小宝島旅行記

みなさんは「トカラ列島」をご存じですか?

本土最南端である鹿児島県から南西に150kmほど行ったところに浮かぶ、屋久島と奄美大島の間にある大小の(ほとんどは小さいけど...)島々です。
人が住んでいる有人島が7つと5つの無人島からなり、南西方向に160kmあまりの長さの列島です。これらの島々は「鹿児島県十島村(としまむら)」と言う自治体で、「日本一長い自治体」でもあります。

トカラ列島の有人島は北から「口之島」「中之島」「平島」「諏訪之瀬島」「悪石島」「小宝島」そして「宝島」の順であり、どの島も人口が50人から200人程度しかありません。

そんなトカラ列島をはじめて訪れたのは2002年のGWのことでした。
今まで、とにかく島でのフィールディングのスキルアップを目標にしていた私は、南西諸島の名だたる島々を、ことごとく制覇(?)して、何となく南西諸島フィールディングに対してのモチベーションというかテンションが下がりつつありました。

「うーむ、そろそろ俺も落ち着くか。」

なんて考え始めてもいました。
そんなある日、家内から

「今度のGWはどうするのか?」

と聞かれ、

「じゃ、のんびりするために、あんまり人気のない島に行くか?」

と軽い気持ちでトカラ列島をGWの行き先に選んだのでした。しかしトカラと言ってもいろいろな島があります。どうせ行くなら生き物が見られた方がイイに決まっています。

実は、ちょっと難しいのですがトカラ列島は、目に見えない「線」によって大きく二つの領域に分かれています。その線が「トカラ構造線」です。
トカラ構造線は悪石島と小宝島の間にある生物地理的な境界線です。つまり悪石島以北と小宝島以南ではまったく分布する両生爬虫類の種類が異なっているのです。
悪石島以北では分布する生物は、本土のそれとよく似ています。が、トカラ構造線を越えて小宝島に行くと、沖縄本島に分布するような生物たちに出会うことができるのです。

さらに小宝島には、新種の可能性もあるヤモリも発見されていますので、テンションを再び上げるには十分な要素があります。
そんな理由もあり、私たち夫婦は2002年のGWに小宝島に行くことにしたのです。
ところが小宝島のことを調べていくうちにだんだんと不安も出てきました。

と言うのも、この小宝島、トカラ列島の有人島の中でもっとも小さく、人口も少ないのです。その人口たるや50人強!世帯数にして30世帯。もちろんそんなに有名な場所ではありませんから、観光客も少ないに決まっています。もしも観光客が私たち夫婦だけだったら、まるで50人のクラスの中に転校生が来たみたいで、ヨソ者扱いされちゃうんじゃないだろうか...
ま、しかしそんなことは考えていても仕方ありません。島には少ないながらも宿もあるし、なかなかできない経験と思えば、きっと思い出深い旅行になるでしょう。そんな、いつものようなお気楽気分で出発の日を迎えました。

出発は連休初日の金曜日。良いのか悪いのか、同僚の後輩の先生が結婚式の日であり、それに出席してからの出発になりました。
トカラは魅力的な場所なんですが、とにかく交通の便が悪い。
島を訪れるためには、十島村営の十島丸というフェリーで行かなくてはいけません。しかも、鹿児島港を出港してから翌朝に小宝島に到着し、翌々朝には島を出発しなくてはいけないのです。もしもこの帰りのフェリーに乗れなかったら、さらに3日間島に滞在しなけては、鹿児島港に戻るフェリーに乗れないのです。GW終わっちゃいます。

さて、結婚式が終了したのが午後6時。大急ぎで宮崎から車で鹿児島に向かいます。フェリーの出港時間は11時50分ですので余裕はあります。
GWと言うこともありますが、小宝島以外の島に行くお客さんもいますので、フェリーは多くのお客さんでいっぱいでした。幸い個室が予約できていましたので、雑魚寝ということにならず、快適に船の中は過ごせました。
せっかくのGWだというのに、道中3日間のうち半分以上は船の中という思いを家内にさせなくてはいけませんが、これに付き合ってくれる家内に深く感謝。これくらいの快適さはさせてあげなくては。

鹿児島港を出港してから夜明け前後に「口之島」に到着。両爬目的の私的には「こんな島で何しに行くんだろう?」と思うくらいに、以外に多くのお客さんが降りていきました。以降、「中之島」「平島」「諏訪之瀬島」「悪石島」と降りていきますが、どうやら「中之島」が一番、多かったようです。

船が悪石島を出港した頃から、私はソワソワし出します。

「どんな島なのかなぁ〜」

広い海の彼方にうっすらと、小宝島が見え始めます。ガイドブックにもありましたが、確かにその小さな島は「クジラが潮をふいて海面上に現れた」ような姿でした。
小宝島の遠景

島に近づくにつれ、本当に小さな島であることが実感できます。
青くきれいな海岸に作られた小さな港は、このフェリー以外に交通手段を持たない島の住民の方々にとっては命と同じくらいに重要な存在なのでしょう。
その岸壁には、ほとんどすべての住民の方なのでは?と思わせる人数の老若男女の方々が船を迎えに来ています。
小宝島には商店や自動販売機がありません。ですから、必要な物資は島で作ったり、海で捕まえたりしたモノ以外はすべて、週二回のフェリーが運んでこなくては島の方々は購入することができません。
この時は、気づかなかったのですが、島の子供たちはフェリーが着くと、フェリーの中の売店にみんなで行ってアイスクリームを買ったり、ジュースを買ったりしているそうです。

フェリーを下りた私たちは、さっそく民宿の方を探します。と言っても島に民宿は2軒しかありませんので、すぐに人のよさそうなおばちゃんを発見。
あいさつをすると

フェリー十島丸
島への唯一の交通手段
「民宿までは歩いていけるけど、荷物もあるだろうから車に乗って」

と。どうやら出発前の心配は杞憂だったようです。(当たり前)

で、案内されて車に行くと...軽トラじゃん!
さすが島。軽トラの荷台に私たち夫婦は乗せられて、一路民宿へ。
軽トラの荷台に揺られて、島の景色を楽しむ...間もなく、あっという間に民宿へ。近っっ!

大きなガジュマルの木がある民宿は、まんま民家。きれいな部屋だし、空調もあって安心。5月とは言え、やはり南西諸島。真夏の暑さですから。
一息いれて、窓の外から裏庭を見ると、さっそく生き物の姿を発見!

裏庭に積まれた廃材や木の枝の山の中から、大きくて黄金色のオオシマトカゲが日光浴のために姿を見せてくれました。つーか、なんかこのオオシマトカゲ、でかくないか?
裏庭にオオシマトカゲ

よく見ると、裏庭の草むらには、青い琉球美人アオカナヘビもちょろちょろと動き回っています。

さすが「秘境」!生き物の密度が高そうです。
こうなるといてもたってもいられません。家内を連れて、島を見学がてら一周してみることにしました。

島にはぐるりと周回道路(と言っても車一台がやっと通れる幅のコンクリート製)があります。島の周囲は4kmほどですが、道路は海岸から離れていますので、周回道路はおそらく2kmほどの道中でしょう。

宿を出て、時計回りに歩き出します。
島の周回道路

集落を出ると、すぐに広い牧場に出ます。牧場の横には岩盤剥き出しの崖があります。夜は絶対にここにヤモリが出るはず。要チェックです。
先ほど降り立った港を通り過ぎると、ヘリポートを発見。なるほど、緊急の時にはヘリコプターが出動するわけですね。ヘリポート周辺の草むらには、たくさんのアオカナヘビとオオシマトカゲが見られました。

さらに進むと、小さな畑がありますが、なぜか観葉植物の「トラノオ」がたくさん栽培されています。あとで話を聞いてみたら、トカラ列島は今、さかんに本土に出荷するためのトラノオを栽培しているそうです。マイナスイオン(苦笑)を発生させるということで注目されているらしいです(大苦笑)。
島の中心をはさんで集落の反対側まで、あっという間に来てみると、自然のイタズラか、浸食によってできたと思われる柱状岩石群の奇景。これはなかなかスゴイです。

ウシさん...どけよ。

と前方を見るとなんと数頭のでっかいウシが道路上に出てきて、のんびり葉っぱを食んでいます。いや、通れねーって。怖いし...つーか、つながれてねーじゃん...かつて西表島で水牛に追いかけられた恐ろしい経験がよみがえります。しかし、さすが家内は全然ビビりません。実家が農業ですので、ウシなんて生まれた時からお友達の様子。ウシを驚かさないように静かに横を通り抜けさせてもらいました。

ウシを通り抜けると集落に戻って来るのですが、その手前で驚くべきモノを発見。スゴイでかいオオシマトカゲ。八重山のキシノウエとまでは行かなくとも、間違いなくそれに準ずるような大きさです。尻尾の先端まで入れたら絶対に、絶対に30cmあるはずです。写真に撮れなかったことが後悔...(実は、この時点でフィルムが終了してしまっていた...)

集落から海岸の方へ出る道を通って行くと、なんと温泉登場。
そう。この小宝島には温泉があるのでした。海岸の岩場をくりぬいて作ったらしいのですが、完全な露天&混浴。波をかぶりそうな醍醐味の温泉です。こりゃ、夜は入りに来なくちゃ...

この先に温泉があります

再び集落へ戻ると宝島小中学校小宝分校登場。宿のおばちゃんの話では、ここのグランドにときどきトカラハブが出ていたらしいです。
そして、その先に、ついに小宝島の話題のスポットが...
ご存じの方も多いと思いますが、小宝島には墓地が一カ所あるのですが、この墓地はかつて「風葬」によって死者を弔っていた場所なのです。
ただし、誤解のないように説明をしておくと、宝島でもそうなんですが、島の土地がサンゴ質なので本土のように土葬がしにくく、島内で亡くなった方が出ると墓地の風葬場で亡骸の上にサンゴをたくさん積み重ねておいたそうです。今では、島内で亡くなる方はいないので(ほとんどは島外の病院で亡くなるらしい)、昭和40年代を最後に、風葬によって弔われたことはないようです。
それでも、やっぱりビビりの星野は、近づくことすらできませんでしたが...だって、このあと夜にフィールディングするわけだし。

最後に、宿の近くで「小宝神社」を発見。神社と言っても小さな手作りの鳥居と小さな祠があるだけなんですが、子供がいない我々夫婦は、「子宝」に恵まれるように「小宝神社」でお参りをしました。

一通り、島内の観光(?)を終え、夜まで休憩をすることにしました。

さて、暗くなってきてまずは腹ごしらえです。民宿では、来た時に玄関に無造作に置いてあった巨大なイカ(コブシメ?)が、見事な刺身となって登場。
宿泊客である、日本中の島をめぐっているらしい初老の紳士とこれまた日本中の温泉をめぐっているらしい中年の男性とビールを飲みながらしばし島談義。 私が、トカゲやらヘビやらを探しにこの島に来たことに呆れられたことは言うまでもありません。
食事もさっさと終わらせて、ついに本格的なフィールディング開始です。

昼間と同じコースで島を歩きます。目指すは日本で、いや世界中でココだけにしかいないはずのコダカラヤモリ

え?...なんと民宿の入り口のガジュマルの木に発〜見!!
終了かよ?
うーん...本当にコダカラヤモリなのか?そもそもタカラヤモリ自体を野生で見たことがないので、何とも言えない...(後で詳しい方に聞いてみたら、小宝島で採集されたのならば、おそらくコダカラヤモリであろう、とのことでした)
まあ、とにかく数を見て、それらしい個体を連れて帰ることにしましょう。

とにかく島内は、いたるところにヤモリだらけ。ある意味お宝の山。
昼間に目をつけた崖も、温泉へ向かう道の周辺の草むらにも、お参りをした小宝神社にもヤモリだらけ。
ただ、この後に驚くべきモノを発見。これは後から誰に言っても信用してもらえないんですが、道に出てきていたヤモリが口に何かくわえているので、何だろうと思って捕まえてみると、なんと桑の実を食っているんですよ。いや、本当に。マダガスカルのヒルヤモリなんかは果実とかをなめるらしいので、そういうのもアリだろうとは思うんですが、自分の目が信じられませんでした。次行った時は、絶対に写真におさめる!!

港の近くまで行くと、街灯の下にうごめく影を発見。
近づいてみると、今まで見た中でもっとも大きなヤシガニでした。これまた手を広げたら40cm以上は、絶対にありました!ホントに。
おばちゃんの話では、すでに十年くらい前から、この島に住みついているなじみのヤシガニであるとのこと。

「あ〜、あいつね。最近は港の近くに住んでるんだぁ。」

だって。

さて、残るはトカラハブ。
ヘビがいそうな場所を探し回りますが、いない。ようやく細長いモノが動いているので、急いで捕まえてみると、これはこれで何となく得した気分のリュウキュウアオヘビ。ミミズ食いでなければ持って帰るんですけどねぇ...
結局、島を一周するもハブは見つけられず。後から民宿のおばちゃんに聞くと、小宝島のトカラハブは、以前に相当数駆除(と言うか観光用に捕獲)されて、最近はめっきり減ってしまったとのこと。島の中心の小さな山ならいるかもしれないが、まともな道ではないので夜は危険。うー、昼のうちに下見をしておけばよかった〜。

ま、でも今回はガッチリとフィールディングする気持ちではなかったし、憧れのコダカラヤモリとも出会えたし、これでよしとしておきましょう。
宿に帰っても、まだまだ時間は早いので、温泉に行くことにしました。

蛍光灯は持っていったのですが、真っ暗闇の中で波の音を聞きながら浸かる露天風呂は最高!と言いたいところですが、ぬるいのよ。これが。
それでも夫婦そろって、きらめく満点の星空のもとでいつまでも温まらない温泉でゆっくりと、まるで時間が止まってしまったかのようなひとときを過ごすことができました。

翌朝、早い時間にフェリーに乗って、この素晴らしい島を後にしたのでした。

牧場と奇岩

ちなみに本当に星野家が子宝に恵まれたのは、この半年後のことなのでした...すげー、御利益!!


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