対馬旅行記・下見編

「南西諸島中毒」...多くの先人達がその熱病に罹り、そしてまた私もその一人になってから、早3年。
南西諸島の島々で数々の武勇伝を残しながら、私は多くの生き物たちとの出会いを果たすために飽くことなく、南西諸島へチャレンジを続けています。
しかし!!
そんな私に浮気をさせる島が日本にはあります。それは...

国境の島・対馬

対馬は長崎県に属しながら、朝鮮半島の方が距離的に近いという南北に細長い島です。その位置からも想像できるように、そこに住む動物達も、日本本土に住むそれよりもむしろ大陸系の種類が多く、いつかは行ってみたい島の一つでした。
哺乳類では何と言っても「ツシマヤマネコ」。さらにはシカさえも「ツシマジカ」と別亜種にされる始末。そんな調子ですから我らが両生・爬虫類も独特です。

私は宮崎県に住んでいますので、対馬などは
「いつでも行けるからいいや」
などとうそぶいていたのですが、実のところ
「あー、誰か一緒に行ってくれないかなぁ」
などと何とも情けない本音があって、なかなか対馬フィールディングは実行できないままなのでした。
そんな2000年春、またもやネットを通じて大きな出会いがありました。K氏との出会いです。
K氏の生き物に対する情熱、姿勢、技術どれをとってもただのフィールドバカの私にとっては新鮮で刺激的でした。何よりも、K氏は私同様、フィールドによる生き物たちとの出会いにも情熱を注いでいることは私にとっても「都合がよい」ことです。
おお何と言うことでありましょう、よりによってこのフィールドバカは、これ幸いとばかりに甘言を操って、言葉にできぬくらい世話になっているK氏にまんまと「対馬行き」の話を持ちかけ、その毒牙にかけることに成功してしまったのです!!危うし!K氏!
ところが、そうは問屋がおろしません。残念ながらお互いの仕事上の都合により「対馬フィールディング」は中止を余儀なくされてしまいました。
ここで、あきらめきれないのは私の悪いところ。それならば
「来年のために下見に行ってきますね!」
と、あたかも計画性のありそうなしっかりとした「青年」を装って、自分の抑え切れぬ欲求を実現するために、抜け駆けして対馬行きを実行してしまったのでした...

ここより本題

さて、今回はいつもの沖縄行きとはちょっと、違った方向ですので、行き方も変わってます。何よりも「金がなかった」と言うのが本当のところなのですが...
宮崎から高速バスで福岡まで行って、博多港からフェリーで上対馬へ行く、という方法をとりました。これならば、大人でも片道1万円ほどで行けます。ただし、気の遠くなるような長い時間がかかるのですが...
金曜日の仕事が終わった後、すぐに高速バスに乗り、いよいよ出発です。相変わらず、スネークフックなどを持って怪しいことこの上ありませんが、全然平気です。
バスの旅はいたって快適...なわけありません。ずーっと、禁煙!!しかも、シートがきっつい。夜の10時30分に博多へ着いたときはもうふらふらでした。しかし、この時間でも博多港は、多くの出発を待つフェリーとその乗客で大変なにぎわいです。いやが上にも旅行気分が高まります。
見よ!フェリーの雄姿!!
日付も変わろうかという時刻にフェリーは出発。一路、上対馬へ向かいます。フェリーの中では船旅気分を味わえばいいものを、この男は寝てばかり。ふ、と気づけば、もうそこは「国境の島・対馬」でした!!
しかし、到着時刻は午前4時!とりあえず、記念すべき対馬への第一歩を踏みしめた後に

「さて、何しよう」

用意されたレンタカーに乗ってとにかく地図上であたりをつけた林道などに向かいます。夜半に一雨あったのでしょうか、路面はいい具合に湿っています。入った林道ではぴょんぴょんと跳ねる小さな生き物が...道路に近いところでは本土のニホンアカガエルとは若干雰囲気が違う...かな?ツシマアカガエルが。さらに林道を深く入ったところにはチョウセンヤマアカガエルが姿を見せてくれました。
そうこうしているうちに、夜も明け国境の島の夜明けがやってきました。
祈・交通安全
こんな時間ですから、まだ道路では誰ともすれ違いません。カーブとアップダウンの多いそんな山道を行くと、道路端に湧水から流れ出る小さな沢を見つけました。水のあるところに生き物ありです。こんな所は見逃せません。水の中に沈んでいる小さな浮き石をそっと、はぐってみると...
チョロッ...
ん...?
「あの動きは...もしや?」
自分の確信を確かめるために、その動きの先の石をそっとはぐります。
「あ、いた。」
動いてさえいなければ、自分も流れの一部である、と信じ切っているように動かない、その姿は紛れもなくツシマサンショウウオの幼生でした。
本土ではサンショウウオというのはなかなか見ることができないので感激ひとしおです。
撮影後、そっと石を伏せて彼(女)にもとの静けさを返してあげました。

対馬の絶景
山間の道をさらに進むと集落に出ました。宮崎では超早場米の刈り入れが終わっていますが、ここ対馬ではまだ水田には水も残ってカエルの姿も見られます。そんな田んぼの横を車で通ると道路に細長いものが!!残念ながら「薄っぺらく」なっていますが、紛れもなくヘビの轢死体でしょう!!車を降りて、駆け寄ってみると対馬のファイター・ツシママムシの轢死体でした。これこそ、全世界で対馬にしか生息していない貴重なヘビです。ありがたく撮影後、せめて山へ帰り賜え、と死体を林の中へ。合掌。

さて、いよいよ昼の部スタートです。もちろん昼間はトカゲタイムです。対馬には、後述する二種のトカゲが生息しますが、どちらも日本では対馬でしか見られないとても貴重な種類です。
トカゲを追ってまずは海岸近くのとある神社へ。朝日も良い具合に昇り、期待をさせますがなかなか動く物の姿を確認できません。
宮古島の嫌な思い出が頭の中をよぎります。境内へ続く長い階段の途中にはアオダイショウの脱皮殻などもあったりして、ムードは良いのですが...
さらに、ここではおきまりの「ヤブ蚊」の大群に襲われ、さらに夕べから何も食べていないことを思い出し、リタイア。自分の根気と体力のなさを恨みながら...
何て、書いてあるのかな..?
気分転換に神社下の海岸線に出てみると砂浜には大量の漂着物。見るとそのほとんどがハングルで書かれたものでした。さすが、対馬!!日本より朝鮮半島に近いだけのことはあります。遠い昔にこの漂着物同様、大陸から渡ってきた爬虫類たちがこの島のどこかにたくさんいるはずです。そんな考えを励みにしてもう一度自分を奮い立たせます。
さて、「下見」とぶってきた割には、その役目も果たさないようなここまでの経過から反則技に出ることを決意しました。その反則技とは...

「地元の人に聞け」

です。
遂にツシマヤマネコと遭遇!?
言うまでもなく、ここ対馬は世界的な珍獣「ツシマヤマネコ」の生息地です。したがって、西表のイリオモテヤマネコ同様その保護研究施設があるはずです。そこの方に聞けば生息地の情報が聞けるかも知れません。早速地図で確認後、対馬野生生物保護センターへ。
まず、受付の方に事情を話して、爬虫類に詳しい職員の方がいないかどうかを聞きます。すると中から若い職員の方が出てこられました。
挨拶を済ませて、用件を話すと

「ああ、そのトカゲなら、この前敷地内で捕まえた奴を実験室で飼育中ですよ。」

それを聞いてびっくり!早速、実験室に案内してもらって、件の水槽をのぞき込むと...いたっっ!!
水槽の石の下にこじんまりとしているその姿は紛れもなく世界中でも、ここ対馬にしかいないツシマスベトカゲです!!何より、この種は我がHPのトカゲの項で最後まで写真を後悔することができなかったトカゲです!とにかく撮影撮影...
さて、興奮さめやらぬまま、分布情報を教えていただき、お礼もままならぬ状態でしたが、とにかく心の底からの感謝の念は忘れずに、早々にそのポイントに向かいます。このくらい信憑性が高い情報を手にすると俄然やる気が出てきます。
まずは、とある林道へ。時間は正午を過ぎましたので、あまりトカゲは期待できないかも、と思いましたが、とにかく場所だけでも、と考え車を止めて林道の中へ。
と、数メートルも行かないうちに道路脇斜面にカサカサと動く音。はっ、と振り返るとその音の主は、あっという間に穴の中へ...

速っっっっっ!!!

これが、噂に聞く大陸からやってきたカナヘビアムールカナヘビのマッハのスピードです!!
たかがカナヘビと侮るなかれ!このカナヘビは普通のニホンカナヘビと見かけこそさほど変わりませんが、その臆病さと素早さには定評があります。しかし、振り向いた瞬間にはすでに後ろ姿というのでは、手の打ちようがありません。捕獲するには彼(女)よりも先にこちらが発見するしかありません。そのために、抜き足、差し足...で移動しますが、向こうの野性には抗すべくもありません。
ここで、この卑怯者は考えます。

「むぅ、ならば年端もいかぬ今年生まれの幼体を狙ってみるか...」

なんと、この卑怯者は成体のスピードに勝てないことを悟り、勝機のある幼体に狙いを定めたのです!!まさにフィールドの鬼!いいえ、悪魔!!
しかし、この目論見は見事に功を奏し2頭の幼体を捕獲することに成功してしまったのであります。山の神様、許して下さいね...

さて、アムールカナヘビの捕獲に気をよくした私でありますが、その後は次なるターゲットのツシマスベトカゲの姿を追って林道をさらに入りますが、大量のブユの襲来に遭遇し敢えなくリタイア。なぜか対馬のブユはしつこく、あまつさえ虫よけさえも効かぬ強者。さんざんな目に遭いました。こうなっては夜の部で「あのヘビ」との遭遇に全てをかけるしかありません。

朝鮮半島を臨む(?)夕暮れ...
いよいよ夜になりました。

「あのヘビ」は情報によると「田んぼのカエルを狙って出てくることが多い」とのこと。完全装備で狙った田んぼに出動です!
相変わらず、夜のフィールディングはテンションが下がります。とほほ。それでも、気持ちを奮い立たせて夜のあぜ道、山際を丹念に捜索します。
しかし、出てくるのはちょっと本土のとは違った雰囲気のニホンアマガエルばかり。期待のツシママムシ生体にも出会えません。逆に言うと、ツシママムシも出てこない、というのはこの時期の田んぼにはヘビは出てこない、ということではないでしょうか?夜の田んぼは大変魅力的で私が夢にまで見たクモ「オオトリノフンダマシ」まで見られたのですが、早々とヘビ探索はあきらめて、最後の期待「ロードサーチング」つまり、路上に出てくるヘビを車を走らせて探す、に挑戦することにしました。

早速、朝にツシママムシの路上轢死体を見た場所を目指して車を走らせます。このときにちょっとだけ気づいたのですが、対馬の方たちって沖縄の離島の方たちと比べると、車の平均速度が速いです。ちょっと複雑な気持ちでした。
と、視界に何か細長いものが!!
残念!「あのヘビ」ではなくツシママムシでした。しかし、ついに生きている姿を目にすることができた興奮は極限に達しています。慎重にキャッチ(注:私は毒蛇の専門家の方から直接、毒蛇の捕獲に関して指導を受けましたので、一般の方は絶対に真似しないで下さい!)。ひとしきり観察した後、道路端に投げ入れて満足しました。
その後も数個体のツシママムシを目撃・キャッチ・リリースを繰り返しましたが、やはり「あのヘビ」は見つかりません。

「やはり時期が悪かったか...来年のカエルの時期に田んぼで探すことに賭けた方が良いのかな」

と、若干弱音も出てきます。
と、突如正面にライトに照らされた細長いもの。明らかに色が今までのツシママムシと違います。急いで車を止め、懐中電灯を持ってそこに行くと...
おおー!!ついに、ついに見つけました!!
「あのヘビ」=アカマダラです!!

アカマダラは中国大陸には広く分布しているのですが、日本では尖閣諸島と対馬だけしか分布していません。しかも、ひいき目かも知れませんが、対馬のアカマダラは大陸のそれよりも赤色が鮮やかだとか...やったー!!
と、喜んではいたのですが、実はこれできたてのほやほやのロードキル(路上轢死体)でした...
ああ、あと数分早くここを通りかかっていたならば...とぼやいても仕方ありません。ここは前向きに、この時期アカマダラは道路に出てくるのだ、という証拠と思って、死体を埋葬後道路でのヘビ探しを実行する事を心に誓います。

慣れない土地の夜の山道を延々と一人で運転し続けるのは心細いものです。何かの気配がして道路横の林の中を見ると、爛々と光る目でこちらを見ている「ツシマジカ」だったりして結構怖いものもあります。路上で細長いものを見て心躍らせたと思ったら、おなじみのツシママムシだったり...

しかし、ついに「そのとき」はやってきました。1時間も道路を運転した頃でしょうか、私の目の前に照らし出されたその姿は、まさに生きた宝石・自然界のKing of Red ・アカマダラはついに生きた姿を私の前に現してくれたのです!!

最大限の注意深さは、彼(女)への、いいえ、自然への最大の敬意からくるものでしょうか、丁重に捕獲させていただき、ついに私の対馬フィールディングは最大のクライマックスを迎えたのでした。

今回は下見である、という事もあり、またこれ以上続けても、これ以上の成果をあげることは難しい、と感じてしまったこともあり、このアカマダラをもって今回のフィールディングの幕を下ろしました。

翌朝、車の中で目覚めた私は自分のクーラーバッグの中の布袋の感触を確かめて、昨晩の出来事が夢でなかったことを実感し、帰路に就きました。

はじめて訪れた対馬は本当に素晴らしい場所でした。南西諸島は異なり、もちろん本土とも異なる様々な面々との出会いは、新鮮であり、改めて私にフィールディングの感動を与えてくれました。ここに書いた以外にも様々な動物との出会いや人との出会いがありましたが、あくまで爬虫類両生類との出会いを中心に据えていますので、割愛させていただきました。
どうやら、沖縄病とはまた違った病気に罹ってしまったようです。これはやっかいなことになりました。でも比較的安く行くことができるので、きっと、これから何回も対馬を訪れるのは間違いないでしょう...
と、深夜12時に宮崎に到着する高速バスの中で考える私でした...
明日は朝5時30分に起きて仕事であるということも忘れて...

Kさん!来年は絶対に一緒に行きましょうね!!

対馬の海岸二景 (左)「藻小屋」 (右)謎の石積み

おしまい。


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