◆◆3.なぜ王名を抹消されたのか◆◆
アテン神(王家)とアメン神(神官団)の争い


第十八王朝時代ファラオと神官団の争いは本当にあった

そもそも、ファラオと神官たちの争いは、ツタンカーメンの先王アクエンアテン の、そのまたさらにずっと何代も前のファラオの時代から、すでに少しずつ始まっていました。

第十八王朝のアクエンアテン以前のファラオたちは、とても好戦的な人物が多く、積極的に軍事遠征を 行い、周辺の国々をつきつきとエジプトの属領としてゆくことに熱心なファラオたちでした。

戦争の時には、たとえ最善を尽くしても、最後にものを言うのは、運のよしあし、ということで、自分達に少しでも運が向くようにと、 戦いの前には必ず神に祈願し、もし戦争に勝てれば神のおかげと言うことで、略奪してきた大量のみつぎものを 次々に神殿におさめていきました。
(その頃のファラオは、戦争に勝ってばかりいたので神殿におさめられたみつぎものは 莫大な量でした)

神官たちは、みつぎもののおかげで潤い、だんだんと力をもつようになり、とうとう王権を脅かすほどのものとなってしまったのです。

こうして、しだいにファラオと神官のあいだにには対立が生まれていったというわけです。



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アテン神とアメン神の争いについて

もともと古代エジプトには、数えきれないほど多くの神が存在していました。
お日様や、動物、虫、などそれぞれに神様を見出し、自分達が信じる神として崇め、
それらの神々は互いにぶつかりあうことなく共存していました。

そして、それらのたくさんの神々の中でもアメン・ラー神が、国家の最高神として崇拝されていたんです。

しかし、先代のファラオたちが戦争を繰り返す中で、アメン神官団は神の名のもとに増長に増長を続け、 巨大な勢力となってゆき、しまいにはファラオがつかさどるべき政治にまで口をはさむようにようになってしまいました。

アクエンアテンはそのような事態にがまんならなくなり、何とかして、その力の根源であるアメン神を やっつけようと考え、それにとってかわる新たな神を考え出しました。

それが太陽を象徴するアテン神だったというわけです。 アテン神礼拝の様子を表すレリーフ

さらに、アクエンアテンはアテン神のみを絶対神とする一神教への改革を断行し、 アメン神官団の崇拝するアメン神や、その他のアテン以外の神々を全て排除しようとしました。

しかし、このような一方的な宗教改革が、広く国民に受け入れられるわけがありませんでした。
そりゃそうですよね。今まで自分達が信じて崇めてきた神様を捨てて、いきなりそれにとってかわって、 わけのわからない神様を拝めといわれてもねぇ…そりゃ無理です…

これによって、もともと気まずいものとなっていた王家とアメン・ラー神官団の関係も更に 悪化するという結果をまねいてしまい、 アテン神とアメン神の争い決定的なものとなってしまったんです。

遊戯王の中に出てくる、ファラオである闇遊戯と神官セトの争いの構図は、争っている意味こそ違いますが、 実際におこったこれらの出来事の象徴とも言えるのではないかと思います。

(あ、本当はもう一つ、ホルすとセトの争いっていうのがありますが、それはオシリス神話のところで書きます)


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さて、話をツタンカーメンに戻します。

アクエンアテンの無謀な宗教改革により、国政は混乱に陥りました。
そして、ついにアクエンアテンの宗教改革は破綻してしまいます。

アクエンアテンの死後即位したツタンカーメンも、しばらくはアテン神をなんとか守ろうと、アンケセナ−メン とともに、努力を続けましたが、ますます勢力を増してくるアメン神官団の力の前になすすべもありませんでした。

結局、ツタンカーメンの後見人だった、アイホルエムへブ が、アメン神への信仰を復興させるための改革を行うかたちとなり、ツタンカーメンやアンケセナ−メンも これに従うしかありませんでした。

このときにツタンカーテン(トゥト・アンク・アテン)をツタンカーメン(トゥト・アンク・アメン)、 アンケセカーテンをアンケセナーメン に それぞれ改名しました。

ここで、頭角をあらわしてきたのが将軍ホルエムへブです。

ホルエムへブは、アメン神復活を推し進めることを理由に、アメン神官団の力を利用し、その裏で着々と自分の目的達成のための準備を始めていたんです。

実はこのホルエムへブって人、なかなか頭の切れる悪役ピッタリのキャラクターです。性格は…

①欲しい 物は、どんな手段を使っても力ずくで手に入れる。
②自分の思い通りにことを運ぶための根回しを忘れない。
③自分こそ本当に ファラオにふさわしいと思っている。

…えっ!?なんかほら…遊戯王のキャラの中にもいますよね、こんな人。
神官セト。ホルエムへブよりはるかに小物…

そうです、神官セト!!もしかするとこのホルエムへブこそ、神官セトのモデルだったのでは?と一瞬思いました。

ホルエムへブの推し進めるアメン復活の改革にとって、一番の邪魔者はやはり、アテン信仰の父王の思想を受け継ぐツタンカーメンの 存在でした。

きっとツタンカーメンとアンケセナ−メンの心の中では、父王への思いとともにアテン信仰を消し去ることは、最後まで出来なかった のではないかと思います。
表向きはアメン神復活に従いつつも、ホルエムへブには最後まで対抗する姿勢をとった…

そう考えると、父の遺志を継ぐツタンカーメン、それに対抗するホルエムへブは、闇遊戯対神官セト…の敵対する様子と微妙に重なってくるような気がします。

しかしホルエムへブは、あの神官セトより更にあくどい男でした。
この後、数年後にツタンカーメンは急に亡くなってしまいますが、もしかするとホルエムへブによって 暗殺された可能性があるんです。
(ツタンカーメンの頭部には、こん棒のようなもので殴られたあとがのこっているんです!!)

……ああ、なんてひどい男なんでしょう!いくらセトでもそんな卑劣なこと絶対にしません!!
このときわたしは確信しました!やはりホルエムへブはセトのモデルではありません!!
こんな形でツタンカーメンが最期を迎えるなんて…

ツタンカーメンが亡くなった後、宰相のアイが王位につきましたが、アイは高齢だったためまもなく 亡くなり、その後にホルエムへブがまんまと王位についてしまいました。、

さらに、ホルエムへブは悪行を次々に実行にうつしていきます。

まず手始めに、のこっていたアテン信仰の撲滅をはかり、アクエンアテン王の建造物を破壊しました。
それだけでは気がすまなくて、アテン時代の面影を残すアクエンアテンをはじめ、ツタンカーメンやスメンクカーラー、アイの名前 までも全て王名表から消し去りました。

こうしてツタンカーメンはホルエムへブによて、歴史からその名前を抹消されてしまったんですね…

ホルエムへブは彼らの名を全て消し去ることにより、第十八王朝末期の治世を全て自分の治世の中に 組み込もうとしたらしいのです。

そして、ホルエムへブ自身の本当の目的は、アクエンアテンの邪教によって腐敗していた第十八王朝に 見きりをつけ、軍事政権による新たな国を築きあげることだったようです。

ツタンカーメンは、先王たちがつくりあげてしまった確執のなかで、 自分達ではどうすることもできない大きな力(権力や運命のようなもの)に必死で対抗しながらも、 その計り知れない力の前に、ついに力尽きてしまった。
まさに運命に翻弄されたファラオだったと いえます。

では闇遊戯は…?既に闇遊戯の記憶の世界でもバクラという大泥棒のせいで王権崩壊が起きつつありますよね。
遊戯王の中でもこれから、ホルエムへブに匹敵する大物悪役キャラが登場するんでしょうか…
…それともバクラに操られたアクナディンが…?

どちらにしても、これからファラオに訪れるであろう苛酷な運命を思うと、パッピーエンドの未来は多分ありえないだけに、 とてもいたたまれない気持ちでいっぱいになります。


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