| 香 華 |
| 1961年1〜12月「婦人公論」 |
とんでもなく不埒な母親のために楼閣へ売られ、芸者として生きることを余儀なくされた朋子の物語。
母を恨みながらも、孝行せざるを得ない朋子の切ない心情と、負けん気の強さが胸に迫る名作。
| 感想 |
| 母の郁代には、常識なんてものは通用しない。彼女にとっては苦界が天国なのだから。このとんでもない母親に始終腹を立てつつも、面白く読めるのは、ひとえに朋子の頑張る姿の潔さである。ここにも有吉文学ならではの、負けない女が描かれているのだ。 親孝行を押し付けられても困ると思うし、だいたい親としての義務すら果たしてもいない郁代であったのに、朋子の胸中には美しい母親の面影のみが残っているのはなぜか。「親不孝な子ほど可愛い」というのの逆パターンで「子不孝(?)な親ほど可愛い」のか。さまざまに考えさせられる、読み応えのある作品であった。 |
| あらすじ |
| 朋子は幼くして父を亡くし、母と祖母と共に紀州の田舎で育つ。朋子が6歳のとき、母の郁代が再嫁することになり、それを疎んで荒れ狂う祖母を見て、親不孝の恐ろしさを深く胸に刻み込む。朋子は祖母の家の跡取として残されたが、祖母も亡くなってしまったため、東京にいる母の許へ行くことに。 郁代は嫁ぎ先で安子を産むが、派手好きな彼女は田舎での閉ざされた生活に嫌気がさし、庄屋の息子である夫をそそのかして、3人で上京してしまっていたのだ。ところが母の家は貧乏で、朋子は間もなく静岡の芸者屋へ売られてしまう。 1年余り経ち、楼閣での生活に朋子が慣れた頃、九重という新しい遊女が来た。なんとそれは母の郁代であった。 そのうち、楼閣の都合で、朋子は赤坂の芸者屋へ鞍替えとなる。ここでも朋子の芸と利発な性質が主人に好まれ、神波伯爵という良い旦那にも恵まれる。身勝手な母を引き取ることに気が進まなかった朋子であったが、神波伯爵に抱かれたことで、遊女という生業の辛さが身に迫り、母を引き取ることにする。しかし引き取られた母は、娘に感謝するでもなく、朋子がいくら注意しても、女郎上がりとすぐに知れるような身なりばかりし、朋子を苛立たせる。また朋子と恋人の江崎との逢瀬も、芸者屋の主人といっしょになって邪魔立てをする始末。 ようやく芸者屋を出て1本立ちした朋子であったが、関東大震災で東京は壊滅。母と共に、しばらく紀州の家に戻る。その後、神波伯爵のお膳立てもあり、朋子は芸者を辞め、東京で小さな旅館を経営することになった。 朋子と神波伯爵の関係は相変わらず続いていたが、芸者を辞めたことで、江崎との結婚の夢に一歩近づいた気がして、朋子は懸命に働いていた。しかしある晩やって来た江崎は、朋子とは結婚ができないと言う。その理由は、母親がかつて女郎であったことだった。 間もなく神波伯爵も亡くなってしまう。二人の男と別れた虚脱感のなかで、朋子は、母ももう10年以上もそういう中で過ごしてきたのかと思う。しかし、そんな母が大阪にいる昔の使用人:八らんのもとに嫁ぐことに。朋子自身は、母親が女郎であったことで破談になってしまったのに、当の本人がまた結婚をするというのだ。朋子は腹が煮えくり返るような思いをする。 朋子は、二度と妾奉公はしたくないと決意していたが、芸者をしていた時からの付き合いである野沢に、糟糠の妻を捨てることはできないが、彼の子供を産んで欲しいと口説かれ、愛人になる。しかし、子供ができぬ間に、野沢も亡くなってしまう。 戦争で物資が不足し始めると郁代は家出をして、旅館業のため食料が豊富な朋子の許に転がり込む。やがて朋子の旅館も空襲で焼けてしまい、母子は防空壕での生活に。すると郁代はしきりと大阪にいる夫を恋しがるようになり、ようやく迎えが来るとそそくさと帰ってしまう。 朋子は孤軍奮闘し、料理屋「花ノ家」を開く。ようやく軌道に乗ってきたある日、新聞を読んでいて、昔の恋人江崎が戦犯として死刑になることを知る。無性に会いたくなった朋子は戦犯係の窓口へ通い詰め、ようやく会わせてもらうことができた。しかし彼は朋子をすぐに思い出すこともなく、面会終了後、彼の妻と挨拶を交わしたもののあっさりと退けられてしまう。その後、朋子の知らぬ間に、江崎の死刑は執行された。 一方「花ノ家」は時流に乗り、繁盛の一途。拡張工事を見回っている最中、朋子は突然倒れてしまう。緊急手術となり、万一を考えて親しい人が呼び集められるが、手術は無事成功。しかし、しばらく前から夫婦して「花ノ家」に居据わっているはずの郁代が、一度も見舞いに来ない。八らんに問い質し、郁代が亡くなったことを知る。病院に駆けつける途中の事故死であった。 八らんが、郁代のお骨を半分持って大阪へ帰った後、朋子は母の遺言通り、彼女の父であり郁代の最初の夫であった田沢の墓に骨を埋めてもらおうと、和歌山まで出向くが拒否されてしまった。朋子は義理の妹安子の息子を養子にしている。常治がいるから、自分たちのお墓をどこに作ろうときっと供養をしてくれるから良いではないか、と朋子は思う。 その晩宿泊した和歌山の旅館の女将は、朋子と飲みながら、彼女が養子に煮え湯を飲まされた話をし、自分の腹を痛めた子でなければ駄目だと泣き崩れる。それを聞いて複雑な心境の朋子の耳に、波音が遠くまた近く、高くまた低く、聞えてくるのであった。 |
| 本文より抜粋 |
*朋子が郁代に向かい半狂乱になって訴えるシーン*「結婚を、何回やったら気がすむんです。娘の私は、おかあさんが居るために結婚できなかったって云うのに」涙が湧き出し、朋子は自分が半狂乱になっているのを半ば意識しながら、本音を吐くともう一層捨て鉢になった。郁代は、そういう朋子を見たのは初めてだから、朋子の涙に眼を瞠って、言葉がない。 「江崎さんと結婚しようと思って、何年も何年も思いをかけて頑張って来たのに、軍人の女房に芸者はなれても、女郎の娘ではなれないからって、断わられたんですよ。神波の御前の妾になっていたのは、芸者の足を洗うためと、将来の独り立ちのために、私には仕方のないことだったんです。だけど、私が芸者になり、妾になりしてきたのも、元を糺せばおかあさん、あなたの所為だったんだ。おかあさんが須永の家にいて、私のお父さんとの結婚だけを守ってくれていたら、私がこんなことになっちゃいなかったんだ。おかあさんが何回も何回も結婚するもんだから、私は一度だって結婚することができなくなってしまったんです。おかあさんが、私の分まで結婚して、それで私には普通の娘の幸せなんてものがなくなってしまったんですよ。・・・」 *野沢が朋子を口説くシーン*「波奈家、一緒に旅をせんか?」「はい?」 「郷里は福岡だ。・・・お主の顔を見ていたら、連れて行きとうなった」 「結構でございますね。お連れは誰方さま方でいらっしゃいますか」 「お主だけよ」 はっとして朋子は顔をあげた。野沢はてれたように眩しい目をしたが、しかし朋子を見詰めたままで、 「波奈家は強い女だのう。儂には女房も子もあって、長年連れ添って貧乏の苦労もさせた女じゃから、好いた女がいるから別れてくれとは云えんのじゃ。糟糠の妻は堂より追わず、と云うほど大層なものでなくとも、これは男なら出来んことでのう」 「・・・・・・」 「女房になれん相手では、どうでも不足か」 「・・・・・・」 「年甲斐もなく、色町の女でもないお主を口説く柄でもないがな、十年余の長い付き合いだ。お主も儂を見たろうが、儂の方ではお主に惚れ続けて来たな。お主は気がつかんかったかもしれんが、儂はそう思うとるのだ」 「・・・・・・」 「波奈家」 「はい」 見据えている野沢の眼を、朋子も見詰めて身じろぎもしなかった。 「お主、儂の子を産んでくれんか」 |
| 収録書籍*〜*〜* |
| 『香華』中央公論社・新潮社有吉佐和子選集第1期第4巻・新潮文庫 現代の文学41『有吉佐和子集』河出書房 |
| 参考情報*〜*〜* |
| 「香華」ビデオ鑑賞の記録 |
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