最後の植民地
1979年4月新潮社

ブノワット・グルー著、有吉さんとカトリーヌ・カドゥの共訳の評論である。
テーマは「女性差別」。「最後の植民地」とは、女性のことなのだ!

感想
 この本には、女性差別全般についての考察が詳しく述べられている。長い間、女性は虐げられ続けてきた。それは知っていたつもりだったが、これほどまでに残酷な仕打ちをつい最近まで、地域によっては現在も、受け続けていることに衝撃を受けた。古今東西の著名人が、その著書や演説で女性を貶めていることが、数多くの例を用いて論証されている。
 著者がフランス人なので、かの地における差別の実態が必然的に多くなっている。日本より欧米の方が差別が厳しいとはおぼろげには認識していたものの、フランスで、これほどまでにひどいとは思っていなかったので驚いてしまった。
 比喩が多い文体は、ちょっととっつきにくいもので読み進むのが困難であった。現在でも、男女は平等ではないし、女性差別は根強いものであるが、さほど困っていないものだから、途中で読むのを止めようかと思ってしまったほど。しかし、有吉さん自身によるあとがきを読んで、その思い入れの深いことを知り、なんとか読了にこぎつけた!
 我慢に我慢を重ねて読み進み、最初に引き込まれたのは、女子の割礼の話である。現在では女性性器切除と言うそうだが、そのむごたらしさと言ったら、筆舌に尽くしがたい!どうしてこんなひどいことができるのか、考えられない。現在でも行われている地域は少なくないそうだ。私が初めて女子にも割礼を行うことを知ったのは、昨年読んだ『砂漠の女ディリー』であった。この著者は女子割礼の被害者なのである。「女子に割礼なんて、いったいどこの部分を切るのだろう?」と思っていたら、すべて切ってしまうなんて!こうした残酷な習慣は、広く世の中に知られ、一刻も早く根絶されることを願って止まない。
 女子割礼に付随して、何と言うのだったか、女性の唇に皿を入れて下唇を大きくする習慣を持つ部族や、首に輪をはめて首を長くする部族のことにも触れられている。変わった習慣だと面白がって見ていたら、なんとこの習慣も女性差別の現われだったのだと知らされた。他の部族の男に、自分の部族の女を取られないようにするため、わざと見た目を変に変えさせられているのだった。こういうことを習慣だからと維持させるのは間違っていると思う。
 ヨーロッパやアフリカに較べると、わが東アジアはまだだいぶマシなような感じがする。しかし、これは単に著者がこの地域に詳しくないから言及していない為かもしれない。私が知っているところでは、中国の纏足くらいしか思いつかない。韓国なども差別は厳しいようだが、顔や身体を変えられるような習慣は聞いたことがないように思う。日本についても、やはりないだろう。既婚女性が昔、眉を剃ったり、鉄漿をつけたり、髪型を変えさせられたりしたことはあっても、女子割礼なんてことに較べたら、天国と地獄くらい差がある。
 さてこのようなとんでもない女性差別の実態に衝撃を受けつつ読んでいくと、終盤、我等女性自身がこの差別を手助けしているのだという、さらに衝撃的な事実を突きつけられる。女は愚かで取るに足らない者であり、ただ生殖の道具と、男性の性欲の捌け口としてのみ役立てられる。そういう立場に自らを追い込んでいるのは、あろうことか女性自身なのであった。
 なんということだろう。女性は自らの植民地化を、相も変わらず推し進めているのだ。差別を受けていることを喜ぶ女性はいないだろう。真に平等な世の中を目指すには、男性ではなく、女性の努力が必要なのだと知った。正に「目から鱗」の一書であった。
 要約は難しいので、印象的な部分の抜粋としたい。
本文より抜粋
まえがきより、この本で書こうとしていることについて。

・・・戦う女たちを忌み嫌う女性でさえ、女性解放運動の恩恵に浴している。私は彼女たちにそのことを知ってもらいたいし、感じてもらいたい。なぜなら私が書きたいと思っているのは友情の本、いやむしろ、いまだに存在していないものについての本、辞書にさえ載っていないような、もし呼ぶとするならば《女性の友情》と呼ぶべき、ある感情と言葉の本だからである。


第1章 果てしない隷属

要するに私たちは、これまでの女であることから立ち直らなければならない。私たちは女に生まれたのではなくて、男の世界の中で、女として育てられ、男の目で、私たちの人生の一段一段を、一齣一齣を生きてきた。それを直さなければならない。私たちが立ち直るには、男の本を読み続け、何世紀にも渉って女の幸福と称して、彼らが言ってきたことを聞き続けることでは駄目だ。・・・・・男の手先となり、同性への裏切り者となり果て、自分自身の真実と利益を忘れて、男性の側の真実と利益に仕えることに、私たちはもううんざりし初めていると言えるのではないか。


第2章 編物庁次官として

男はその尊厳と保障を職業から得る。女はそのいずれをも結婚で得ることができる。《フランス、ジャン・フォワイエ法務大臣、1973年2月》」
ところで、我国では、かつてド・ゴール大統領が、女性の地位改善大臣の創設を提言した国会議員に向かって、次のように訊いたものだ。「女を大臣にだと。編物庁次官ではまずいかね」


第3章 だが、雑巾は燃えにくい


第4章 お×××への憎しみ

ところで、貴女がたは、イエメンで、サウジアラビアで、エチオピアで、いまだに《小さい娘》の切除手術が行われていることを知っていますか。エジプトでは、キファドと呼ばれている儀式で、田舎ではすべての少女に、また都会では大部分の少女に、現在でもその切除手術が行われている。・・・・・
 ギニア、イラク、ヨルダン、シリア、象牙海岸、及びニジェールのドゴン族の間では、それがしばしば行われ、他の多くのアフリカの部族の間では、それが義務であることを貴女がたは知っていますか。
 自由文明を謳歌するあのエジプトで発掘された、女性のミイラのクリトリスはすべてえぐりとられていたことを、貴女がたは知っていますか。もちろん、ツタンカーメンの美しい妻、ネフェルティティも、クレオパトラも例外ではない。・・・・・
 スーダン、ソマリア・・・・・彼らの妻が夫以外の男と性交するのを防止するために完璧を期そうと、おそらく、クリトリス切除手術だけでは不十分と思われたのだろう、まことに珍奇な陰部封鎖手術が行われている。・・・・・施術女は、切開にあたっては十分に研ぎ澄まされているはずの鍵型のナイフか剃刀を用い、クリトリスのぶよぶよしている海綿体を、小陰唇に沿って手術する。すぐ傍にある尿道や、会陰をナイフで傷つけないよう、手術は細心に行われる筈である。が、実のところ、術後の手当てには、動物の排泄物を練った膏薬が一番いいと、手術婆は言う。破傷風や、尿毒症、敗血症が頻繁に起こるということを理解するために医学の勉強などしなくても分かるだろう。生き残った会陰は弾力性を失い、硬化症の因となり、出産の時は裂傷を引き起こす。・・・・・
 後は、新婚の夜に夫の目の前で、処女の保障となっていた膜が切られるばかりである。新婦は一般に12歳から15歳であるが、その少女たちの股が剃刀で切り開かれ、その後に夫が通過するというわけだ。そして夫には、新婦の傷口がいつの間にか塞がってしまうのを避けるために、結婚当初は日に何度も夫としての権利を行使することが勧められる。最初の出産の際にも、瘢痕性の瘤のように固くなった大陰唇は、ナイフで切り開かれなければならないであろう。このような拷問を受ける者にとって、愛の営みとは何であろう。容易に想像がつく。
 しかも、これですべてが免除されたというわけではないのだ。出産の後や、長期の旅行の際には、夫の要請で縫合手術が再び行われる!


第5章 母は聖女でした!

・・・・・《きわだって抑圧的な、封建的規制から、二十世紀の女性の充実した生へと移行した日本における女性解放の歴史》は、その大部分が日本の女性誌の業績であった。これらの雑誌の創刊は、《1920年頃推し進められた、若い女性たちに梅毒の夫を拒否する権利を獲得するための運動》に由来する。(訳者注---大正十年、平塚らいてう女史が先頭を切って、《花柳病患者との拒婚運動》が推進された。新婦人協会の機関誌や、「青鞜」など、日本女性運動の黄金期のことである。世界史の中で、これほど高く位置づけられていることに、日本の女性は、誇りをもって自覚する必要があるだろう)

「母ですか。そう聖女でした」最近のあるインタビューの席で、アメリカの前大統領ニクソンは述べたものである。キリストを初めとし、どれほど多くの息子たちが、あらゆる年代を通じて、悔恨の色も無しにこの言葉を口にしてきたことだろう。もう少し頭のいい、思いやりのある男たちは、私の気の毒な母、と明言するのに。


第6章 暦もハーモニカもなく

女性の機能を蔑視するために試みられたすべてのものの中で、最も悲しむべき、最低の傑作は、分娩に関する歴史である。・・・・・古代社会で行われていたこととは反対に、助産婦には、どんな専門知識も必要とされなかった。そんな助産婦たちが何世紀にも渡って、産婦に付き添う唯一の人間だった。・・・出産は男たちにとって、考えるのもけがらわしかったのだ。・・・・・問題のない誕生でさえも・・・怖ろしい試練であることが多かった。というのも・・・産婆は臨産婦のスカートの下で、手探りで作業をしなければならなかった。・・・・・分娩がひどく長引いたときの唯一の解決法は《細分》と呼ばれていた。それは器用さと、もの凄い力が必要とされる恐怖の手術であった。子供は子宮内部で細切れにされ、さまざまの鉤でかき出された。・・・・・もっと不幸なことに、厳格な規制によって、教会が出産の危険を一層深刻なものにした。教会は妊産婦を、母親の命よりもさらに大切な、新しい生命の単なる受託人としてみなすことを強要した。その結果、・・・生きた子供を取り出すために、母親の子宮を切り開くことを要請した。帝王切開を行うには、助産婦は余りにも無力であったので、それが母親にとっての死刑の判決に等しかったにもかかわらず、宗教会議や、司教区会議はこうした処方を繰り返し喚起した。・・・・・生き残った女性はいなかった。みんな、死んだのだ。


第7章 真夜中のホテルマン


第8章 紅くて、それから愉しくて


第9章 蛇口の問題

以下は《差別的育児の圧力》という研究論文だが、その内容には驚くべきものがある。「男子と女子を持つ母親を例にとると、女の子を持つ母親の三十四パーセントが授乳をしない理由をごちゃごちゃ言っている。一方、男の子を持つ母親の九十九パーセントが授乳をしている。授乳時間は例外なく男子に対する方が長く、生後二ヵ月で、女子の二十五分に対し、男子には四十五分の授乳時間が割かれている」・・・『幼児教育心理学』などによれば、・・・「女子にあっては多くの場合非常に稀であり男子にあっては極めて顕著なものとして現れる自分自身に対する自信と誇りは、明らかに母親が子供に対して現す肉体的愛情の多寡によるのだ」という。


第10章 二人のために世界はあるの

男の権力によって世界はこれ以上悪くなる余裕がないところまできた。人間はこれ以上失うものがあるだろうか。だから早く女性も参加しよう。女の方が自然に近くいて、子孫を潤す始原の水に近い。長い間不幸を生き抜いてきたからこそ、女には幸福の感得力があるし、少なくとも神聖とも呼び得るあの閃きを持っているのだから。
収録書籍*〜*〜*
『最後の植民地』新潮社
参考情報*〜*〜*
『砂漠の女ディリー』

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