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2009年12月24日 歳末雑感
2009年12月18日 熟す
2009年10月16日 負け犬たちのアメリカ
2009年8月14日 夏の居場所
2009年6月11日 10年目
2009年4月16日 パスワード
2009年4月1日 「4月1日のニュース」
2009年3月20日 呪い
2009年1月10日 折れ目



Leaf2009年12月24日 歳末雑感

ミヤリサン

 地域限定、それも相当に狭い地域限定の話ですので、ご存じない方には何のことやらさっぱりでしょうが、東京の上野駅から赤羽、大宮を通過して、高崎方面、宇都宮方面に向かうJR東日本の路線があります(東北線っていうのか、高崎線っていうのか、宇都宮線っていうのか、今ひとつ良く分かりません)。この路線、上野を出てすぐに尾久という、何であるんだかよく分からない駅に停車します。この駅の周囲はぐるりと線路ばかり、操車場というか電車の車庫というか、そんな駅ですので、駅前というものもなく、ただダーっと平らな地面が広がっているだけです。夜、この駅からやたらと目立つネオンサインが見えます、「腸に(この2文字は緑)ミヤリサン(これは赤)」。何しろ駅前に何もありませんので、当然にネオン街もありません。そんな暗い空にこの広告だけがぼーっと浮かび上がります。この風景の寂しさというか侘びしさというか、仄かに黴臭い昭和の雰囲気は一度見ると病みつきになってしまう。まして、この年の瀬に眺めると、何だか訳分かんないのですが目頭がじんわりと生暖かくなって、何の脈絡もなく「帰ろう・・・」等と呟いてしまうのであります。ミヤリサンはおそらく腸の薬の商標と思われますが、私にとっては物悲しさの代名詞となっています。

計画的

 ずーっと不景気で、もう景気が良かった頃のことを思い出すのも難しくなりつつあります。地下鉄の車内広告も、パチンコや消費者金融や債務整理のものが目立つような気がします。そんな中で目にした某大手都市銀行系列の消費者金融の広告、2コマ構成、1コマで飲み会に誘われたけど持ち合わせがない、だからその消費者金融に携帯で予約を入れたという説明、2コマで退社後にその消費者金融を訪れてカードを作って借金して、これで飲み会に行けます!という結論に至るというシロモノです。根本的に間違っています。持ち合わせないんなら飲み会なんて行くな!借金してまで行かなければならないような飲み会があるとは思えません。お金がないから何か欲しいもの、やりたいことを我慢する、当たり前のことでしょう。利息のつく金で飲むお酒、美味しいですか?美味しいのなら、あなた、どこか間違っています。しかし、もうちっとマシな設定できんかったんですか?こんな広告を出しておいて「計画的」という言葉を使わないで欲しいです。



 今年はWindows 7が売り出されました。まぁ、私は当分の間XPでいくつもりです。OS入れ替えの時のあれやこれやを想像すると、うわぁ~と大声を上げてそこら辺を走り回りたくなります。つーか、毎年のようにヴァージョンアップ、殆ど税金化しているように感じます。
 「窓」と言えば、たまにテレビをつけると小さな窓が画面の端っこの方に開いています。そこには主な画面の方に映っている事物を見ている、コメンテーターというか賑やかしというか、そんな誰かの顔が小さく映っています。要するに、この人の反応を見て楽しんで下さいという趣旨の窓らしいです。要らん!イチローの反応なら見てみたいです、バラク・オバマの顔が、村上春樹の顔が出るのなら、これもちょっと見てみたいです。でも、どこの誰か知らん芸人だかタレントだかの反応なんか、どーだっていいです。天気予報か東京上空の空でも映してくれる方がまだマシです。



 これから年末にかけて、鍋が大忙しの時期です。寒い季節ですからシチューや煮込み料理が美味しい、お正月も近いのでお節用の煮物に黒豆、ぜんざいも欲しいし、海老やら牛蒡やら、茹でたり煮たりするものが沢山あります。圧力鍋ってありますよね。何かカレーが数分でトローっと美味しく出来上がるとか。で、前からの疑問なのですが、圧力鍋って調理の途中で蓋を開けても良いんでしょうか?何か蓋の開け閉めの手続がめっちゃ難しそうな感じがするのですが。途中で開けられないとすると、味付けはどうするのでしょうか?最初からばっちり決めておいて、途中で味見して足したりしてはいけないということなのでしょうか?だとすると、ぜーんぶ勘と目分量、計量スプーンを使わず(そもそも持っていません)、その日の気分で適当に足したり引いたりの味付けをしている私には使えないんでしょうか?あれ、一度使ってみたいんだけどなぁ。

ピーセン

 北半球で最も礼儀正しい酒飲みを自認している私は、年末年始は外ではお酒は飲まないと決めております。そういう席に呼ばれた場合には、ビールかワインを軽く頂いてさっさと食べてさっさと帰ります。この時期、町も交通機関も酔っ払いで一杯です。酔っ払いというのは理性をなくしている人間のことですので、関わり合いになって良いことなど一つもありません。君子でもすずめでも危うきに近寄らないことが大切です。しかし、何となくお酒が恋しくなる季節、そんな時は何か美味しいものを買って帰って「家飲み」になるわけです。ビールのつまみとして過去最強なのは江戸一のピーセンだと思います。平べったい缶に入っていて、缶には何故かエッフェル塔のイラスト、そして「フランスの味」というコピー。砕いたピーナッツの入った揚げアラレのどこがフランスの味なんだか意味不明、強いて言えば「千葉の味」のような気もするのですが、このピーセンの香ばしさと塩気と油の旨味がビールには最高に合います。その江戸一が廃業してしまい、私もいつの間にかピーセンを忘れかけておりました。そのピーセンを発見、現在は、榮太楼で売っているんですね。パッケージも昔のまま、これで私の家飲みはバッチリです。


Leaf2009年12月18日 熟す

 2007年に放送されたテレビドラマ「点と線」を、先日、DVDで鑑賞しました。某放送局の開局50周年記念番組ということで、かなり力が入った作品です。原作は松本清張の有名な出世作、東京駅の13番線から15番線が見通せるのか?時刻表ミステリーの最高峰であると共に、現職大臣の汚職を巡って、保身と利益のためなら何でもやる官僚と業者、巨悪を眠らせまいと対峙する警視庁、社会派ミステリーの嚆矢となった作品です。物語の舞台は今から50年前の日本、勿論、清張が執筆した当時はバリバリの「現代」だったわけですが、細かなところまで丁寧に作り込まれた画面を見ていると、半世紀という時間がこの国の形をここまで変えたのかと、感嘆というか、あるいは溜息というか。

 事件は、九州の福岡郊外で東京の男女の心中死体が発見されたから始まります。東京駅の15番線で特急「あさかぜ」に乗り込むところを目撃されていた男と女、この「あさかぜ」、東京を18時30分に発ち、博多着は翌日の11時55分、実に17時間25分もかかっていたんですね。同じ区間を現在の「のぞみ」は4時間55分で走ります。そして事件の大詰め、鉄壁のアリバイに守られた容疑者に刑事たちが必死で食らいつく、こちらの鍵は急行「十和田」(上野発19時15分 青森着翌日の9時9分)、青函連絡船(青森発9時50分 函館着14時20分)、そして急行「まりも」(函館発14時50分 札幌着20時34分)、何と東京・札幌間に25時間19分を要しています。はい、お手元の時計を見てください。そして24時間前、つまり昨日の今頃、どこで何をしていたのか思い出してください。その間、ずーっと移動中という状態を想像してください。考えただけで疲れてきた・・・。因みに、現在の羽田・札幌間は飛行機で1時間半です。そして、「翼でもない限り・・・」とぼやいた刑事がやっと気づいたその飛行機ですが、50年前、同じ羽田・札幌間の飛行時間は3時間、倍の時間を要していたみたいです。

 しかも、特急とか急行とか言っても、その座席は4人掛けの向かい合わせのボックスシート、固い板の上に申し訳程度に綿を詰めたビロードを張っただけの直角の椅子(勿論、リクライニング機能などありません)、こんな車両、今だったら各駅停車の通勤列車に使っても暴動が起きるでしょう。

 列車以外にも、刑事たちの主な連絡手段は電報です。携帯電話どころか公衆電話もまだまだ数が少なかったのですね。21日を「21ヒ」と打電するのは「ニチ」と打つより1文字節約できるからでしょう。都心とは言え裏道はまだ舗装もされておらず、天下の警視庁の室内は白色電球のお陰で薄暗く、まして博多の警察署となると、現代の公園の公衆トイレの方がまだ明るい。そして、人々は歩いていた、そう、当たり前のように歩いていた、移動するとはまず歩くことだったんですね。

 主演のビートたけし、まったく演技らしいことをしないで突っ立っているだけで、その場面を「昭和」の空気で満たしてしまうという、時代に選ばれた「怪物」だけが持つ圧倒的な存在感、そして、チラッとしか登場しませんが、こちらはとことん計算され尽くした演技(ちゃぶ台から立ち上がる姿勢や、判子を押す時に書類の下にさっと新聞紙を入れる動作等々)の樹木希林、無表情の下に、繰り返し踏み付けられてきた人間の抱える「熾き」のようなエネルギーを感じさせる市原悦子、面白いドラマでした。

 50年という歳月は時代の風景や風物が「熟す」のにちょうど良い時間だと感じます。例えば同じ刑事ものでも、「刑事コロンボ」の時代設定はまだ30年程しか年を経ておらず、この「点と線」に比べると、女性の服装や車の型式、インテリアなど、今見る分にはちょっと固いというか酸っぱいというか。プッシュホン電話が最新式で、ビデオデッキが月収の何ヶ月分とかいう場面が登場しますが、「点と線」の呼び出し電話とか、駅弁の素焼きの容器のお茶(ペットボトルどころか缶入りもなかった)とかに比べると、まだ熟成が足りませんね。
 そして、70年程を経た「名探偵ポワロ」となると、こちらは更に熟成が進み、あと少しで時代劇です。しかし、70年前のポワロが乗っているイギリスの列車は、今の日本のJRの列車より贅沢なコンパートメント型ですし、ポワロはヴァカンスに出かける際には当たり前のように飛行機に乗っています。勿論、ポワロは贅沢好みであれこれに異常に拘る性格という設定ですので、2等車あるいは3等車には絶対に乗らない訳ですが、それにしても、直角板張り椅子に揺られつつ、博多~東京~秋田と休み無しに列車で移動した博多東署の鳥飼刑事の寡黙な忍耐強さ(ポワロに同じ列車で同じことさせたら、ポワロ自身が依頼者を殺してしまいそうです・・・)には、50年前の日本人の凛とした厳しさが感じられます。

 2009年もあと僅かです。今年の日本の風景や風物、出来事は、50年後、どんな風に熟しているのでしょうか?どんな年だったと記憶されているのでしょうか?そもそも、ちゃんと熟成するのでしょうか、それとも腐って酸っぱくなって、忘れられているのでしょうか・・・。


Leaf2009年10月16日 負け犬たちのアメリカ

 世の中には成功する人とそうでない人がおります。成功するには才能とか努力とか運とかが必要です。しかし、これらを全部持ち合わせていたとしても、タイミングというものがあります。小学校の時に運が良くて、席替えでいつも好きな子の隣に座れたとしても、それが大人になってから役に立つとは思えません、幸せな思い出は残るでしょうが。
 最近、ビジネスニュースなどで「勝ち組と負け組」を語る、自分たちも自称勝ち組のコメンテーターとか評論家とかいう人たち、私はあの人たちの表情にどうしても馴染めません。何だか不吉な前兆を運んできた深海魚みたい、その顔には「福」がない。福のない顔を見ていると、こちらまで福を奪われるような気がします。私などが何を言ってもどーってことはないでしょうが、少々貧乏でも、うだつが上がらなくても、造作が狂っていても、福のある顔が私は好きです。

 大きな夢を追いかけることが国民の義務であるかのような国、アメリカ。苦学してビジネス・スクールを卒業、努力を重ねて誰かの目にとまり、チャンスをモノにして高い地位を手に入れて、豪邸に住み、高級車に乗り、かつては自分もやっていたように近所の子供に芝生を刈らせて車を磨かせる、かつては自分もやられていたように鞄持ちをアゴでこき使う。奥様は何かよく分からないけどクリエイティブと称されるお洒落なお仕事に就いており、家事はメイドに、子育てはナニーに任せて、思いっきり「クリエイト」する・・・、何だか際限のない仕事の順送りをやっているようにも見えます。

 成功した人の話というのは良く聞きます。色々な人が本を出しますし、テレビにも出ます。私はこんな本を読んできたとか、こんな手帳を使っているとか、こんな人と付き合っているとか、こんなところで食事をするとか、こんなパンツを履いているとか何とかかんとか、バカバカしいと思いますが、それがちゃんと売れるというところ、何だか哀しいです。だって同じことやって同じ人間が出来上がるわけがありませんし、万が一同じように出来上がってしまったら、あっという間にその種の人の市場価値は下落するわけです。その手の話を有り難がる動機には、たいてい現状否定、自己否定の部分がありますが、これも福がない話ではあります。

 失敗した人の話というのは滅多に聞きません。私はこうやって失敗したとか書いたって誰も読みませんからね。でも、一人の成功の影に数万、数十万の敗者がいるわけで、そんな敗者の声だってちゃんと聞きたい。

 サクセスしなけりゃ人間じゃない、そんなアメリカン・ドリームで溢れかえっているアメリカ映画ですが、素晴らしい負け犬映画だってちゃんとあります。

 ロバート・ベントン監督の「ノーバディーズ・フール」、合衆国北部の雪深い田舎町、還暦を過ぎたサリー(ポール・ニューマン)、学校時代の恩師だったミス・ベリル(ジェシカ・タンディ、本作が遺作となりました)の家の二階に間借りし、別れた女房とは未だに和解できず、一人息子からは疎まれ、幼い孫からは珍しいモノでも見るかのような視線を浴び、日雇い仕事を貰っている土建屋の社長(ブルース・ウィリス)相手に延々と勝ち目もない労災訴訟を繰り広げ、どこからどう見ても完璧な「ザ・負け犬」です。彼の日々は、痛む膝に毒づきながら建築現場で働いて、夜はバーでビール瓶片手に馴染みの顔とポーカーをして、たまに未だに頭の上がらないミス・ベリルから説教を食らう、これの繰り返しです。まぁ、サリーの住むこの町自体、不景気で人口は減る一方の負け犬の町です。そんな町で、さて何が起こるのかというと、何も起こらない。雪掻き機争奪戦があったり、ミニ・バブルが膨らんで弾けたり、一瞬だけ胸ときめく出来事があったりはしますが、基本、何も起こらない。
 しかし、映画が進むにつれて、何も起こらないことが実はとんでもないことなのではないか、そんな気がしてくるのです。何も起こらないのは、いわゆる負け犬たちがそれぞれ思い遣りを持って仲間に接しているから。たまには言い争いもありますし、角突き合わすこともある、でも、それが「何も起こらない」に収束するには、それぞれに善意と信頼と節度が必要不可欠であり、それをこの町の負け犬たちは全員ちゃんと知っている、そして持っているのです。
 ラストのポール・ニューマンの寝顔には紛れもなく「福」があります。別な意味でそれ以上の「福」が感じられるのは、土建屋ブルースの強気の女房メラニー・グリフィスの見事なオッパイ!

 ジョナサン・デイトンとヴァレリー・ファリス監督の「リトル・ミス・サンシャイン」、こちらは赤茶けた大地に太陽いっぱいのカリフォルニアが舞台。9段階プログラムという成功のためのノウハウの売り込みに必死のパパ(グレッグ・キニア)、隠れタバコが止められないママ(トニ・コレット)、ヘロインを吸引して老人ホームを追い出された不良じいちゃん(アラン・アーキン)、ニーチェに心酔し無言の行を続けるお兄ちゃん(ポール・ダノ)、ミス・コンテストに夢中で練習に明け暮れる6歳のオリーブ(アビゲイル・ブレスリン)、そして、ゲイの恋人に振られて自殺未遂をしでかした目下失業中のプルースト学者の伯父さん(スティーブ・カレル)。この目眩がしそうなフーヴァー家にかかってきた一本の電話、おデブで眼鏡のオリーブがミス・リトル・サンシャイン・コンテストの地区代表に選ばれた!一家はオンボロの黄色いフォルクスワーゲンに乗ってカリフォルニアを目指し、二泊三日の旅に出ます。
 出発早々にワーゲンが故障、全員で押しがけをしないとエンジンがかからなくなってしまいます。そして、パパの仕事は行き詰まり、おじいちゃんはまさか!の事態に陥り、お兄ちゃんには大事件勃発、しかし、泣こうが喚こうが、小さなオリーブのためには全員で車を押すしかない。
 美少女コンテストの会場、そんなもんある訳ない色気を振りまく何とも気色の悪い「美少女」たちの中、ぽっこりお腹のオリーブが抱き締めたいくらいに可愛らしい。見事なくらい負け犬揃いのフーヴァー家、大騒ぎの旅の最後、期待していた素晴らしいことは影も形もありませんが、おじいちゃんがとんでもないシロモノを仕込んでおいたおかげで、期待していなかった素晴らしいことが起こります。見ているこちらも泣いていいのやら、笑っていいのやら、どうして良いのか分からない素晴らしいことが。

 少し前に「ナンバー・ワンにならなくてもいい、元々が特別なオンリー・ワン」という歌が流行りました。私、この「ななくてもいい」が嫌いでした。ならなくてもいいってことは、最初から参加しない、投げているってことです。それでいてオンリー・ワンなどと開き直らないでもらいたい。「ななくてもいい」と、自分なりに頑張ったんだけど、諸々の事情で、何かが足りなくて、何かが過剰で、ナンバー・ワンになることができなかった敗者を讃える歌詞だったら良かったのに。自分をオンリー・ワンと言い切る誇りは、一度はちゃんと勝負した人間だけに持つことが許されるべきものでしょう。
 
 正しい負け犬になるのは、これはこれで大変なのです。そんな誇り高く愛すべき負け犬たちのアメリカを見せてくれる、2本とも大好きな映画です。 


Leaf2009年8月14日 夏の居場所

 今年の夏は、夏なんだかずーっと梅雨なんだか、それとももう秋なんだか、よく分からない夏です。それでも毎年この時期恒例の空いている電車は嬉しいし、妙にスコンと空が高く感じられるビルの谷間の風情も好きです。お天気がどうであれ、気温がどうであれ、カレンダーは夏休みのど真ん中です。
 街のあちこちに十代の子供たちのグループを見ます。学校の制服を脱いで、思い思いに精一杯お洒落して、そして、必死で夏を楽しもうとしている、あるいは楽しもうとしているフリをしている。十代というのはどう頑張っても、どこか不器用で痛々しい年代ではあります。彼らを見ていると自分の十代を思い出します。

 私は学校というところが好きではありませんでした、今でも好きではありません(ついでに言うと子供も余り好きではありません)。学校というところに良い思い出ってないんですよね。大人になって振り返ってみれば、出会った教師、全部外れだったな、というのが正直なところです。まぁ、最初から余り期待もしていなかったので、裏切られたとは思いませんが、それでもツイていなかったのは事実だと思います。

 中学校の時の英語の教師、これがすごい教師でした。何しろ授業中に発する言葉は、「○○(生徒の名前)」「読んでみなさい」「どんな意味ですか?」、この3つだけなんです。まさかと思われるでしょうが、ホントにこの3つの言葉だけで授業をやってしまうんです。文法の説明はどうするかって?その場合は、文法のテキストを「読んでみなさい」、で、「どんな意味ですか?」が省略されるだけなのです。今考えれば、彼は教師としての適性を欠いている人間でした。本人だってそれは知っていたと思います。そもそも英語が好きではなかったのでしょう。でも大学の英文科しかいくところがなかったのでしょう。そして、教師になってしまった。教壇に立った最初の日に自分の間違いに気づいたはずです。しかし、やり直すには多大なエネルギーが必要で、そのまま3つのフレーズで教師をやっていく羽目になってしまったのでしょう。ただ、組合活動だけは熱心でした。おそらく、組合だけが不適格教師である自分を守ってくれると知っていたのでしょう。考えれば哀しい人生です。

 高校の時の世界史の先生、こちらはまた、トンデモなくバイアスのかかった説を信奉する先生でした。今思い出してみれば、彼の「人権」に接する時の態度は、教祖様の足下にひれ伏す信徒に似ていました。ともかく何でもかんでも「人権」で結論を出そうとするのです。しかし、ローマ帝国の崩壊を説明するのに人権を引っ張り出しても、それでは説明ができるわけがありません。それを無理矢理やるから話が何かすごい方向に行ってしまうんです、そして、行ったきり帰ってこないんです。ローマ帝国の崩壊の原因、それは、国家領域が広がりすぎた結果、防衛線が伸びすぎて経済を圧迫したとか、征服戦争を止めてしまった結果、奴隷の供給が止まって経済が停滞したとか、キリスト教を国教とした結果、異教の文化を受け入れることがなくなり、思考の活力を失ったとか、ほら、色々あるんですよ。それがぜーんぶ、「人権をないがしろにした結果」だもんなぁ。ないがしろにしたくても人権なんて概念、当時なかったのですが。

 しかし、人生がこれでなかなか面白いと思うのは、今の私は文学書であれば英語の本を何とかかんとか原文で読めるし、大学では西洋史を学んだということです。英語の場合、元々海外のミステリーを読むのが好きでしたので、ある日原書を手に入れて、現在完了があーでも仮定法過去がこーでも、そんなもん全部無視してもそれなりに読めてしまうということを知ってしまえば、後は学校の英語なんか関係なくなってしまうわけです。世界史の場合、歴史というのはぜーんぶどこかでつながっているという基本法則を知れば、こっちの結果があっちの原因になって、という具合に繋がりが見えてきます。一度、頭の中で3Dの世界史の骨格を作ってしまえば、あとは沢山の本がどんどん肉付けをしていってくれます。こうなると、高校の世界史の教科書レベルなんてすぐに超えてしまいます。

 かくして、高校生の私は、教室ではなく図書室が学校における自分の居場所であると理解し、休憩時間はもちろんのこと、時には昼食も抜いて、誰とも話さない日があっても図書室に行かない日はないというくらいに通い詰め、面白い本があれば授業中も読み続けるというロクでもない生徒になっていったわけです。そういえば、一度、人権先生の世界史の授業中にホイジンガの「中世の秋」を読んでいるところを見つかったことがありました。しかし、彼は見て見ぬふり、ひょっとして彼は自分の授業に魅力がないことを知っていたのかも知れません、そう見えるほどには熱心な「人権信者」ではなくて、そうせざるを得なかったのかも知れません。そうであれば、これも哀しい人生だと思います。

 学校に図書室というものがなかったら、私はどこにいたのだろう?時々考えます。図書室を見つけられた私は幸せでした。図書室でなくても、グラウンドでも、音楽室でも、居場所があれば幸せです。学校のどこにも居場所がない子供が大勢存在しているであろうと思います。そして、「3フレーズ教師」も「人権教師」も、きっと学校に居場所がなかったのだろうと思います。居場所がないのに毎日毎日行かなくちゃならない、こんな苦行が卒業まで、定年まで(あるいは辞職するまで)延々と続く、学校という場所は閉じられている一種の密室、縛りの多い場所です。子供にとっては行かなくちゃならない場所で、教師にとっては教壇上に自分一人という孤独な職場です。

 夏の繁華街、路上には十代の少年少女たちが溢れています。学校から、制服から、時間割から解き放たれ、路上には自由がある、自由があるはず、自由がなければならない、そんな切羽詰まった表情の子供もいます。学校では見つけられない居場所がここでなら見つかる?路上はあくまでも路上、そこは通過するところであって居場所にはなりません。誰にでも開かれている路上では、たとえ大勢の人間がいたって誰もが結局は一人一人であるということは知っておいた方が良い。「開かれている」というのはそういうことなのだから。

 夏の一日、猫や犬は風の通り道である涼しい居場所をさっさと見つけてダラリと寝そべり、人の子が居場所を探して彷徨う日盛りの下です。


Leaf2009年6月11日 10年目

 今から10年前の1999年ってどんな年だったのでしょうか。

 ざっと調べてみますと、この年、祝日のうちのいくつかを月曜日に移行させる「ハッピーマンデー制度」が導入されました。1999年は成人の日が1月15日、体育の日が10月10日であった最後の年になりました。横浜高校の松坂大輔投手が西武ライオンズでプロ・デビューした年でもありました。現在はメジャー・リーグで活躍する豪腕投手も、この年にはまだ18歳の少年でした。
 日銀が現在まで続くゼロ金利政策を実施した年でもあります。かつては定期預金口座に10年預けっぱなしにしておけば預金が倍になった時代もあったというのに、あれから10年たっても金利は未だにゼロのままです。そのうちに銀行が「預かり料よこせ」と言ってきても私は驚きません。
 深夜の時間帯に限定されていた消費者金融のCMが解禁された年でもあります。テレビ局の「しのぎ」がそろそろきつくなりだしたのでしょうね。今やテレビをつければやたらと目に入るのは、この消費者金融とパチンコのCMです。彼らが好んで使う「ゆとり」という言葉が笑わせてくれます。ゆとりがあったらあんたらんとこへは行かへんて。
 日本映画では「鉄道員(ぽっぽや)」、ハリウッド映画では「マトリックス」「スター・ウォーズ/エピソード1」がそれぞれ公開され、大ヒットした年です。スケルトン仕様のiMacが話題になり、町中どこへいっても「だんご3兄妹」が流れていました。

 そして、この1000年代最後の年の終わり間近、2000年問題が登場しました。プログラム中で時間を「00」で処理してしまっている場合、来る2000年が1900年になってしまう、世界的な大パニックを予想する声も上がりましたが、終わってみれば何てことなかった。この「何てことなかった」の陰には、世界中のシステムエンジニアたちの壮絶な「世紀末聖戦」があったのでしょうね。連日、会議室の床にごろ寝の泊まり込みとか、ペプシとポテトチップス(キーボードが汚れそうですが)で生きているとか、年末年始の休暇?バカいってんじゃないよ、東京都の外に出たら蹴飛ばすよ、あっ、それから携帯の電源切ったらマジで殺すから、とか何とか上の方の人に言われたりして・・・。

 どこかの誰かによれば、この年で世界は終わるはずだったようですが、世界は終わらず、相変わらずの日々がその後も流れています。しかし、「世界の終わり」ってどういう定義なのでしょうね?「人類の終わり」なら分かります、「猿の惑星」とか「ターミネーター」とか、なぜか延々と続いて一向に「終わらない」シリーズ映画で散々見てきました。「地球の終わり」なら分かります、「地球最後の日」とか「地球の長い午後」とか名作SF小説が色々あります。しかし、「世界の終わり」?考えてみれば世界って何だ?

 1999年に産まれた赤ん坊が今年は小学校4年生、みんな、生意気な口答えをするクソガキへと順調に成長していることでしょう。そう考えればとてつもなく長い時間が流れたように思いますが、自分を振り返ってみれば、私の今いる状況は10年前と殆ど変化はありません。いくつかの出会いがあって、いくつかの別れがあって、クローゼットの中身が半分くらい入れ替わり、ヘアスタイルも変わりはしましたが、私は同じところで同じ仕事をしています。大人になってしまうと、10年ってあっという間です。あのヨーダにとっては100年があっという間、なのでしょうか。

 1999年6月、私はこのサイトを立ち上げました。なぜそんなことをしたのか?と問われれば、魔が差したとしか答えようがありません。その魔が差した状態がとうとう10年目に突入してしまいます。自分でも呆れます。
 10年の間にネットの世界もずいぶん変わりました。個人のサイトは一時期どっと増えましたが、今では個人からの情報発信はブログが主流となり、サイトはこのところずいぶん減っているように思います。ブログってあれ、管理とか簡単そうですよね。でも、私はチマチマと箱庭みたいに自分のサイトをいじくり回すの、結構好きです。

 1999年からずーっとオペラのこと考えてきたんだなぁ、私。勿論、他のことだってちゃんと考えましたが、暇な時間にはずーっとオペラのこと考えてきたんだなぁ。住宅ローンのこととか、個人年金のこととか考えれば良かったのかも知れないけど、もう手遅れだからいいです。それに、オペラのことを真剣に考えるのはとても楽しかったです。よーく考えるという作業、感性がどんどん摩滅していく大人にはとても大切なことだと思っています。若い頃と違って直感で動くと怪我するんですよ、大人は。
 但し、あまり大きなことはよーく考えない方がよろしいように思います。日本はどうなる?とか人類の未来とかをよーく考え出すと余り幸せな人生にならないような気がします。人間には先のことが分からない以上、いつの時代だって「不安な時代」だったわけですから、殊更に今が不安であると思い詰めるのは少々傲慢なような気がします。そんなこと、考えたくても考えられないというのが本当のところですが、オペラのことをよーく考えるくらいが私にはちょうどいいです。

 これからもオペラのことをよーく考えていきたいと思っています。

 文末になりましたが、お付き合い頂いております皆様、本当にありがとうございます。これからも、よろしくお願い申し上げます。


Leaf2009年4月16日 パスワード

 インターネットを日常的に使っていると、どんどん増えていってしまうものがあります。それは「パスワード」です。

 私はいったいいくつのパスワードを持っているのか?プロバイダ、ウェブメール、ネットバンキング、amazon.comとHMV、チケット・オフィス、えきねっと、旅行代理店の予約ページ、近所では手に入らないお気に入りの商品を買うためのネットショップ、会員制の情報サイト(エロでも裏でもないですよ、念のため)・・・、数えてみたら23もありました。

「パスワードは他人の目に触れるところに保管しないでください」
 そう言われたって、23もの「呪文」を覚えられるわけがない、どこかに書いておかないとしょうがない。そして、そのメモを秘密の場所にしまい込んで、その場所忘れたらどうなるの?鍵のかかるところにしまっておいて、必要な時いちいち鍵を開けろと?ムリです。

「パスワードには名前や住所、電話番号、生年月日など他人に容易に推測される言葉や数字を使わないでください」
 そう言われたって、自分にとって何の意味もないアルファベットと数字の羅列なんて、私は絶対に覚えられません。語呂合わせで覚えるのも限界があります。最大4桁の歴史の年号だって結構大変だったのに。

「ログイン名をパスワードに使用しないでください」
 そう言われたって、ログイン名ひとつでも覚えるのが大変なんですよ。それを二つも覚えられんっちゅーねん。それに3回間違えたら「お前、ホンマは誰やねん?」と無効を宣言するのあんたらやろ!(と、なぜか大阪弁で逆ギレ)

「どのような言語でも辞書に掲載されている単語は使用しないようにしてください」
 最近のネット上のワルは、各国語の辞書に出てくる単語を、逆に綴ったり置き換えたりなども含めて推測するという、非常に高度なツールを使うこともあるのだそうです。あらゆる言語に対応、C−3POみたい・・・。

「パスワードは定期的に変更してください」
 私の場合、23個のパスワードを月に一回変更したとして、一年で276個のパスワードを他人には推測できない単語や数字を組み合わせて作らなければなりません。平凡な人生を生きてきたので、忘れられない日付とか名前とか場所とか、そんなにないんです・・・。

「同じパスワードを複数のサービスで使用しないでください」
 こうしてパスワードはどんどん増えていくのです。増える(増やす)から覚えられない、覚えられないからメモしたりする、そして、最初の「他人の目」云々に戻るというループにはまります。

「登録時のパスワードをそのまま使用しないでください」
 これはちゃんとやってます。ランダムに振り当てられた初期のパスワードなんて覚えたくても覚えられません。でも、覚えられるパスワードには限りがあります。そして、他のところのと同じの使っちゃいけないんでしょ?いったいどーしろと?

 パスワードを忘れてしまった場合、クイズに答えて本人確認というサイトもあります。登録時に自分で設定した質問、ペットの名前は?「シロ」とか、好きな食べ物は?「親子丼」とか、そんな簡単な質問です。しかし、これも簡単なだけに、その場でいい加減なことを入れてしまい勝ち、あれっ、何だっけ?となってアウト、いったい私はどーすれば?ということになります。

 アルファベット、数字、記号の組み合わせで8文字以上14文字以下というのが大方のサイトのパスワードに関するルールのようです。因みに、8文字より短いパスワードは1週間程度しか安全ではないそうです、まったく・・・。しかし、この世界にはいったいいくつのパスワードがあるのでしょうか?そして、パスワードを変更した時、その前のパスワードは消えてしまうのでしょうか?

 「aaaa」(やる気のないRPGの主人公にこんな名前つけたりしませんか?)を使っているという恐れを知らない猛者もいるでしょうが、たいていの人は自分にとって何か意味を持っている言葉を使うでしょう。「Takashi_daisuki!」とか「Mayumi*LOVE」とか「Tigers_VICTORY_2003」なんていうのもあるのでしょうね。それがある日、「Hideaki_hontoni_daisuki!!!」や「Akiko&Me*FOREVER」や「Tigers_nandeyanen?2008」に変わってしまう、その時、「Takashi」、「Mayumi」、そして「VICTORY」はどこへいくのでしょう。
 数字だって、「1234」とか「7777」とか「悪いパスワードの例」に登場する組み合わせもやっぱり使われているでしょうが、誕生日を逆にしたもの、子どもの頃の出席番号、大学時代の学生番号、彼女の携帯電話の番号、車のナンバー等々、ずらーっと地平線の向こうまで続く数字の列が見えるようです。

 愛する人の名前、生まれ育った故郷の地名、アイドルグループ、大好きなスポーツ選手、繰り返し聞いた歌の歌詞、忘れられない物語の主人公。それから、映画のタイトル、ヒロインの名前、「ニキータ」とか「トリニティ」とか「アメリ」、私個人としては「レティシア」なんて渋いとこ突いていると思います。もちろん、オペラファンなら、「ヴィオレッタ」に「アイーダ」、「ムゼッタ」に「トスカ」、それから「ジークフリート」に「パルジファル」。
 あらゆる言語での「愛」「夢」「幸せ」「希望」「自由」「友情」「成功」という意味を持つ言葉、各国の美味しいものの名前、そんな言葉たちがその役目を終えて、捨てられて、忘れられて、最後に集まる場所がネット世界のどこかのサーバ上にあるのでしょうか。そこに集まった言葉を駆使すれば、甘いソネットや熱い応援歌がいったいいくつできるでしょう。 

 時々想像します、この世界のどこかにある「捨てられたパスワードの墓場」のような場所のことを。一つ、また一つ、パスワードがそーっと集まる場所、それぞれの言葉が背負ってきた意味から解き放たれた言葉たちが沈黙している場所、世界中のヒーロー、ヒロインたちがみんな集まっている場所、終わってしまった恋、苦くなってしまった思い出、とって代わられた理想、そして、安易に使われて、安易に捨てられた「テキトーな」言葉が降り積もっていく場所を、無人の雪景色のような哀しい光景を。


Leaf2009年4月1日 「4月1日のニュース」

 スカラ座日本公演で『命名権販売』 オペラで初の試み 世界的不況をバネに新たなビジネス?

 今年の秋に来日するイタリアを代表するオペラの殿堂スカラ座、その公演で世界初のある画期的な試みが実現する。昨年末の米国のリーマン・ブラザーズの経営破綻に端を発する世界的な景気低迷の影響で、様々な分野でスポンサー企業が相次いで撤退を表明する事態は、興行界にも大きな波紋を投げかけた。そして、公演費用の調達のための新たな手段として、今回の日本公演において世界で初めてオペラの登場人物の「命名権」が販売されることとなったのである。
 先日の記者会見において、キャスティングの発表に先駆けて公表された入札結果は以下のとおり。

アイーダ  「23年~17年前のナショナルFF式石油暖房機を探しています/Panasonic」
ラダメス  「Suicaがもっと便利になりました/JR東日本」
アムネリス 「生きたまま腸内に到達する乳酸菌シロタ株が効く/ヤクルト」
アモナズロ 「遠く離れた人たちとゲームが楽しめる!ニンテンドーWi-Fiコネクション」
ラムフィス 「55段階個別指導と科目別能力別授業の四谷学院」

 「命名権」は、事物や施設、キャラクターなどに名称をつけることのできる権利であり、1990年代後半から、スポーツ競技場、文化施設などの名称に企業名を付けるビジネスとしては既に広く浸透しているが、オペラの登場人物の命名権の販売は今回が世界で初めてとなる。今回の命名権販売については、世界的な不況下にあって、これまで「現地に見に行くことを考えれば安いもの」を合い言葉に、高額なチケットも即日完売させてきた日本のオペラファンの財布の紐もさすがに固くなっているという背景がある。芸術作品を対象とする命名権販売は、今回の公演を機に新たなビジネスモデルとして、オペラ以外の各種演劇・映像・文芸作品に波及することが予想される。

 今回の命名権販売でスカラ座の代理人を務めたコンサルタント会社の弁護士は、「2008年に日本の大手飲料メーカーであるサントリーが映画の命名権を購入した事例(映画『秘密結社鷹の爪 THE MOVIE2~私を愛した黒烏龍茶~』)があり、次の命名権ビジネスの対象として作中の人物名が取り上げられるであろうことは、既にハリウッドなどショービジネス関係者の大方によって予想されていたところだ。業界が新しい資金調達の方法を模索する中での日本公演、実験的にではあるが、名門スカラ座がオペラの命名権販売に踏み切ったことには大きな意味がある」と語っている。

 しかし、ここに至るまでの経緯はやはり厳しいものだった。まず、当然予想されていたことではあったが、現地ミラノでは一部の熱心なオペラファンから、「スカラ座の伝統に泥を塗る行為、断固反対する」などの怒りの声が上がった。これに対してスカラ座は、「伝統あるスカラ座であるからこそ舞台にも高い質が求められる。現在のレベルの維持を考えればコストカットは既に限界、スカスカの舞台に着回し・着たきりの人物を乗せる方がスカラ座のブランドを毀損することになると考えている。ファンの皆様には是非ともご理解を頂きたい」と反論、しかし、ファンの説得には多大な時間と労力を要した。
 クレーム処理を担当したスカラ座事務局のミケーレ・カローシ氏は、「週末返上でシーズン・チケットをキャンセルすると息巻くお客様の電話に対応しました。おかげでフィアンセに逃げられてしまいましたが、これもオペラという豪華な夢の空間を皆様に提供するためなら仕方ないと、自分に言い聞かせています」と語った。裏方たちの奮闘の結果、実際のシーズン・チケットのキャンセルは数十件程度、また事務局への苦情の電話も、発表初日こそ数百件あったがその後は減少、現在では日に数件程度という。「恋すること、食べること、歌うことを国民の三大義務と勘違いしているイタリアでは珍しいこと」「おそらくは日本語を神秘的な呪文だと誤解したのではないか」、業界の事情に詳しい消息筋はそう語る。

 しかし、実際に「呪文」を唱えることとなった歌手たちの苦労はここから始まった。慣れない日本語を超高速で歌わなければならない。万が一聞き取れない場合には、命名権者である日本企業から契約違反を指摘されることになる。ソリストたちと合唱団のメンバーを鍛え上げたのは、「日本早口言葉振興会」専務理事の大杉初男氏、「滑舌の神」と日本中のアナウンサーが畏怖する人物である。氏によれば、「言いにくい言葉を早く正確に発音することを競うのが早口言葉、イタリア語と日本語は母音の発声など共通する点が多く、コツさえ掴んでしまえば正しく発音することは決してできないことではないとは思っていた。しかし、スカラ座の歌手たちは短期間で驚くべき進歩を遂げ、正直驚きました」とスカラ座メンバーの努力に賞賛を惜しまない。
 日本語の発音をマスターした後には、本来の単語の数倍から十数倍の音数を発声するためのスピードアップの訓練が待っていた。こちらを担当したのは「日本カバディ競技連盟」の強化コーチである早瀬幹夫氏。「カバディは『カバディ』と連呼しつつ豊富な運動量をこなす競技、攻撃側は息継ぎまでの間しか攻撃できず、最小の酸素消費で最多の音を発声することが求められる。しかし、スカラ座チームは連日の特訓によくついてきた。合唱団の何人かは体重を数十キロ落とせば、カバディプレイヤーとして通用する可能性もあるレベル」とこちらも満足げ。

 日本公演に向けてリハーサルが続く中、数人のメンバーが舌を噛んで入院するというアクシデントに見舞われたが回復は順調、メンバーの来日公演への意気込みは十分である。

 敵国の王女であるとも知らずに、美しい奴隷娘に恋する若き将軍の恋心を瑞々しく歌い上げる名アリア『清らかなアイーダ』、「チェレステ にじゅうさんねんからじゅうしちねんまえのなしょなるえふえふしきせきゆだんぼうきをさがしています ぱなそにっく フォルマ ディヴィーナ」、東京の夜空にテノールの美声が響き渡る時も近い。


Leaf2009年3月20日 呪い

 オペラを聴いていると、やたらと「呪い」が出てきます。

 ヴェルディの「リゴレット」、娘を公爵に弄ばれ激昂した父は、それを笑い物にした道化師を呪い、道化師は自分の愛娘を失います。「イル・トロヴァトーレ」、親子二代にわたる愛憎の果て、ジプシーの老女に呪われた兄弟、兄は弟を殺します。ワーグナーの「さまよえるオランダ人」、嵐の海で神を罵った船長は、彼に永遠の愛を捧げる乙女と出会う日まで海を彷徨い続けます。そして、全部見るのに4日かかるという、もうこの作品自体が呪いだろうと言いたくなる「ニーベルングの指環」、天上から地底まで、神々から巨人、妖精、人間まで巻き込んだ「世界のガラガラポン」の原因は呪われた指環です。

 大阪には「カーネルおじさんの呪い」なるものがあったそうです。1985年10月16日、阪神タイガース、セ・リーグ優勝!その際に「どこまでアホやねん」的な虎キチが、道頓堀のケンタッキーフライドチキンの店頭にあったカーネル像を「史上最強の助っ人外人」ランディ・バースやで!と騒ぎ立て、店員が必死で止めるのも聞かず、どころかその店員をボコって強奪、胴上げした挙げ句にあのきったない道頓堀川に投げ込んだ、ここからずーっとタイガースは低迷、18年間もリーグ優勝できず、いつしかこれは「カーネル・サンダースの呪い」なんや、ということになったという事件です。そのカーネルおじさん、今年3月10日、道頓堀川にかかる戎橋の下流、水深約2メートルの川底にて、大阪市建設局による水辺整備事業の最中に発見されました。クレーンで引き揚げられたおじさんは、24年ぶりに「懐かしき(日本)ケンタッキーの我が家」に帰ることになったそうです。これで呪いは解けるのか?タイガースファンは開幕が待ち遠しいことでしょう。

 呪いとは、物理的な手段ではなく精神的な悪意をもって、その対象に災難や不幸をもたらすことです。日本では、死んだ人や死んだ動物、神様が呪うことを「祟り」、生きている人間が呪うことを「呪い」と区別しているようです。よって、カーネルおじさんの場合は「祟り」が正しいと思います。この呪い、刑法には規定もありません。盛大に護摩を焚いても火事にしなければ、藁人形に五寸釘を打ち込んでも他人の所有地内でなければ、大声で呪文を唱えても迷惑行為防止条例にひっかからなければ、まったく問題ありません。まして、頭の中でじーっと考えるだけなら何でもありです。

 先日、朝の混雑する時間帯の地下鉄の車内、シートに長々と寝そべるように座って(お尻じゃなくて背中で座る、みたいな)足を組んでいる若い男性、片手には漫画雑誌、片手には携帯電話、i podで聞いているのは何やらシャカシャカとせわしない音楽、イヤフォンをきちんと耳に入れていないから音は漏れ放題、頭上の網棚でもなく、膝の上でもなく、通路に置いたでかくて固いジュラルミン製のアタッシュケース、まるで極太のマジックインキで大きく「バカ」と書いてあるかのような、実にわかりやすいバカです。混み合った通路に立つ人々は皆彼を一瞥してはしかめっ面(本人は漫画に夢中なので見ていない)、大きな舌打ち(本人の耳はシャカシャカ状態なので聞こえない)、露骨な溜息とともにアタッシュケースを跨ぐ人(本人は携帯電話いじくるのに忙しいので気にしない)、そして、組んだ足の先に軽くぶつかって通る人(何しろいろんな事が同時進行状態なので、これも気づかない)、まぁ、東京では特に珍しい風景ではありません。
 私は彼を見て、「んったく、好きな音楽聞くのは勝手だろうけど、私にまで聞かせてくれんでもいいって」と思いました。「音漏れのしないイヤフォンくらい買えっての」とも思いました。「漫画は読めるけど空気は読めないんだ」とも思いました。そして、「駅の階段でケッつまづいて、ジュラケースごと落っこちてケータイとi podぶっ壊せばいいんだ」、そう思った時にふと気がづいた、これって「プチ呪い」ですよね。あーぁ、お兄さん、私に呪われちゃったですよ・・・。

 私だけではないと思います。その朝、その車両に乗り合わせたかなりの数の人間が、彼に対して、「けっ」「バーカ」「殴ったろか」、そして「死ね!」とか思ったはずなのです。お兄さんの両肩にはそういう見えない負の感情が少しずつ、静かに、そして確実に降り積もっていくわけで、何しろこういう躾のなされていない人間ですから、今日まで果たしてどれほどの人間に呪われてきたことでしょう。こういうのって、積もり積もってある一定量に達すると何らかの形で実現してしまうような気がします。

 「人を呪わば穴二つ」と言います。呪いは両刃の剣、呪った方にも跳ね返ってきます。呪われたくないのは勿論ですが、できれば呪うのも避けたい。でも、そうですね、私の場合、一日にざっと35回くらいは何らかの形で人あるいは物を呪っています。これはもう「見習い黒魔術師」のレベルでしょう。呪われる方は・・・ちょっと見当がつきません。そして、私が巻き散らかした「呪い」は空気中を漂って、その対象の上にそっと降りかかる、それがちょうど「はい、レベル超えました!」の最後の一粒だったとしたら、私の目の前で何かが起こってしまうかも知れない。そして、私に返ってくる「呪い」ポイントというか呪った分のマイレージというか、そんなものもいつか「はい、一杯になりました!」となってしまって・・・、案外、人間の「ツイてる」とか「ツイてない」とかってこんなことなのかも知れないと思うのです。

 というわけで、呪わないで一日を過ごすというのにチャレンジしてみたのです。結果・・・、無理、絶対に無理!「呪わない」というのは「呪われない」よりもうーんと難しい。こんなふうにして、この世界は一日一日と呪いで一杯になっていくのかなぁ。そのうちに世界的な規模で「はい、レベル超えました!」ということになるのかも知れません。その時、世界はどうなる?想像もできませんが、楽しいことが起こるわけはないということは分かります。

 呪いの総排出量の規制、みたいなことをちらっと考えようかと思います。私には私の出した分だけ責任があるわけで。まぁ、責任の大部分はお兄さん及びその同類項にあるわけですが・・・、と、ここでまた呪いが出そうになります。呪わないってホント難しいです。


Leaf2009年1月10日 折れ目

 遅ればせながら、新年、明けましておめでとうございます。本年も何卒宜しくお願い申し上げます。

 2009年、私の仕事始めは1月5日、月曜日。休み明け初っぱなからフルで一週間働けってかい・・・とまぁ、年が明けるまではこれでかなり真面目に凹んでいたわけです。しかし、いざ、5日が来てみると・・・、何ごともなかったかのように、2008年12月末の続きがすーっと始まってしまいました。
 目覚まし時計が鳴っても「何でこんな時間に鳴るわけ?」と混乱するわけでなし、鏡に向かっても特にメイクの腕が落ちたと感じるわけでなし、いつもの時間帯の電車に乗り遅れるわけでなし、ぼーっとしていて乗り過ごすわけでなし。PCを立ち上げれば指が自動的にIDとパスワードを叩いてメールのチェック、あちこちにアクセスして用件をちゃっちゃと済ませる、電話がかかってきても別に声が裏返ることもない、まるで、昨年末のあの仕事納めの日の翌日のよう、正月休みはあれ錯覚で、実はなかったのではなかろうか?

 自分に折れ目がついているのだと感じます。地図とか大きな紙を長いこと折りたたんで使っていると、くっきりと折れ目がついて、何もしなくても自然とその馴れ合った折れ目通りに畳まれていく、あの感覚です。確かに無意識のうちに身体や脳がほどけたように自然に動き出す、というのは勘違いやミスがなくて「良いこと」なのだろうと思う反面、これって、他の方向へ折ろうとしたらすごい抵抗があるんだろうな、いや、どう折っても結局は元の折れ目に沿って戻ってしまうような気がするのです。
 ずっと昔を思い出してみれば、その昔、夏休み明けは朝なかなか起きられなかったし、新学期の一時間目は、教室も机も妙によそよそしく感じたし、ぼーっと窓の外を眺めては、実際は全然パッとしなかった「輝かしい休日」を懐かしんでいたような気がするし、期限の切れた定期券に気付いて焦ったり、教科書やらノートやらをやたら忘れたり。クラスにはパジャマの上に制服の上着を着て登校し、指摘されるまで気付かなかったというトンデモな猛者もいたりして(実話です)、休み明けの「社会復帰」には結構苦労したように記憶しているのですが。
 いつの頃からか、そんなことがなくなって、日常は途中に何が入ろうが強固に連続し、つまりは私の生活には、決まった箇所に、決まった方向に、きっちりと折れ目がついてしまったということなのでしょう。

 折れ目がついてしまったということは、おそらくですが、「他の方向へ折る」必要が生じた場合の抵抗というのは、その折れ目のきっちり強度と経過時間に比例して大きくなる。ひょっとすると、無理に他の方向に折ると古い折れ目に沿ってぴりぴりと綻びができるとか、これを世間では「潰しが利かなくなった」というのでしょうね。
 お正月、年が改まる、一つ年を重ねるというのは、自分に折れ目を一つ足すということなのでしょう。まったく新しい方向にきゅーっと折って膨らんだ折れ目をきっちりと押さえることもあれば、ぺったんこに圧せた古い折れ目を更に爪でしごくこともある。

 世界にもきっとそんな「折れ目」がたくさんあるのだろうと思います。

 同じ折れ目を繰り返しなぞることによって生まれる安心感と馴れ合い、新しい折れ目をつけることによって生じる収まりの悪さと挑戦、それとも、繰り返し追っていればいつかは破れてしまうのだから、出来るだけ多くの折れ目をつけておけば、逃げることのできない破れる時を多少は遅らせることができるという選択と、全体がうっすらの折れ目だらけで、もうどっちにおっても他の折れ目との間に「山」や「谷」が出来てしまうという混沌と。

 今年、2009年という年は、否応なしに「折れ目問題」と対峙しなければならない年になるような気がしてならない、そんな年の初めです。


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