『遥かな理想郷』より抜粋

『非色』をめぐって−座談会

座談会司会者=かとむ・ゆりこ
出席者=江口光子、フアリングトン・春江、ペリー・光子、山崎ふじえ、フオーレスタ・つちの(如月会会員)

解説=有吉佐和子作『非色』は一九六四年(昭和三十九年)に出版され、一九七二年までに三十五版を重ねた評判の小説である。小説の女主人公、笑子は昭和二十二年に日本で黒人の米兵と結婚し、良人の帰米、除隊後四、五年経ってから長女のメアリーを連れて渡米する戦争花嫁である。
 日本では、肉親の母親と妹をはじめ、社会の侮辱と排斥を受け、やっと辿り着いた異国の新天地に待っていた境遇も、悲惨極まるものであった。しかし、笑子は、現実的で気丈夫な、そして立派に強く生きる女であった。
 笑子は黒人が米社会でどん底生活をしているのは、皮膚の色のせいではない、即ち、非色、人間には使う人と使われる人の二種類しかなく、生活にあえぐ人間たちは、使われる人間の種類に属するのだ、というテーマと葛藤しながら、日本食堂で働いたり、ユダヤ人の大学教授の妻である、お高く優秀な日本女性のオジョウチャマの世話をしたりして、家族を養う助けとする。
 しかし、笑子は、最終的には、黒人の良人をもち、子供を持つ女として、黒人のなかで彼らと一緒に生きていく決心をする。この決心の動機となるのは、お高い日本女性が白人婦人に「お恥ずかしいことですが、戦争花嫁というものがおりまして」と話しているのを耳にしたことによる。
 以上が「非色」の大体の筋であるが、有吉は女主人公の笑子になりきってこの作品をかいているような気がする。なお、この作品のテーマ、色に非ず、人間には使う人と使われる人の二種類しかないのだ、というのは、ドストエフスキーの「罪と罰」で作者が「人間には特別な人間とそうでない人間としかないのだ」といっており、特別な人間の例としてナポレオンをあげているが、そこからアイデアがとられているのではないか、と感じられる気味がないではない。(かとむ・ゆりこ記)

---皆さん、ようこそいらっしゃいました。早速本日の話題にはいらせていただきます。全体的にみて、あの小説に書かれてあることは現実的だと思いますか。

一同 現実的だと思います。
A ハーレムは以前は貧しい芸術家の巣だったそうですが、今は哀れな貧民窟で、窓ガラスなんかもこわれていて…
B 当時の日本の状態でも、例えば、小説の中の笑子はダンスホールのクロークをしていましたが、職業状態はあんなものだった、と思いますよ。

---笑子が結婚した黒人のジャクソン軍曹に対する笑子の母親や妹の冷たい差別的な仕打ちについて・・・

C あれ本当でしょう。でも、妹は笑子のお陰で何不自由なく学校へいかせてもらったのに、あの態度はひどい。

---笑子の母親は笑子がジャクソンと交際していて、アメリカ軍の物質を闇流しし、それで、楽な生活をしている間はよかったけれど、いざ笑子がジャクソンと結婚するということになると、反対しましたね。

D やっぱり無理ないと思いますよ。今でもね、日本人は体面を考える人種ですもの。それに孫の問題もあるし。

---笑子の性格について。

E 彼女は正義的な女性。相手が黒人であるという理由で母親に反対され、却って反発するような気持ちをおこして結婚するようになったようですが…

---日本でのジャクソンとニューヨークヘ戻ったジャクソンでは、雲泥の差があるように思われますが・・・

A それは日本で米軍の制服を着ていたジャクソンとニューヨークのハーレムでジャニターをしていたジャクソンとでは違いますよ。日本では黒人でもアメリカ人ですもの。それに、当時、私たちは黒人についての知識がほとんどなかったでしょ。
B あの人除隊しなくてもよかったのに。
C だって除隊させなかったら、小説が書かれなかったでしょ。(一同大笑い)
D やはりハーレムというゲットーに帰って、人間としての誇りをなくしたんですね。日本では劣等感を感じなくてもよかったのですもの。

---笑子が働いていた「ナイトウ」の女将さん、笑子はあの人から何か学ぶところがあったでしょうか。

E あったと思いますよ。日本人としての誇りといいましょうか。

---あの「ナイトウ」で、笑子は同じ船で渡米した他の戦争花嫁たちとまた一緒になりますね。

A ああ、あの大阪からの竹子、自分の良人も息子も「クロ」「クロ」とよんで軽蔑していた。
B 美人の麗子。プエルトリコ人と結婚していた。あの人は夢と見栄に生きた人。最後には自殺してしまったけれど、なぜ離婚して独立しなかったのかしら。
C 人間には一人で生きられない人がいるのよ。自主性のない人。
D 離婚しようたって、逃げ出せなかったと思うわ。きっと殺されていたのに違いない。

---笑子が良人に麗子のことを話した時、ジャクソンは急に生き返ったような人間になって、笑子に麗子を日本に帰らせるように、と言いましたね。

E プエルトリコ人は黒人よりも馬鹿にされていたので、ジャクソンは彼らにたいし優越感を感じ、とたんに不幸な人に同情する気持ちのような余裕が…

---船中で同室に三人でしたか、日本の留学生がいましたね。その人たちと四人の戦争花嫁たちの関係は?

A あれも本当だと思いますよ。自分たちを何か別の人種のように考えていて、そんな態度で戦争花嫁に接していたでしょう。戦争花嫁たちとはまるで口もきかないんですもの。今でもそんな人がいますものね。
B 日本人の悪いくせね。

---笑子はユダヤ人の教授とその妻の日本女性との間に生まれた「オジョウチャマ」と生活しているうちに、自分は黒人の良人、子供を持つ女として、黒人になる覚悟をするのですが、彼女にそう決心させた理由は?

---直接の原因はワシントンDCにユダヤ人教授の家族と一緒に桜の花見に行った時、ユダヤ人の日本人妻が、友達の白人婦人に「お恥ずかしい話ですが、戦争花嫁というのがいまして、笑子もその一人なのです」と言っていたのをきいた。それではなかったかと思いますが…

D そう、そう、そうでしたね。笑子はもう日本人にアイソをつかしたというか、そんな感じでしたね。
E それから自分の子供は放っておいて人の子供を育てているということにも考えさせられた、と思いますよ。
A 日本人が優秀であることは尊敬しますけど、あの階級意識や職業、身分、差別意識は本当にいけないと思います。

---笑子は黒人が悲境にあるのは色のせいではない。人間には使う人と使われる人と二種類あって云々という問題に苦しんでいますが、戦争花嫁であると同時に良人が黒人であった場合は二重の苦労だと思いますが…

B たしかにもっと苦労したと思います。
C ねえ、如月会には黒人と結婚した人、一人もはいっていないと思うけど、そんな人たらもはいってこられるような雰囲気をつくらなければいけないと思うわ。
一同 そうね、これやっぱり私たちの責任だと思うわ。

---みなさん、今日はこれくらいにして、どうも有難うございました。



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