闇遊戯がエジプトのファラオだった時代…
それは、三千年前の古代エジプト新王国時代第十八王朝…
この時代は、現代ドラマさながらの、様々な人間模様に彩られた個性的なファラオが、次々と登場した
時代でもありました。
朝から晩まで戦争に明け暮れていた好戦的なファラオ…
そうかと思えば、ハーレムに大勢の美女を
囲い、酒と女と遊びに明け暮れ、あげくの果てに美食がたたり虫歯が原因で死んでしまったファラオ…
また、女性でありながら、付け髭までつけて男性のように振る舞い、自分のために
葬祭殿まで建ててしまった男勝りの女性ファラオ…
…そのような人物の中で、ひときわ、風変わりと言う点で目だったファラオがいます。
それは、多神教の国だったエジプトを、自分が信じる神のみの一神教の国にするために、大胆な宗教改革を行った、アクエンアテンと言うファラオです。
そして、このアクエンアテン王の後を継いでファラオになったのが、遊戯のモデルになったのでは?と私が考える、
若きファラオ…そう、あの黄金のマスクで知られる、ツタンカーメン王です。
ツタンカーメンは、アクエンアテンの息子または、何らかの血縁の関係にあったとされています。
従って、この若きファラオが遊戯のモデルとするなら、アクエンアテンは遊戯の父王、アクナムカノン王
に
匹敵するのでは…とも考えました。
(名前もさりげなく、”アク○○○○○王”、と良く似ていたりします…)
注)しかし…実はもう一人、ツタンカーメンの前に、アクエンアテンの共同統治者として王位についた、若きファラオがいます。
その王の名はスメンクカーラー。
そして、彼はツタンカーメンとは兄弟だったらしいのです。
(ツタンカーメンもスメンクカーラーも両親が誰なのかはっきり分かっていない)
しかし彼の父はアクエンアテンではなく、また
即位してから五年後にアクエンアテンよりも早く亡くなってしまいました。
このような事実から、スメンクカーラーは遊戯のモデルとしては、わずかにずれてしまうような気がします。
と言うわけで、私はやはりツタンカーメンを遊戯のモデルとして考えることにしました。
◆”遊戯のモデルとなったファラオ”では、古代エジプトのファラオだった闇遊戯と同じ時代を生きた、
ツタンカーメンがどのような数奇な運命をたどったのかを見てゆくことによって、この若きファラオと、現在の闇遊戯との接点をできるだけたくさん探ってみました。
そして、そうすることによって、古代エジプトのファラオだった頃の闇遊戯の心情に、少しでも近づいてみたい…と思います。
◆”遊戯と海馬の見た三千年前の光景”では、ツタンカーメンの父王、アクエンアテン王に焦点を当て、
無謀な宗教改革が巻き起こした混乱によって招いてしまった王宮崩壊を、遊戯と海馬の見た過去のヴィジョンに
照らし合わせて考えてみました。
◆”遊戯王とオシリス神話”では、古代エジプトより伝わるオシリス神話の中に登場する神、
ホルスとセトの大いなる争いを、遊戯と海馬の宿命の闘いになぞらえ、この二人の対立に隠された本当の理由を探ろうと試みました。