地獄でも。聖母マリアと大罪を犯したアンジェリカを相似形で描く、これは、ただ一点、母という視点からのみ可能な試みです。

 男を完全に排除した脚本、子供の父すら登場しない徹底ぶりによって、等身大の母親像が立ち上がりました。男が登場すれば、女は女を作ってしまう、男の眼で見たらこういうのが女らしいに違いないという作為によって、女の「女装者」が出来上がってしまう、それではマリアとアンジェリカの二人の母親の愚かしく神々しい相似形が霞んでしまいます。

 アンジェリカは、このまま修道女として生きて天寿を全うすれば、天国で坊やに会えたのかも知れません。しかし、アンジェリカは今、この場で坊やに会いたかった、母が我が子を抱きたいと願う、この当たり前過ぎる欲求の前にあっては、キリスト教では大罪である自殺も、アンジェリカを止めることができなかった、だからこそ、聖母は現れ、奇蹟は起こったのでしょう。
 この作品がカトリックの奇蹟物語として陳腐なのは当然でしょう。作曲家が描きたかったのは神の御業ではなく母の本能だったのですから。幕切れの奇蹟の場面、音楽が平面的に流れ、起伏に乏しい。いわゆるコテコテの「プッチーニ節」になっていません。作曲家は、ただ、一人の美しくも不幸な女を救いたかっただけなのでしょう。母という、この世で最もありふれていて、この世で最も愚かしく、しかし、この世で最も高貴な存在を。

 プッチーニの作品にはいつも「母性」が感じられます。
 「トスカ」、フローリアは、愛する男の命を救うためにその手で人を殺します。「ラ・ボエーム」、デタラメなその日暮らしを繰り広げる屋根裏の「天才」たちも、オヤジたちを華麗に手玉に取るムゼッタも、不器用で切ないミミとロドルフォには無条件に優しかった。「トゥーランドット」、愛するカラフの恋の成就のために、リューは命を差し出しました。「蝶々夫人」、男に裏切られた蝶々さんは、その男の形見である坊やを彼に託しはしましたが、それをした自分を許しはしませんでした。

 5歳で父を亡くした作曲家、プッチーニにとっての家族とは母でした。私は彼の作品を聴くといつも、女性に大切にされて育った男に特有の優美さと暖かさ、そして、いささかの怠惰と傲慢を感じるのです。

 プッチーニの2歳年上の姉イジーニアは修道女でした。ボルゴペラゴの修道院長であった姉、たまに会うにも司教の特別許可が必要だった姉、そして、オルガンが上手で音楽を愛した姉、彼女から聞く修道女たちの日常生活、静謐な日常の奥に隠された苦悩や秘密、ひっそりと己を閉じ込めて生きている彼女たちの、分厚い修道服の下に隠されている滑らかで暖かい生身の女性としての姿、作曲家はそれを感じ取り、旋律にした、プッチーニはそれが出来る男だったのです。

 アンジェリカと呼ばれる植物があります。セリ科の植物である西洋当帰、クリスマスケーキの上に薄くスライスされて葉っぱの形で乗っている緑色のほろ苦い植物の茎の砂糖煮、あれがアンジェリカです。西欧では古来、悪魔を退け、病を癒すと信じられてきました。別名を「天使のハーブ」とも言います。
 今年のクリスマスケーキ、真っ白い生クリームの上にも、このアンジェリカの砂糖煮はきっと乗っているのでしょうね。

 お勧め盤と行きたいのですが、私は一つしか聴いたことがありません。マゼール指揮、アンジェリカをレナータ・スコット、公爵夫人をマリリン・ホーン、ジェノヴィエッファをイレーナ・コトルバス、豪華な顔ぶれです。女声陣が全員、透明感のある声、苦悩よりも救済に重点がある分、ラストの奇蹟の場面にこじつけ感がありません。台本を忘れて耳を傾ければ、プッチーニ本来の優雅さが感じられる録音です。



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